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103話「俺の言葉を信じて……!」
しおりを挟む「ノヴァさん今まで黙っててごめんなさい。でも隠そうとしてたわけじゃないんです。ずっと話そうと思ってました。それに王太子のエルガーとの婚約はとっくに破棄されてます!」
ノヴァさんの目を見て説明する。ノヴァさんの藤色の瞳は揺れているように見えた。
ノヴァさんショックを受けてるのかな? ……それとも俺の過去を知って幻滅した?
ザフィーアがエルガーを愛していた過去を皇太子殿下に暴露され俺は動揺していた。
ザフィーアは死にました、俺はザフィーアの前世の竜胆蘭という日本人で、ザフィーアとは別人格なので、ザフィーアのしたことは知りません……と言われても混乱するよな。こんな荒唐無稽な話信じてもらえない。
「そのことなんだけど、君とエルガー王太子の婚約はまだ破棄されていないんだよ」
皇太子の言葉に心臓がドクンと嫌な音を立てる。心臓から流れ出た淀みが体中に広がっていくような気持ち悪さを感じる。
「それはどういう……ことですか?」
俺の発した声は震えていた。
「エルガー王子も若いよね、大勢の前で【婚約を破棄します】といえば婚約を破棄できると思ってるなんて。ザフィーア・アインスとエルガー・レーゲンケーニクライヒの婚約は、国王とアインス公爵が決めたものだ。王太子が卒業パーティーだ【婚約を破棄する】と騒いだ程度では、破棄できないんだよ。
エーアガイツ国王は君と王太子の婚約破棄を認めてない。ザフィーア・アインスくん、だから君はまだ王太子の婚約者なんだよ。
アインス公爵とエーアガイツ国王に君が生きていると知らせたらとても喜んでいたよ。二人とも君が帰って来るのを待っている。待っている人がいるって幸せだね。君は自国の帰った方がいい、それがみんなのためだ。僕が国まで送って上げよう」
俺がまだ王太子エルガーの婚約者……!
素足でゴキブリを踏み潰したみたいに気持ち悪い。いやゴキブリ風呂に入れられたくらい気色悪い。悪寒が走り、全身に鳥肌が立つ。
……だというのに、心臓の奥でトクントクンと恋する乙女のような鼓動が聞こえる。
俺じゃない誰かが喜んでいるような……そんな変な感覚がある。
ふざけんな! 卒業パーティーで王太子に【婚約を破棄する!】と言われみんなの前で恥をかかされ、神子に冤罪を着せられ牢屋に入れられ、父親のアインス公爵に【アインス公爵家の恥晒し】と言われ頬を叩かれ、裸足で城から放り出され、民衆に罵声を浴びせられ石を投げつけられたんだ!
これだけのことをされたのに、神子と通じた浮気者の王太子の婚約が続いてるだと!
王命なんか知るか! 政略結婚なんて冗談じゃない! こっちから婚約を破棄してやる!!
絶対にレーゲンケーニクライヒ国になんか帰らない!!
王太子の婚約者に戻るなんて死んでも嫌だね!
そう思っているはずなのに、心臓が恋する乙女みたいにドクドク音を立てている。気持ち悪い……自分の体なのに別の誰かに操られてるみたいだ。
この心音の原因は皇太子殿下に真実を突きつけられたからか? 真実を知ったノヴァさんに捨てられるかもしれないという恐怖から?
よく分からない、心臓の辺りが切ないくらいに痛い。
「ノヴァさん……! 俺ノヴァさん以外の人と結婚したくない! レーゲンケーニクライヒ国になんか帰りたくないよ!」
ノヴァさんの腕をギュッと掴む。
今まで呆然と話を聞いていたノヴァさんの目に光が宿り、強く抱きしめられた。
不思議だ……ノヴァさんのたくましい腕に抱きしめられていると落ち着く。
嫌な音を立てていた心臓が、平時の鼓動に戻っていく。
さっきまで感じていた息苦しさも、体の中に得体のしれないものが広がっていくような気持ち悪さも……もう感じない。
俺はノヴァさんの背に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
ノヴァさんが体を少し離し、俺の顔を上に向かせる。
ノヴァさんの顔が近づいてきて、唇が重なる。
「シエル、愛してる」
ノヴァさんからの【愛してる】の言葉に心臓がトクントクンと音を立てる。
アメジストの瞳が真っ直ぐに俺を見つめていて、俺は泣きそうになる。
「ノヴァさんは俺の言葉信じてくれるの?」
「私がシエルを疑うはずがない、シエルは私の最愛の人だ! 信じる理由はそれで十分だ!」
「ノヴァさん……!」
俺はノヴァさんに抱きついた。両目からポロポロと涙があふれる。
ノヴァさんが俺の言葉を信じてくれなかったら……、信じたとしてもこんな面倒なことを抱えてる俺を拒否したら、ノヴァさんに嫌われたら……、そう考えると怖くて怖くて仕方なかった!
