愛を教えて、キミ色に染めて【完】

夏目萌

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「え?  あ、大丈夫ですよ、それくらい私が持ちますから」
「こういう時は素直に甘えるべきだぜ?  いいからほら、早く必要な食材を選ぶぞ」
「は、はい!  ありがとうございます!」

 まだまだ異性と一緒という状況に慣れない円香は全てが手探り状態。

 戸惑う事の方が多いものの伊織の優しさに甘える事にして必要な物を選んで行く。

 そして、二人は暫く店内に留まってあれこれと必要な食材を選び買い物を済ませた後、

「あの、伊織さん、私も持ちますから」
「いいっての」
「で、でも……」

 二袋になった買い物袋を自分が一つ持つと言って聞かない円香を諦めさせる為に伊織が取った行動、それは――

「――っ!?」
「これで手が塞がってんだから、荷物は持てねぇだろ?  さっさと帰るぞ」

 左手にバッグを持っている円香の右手をさり気なく取って繋ぎ、強引に納得させる事だった。

「あ、あの……荷物、重くないですか?」
「このくらい平気に決まってんだろーが」
「そ、そうですよね。男の人ですもの、私なんかよりも力はありますよね」
「そうそう。だからいちいち気にしてんじゃねーよ」
「……はい」

 歩き始めて暫く、荷物を伊織一人に持たせている事に依然として罪悪感を持っていた円香は時折彼を気にかけるも、あまりしつこく聞くのも鬱陶しいかもしれないと考え気にするのを止めた。

(手を繋いでるだけなのに、凄く、ドキドキする)

 手を繋いで歩く二人、伊織は特に何とも思っていない様子だけど、円香はそれだけで既に緊張していた。

(ドキドキするけど、やっぱり嬉しいな。会って、こうして触れられるのって。何だか、安心する)

 たったこれだけの事でも会えなかった時間の淋しさは埋まっていき、円香は心が満たされていくのを感じていた。


「それじゃあ、キッチンお借りしますね」
「ああ」

 マンションに着き、伊織の部屋に入った円香は気合いを入れて早速料理に取り掛かる。

 実は円香は初めから料理が上手い訳でも出来る訳でもなく、伊織との交際が始まり、逢えない時間にひたすら練習を重ねていたのだ。

 初めこそ調味料を入れ間違ったり、火加減を誤ったりというミスがあって何度か失敗はしたものの、料理を教えてくれた雪城家の家政婦たちによって挑戦三度目から手際も良く、見た目も味も良い物が仕上がるようになっていた。

(オムライスは何度か挑戦したから大丈夫!  まずはご飯を炊いて……と。あ、そうだ、野菜のスープも作らなきゃ)

 そんな円香は自信に満ち溢れていて、初めて使う伊織の部屋のキッチンでも戸惑う事無く、手際良く料理を進めていく。

 円香が料理を作っている間、伊織はソファーに横になりながらその様子を時折眺めていた。

(何やってんだろうな、俺は)

 交際中の円香を部屋に上げるのは良いとしても、スーパーで買い物をしたり、自ら手を繋いで歩いたり、更にはこうして今、“彼女”の手料理が出来上がるのを待っているというシチュエーション。

 任務の為とは言え、こんな風に恋愛ごっこをするつもりが無かった伊織にとって、今のこの風景は有り得ないものなのに、止めるどころかもう少し楽しみたいと思う自分がいる事に戸惑っていた。

(こんなの、気まぐれだ。まあ、退屈な時間を一人で過ごすよりは、いいかもな)

 今は任務の為に本来の居住地であるutilityの事務所を離れて一人マンション生活を続けている事もあり、一人で過ごす毎日は時に暇になる。

 だから、その暇な時間を埋める為には円香と過ごすのはちょうどいいんだと自分に言い聞かせ、料理が出来上がるのを待っていた。

 そして、それから約一時間弱で料理は出来上がり、

「お待たせしました、伊織さん!」

 ソファー前にあるローテーブルに並べられた料理を前にした伊織の口からは思わず、

「……美味そうだな」

 という言葉が漏れていた。
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