愛を教えて、キミ色に染めて【完】

夏目萌(月嶋ゆのん)

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「はぁ……」

 ある日の夕方、講義を終えた円香はスマホを見るなり深い溜め息を吐く。

「何よ、円香。そんな大きな溜め息吐くなんて、らしくないじゃない?」
「え?  あ、ごめん。無意識だった……」

 そんな円香に声を掛けたのは隣に座っている葉子で、普段溜め息なんて吐く事のない円香が一際大きな溜め息を吐いた事に疑問を感じていた。

「もしかして、『彼』の事?」
「う、うん。このところ返事が無くて……」
「仕事、忙しいんじゃないの?  社会人なんてそんなもんよ」
「そ、そうだよね」

 あの日――伊織に初めてを捧げた夜から約ひと月、円香は伊織と会っていなかった。

 連絡はたまに取り合っていたものの、忙しいという一言を残して以降、連絡が無くなってもうすぐ一週間が経とうとしていた。

 実は伊織はあの日、円香に自分は『便利屋』として任務を遂行していたところだったという話をしたのだ。

 それを聞いた円香は、伊織が電話で話していた内容からすっかり便利屋の人間だと信じ込んでいた。

 合コンに参加したのも、会社で働いているのも全て任務の為だと聞いている円香。

 その任務は円香が酔い潰れ、よろけて支えてくれた伊織に吐いてしまった事が原因で失敗に終わったので、今度は邪魔しないようにと気を遣っている為、自分から連絡が出来ないでいた。

(……初めて出来た彼氏……だから、もっと会いたいんだけど、大人は頻繁に会ったりはしないのかな……)

 すっかり伊織の虜になっている円香は会いたい気持ちを必死に抑えながら、連絡は今かと待ちながら毎日を送っている。

 そんな円香の気持ちを知ってか知らずか、伊織は彼女と付き合ってからも以前と変わらぬ毎日を過ごしていた。


「――で?  伊織、その女の子と付き合ってんだろ?  一緒に住んでんのか?」
「馬鹿言え。住む訳ねぇだろーが。任務の邪魔だ。つーか、あの日以降会ってもいねぇよ」
「相変わらず冷てぇな、伊織は」
「あのな、俺はあくまで使える駒としてキープしてるようなもんで、別に恋愛ごっこする気はねぇんだよ。ま、会うとするならヤリたいと思った時くれぇだな」
「下衆が。まあ何でもいいけどよ、くれぐれも俺らの仕事、知られるなよ?」
「誰に言ってんだよ。俺がそんなヘマする訳ねぇだろうが。それじゃあな」

 任務の状況確認をする為、雷斗と電話をしていた伊織は用事が済むとさっさと切ってスマホをソファーの上に投げ捨てた。

「あー、そういえば円香アイツに連絡したの、いつだったかな」

 雷斗との電話で円香の話題が出た事でふと彼女の存在を思い出した伊織は再びスマホを手に取ると、気まぐれから円香に電話を掛けた。

「――も、もしもし!?」

 すると、一度目のコール音で電話に出た円香。

 声の様子から驚いているのが伊織にも伝わっていた。

「おー悪ぃな、連絡出来てなくて」
「い、いえ!  その……お仕事忙しいの、もう大丈夫なんですか?」
「いや、まあ、まだ忙しいのに変わりはねぇよ」
「そうなんですね。お忙しい中、わざわざ電話をくださってありがとうございます!」

 ただ、何気なく電話を掛けた伊織には予想もしていない言葉で、

(何だよ、ありがとうって……俺はただ、気まぐれで掛けただけなのによ……)

 声だけしか聞いていないはずなのに、今円香がどのような表情を浮かべているか、手に取るように分かる伊織は複雑な心境だった。
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