「ノヴァさん、好き! 大好き! 愛してる!!」
ノヴァさんが俺の背に腕を回す。
「私もシエルを愛している!」
ノヴァさんが俺の髪を優しい手つきでなでてくれた。
「一人でいろいろ抱えて辛かったのだな。これからは私がシエルを支える」
「うん、ありがとうノヴァさん!」
パチパチパチパチ……という冷たい拍手の音で我にかえる。
音のした方向を見ると、皇太子が氷河より冷たい目をしてこちらを見ていた。
「僕の弟を誑かすのはやめてもらえるなかな、ザフィーアくん」
「俺の名前はシエルです!」
皇太子の目を見て言い返す。
「兄上、シエルは私の最愛の人です! 誑かされてなどおりません!」
「ザフィーアくんはカルムにかけられた呪いを解いてくれた運命の人だからね、盲信したくなる気持ちも分かるよ、でもね君はこの国の皇子なんだから現実を見ないと」
ノヴァさんにかけられた呪い? なんの話だ?
「おやザフィーアくんには話してないのかな? カルムはね、運命の相手にしか勃起しない呪いをかけられているんだよ」
運命の相手にしか勃起しない呪い?
ノヴァさんは眉間にシワを寄せ皇太子を睨んでいた。
「昔々、国王の浮気に悩んでいた王妃がいてね。息子の一人に呪いをかけたんだよ【運命の相手にしか勃起しない体になれ】とね。それ以来我が一族にはこの呪いを受けた男児が生まれる。特に次男に出やすい呪いでね、カルムも生まれたときからこの呪いにかかっていた」
ノヴァさんのご先祖様、酷い呪いを子孫にかけたな。
「この世にたった一人しかいない運命の相手、その相手にしか勃起しないという迷惑な呪いさ。カルムは学園を卒業式してから二年間、運命の相手を探す旅をしていた。ノヴァ・シャランジェールという偽りの名を名乗ってね」
皇子であるノヴァさんが偽名を使って冒険者をしている理由が謎だった。皇太子言葉で謎が解けた。
ノヴァさんは二年間運命の相手を探す旅をしていたんだ。
「カルムはザフィーアくんと出会って始めて勃起して、性行為出来る喜びを愛だと勘違いしてしまったんだよ」
「違う! 私はシエルに会ったときひと目で恋に落ちた! 結果的にシエルは私の運命の相手だったが、シエルが運命の相手でなくても愛していた! シエルが運命の相手でないのなら私は一生童貞のままでも構わなかった!」
ノヴァさんの言葉に胸がドキドキと音を立てる。
「黙っていてすまない。不能の呪いをかけられていたなど知られたくなかった。確かに私は運命の相手を探す旅をしていた。しかしシエルに出会い一瞬で恋に落ち、運命の相手を探す旅をやめようと思った。シエルが運命の相手でないのなら一生童貞でも構わないと」
ノヴァさんは俺が運命の相手《勃起する対象》だから愛したわけじゃない。俺自身のことを好きになってくれたんですね。
「私の言葉を信じてくれるか?」
ノヴァさんが迷子の子犬のように寂しげな瞳で俺を見つめる。
「もちろんです、ノヴァさんは俺の言葉を信じてくれました、だから俺もノヴァさんの言葉を信じます!」
いつだってノヴァさんは俺を無条件に受け入れてくれた。俺の言葉を信じてくれた。だから俺もノヴァさんの言葉を信じる!
「シエル……!」
ノヴァさんにぎゅっと抱きしめられた。
ノヴァさん不能の呪いをかけられてたんだ。男としてこれほど不憫な呪いはない。
でも不能の呪いがかかっていたらからノヴァさんは運命の相手を探す旅に出た。ノヴァさんが旅に出なかったら、国を追われた俺と出会うこともなかった。
ノヴァさんが俺と会うまで童貞だったことも分かったし、不能の呪いをかけてくれたノヴァさんのご先祖様には感謝してる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
※※※【ノヴァの呪いについて】
「運命の人=勃起する人」であって「運命の人=愛する人」ではありません。ノヴァはたまたま「運命の人=勃起する人=愛する人」だったわけですが、同じ呪いをかけられた人が運命の人を見つけたからといってその人を愛せるわけではないのです。
この呪いをかけた人の性格の悪さを感じますね。なんせヴェルテュの祖先ですからね……。(^_^;)
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