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本編
115 どちらが優れているか
しおりを挟む淑女と魔法少女。リーズレットとマキ。
どちらが上かを決める最後の戦いが始まった。
「ビィィィッチ! 今度こそ確実に息の根を止めてやりますわよォ!」
初手、リーズレットは相手への最短ルートを選択。肩に掛けていた対物ライフルを構えて真っ直ぐ斬り込んだ。
「お姉様は人生2周目の元クソババアじゃない!」
相対するマキは両手に溜めた魔力を炎の竜と繋げ、リーズレットを近寄らせぬよう壁にする。
「誰がクソババアですってええええッ!!」
ぶちギレたリーズレットの前に立ちはだかる炎の竜は大口を開けて彼女に喰らい付こうとした。
近寄っただけでとてつもない熱波が襲い掛かり、炎の竜が持つ熱量が非常に危ないものであると理解できる。
「邪魔ですわねッ!」
リーズレットは腰溜めに構えた対物ライフルの銃口を炎の竜へ向けて、内部に装填されたAMBを発射する。
近寄っただけですら致命傷を負う……どころか、跡形もなく溶かされてしまうであろう魔法の塊に対して、彼女は出し惜しみする事無く切り札の1発を撃ち込む。
「馬鹿じゃないの? 銃の弾なんて――ッ!?」
炎の竜に金属製の弾を撃ち込むなんて馬鹿なんじゃないのか。
すぐに溶けて無効化されるに決まっている、とほくそ笑んでいたマキだったがすぐに彼女の表情が驚愕に変わった。
リーズレットが放った銃弾は炎の竜を貫き、竜の腹に大穴を開けると炎の竜が徐々に霧散していく。
それどころか、竜を貫いた弾はそのまま直進して隠れていたマキへ向かって飛んで来た。
彼女が真っ先に切り札を撃ち込んだ狙いは理由は、炎の竜を利用した奇襲攻撃であった。
「ぐッ!?」
あれはマズイ。マキは直感的に察し、横に飛んで弾を回避した。
「貴女……ッ!」
AMBに対して初見であるマキへ弾を放つタイミングとしては完璧だったろう。
完璧に近い奇襲攻撃として機能したはずだった。
しかし、マキは弾を躱してみせた。マキとはこれまで2度の戦闘を行ってきたが、過去に見せた彼女からは想像できぬほどの俊敏さを見せる。
「は、ははッ! これがお姉様の見ていた景色なのねッ!」
マキの身体能力が向上した理由は埋め込まれた因子の影響だろう。
本人すらも驚くような劇的に向上した身体能力は確かにリーズレットと同等か、それ以上であった。
「クソガキッ!」
だが、目の前にあった炎の竜は消えた。遮るモノは何もない。
リーズレットは片手でアイアン・レディを1丁抜いて、通常弾を連射する。
牽制として放った弾を追うようにマキへ急接近。だが、今度のマキは今までのように接近を嫌うのではなく、自ら前へ出た。
「くたばれッ!」
マキは手の中に魔力を溜めると、それを握り潰す。手の中で圧縮された魔力は炎の鞭となってリーズレットへ振るった。
「チッ!」
リーズレットは咄嗟に身を屈めて横薙ぎにした鞭を躱す。躱した直後にアイアン・レディを撃ちながら態勢を整えるが、放った銃弾は全て炎の鞭でかき消されてしまった。
銃弾をかき消したマキは炎の鞭を振り被ると、リーズレットに向かって鞭を縦に振り下ろす。
それに対してリーズレットは横にステップして躱した直後、バックステップで距離を取りながらスカートに触れた。
カラン、とピンの抜けたグレネードが彼女の足元に落ちる。それをマキの方へと蹴飛ばした。
直後に大爆発を起こして黒煙を上げるが……。
「効かないって知っているでしょ?」
黒煙の中から無傷でマキが現れた。彼女はニタリと笑って、再びリーズレットと距離を詰めようと脚に力を入れた。
だが、マキの横から影が迫る。
「死んじゃいなッ!」
影の正体はナイフを振り被ったラムダであった。
彼はマキの側面から奇襲を仕掛けるが、
「邪魔よッ!」
「ぐっ!?」
マキは炎の鞭を振るってラムダを弾き飛ばした。
咄嗟に片腕でガードしたラムダだが、炎の鞭で腕を焼かれてしまう。
ゴロゴロと地面を転がりながらも体勢を整えたものの、着ていたパーカーが燃えて中にあった腕には一瞬触れただけでも大火傷を負ってしまった。
「チッ! 何が邪魔だッ!」
ラムダは目の色を変えて、超加速を使いながら再びマキへ肉薄する。
因子を組み込んだマキですら捉えられぬほどの速度であったが、このラムダの行動をマキはもう既に1度見ている。
自身の周りに炎を生み出し、体を覆うようにしてラムダのナイフを防ぐ。
「クソッ! 面倒臭いなァッ!」
足に力を入れて、踏ん張りながら急ブレーキをかけるラムダ。しかし、振り抜いたナイフの先端が炎に触れてしまうと、触れた瞬間にはナイフがドロドロに溶けてしまった。
すぐにナイフを捨ててバックステップして無事ではあったが、止まらずに体ごと突っ込めば彼の命は無かっただろう。
だが、最強の片割れ相手に優れた戦闘能力を見せつけたマキ。向上した身体能力と魔法を駆使する戦い方は、ラムダと相性が悪かったのだろう。
2人の格付けはここで決まってしまったも同然である。
やはり真の魔法少女となった彼女は止められないのか。
「まずはアンタから殺してやるわよッ!」
武器と片腕が動かないラムダに対し、マキは空いた手の中に魔力を溜めた。
瞬間的にチャージされた魔力は巨大な炎の球に変化すると、ラムダへ投げつけようとする。
「くたばりなさいッ! ビッチッ!!」
だが、放っておいては一番マズイ相手がいるではないか。
最強と謳われ、伝説を語り継がれた淑女が。
叫び声に反応してマキがリーズレットの方へ顔を向けると、そこには対物ライフルを構えた彼女がいた。
放たれるのは2発目のAMB。
マキは撃たれた、と認識した瞬間に手の中にあった炎の球をAMBに向けて放つ。
ぶつかり合う特殊弾と魔法の塊。勝利したのは勿論、AMBであった。
だが、炎の球を投げてぶつけた事でマキには1秒にも満たないが僅かな余裕が生まれる。その隙に射線から逃れるように横っ飛びするが――
「くたばれって言ってますのよォォォッ!!」
対物ライフルを捨てたリーズレットがマキへと駆け出した。
「そっちが死んでよッ!」
迫り来るリーズレットへ炎の鞭を振るうマキ。その軌道は横薙ぎに、彼女の腹に向けられた。
リーズレットが避けると見越して放った牽制の一撃。だが、リーズレットはそのまま走る。
「ぐッ!?」
炎の鞭はリーズレットの脇腹にバチンと当たると大量の火の粉を撒き散らした。
しかし、アイアン・レディの技術者集団、アルテミス達が愛を込めて作ったリーズレット専用の赤いドレスは炎の鞭を受け止めた。
高温を放つ炎の鞭が直撃したことでドレスの特殊繊維は焼け焦げたものの、内部を守る役割も果たす特殊なコルセットがリーズレットの美しい白い肌には傷をつけさせない。
「私を、止められるとでも思いましてェェェッ!!」
彼女は奥歯を噛み締めながら熱に耐え、遂にマキとの距離をゼロにした。
近接戦闘に備えて構えを取るマキ。
だが……。因子の影響で身体能力や反射能力が上がろうとも、扱える魔力量や魔力操作の技量が向上しようとも、体術に関してはやはり経験の差が露呈する。
いくら真の魔法少女になろうとも、体術を完全にマスターしたリーズレット相手に近接戦闘は分が悪すぎた。
魔法少女を狩るには接近戦闘がベスト。このセオリーは変わらない。
「このッ!」
マキも必死に拳を構えて応戦しつつ、合間に魔法を撃ち込もうとするがリーズレットは熟練のインファイトボクサーのように間合いを離させない。
マキが手に魔力を溜める一瞬の隙を突き、彼女の顎に掌底を入れると一瞬フラついた彼女の右腕を取った。
そのままマキの右腕を捻り上げて、ボキリと腕を折る。
「あああああッ! この、クソ女ああああッ!!」
マキの口からは痛みとリーズレットへの怨嗟のが混じった絶叫が吐き出された。
「んふふ。んふふふ!!」
魔法少女の絶叫を聞いた淑女は嬉しそうに笑った。
いつの間にか追い詰められているのはどちらか、それはもう明白だろう。
切り札を牽制として使用するといった豪快な選択は正しかった。魔法の着弾を恐れずに前へ出る判断は正しかった。
いや、淑女にしか出来ぬ選択だろうか。
完全に相手の懐に入っただけでなく、片腕をへし折ったリーズレットのターンは終わらない。
マキの髪を掴み、顔面に膝蹴りを入れて。よろめいたマキが魔法で応戦しようとする前に、顔面に右ストレートを叩き込む。
「こ、このッ! ガッ!?」
淑女と魔法少女の戦いは完全な肉弾戦に変わった。キャットファイトなんて生易しいモノじゃなく、獣が獲物を蹂躙するような激しく一方的な近接戦闘がマキを襲う。
辛うじて立っていたマキは淑女の放ったパンチを顔面に食らうと鼻血を出しながらたたらを踏んだ。
こうなってしまえば淑女の独壇場。
所詮は魔法少女である。
近接戦に対応できず、魔法を撃てぬ魔法少女に価値はあるのだろうか?
やはり魔法少女では淑女には敵わぬ。
どれだけ最強の因子を埋め込まれようと、2度も最強になったオリジナルには敵うはずがない。
リーズレットのボディブローとアッパーがマキに叩き込まれ、トドメの回し蹴りがマキの首筋に刺さった。
吹き飛んだマキは地面をバウンドしながら転がって立ち上がらなくなった。
「はぁ、はぁ……」
怒涛のラッシュに息を切らしながらも、リーズレットはホルスターにあったアイアン・レディを抜いて近寄って行く。
もう立てぬほどにダメージを負ったマキの胸を踏みつけて、銃口を彼女の頭部へ向けた。
「なん、で……。なんで勝てないの……」
親友の復讐を誓ったマキは負けた。気持ちも、能力も、決してリーズレットに負けていないはずなのに。
なぜ勝てないのか、と相手に問うてしまうほど負けた理由がわからなかった。
「貴女が淑女ではないからですわね」
淑女。
それは最強の称号を得るに相応しい存在。
マキがリーズレットに勝つ為には真の魔法少女ではなく、淑女にならねばならなかった。
魔法少女という存在である以上、淑女と対等な存在になれるはずがない。
「ごきげんよう。ファッキンビッチ。来世ではもう少しまともな存在になれるよう、祈って差し上げますわ」
リーズレットは中指を立てて、アイアン・レディに装填されたAMBをマキの額に撃ち込んだ。
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