49 / 63
自分の両親
しおりを挟む
「それに、あなたのお母さん、今は水商売なんてしてなくて、看護師さんをして働いているんでしょう?知成から聞いたわ」
今度は大木の母親が口を開く。
「ええ、若い頃に客として店にやってきた父と出会って、看護師の専門学校に行くお金を出してもらうことと、子どもを産むことを条件に、番になったそうです」
これが、母から伝え聞いた自分の両親の馴れ初めだった。
「子どもがいる上で学校行って、看護師さんになるなんて。お母さん、すっごく立派だと思うけどなあ」
咲子が呟く。
「そうかな……」
咲子の言うとおり、子どもを抱えた身で学や資格を身につけられたのは、母自身の努力の賜物であろうし、間違いなく立派なことと言えるだろう。
しかし、円はどうあっても、母を尊敬できなかった。
円が生まれた当時、富裕層のアルファたちの間で何人ものオメガを番にして、たくさんの子どもを生ませることが「流行」していた。
当時のアルファたちはみんなして、仲間内で番は何人いるか、子どもが何人いるかで競い合っていたらしい。
番と子どもをたくさん持つことは、明確な財力誇示、ひいては精力誇示となるから、自慢の種にもなったのだ。
円の父もそんなアルファたちのうちの1人だった。
一方で母は、オメガであることを理由に定職に就くことができなかった。
若い頃の母は、水商売に従事して金を貯めて、医者や看護師になるための学校に通うことを目標としていた。
そんな矢先に、客として何度か来ていた父は、母がオメガだと知るや否や、こう口説いてきたのだ。
「ねえ、オレさ、番を集めてんだよね。子どももたくさん欲しくて……自分の子どもを100人作るのが目標なの。だからさ、最低でも3人は産んでくれない?キミが欲しいもの、何でも買ってあげる。大学行きたいとか、事業を立ち上げたいとか、やりたいことがあるなら、金は出すよ。だから、番になってくれない?」
これが、父が番にしたいオメガを見つけたときの誘い文句だった。
「ハハッ!やだあ、100人って……まあ、いいや。私はね、医者とか弁護士とか、あと、看護師とか歯科衛生士とかね、食いっぱぐれの無い職に就くのが目標なんだけど、そういう技能を身につけるための学校に通いたいんだ。そのための学費、出してくれるの?」
「いいよ、それぐらい」
「そう、じゃあ、私、豪貴さんの番になるよ!」
こうして2人の利害は一致して、番となった。
いわば円は、父から見ればステイタス・シンボルで、数あるコレクションのひとつ。
母から見れば生活の糧となるアルファを繋ぎ留めるための、枷のようなものだった。
普通の夫婦が我が子に向けるような期待もされず、これといった関心も抱かれず、ただ存在することだけを求められていた。
番と自分の子どもたちをコレクション程度にしか考えない父親と、自分の子どもをダシにして、そんな父親を利用していた母親。
円には、どちらも等しく尊敬できない存在だった。
もっとも、父が持ちかけた「子どもを3人産むこと」という誓約は、果たされることはなかった。
母は円を産んでしばらく経った後に専門学校に通いはじめた。
卒業後は、父に住まわせてもらっていたタワーマンション近くの大学病院に就職。
仕事に慣れた頃合いに、あと2人産むつもりでいたところ、あの事件が起きた。
結果、「自分の子どもが100人欲しい」という父のバカげた願望も、果たされることはなかった。
今度は大木の母親が口を開く。
「ええ、若い頃に客として店にやってきた父と出会って、看護師の専門学校に行くお金を出してもらうことと、子どもを産むことを条件に、番になったそうです」
これが、母から伝え聞いた自分の両親の馴れ初めだった。
「子どもがいる上で学校行って、看護師さんになるなんて。お母さん、すっごく立派だと思うけどなあ」
咲子が呟く。
「そうかな……」
咲子の言うとおり、子どもを抱えた身で学や資格を身につけられたのは、母自身の努力の賜物であろうし、間違いなく立派なことと言えるだろう。
しかし、円はどうあっても、母を尊敬できなかった。
円が生まれた当時、富裕層のアルファたちの間で何人ものオメガを番にして、たくさんの子どもを生ませることが「流行」していた。
当時のアルファたちはみんなして、仲間内で番は何人いるか、子どもが何人いるかで競い合っていたらしい。
番と子どもをたくさん持つことは、明確な財力誇示、ひいては精力誇示となるから、自慢の種にもなったのだ。
円の父もそんなアルファたちのうちの1人だった。
一方で母は、オメガであることを理由に定職に就くことができなかった。
若い頃の母は、水商売に従事して金を貯めて、医者や看護師になるための学校に通うことを目標としていた。
そんな矢先に、客として何度か来ていた父は、母がオメガだと知るや否や、こう口説いてきたのだ。
「ねえ、オレさ、番を集めてんだよね。子どももたくさん欲しくて……自分の子どもを100人作るのが目標なの。だからさ、最低でも3人は産んでくれない?キミが欲しいもの、何でも買ってあげる。大学行きたいとか、事業を立ち上げたいとか、やりたいことがあるなら、金は出すよ。だから、番になってくれない?」
これが、父が番にしたいオメガを見つけたときの誘い文句だった。
「ハハッ!やだあ、100人って……まあ、いいや。私はね、医者とか弁護士とか、あと、看護師とか歯科衛生士とかね、食いっぱぐれの無い職に就くのが目標なんだけど、そういう技能を身につけるための学校に通いたいんだ。そのための学費、出してくれるの?」
「いいよ、それぐらい」
「そう、じゃあ、私、豪貴さんの番になるよ!」
こうして2人の利害は一致して、番となった。
いわば円は、父から見ればステイタス・シンボルで、数あるコレクションのひとつ。
母から見れば生活の糧となるアルファを繋ぎ留めるための、枷のようなものだった。
普通の夫婦が我が子に向けるような期待もされず、これといった関心も抱かれず、ただ存在することだけを求められていた。
番と自分の子どもたちをコレクション程度にしか考えない父親と、自分の子どもをダシにして、そんな父親を利用していた母親。
円には、どちらも等しく尊敬できない存在だった。
もっとも、父が持ちかけた「子どもを3人産むこと」という誓約は、果たされることはなかった。
母は円を産んでしばらく経った後に専門学校に通いはじめた。
卒業後は、父に住まわせてもらっていたタワーマンション近くの大学病院に就職。
仕事に慣れた頃合いに、あと2人産むつもりでいたところ、あの事件が起きた。
結果、「自分の子どもが100人欲しい」という父のバカげた願望も、果たされることはなかった。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる