33 / 50
幕間 2
幕間 リュケル教会
しおりを挟むレオンが戦乙女と戦闘を繰り広げている時、世界の時間は停止していた。
王都にある教会、世界を創造した女神リュケルを崇める『リュケル教会』も時間停止の影響を受けていたのだが――
教会の中に一人、レオンと同じく『例外』が存在した。
「う~ん?」
時間停止の影響を受けた中年聖職者――教会長アルドナに対し、顔の前で手を振りながら反応を調べる女性。
彼女はリュケル教会ログレス王国王都支部の聖女ディアナだ。
「時間が止まっていますね」
時間停止の影響を受けた人間の反応、止まったまま動かない時計の針、段差に躓いた新人女性聖職者カーラの焦る顔とアクロバティックな態勢。
それらをぐるっと見回して、彼女は結論を出した。
「何故、私だけ動けるのでしょう?」
彼女は背後にあった祭壇を振り返る。
祭壇の後ろには色とりどりの花に囲まれた、白く美しい女神リュケルの像が置かれている。
彼女は女神像に対して跪き、顔を上げて懇願するような表情を見せた。
「これは何か災いが起きる前兆なのでしょうか? それとも既に起きているのでしょうか?」
聖女たる彼女は祈りを捧げ、女神リュケルとの交信を試みる。
しかし、反応はない。
女神との交信が成功する時と同じく、世界のどこかにいる女神と『繋がっている』感覚はあるというのに。
「一体、どうしたら……」
このまま時間が停止し続けてしまったらどうなってしまうのか、と彼女は恐怖を抱いたに違いない。
焦りと恐怖を一瞬だけ滲ませるが、冷静さを取り戻した彼女は再び祈りを捧げて女神との交信を試みる。
その後も何度か続けるが交信は行えず、時間だけが過ぎていく。
そして、三十分ほど経過したところで――聖女ディアナの視界が一瞬だけ暗転した。
「え?」
気付けば、祭壇の前にいたはずの自分は教会のキッチンにいる。
洗い物を終え、身に着けていたエプロンを外す――といった仕草の状態だったのだ。
「な、なんで?」
自分の身に起きたことに訳が分からないといった表情を見せるが、彼女はすぐに一言呟いた。
「……時間が戻っている?」
そう呟いた彼女は早い足取りで祭壇へと向かう。
「おや、どうしました?」
そこには掃き掃除をしていた教会長アルドナの姿がある。
同じだ。
時間停止が起きる数分前、彼女が見た光景と一緒。
洗い物を終えた自分は他の聖職者達と同じく、教会の清掃を行おうとしていた――その時見た光景と全く一緒なのである。
怪訝な表情で彼女を見る教会長アルドナに対し、驚きの表情を見せ続ける聖女ディアナ。
次の瞬間、視界の端にカーラの姿が映った。
「わひゃああ!?」
カーラの叫び声と水の入った桶が床に落ちる音が教会内に鳴り響く。
「おやおや、大丈夫ですか?」
続けて、転んだカーラを心配するアルドナの声が続く。
「怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
転んだカーラとアルドナのやり取りを見つめるディアナの目は、依然と点のまま。
まさしく「訳が分からない」を象徴しているような表情だった。
「先ほどからどうしたのです? 具合でも悪いのですか?」
「あ、いえ」
彼女の様子に気付いたアルドナが問うと、ディアナは正気に戻る。
そして、彼女はアルドナに自身が経験したことを包み隠さず語った。
「時間が止まっていた? しかも、時間が巻き戻った?」
「ええ、間違いなく」
時間が止まっていた、時間が巻き戻った、などと荒唐無稽にもほどがある話を聞かされたアルドナは一瞬だけたじろぐ。
しかし、すぐ冷静さを取り戻すように自身の顎を撫でながら「うーむ」と唸った。
「貴女が嘘をつくとは思えませんからね」
これまで誠実で真摯に職務を遂行してきた上、聖女という立場がディアナの話に信憑性を持たせたのだろう。
彼女をよく知るアルドナは「俄かに信じがたいが信じるしかない」といった雰囲気を醸し出す。
「貴女以外、全員が時間停止の影響を受けていたのですか?」
「はい」
ディアナが質問に対して頷くと、アルドナもまた頷いた。
「女神様の加護を持つ貴女だけは時間停止の影響を受けなかった。しかし、時間が巻き戻る現象には影響を受けた……。これはどう考えるべきでしょうか?」
「神、あるいは神と対をなす存在による御業としか考えられません」
世界の時間を停止し、更には時間を巻き戻すなど『神』以外に成し遂げられる存在はいない。
