11 / 62
Ⅱ
2
しおりを挟む
「……あの、伊織……さん」
「何だよ?」
「その…………」
「ん?」
「……えっと……」
嬉しそうにしていた円香の声のトーンが急に少しだけ下がると、何か言いたそうにしているものの中々言葉を口にしない。
普段の伊織ならば、はっきりしない相手に時間を割く事など決してしないのだが、これもまた気まぐれからなのか円香が話すのを待っていた。
そして、
「……伊織さんに……会いたい……」
消え入りそうな声だけど、ようやく自分の思いを口にする事が出来た円香のその台詞を聞いた伊織の心は、深く動揺していた。
(何だこれ、会いたいとか、これまでも女に言われてきた言葉なのに、円香に言われると、心臓が騒がしくなる……)
「あ、ご、ごめんなさい……忙しいのに。今のは忘れてください! あの、忙しいかもしれませんが、きちんと食事をして、睡眠もとってくださいね。それじゃあ――」
円香はつい本音を口にしてしまい、失敗したと思っていた。
社会人と大学生じゃ忙しさが違うのだから、我がままなんて言ってはいけなかったと反省し、すぐに電話を切ろうとしたのだけど、
「――円香」
「は、はい?」
切る間際、突然名前を呼ばれた円香が返事をすると、
「明日、休みだろ? 今から泊まりに来いよ」
思ってもいなかった言葉が返ってきたので円香はすぐに返す事が出来ず、
「おい、円香?」
再度名前を呼ばれた事で我に返り、
「い、行きます! 行きたいです!!」
慌てて返事をした。
「マンションの最寄り駅分かるよな? 駅で待っててやるから、電車乗ったら知らせろよ」
「はい!」
こうして思いがけず会う事になった二人の表情には、それぞれ嬉しさが込み上げていた。
「伊織さん、お久しぶりです!」
「おう」
明日は土曜日で大学は休み、バイトもしていない円香には特に予定も無いので伊織の誘いに乗って彼の住む街へやって来た。
駅の改札を抜けるとすぐに伊織が待っている姿を見つけ、円香は満面の笑みを浮かべながら駆け寄って行く。
「もう飯食ったか?」
「いえ、まだです」
「家に何もねぇし、その辺で食ってくか」
ちょうど夕飯時とあってお腹が空いていた伊織は円香もご飯を食べていないと分かり、どこかで食べて行こうと提案するも、
「あ、あの……伊織さん」
「ん?」
「その、もし、ご迷惑で無ければ、私がご飯、作りたいです」
もじもじ恥ずかしそうに言い淀みながらも、円香は自分がご飯を作りたいと申し出る。
「……あー、まあ、別に構わねぇけど……お前、食えるモン作れんの?」
「つ、作れますよ! 私、こう見えてもお料理は得意な方なんです!」
「へぇー」
「あ、信じてませんね? 本当ですよ?」
「分かったよ。ならスーパー寄ってくぞ。家に何もねぇからな」
「はい!」
円香はお嬢様で家にはお手伝いさんも居る事から彼女が料理をする機会はほぼ無いに等しいはず。
情報収集をして雪城家の事を全て熟知済みの伊織は、円香が料理出来るのか半信半疑だった。
(お嬢様の手料理ね……。つーか、手料理食うとかどんだけだよ。有り得ねぇだろ普通)
それに、いくらスパイでないと分かってはいても、駒として使っている女の手料理を口にする事なんて無かった伊織は自分自身の言動に驚いていた。
「伊織さん、何が食べたいとかありますか? 嫌いな物とか……」
スーパーに着き、買い物カゴを手にした円香は食材を買う為、伊織に料理のリクエストを聞いてみる。
「嫌いなモンは特にねぇ。食いたい物は……思いつかねぇから任せるわ」
しかし、特に食べたい物が思いつかない伊織は円香に丸投げする。
「そうですか……それじゃあ、オムライスとかどうですか? すぐ作れる物の方が良いですよね」
「ああ、それで頼む」
「はい! それじゃあ早速材料を……」
「貸せ、俺が持つ」
料理が決まり、いざ食材を選ぼうと一歩踏み出した円香から伊織は買い物カゴを取り上げた。
「何だよ?」
