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自分の両親

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「それに、あなたのお母さん、今は水商売なんてしてなくて、看護師さんをして働いているんでしょう?知成から聞いたわ」
今度は大木の母親が口を開く。

「ええ、若い頃に客として店にやってきた父と出会って、看護師の専門学校に行くお金を出してもらうことと、子どもを産むことを条件に、番になったそうです」
これが、母から伝え聞いた自分の両親の馴れ初めだった。

「子どもがいる上で学校行って、看護師さんになるなんて。お母さん、すっごく立派だと思うけどなあ」
咲子が呟く。

「そうかな……」
咲子の言うとおり、子どもを抱えた身で学や資格を身につけられたのは、母自身の努力の賜物であろうし、間違いなく立派なことと言えるだろう。
しかし、円はどうあっても、母を尊敬できなかった。

円が生まれた当時、富裕層のアルファたちの間で何人ものオメガを番にして、たくさんの子どもを生ませることが「流行」していた。
当時のアルファたちはみんなして、仲間内で番は何人いるか、子どもが何人いるかで競い合っていたらしい。

番と子どもをたくさん持つことは、明確な財力誇示、ひいては精力誇示となるから、自慢の種にもなったのだ。
円の父もそんなアルファたちのうちの1人だった。

一方で母は、オメガであることを理由に定職に就くことができなかった。
若い頃の母は、水商売に従事して金を貯めて、医者や看護師になるための学校に通うことを目標としていた。
そんな矢先に、客として何度か来ていた父は、母がオメガだと知るや否や、こう口説いてきたのだ。

「ねえ、オレさ、番を集めてんだよね。子どももたくさん欲しくて……自分の子どもを100人作るのが目標なの。だからさ、最低でも3人は産んでくれない?キミが欲しいもの、何でも買ってあげる。大学行きたいとか、事業を立ち上げたいとか、やりたいことがあるなら、金は出すよ。だから、番になってくれない?」
これが、父が番にしたいオメガを見つけたときの誘い文句だった。

「ハハッ!やだあ、100人って……まあ、いいや。私はね、医者とか弁護士とか、あと、看護師とか歯科衛生士とかね、食いっぱぐれの無い職に就くのが目標なんだけど、そういう技能を身につけるための学校に通いたいんだ。そのための学費、出してくれるの?」
「いいよ、それぐらい」
「そう、じゃあ、私、豪貴さんの番になるよ!」
こうして2人の利害は一致して、番となった。


いわば円は、父から見ればステイタス・シンボルで、数あるコレクションのひとつ。
母から見れば生活の糧となるアルファを繋ぎ留めるための、かせのようなものだった。
普通の夫婦が我が子に向けるような期待もされず、これといった関心も抱かれず、ただ存在することだけを求められていた。

番と自分の子どもたちをコレクション程度にしか考えない父親と、自分の子どもをダシにして、そんな父親を利用していた母親。
円には、どちらも等しく尊敬できない存在だった。

もっとも、父が持ちかけた「子どもを3人産むこと」という誓約は、果たされることはなかった。

母は円を産んでしばらく経った後に専門学校に通いはじめた。
卒業後は、父に住まわせてもらっていたタワーマンション近くの大学病院に就職。
仕事に慣れた頃合いに、あと2人産むつもりでいたところ、あの事件が起きた。
結果、「自分の子どもが100人欲しい」という父のバカげた願望も、果たされることはなかった。
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