しかし、同時に『神』と対をなす存在もまた同じ行動を起こすことが可能だろう。
ディアナの返答を聞きながらも、アルドナは女神像を見上げる。
「女神様による奇跡の行使か、あるいは何者かによる邪悪な手段が行われたのか」
問題はどちらか、だ。
善か悪か、光か闇か。
情報の少ない彼女達は判断に迷う。
「女神様との交信を試みましたが……」
「ダメでしたか?」
「ええ。いつもの『あー』とか『う"ー!』という声も聞こえませんでした」
「うーむ……」
ディアナとアルドナの会話を聞いていたカーラは、小さな声で「それって女神様の声なの……?」と漏らした。
「では、聖女としての感覚はどうでしょう? 時間が停止していた中、何か感じましたか?」
「邪悪な気配は感じませんでした。むしろ、神聖さ……。女神様と交信をしている際に感じる感覚に似ていましたね」
ディアナは「明るい感じ」「脳みそに光が差し込む感じ」と自身の感覚を告げる。
カーラは小さな声で「脳みそに光……?」と呟きながら首を傾げた。
「ふぅむ……。現状ではまだ判断できませんね」
「そうですね。また同じ現象が起きるかどうか……」
光か闇か、どちらの影響なのか判断できなかった二人は一旦保留という決断を下した。
保留にはしたものの、ディアナは翌日の朝に再び女神との交信を試みることに。
身を清め、衣服も洗濯したばかりの物に着替えて――さぁ、交信するぞ! と気合を入れた時だ。
「失礼! 教会長はおられるか!?」
教会内に飛び込んで来たのは鎧を身に着けた騎士だった。
鎧には近衛騎士を示す紋章があり、同時に王城からの遣いという意味が含まれていることも察することができた。
「どうしました?」
奥からアルドナが姿を現すと、近衛騎士は「ああ!」と安堵する表情を浮かべた。
「教会長アルドナ殿、国王陛下より至急登城して頂きたいとお言葉を預かっております」
「陛下が?」
アルドナはディアナに顔を向けた。
彼の視線には「もしかして、昨晩の?」と「時間停止による件か?」と訴えるような色がある。
「承知しました。共に行きましょう」
アルドナは近衛騎士と共に教会を出て、話がしたいと言う王の元へ向かった。
「ディアナさん、教会長が外出したんで屋台で肉キメに行きませんか?」
「申し訳ありませんが、私は女神様との交信を行いますので……」
「そうですか。じゃあ、一人で――」
「私の分の肉肉サンドを買って来て下さい。ニンニク肉キャベツマシマシ、でお願いします」
「分かりました」
可愛い新人を見送ったあと、再び真剣な表情を浮かべたディアナは女神との交信を試みる。
が、ダメ!
やはり何度やってもダメ!
新人が買って帰ってきた肉肉サンドを食い、口の周りにソースをつけた状態で試みてもダメ!
「どうして……。女神様、どうしてお言葉を返してくれないのですか……?」
ディアナは女神像を見上げながら呟くが、すぐに顔を俯かせてため息を零す。
ニンニク臭い息が漏れた直後、教会のドアが開く。
振り返ると教会長アルドナの姿があった。
「おかえりなさい。……どうかしました?」
眉間に皺を寄せる彼の顔を見て、ディアナが声を掛けると――アルドナは真剣な表情でディアナに告げる。
「勇者が誕生しました」
14
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。


ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す
エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】
転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた!
元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。
相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ!
ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。
お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。
金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる