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121話「⑭」

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バルコニーに出ると国王のいた場所だけ悪竜オードラッへの牙でえぐり取られていた、国王の血などは飛び散っていなくてホッとする。

異世界人に効くかどうか分からないけど、心の中で念仏を唱えておいた。

「大丈夫か?」

ノヴァさんが俺のメンタルを気遣ってくれた。

「気遣ってくれてありがとうございます、でも大丈夫です、耐えられます」

ノヴァさんにそう答え俺は前を向く。このぐらい耐えられないと、ヴェルテュ様に認めてもらえない。

城の庭には、俺たちがいたときより多くの人が集まっていた。

アインス公爵の部下や衛兵が戻ってきていた、街にいた人たちも庭に集まってきたようだ。

おそらくバルコニーでの出来事は、千里眼スゴンド・ヴューを通じて、レーゲンケーニクライヒ国中に流れている。

「ヴュルデ・アインスだ! ボワアンピール帝国の女神ヌーヴェル・リュンヌ様と、ヴェルテュ・ボワアンピール皇太子殿下とカルム・ボワアンピール第二皇子殿下の助力を得て、長年この国に巣食っていた悪竜オードラッへを倒すことが出来た!」

観衆から「わあっ!」と声が上がる。

「ボワアンピール帝国の皇太子ヴェルテュ・ボワアンピールだ。アインス公爵家の嫡男ザフィーア・アインス公子の力を借り、悪竜オードラッへを退けられたことに礼を言う」

民衆から「ザフィーア様ーー!」「カルム殿下ーー!」という声が上がる。

気恥ずかしい、取り敢えずノヴァさんと一緒に笑顔で手を振っておく。

「レーゲンケーニクライヒ国の国王は民を悪竜オードラッへの生贄に捧げようとし、図らずも自らが悪竜オードラッへの生贄となり命を落とした。王太子エルガー・レーゲンケーニクライヒは水の神子立花葵たちばなあおいとともに、国民を見捨て城にある金品を集め逃げ出そうとしていた、二人は悪竜オードラッへの攻撃により城の天井が崩れその下敷きになり死んだ」

ヴェルテュ様の言葉に民衆からどよめきが起こる。

さっきは水の神子と王太子は捕らえただけだって言ってたのに……。

ヴェルテュ様はエルガーを国の有事に国民を見捨てて金目の物を持って神子と一緒に逃げようとして死んだダメダメ王太子ってイメージを国民に植え付け、王家に失望させたいんだろう。

「悪竜オードラッへには、レーゲンケーニクライヒ国の民だけではなく、ボワアンピール帝国の民も生贄として捧げられてきた。ある者はレーゲンケーニクライヒ国を旅行中に行方不明になり、ある者は村ごとさらわれた」

民衆がざわついている。

「ボワアンピール帝国はレーゲンケーニクライヒ国に損害賠償を請求したい」

民衆がどよめく。

「しかしボワアンピール帝国の民をさらっていたのは、レーゲンケーニクライヒ国の王族の一存だと聞く。故にレーゲンケーニクライヒ国を滅し、新たにヴュルデ・アインス殿を王としたアインス公国を建国するなら、損害賠償金の請求を免除しよう。ボワアンピール帝国の傘下に加わるのならヌーヴェル・リュンヌの加護も与えると約束しよう」

レーゲンケーニクライヒ国中の民が動揺しているのが伝わってくる。

「レーゲンケーニクライヒ国の民には二つの選択肢が用意されている、一つは王族を敬い、神の加護を失ったこの地で、痩せた大地を耕し、ボワアンピール帝国に損害賠償金を支払う未来――。

もう一つはアインス公爵を新たな王とし、アインス公国を作り、ボワアンピール帝国の傘下に入り、ヌーヴェル・リュンヌの加護を得た豊かな土地を耕し、穏やかに暮らす未来――。

好きな方を選択するといい、いい忘れていたけどレーゲンケーニクライヒ国を存続させるというのなら、今後ボワアンピール帝国はレーゲンケーニクライヒ国と一切交易を行わない」

ヴェルテュ様の言葉に庭に集まった人々は顔を見合わせ、どうするべきか話し合っていた、ざわめきは徐々に大きくなっていく。

ヴェルテュ様が飴と鞭を使い分けてきた、絶望的な選択肢と、ハッピーな選択肢を用意し、相手な選ばせる方法を取る気だ、性格が悪いな。

神の加護を失った枯れた大地で痩せた土地を耕し、毎年多額の損害賠償金をボワアンピール帝国に支払う苦難の道を選ぶ国民など、はたしているのだろうか?

やがてざわめきはおさまり、庭に集まった民衆から「アインス王万歳!」「アインス公国万歳!」「新たなる国と新王の誕生だぁ!」という歓声が上がった。

「庭に集まった民衆はアインス殿を王とするアインス公国の誕生に賛成のようだね、正式な返事は後日各領主に尋ねるとしよう、今日はもう一つ重大な発表がある」

ヴェルテュ様が俺とノヴァさんに視線を向けた。

「ボワアンピール帝国の第二皇子カルム・ボワアンピールと、アインス公爵の第一子ザフィーア・アインス公子が婚約したことを発表する」

ここでヴェルテュ様から、ノヴァさんとの婚約を発表されるとは思わなかった。

ヴェルテュ様は色々と難癖をつけて、俺とノヴァさんの婚約に反対すると思ってた……。

「カルムとザフィーア公子にはボワアンピール帝国に住んでもらい、二国の架け橋になってもらう」

俺に向かってにっこりとほほ笑むヴェルテュ様。

ノヴァさんと結婚するにはボワアンピール帝国の宮殿での同居が条件ってことですね、分かりました。

できれば一年ぐらいはノヴァさんと二人きりで暮らしたかったけど、それは難しそうだ。

次点でアインス公爵家で暮らしたいけど、それは絶対に無理だろうな。ノヴァさんが他国で暮らすことをヴェルテュ様が許すはずがない。

俺はいま婚約という飴と、小舅との同居という鞭を突きつけられている。

ノヴァさんと結婚できるなら、義兄ヴェルテュ様のお小言ぐらい耐えてみせる!

「ほらカルムもザフィーアくんも手を振って、国民が見てるよ、スマイル、スマイル」

ヴェルテュ様に促され、俺はノヴァさんとともに国民に手を振った。









この後、レーゲンケーニクライヒ国はアインス公爵を王としアインス公国を建国し、ボワアンピール帝国の傘下に入った派閥と、旧王族を支持しレーゲンケーニクライヒ国を立て直そうとする派閥に別れた。

アインス公国の領地はヌーヴェル・リュンヌ様の加護を受け、大地は潤い、水は浄化され、農作物は豊作、ボワアンピール帝国との商売も順調、国は大いに栄えた。

対してレーゲンケーニクライヒ国は、神の加護を失い、大地は荒れ、水は枯れ、空気は淀み、毎年凶作。ボワアンピール帝国と国交も断絶されているので、商いも上手くいかず、レーゲンケーニクライヒ国はどんどん貧しくなっていった。

その上ボワアンピール帝国への多額の賠償金を支払わなければならず、民はその日食べるものにも困り、レーゲンケーニクライヒ国を捨てアインス公国に亡命する者が相次いだ。

悪竜オードラッへが倒された3年後、レーゲンケーニクライヒ国は滅び、旧レーゲンケーニクライヒ国の領土はアインス公国の支配下に置かれた。

レーゲンケーニクライヒ国の王族は幽閉され、王族を支持していた貴族は身分を剥奪され平民となった。


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次回最終話

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