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104話「対決! ヴェルテュ・ボワアンピール対カルム・ボワアンピール」
しおりを挟む「兄上、シエルは私の妻です! 例えシエルの本当の名がザフィーア・アインスだったとしても気にしません! 私はシエルを心から愛しています! シエルの過去や複雑な事情も含めて受け入れます! シエルは誰にも渡しません!!」
「ノヴァさん……!」
胸に熱いものがこみ上げてくる、涙がボロボロと溢れる……! ノヴァさんは俺の正体を知っても変わらずに俺を愛してくれた!
「ノヴァさん、ごめんね、俺本当のことを伝えてられなくて……」
「ラック・ヴィルの湖畔で共に星空を見たとき、国で罪を犯し命を狙われ逃げてきたことを話してくれた、それで十分だ!」
「ノヴァさん……!」
「ブリューム山でシエルが【ザフィーア】という名を漏らしたとき、シエルの素性をなんとなく察した」
「そうだったんですか?」
確かにあのとき【ザフィーア、お前バカだろ……】とポロッと漏らした気がする。
「レーゲンケーニクライヒ国では王族と高位貴族と同じ名前をつけることが禁じられているからな。この時代【ザフィーア】と名のつく人物はアインス公爵家の嫡男ザフィーア・アインスただ一人」
そうだったのか、家名を名乗らなくても、名前だけで素性がバレバレだったんだ。
「兄上がレーゲンケーニクライヒ国のパーティーに参加したとき、王太子の婚約者のザフィーア・アインスに会っている。兄上から聞いたザフィーア・アインスの特徴とシエルの特徴が一致していたからな」
俺が何気なく漏らした【ザフィーア】という名前からそこまで推察するなんて、ノヴァさんは名探偵だな!
「じゃあノヴァさんは俺がザフィーア・アインスだということも、王太子の婚約者だったことも知っていたんですか?」
「すまない、シエルが言いたくなさそうだったから、シエルから話してくれるまでその話には触れないでいた」
ノヴァさんの優しさに心臓がドキドキして、瞳がうるうるしてきた。
「俺が王太子の婚約者だと分かって嫌じゃありませんでしたか?」
「嫌だったさ、しかしその前にシエルから冤罪を着せられて命を狙われ国を追われた話を聞いていたから、怒りの方が強かった。シエルを傷つけるような国も王太子も神子も滅んでしまえばいい!」
ノヴァさんは俺の過去を知っても、俺に幻滅しないでくれた。俺を受け入れてくれた!
「崖から落ちたときザフィーア・アインスの心が死んで、前世の人格が目覚めたという話は想定外だったが」
「ごめんなさい、黙ってて、こんな荒唐無稽な話誰も信じないと思って……」
「私は信じる。シエルの前世の名はリンドウランだったか? 素敵な名だ」
「竜胆が姓で蘭が名です。俺前世は普通の男の子でザフィーアみたいな美少年じゃなかったから、前世の俺の姿だったらノヴァさんに一目惚れしてもらえなかったかもしれないけど」
「シエルならどんな姿でも愛する自身がある!」
「ノヴァさん……!!」
ずっと不安だった……。金髪碧眼の超絶美少年のザフィーアの体だから、ノヴァさんに愛してもらえたんじゃないかって。
俺の容姿が前世の竜胆蘭のままでも、ノヴァさんは愛してくれたのかなって。
ノヴァさんなら前世の俺の容姿もきっと受け入れてくれる、愛してくれる。俺はノヴァさんのことを信じてるから。
「私もカルム・ボワアンピールという名前と、皇子の身分を隠していた、だからおあいこだ」
ノヴァさんがそう言ってほほ笑んだ。
「ノヴァさん……! 俺もノヴァさんの身分が冒険者でも皇子様でも気にしません! 変わらずに愛します!」
「シエル……!」
見つめ合う俺たちの体を凍えるほどの冷気が襲う。振り向くと氷のように冷たい目をした皇太子が怒りのオーラを纏っていた。
「二人だけで完結されたら困るな、カルムも知ってるよね? 婚約者がいる相手との結婚は教会では認められないと」
皇太子の冷淡な声が響く。
「シエルに婚約者がいるなら、そいつを殺してシエルと結婚するまでた!!」
ノヴァさんが俺をぎゅっと抱きしめ、皇太子に向かって力強く言い切る。
「ボワアンピール帝国の皇子がレーゲンケーニクライヒ国の王太子を殺してその婚約者を奪った……なんてことになったら、ボワアンピール帝国とレーゲンケーニクライヒ国の戦争は避けられないね」
戦争というワードに、心臓がズキリと音を立てる。
「君を巡って二つの国が争い大勢の人が死ぬ、ザフィーア・アインスくんそれが君の望みかい?」
「それは……」
レーゲンケーニクライヒ国とボワアンピール帝国が戦争……?
戦争になったらいったいどれだけの人が亡くなるんだろう?
「やさしい君は二つの国の戦争なんて望まないだろう? それが分かっているのなら、君はレーゲンケーニクライヒ国に帰るべきだ。君の帰りを待ってる人がたくさんいる祖国にね」
冤罪を着せて罵倒して追い出すような国にも王太子にも公爵家にも全く未練はない。前世の記憶が戻ってから一歩も踏み入れたことのない国に愛着もない。
俺の望みはただ一つ、ノヴァさんの側にいたい!
でも俺がノヴァさんの隣にいることを選んだら戦争が……。
…………だめ……なのか。
俺がノヴァさんの側にいたいと思うのはわがままでしかないのか? レーゲンケーニクライヒ国に帰るしか道はないのか?
ノヴァさんが俺の背に回した手に力を込め「大丈夫だ」と耳元でささやく。
「冒険者のノヴァ・シャランジェールが民間人のシエルと結婚するのなら問題ないはずだ! 私はシエルを連れて国を出る!!」
ノヴァさんが凛々しい顔できっぱりと言い放つ。心臓がドキドキと音を立てる。今のノヴァさんは最高にかっこよかった!
「シエル付いてきてくれるか?」
ノヴァさんが俺に優しい眼差しを向け問いかけてくる。俺の答えはとっくに決まっている!
「もちろんですノヴァさん! ずっとずっとノヴァさんの側にいたいです!!」
「シエル!」
ノヴァさんが俺をギューッと抱きしめる。
「そういうことですので兄上、レーゲンケーニクライヒ国にはザフィーア・アインスは死んだとお伝えください!」
凛とした表情でノヴァさんが皇太子に告げる。
「それはだめだよ、せっかく帰ってきたカルムを城の外に出すなんて、僕が許可すると思う?」
皇太子が冷たく言い放つ。顔は笑っているのに目が笑ってない。氷の微笑というやつだ。背筋がブルブルと震える。
皇太子が玉座から立ち上がり、ジュストコールポケットから黒い玉を取り出した。
なんだろうあれ? すごく嫌な感じがする……体から魔力が抜けていくみたいな……。
「その原因になるものを僕が存在させておくと思っているのかな?」
皇太子のアメジストの瞳が俺を射抜く。
怖い……威圧感が半端ない、ブリューム山で戦ったキメラの比じゃない!
「シエルに手を出すというのなら、兄上でも容赦しません!」
ノヴァさんが俺を背に庇い、剣を抜く。ノヴァさんの覇気で空気がビリビリと震える。
「私がS級冒険者なのをお忘れですか? 兄上でも無傷ではすみませんよ!」
「カルムの方こそ、今宵が朔だと言うことを忘れてるんじゃない?」
皇太子が余裕のある顔で笑う。皇太子の手にある黒い玉が禍々しい光を放つ。魔力が全部吸い取られるみたいで気持ちが悪い。
「新月の日の僕は、君より強いよ!」
皇太子がクールに言い放つ。
二人の覇気がぶつかり合い風が起こる! カーテンがバザバサと音を立て、窓ガラスをガタガタと振動する!
風が渦を巻き小さなものは巻き上げられ、大きな物は倒れるかゴトゴトと音を立てて揺れていた、家の中に小型のハリケーンが出来たみたいに風が荒れ狂う!
このままじゃノヴァさんとノヴァさんのお兄さんが殺し合いのケンカを初めてしまう! 止めなきゃ!
【そこまでだ!】
ピリピリとした空気の中、頭の中に鈴を転がしたような美しい声が響く。
【二人ともいい加減にせよ!】
今の声はいったい……?
「やれやれ、水をさされたかな」
皇太子が拍子抜けしたように肩をすくめ、ポケットに黒い玉をしまう。玉から禍々しい光は消えていた。
魔力を無理やり奪われるような気持ち悪さがなくなり、ほっと息をつく。皇太子が持っているあの漆黒の玉は何だったのだろう?
「今宵は朔、あのお方をお迎えする準備もあるし兄弟喧嘩はここまでにしようか? 兄弟喧嘩で月の神殿ごと城を吹き飛ばすわけにもいかないだろ?」
S級冒険者のノヴァさんとそれに匹敵する力を持つお兄さんが本気で戦ったら、宮殿が吹っ飛ぶのか……。
ノヴァさんはまだ警戒しているのか剣を鞘に収めようとしない。
皇太子が玉座に座る。皇太子から先ほどまでの威圧感は消えていた。
「そんな怖い顔しないでカルム、日が暮れる前に身体を清めないとね。月の神殿にはもちろん来るよね? 二年振りに帰ってきたんだお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ろうか?」
皇太子が穏やかな笑みを浮かべる。
今度は何を企んでいるのだろう? 皇太子の考えていることが読めない。
それにさっき頭の中に響いた声はいったい?
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