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二十九話「駅馬車の旅⑤」

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馬車の中はブルブルと震えながら鞄を大事そうに抱えているもの、血の気の引いた顔で両手を胸の前で合わせヌーヴェル・リュンヌに祈りを捧げているもの、武器を構えいざというときの戦いに備えているものと、様々だった。

俺は目の前の親子を落ち着かせようと、リナちゃんの髪をなでた。リナちゃんが潤んだ瞳で俺を見る。

「心配いらないよノヴァさんは強いから、強盗なんてあっという間にやっつけてくれる!」

戦ってるところは見たことないけど、S級冒険者なら相当強いはず。多勢に無勢とはいえ、強盗なんかには負けないと信じている。

「うん」

リナちゃんが涙を拭きこくんとうなずいた。

「S級冒険者様が優勢です! 強盗は残り五人!」

御者が叫ぶ!

最初二十人もいた強盗が短時間で五人にまで減ってる! ノヴァさん強い! 俺は安堵の息を吐く。

馬車内がホッとしたムードに包まれたとき「キャー!」という悲鳴が上がった。

リナちゃんが男に抱き上げられ、首元にナイフを当てられていた。 

「リナ!」

「ママっ!」

「騒ぐな! ガキの命が惜しかったら金目の物を出せ!」

まさか外にいる強盗の仲間? 乗客に紛れていたのか!

「くそ! こんな田舎の駅馬車にS級冒険者が乗り込んでいるとはついてないぜ! ひと目をはばからずいちゃついてるからただのバカップルだと思って油断したぜ! 仲間が外から、オレが中から乗客を襲い制圧せる予定だったのに!」

やっぱり外の奴らの仲間だったのか!

「こうなったらあのすかした銀髪野郎が戻ってくる前にオレだけでも金を持って逃げさせてもらうぜ! ヤバい所から借金しちまったから、明日までに金を用意しねぇとオレの命がなくなるんでな! おい! てめぇら、さっさと金を出しやがれっ!!」

いらついた様子で強盗が叫ぶ。

くそっ! リナちゃんが人質に取られてるんじゃ手も足もだせない!

「お願いします! 皆さんお金を出して下さい! 助けて下さい!」

リナちゃんのお母さんが涙を流しながら、乗客に頭を下げる。

出し渋っていた乗客たちが、財布やかばんからお金や宝石を取り出した。

リナちゃんのお母さんは財布と結婚指輪を強盗に渡した。

「これが私の全財産です! お願いします! 娘を、リナを帰して下さい!」

リナちゃんのお母さんが泣き叫ぶ。

「チッ、こんなもんか……まあいい! おい、女! この金をバッグに詰めろ!」

強盗犯がバッグを投げる。通路に集まった金や宝石を、リナちゃんのお母さんがバッグに詰める。

「おい御者! 外の仲間は何人残ってる?」

強盗が御者に尋ねる。

「さ、三人、いや二人です!」

御者が外の様子を見て強盗に伝える。

「くそっ! もう二人にまで減っちまったのか! 使えない奴らだ!」

強盗が歯ぎしりをする。

「おいっ! お前!」

強盗が俺を睨む。

「俺? いや……わたしですか?」

「そうだ! S級冒険者の連れ! お前のはめてる指輪もよこせ!」

「指輪を……?」

女の子を落とすための小道具だからイミテーションだと思い、渡さなかったのだが。

「その宝石サファイアだろ! その大きさなら相当の金になる! さっさと渡せ!」

この強盗目利きができないのか? 本物とイミテーションの違いもわからないなんて。

いやしかしノヴァさんがすごいお金持ちで、女性や少年を落とすための小道具にそれなりのお金をかけていて、本物という可能性もある。

「さっさとよこせ! ガキがどうなってもいいのか!」

「助けてお姉ちゃん!」

涙で頬をぬらしたリナちゃんがこちらを見る。ノヴァさんからの預かりものだけど、リナちゃんの命には変えられない!

指輪を抜こうと、引っ張ったが指輪はびくともしなかった。もしかして指がむくんで抜けなくなった? こんなときに!

「何をやっている! ガキの命が惜しくないのか!」

「お姉ちゃん……!」

強盗がキレ気味に怒鳴り俺を睨む。リナちゃんが泣きながら助けを求めてくる。

ごめんリナちゃん、助けたいんだけど指輪が動かないんだ!

「指輪が抜けないんだっ!」

なんでだよ! はめるときはすんなりはまったのに!

「ああっ! 強盗があと一人になりました!」

御者が叫ぶ。

「くそっ! もういい!」

強盗がリナちゃんを床に突き飛ばしバッグを拾う。リナちゃんのお母さんがリナちゃんに駆け寄る。

「お前も来い!」

「えっ?」

強盗に手を掴まれた。

「ガキの代わりにお前を人質にする! 指輪が抜けないならお前ごとさらうまでだ! 外で戦ってる冒険者に伝えろ! 追ってきたら恋人の命はないってなっ!!」

強盗は俺の手を掴み乗降口へと向かう。

「指輪が抜けないなら、お前の指を切って指輪は奪えばいいだけだ」

馬車を降りたところで、強盗がそう呟いた。




◇◇◇◇◇
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