「その…………」
「ん?」
「……えっと……」
嬉しそうにしていた円香の声のトーンが急に少しだけ下がると、何か言いたそうにしているものの中々言葉を口にしない。
普段の伊織ならば、はっきりしない相手に時間を割く事など決してしないのだが、これもまた気まぐれからなのか円香が話すのを待っていた。
そして、
「……伊織さんに……会いたい……」
消え入りそうな声だけど、ようやく自分の思いを口にする事が出来た円香のその台詞を聞いた伊織の心は、深く動揺していた。
(何だこれ、会いたいとか、これまでも女に言われてきた言葉なのに、円香に言われると、心臓が騒がしくなる……)
「あ、ご、ごめんなさい……忙しいのに。今のは忘れてください! あの、忙しいかもしれませんが、きちんと食事をして、睡眠もとってくださいね。それじゃあ――」
円香はつい本音を口にしてしまい、失敗したと思っていた。
社会人と大学生じゃ忙しさが違うのだから、我がままなんて言ってはいけなかったと反省し、すぐに電話を切ろうとしたのだけど、
「――円香」
「は、はい?」
切る間際、突然名前を呼ばれた円香が返事をすると、
「明日、休みだろ? 今から泊まりに来いよ」
思ってもいなかった言葉が返ってきたので円香はすぐに返す事が出来ず、
「おい、円香?」
再度名前を呼ばれた事で我に返り、
「い、行きます! 行きたいです!!」
慌てて返事をした。
「マンションの最寄り駅分かるよな? 駅で待っててやるから、電車乗ったら知らせろよ」
「はい!」
こうして思いがけず会う事になった二人の表情には、それぞれ嬉しさが込み上げていた。
「伊織さん、お久しぶりです!」
「おう」
明日は土曜日で大学は休み、バイトもしていない円香には特に予定も無いので伊織の誘いに乗って彼の住む街へやって来た。
駅の改札を抜けるとすぐに伊織が待っている姿を見つけ、円香は満面の笑みを浮かべながら駆け寄って行く。
「もう飯食ったか?」
「いえ、まだです」
「家に何もねぇし、その辺で食ってくか」
ちょうど夕飯時とあってお腹が空いていた伊織は円香もご飯を食べていないと分かり、どこかで食べて行こうと提案するも、
「あ、あの……伊織さん」
「ん?」
「その、もし、ご迷惑で無ければ、私がご飯、作りたいです」
もじもじ恥ずかしそうに言い淀みながらも、円香は自分がご飯を作りたいと申し出る。
「……あー、まあ、別に構わねぇけど……お前、食えるモン作れんの?」
「つ、作れますよ! 私、こう見えてもお料理は得意な方なんです!」
「へぇー」
「あ、信じてませんね? 本当ですよ?」
「分かったよ。ならスーパー寄ってくぞ。家に何もねぇからな」
「はい!」
円香はお嬢様で家にはお手伝いさんも居る事から彼女が料理をする機会はほぼ無いに等しいはず。
情報収集をして雪城家の事を全て熟知済みの伊織は、円香が料理出来るのか半信半疑だった。
(お嬢様の手料理ね……。つーか、手料理食うとかどんだけだよ。有り得ねぇだろ普通)
それに、いくらスパイでないと分かってはいても、駒として使っている女の手料理を口にする事なんて無かった伊織は自分自身の言動に驚いていた。
「伊織さん、何が食べたいとかありますか? 嫌いな物とか……」
スーパーに着き、買い物カゴを手にした円香は食材を買う為、伊織に料理のリクエストを聞いてみる。
「嫌いなモンは特にねぇ。食いたい物は……思いつかねぇから任せるわ」
しかし、特に食べたい物が思いつかない伊織は円香に丸投げする。
「そうですか……それじゃあ、オムライスとかどうですか? すぐ作れる物の方が良いですよね」
「ああ、それで頼む」
「はい! それじゃあ早速材料を……」
「貸せ、俺が持つ」
料理が決まり、いざ食材を選ぼうと一歩踏み出した円香から伊織は買い物カゴを取り上げた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる