50 / 63
朗らかな気持ち
しおりを挟む
「わたしは、きみが何者でも、きみの親御さんがどんな人であっても、関係の無いことだと思ってる」
円の話を聞き終えた大木の父親が、答えを出した。
「……そうですか」
「そうだ。オメガだろうが、ひとり親家庭だろうが、昔に起きた殺人事件の関係者だろうが、知成が決めた相手だ。自分の子どもの色恋沙汰に、とやかく言うつもりはない」
「私も同意見よ。マスコミとか下世話な人が来るかもしれないって言うけどね、そういう人はすぐに別の話題に飛びついちゃうものよ。「人の噂も七五日」って言うじゃない。大したことないわ」
大木の母親は、まるで飛んできた虫を払いのけるかのように、ほっそりした手を目の前にかざした。
「言えてる!それにさ、結婚はしてないけど、もう番になってるんだったら、たいぶ今さらじゃない?何なら、もう「関係者」みたいなもんじゃない」
咲子も両親に追従するように言い放ち、皿の上のマカロンをひとつ、つまみ上げてかじった。
「それも、そうか……」
咲子の言うことも一理あるな、と円は納得した。
「ありがとうございます。専務、人事部長」
今日、言おうと思っていたことを全て吐露し終わった円は、深々と頭を下げた。
「おいおい、会社の外でまで「専務」はよしてくれ!」
大木の父親は鳩が豆鉄炮を食らったような顔をした。
「ボクが本社に異動が決まったの、専務と部長がいろいろ根回ししてくれたおかげだって聞きました。今回お邪魔したのは、そのお礼を言いたいから、というのもあるんです」
これも本音だった。
本社の専務たる大木の父親には、本当に感謝している。
しかし、その感謝の意を伝えようにも、専務と直接話せる機会など、なかなか見つからない。
感謝の意を述べるなら、このときしかないと考えて、今日に至ったのだ。
「あれは、向こうの人事や上層部に問題があると思ったから、介入させてもらったまでのことだ。知成じゃなくても、あれほどの問題を誰かに通告されたら、同じようなことをしたよ」
「そうよ。確かにね、知成から話を聞いて、いくらか根回しをしたわ。でも、それはあなたの実力と努力あってのものよ?ちゃんとした仕事をしている人が、きちんと評価されないのはおかしいと思ったから、向こうの人事に呼びかけたの」
大木の父親に続くように、大木の母親が答える。
「ありがとうございます」
円はまた、深々と頭を下げた。
「うん。本社でも、頑張ってくれ。きみの能力次第では、昇進も夢じゃないからな。ただまあ、今の私は「専務」じゃあないんだ。仕事の話は会社でしよう。もう、きみ自身の話は済んだんだろう?」
「そうですね。伝えたいことは全て話しました」
円は下げていた頭をゆっくり上げた。
「今はきみがお客さんなんだから、かしこまらずに、ゆっくりしてくれ」
そうは言われたものの、「専務」「部長」以外になんと呼べばいいのだろう。
結婚していないのだから「お義父さん」「お義母さん」も変な気がするし、「丈成さん」「啓子さん」と呼ぶのは馴れ馴れしい気がする。
その日は、話したいことをすべて話して、すぐ帰ることにした。
長居する理由もないし、大木の家族だって、他人にいつまでも家に居られるのは居心地悪いだろう、と考えてのことだ。
「あまり長居する必要もないので、もうそろそろ失礼しますね」
円はそう言って、おもむろに立ち上がった。
「そうですか……父さん、母さん、咲子。俺は円さんを送っていくよ」
大木も、円に続いて立ち上がった。
帰り際、大木一家は円を玄関先まで見送ってくれた。
「円さん、機会あったら、また来てね!」
咲子が元気よく、手を振る。
「うん、ありがとう。みなさん、お邪魔しました」
円も、それに応えるようにして手を振った。
「ああ。来てくれて、ありがとう」
「お気をつけて」
大木の両親も、にこやかに手を振ってみせてくれた。
「さ、行きましょう、円さん」
大木が円の肩に手を置いた。
「うん」
大木に促されて、円は足を進めた。
「ねえ、ごはんはまだ食べてないんですよね?」
大木が大柄な体をかがめて、円の顔を覗き込む。
「うん。どっかで食べようかな」
「そうですね、どっか安いとこ探しましょう」
大木がポケットの中を探り、スマートフォンを取り出した。
「ううん、今日はね、高いところでもいいんだ。今は気分がいいから、ちょっと散財したい気分なの」
「え?ああ、そうですか。じゃあ、近くの店でいいですか?家族でよく行ってるところなんですけど…」
「うん、ぜひ連れて行って」
円は大木の節くれだった大きな手に自分の手を持っていき、指を絡めた。
「りょーかいです!」
大木がそれに応えるように、にっこり笑うと、ギュッと円の手を握った。
脚が長く、円とは比べものにならないくらいに歩幅が広い大木と手を繋いだまま歩くと、大型犬に引っ張られているみたいだ。
以前はこれを面倒くさいと感じていたし、お金にもならないから、さっさと帰りたいと思っていた。
だが今は、大木と過ごす時間が何よりも愛おしい。
日の当たる道を大木に引っ張られながら、円は朗らかな気持ちで歩いていった。
円の話を聞き終えた大木の父親が、答えを出した。
「……そうですか」
「そうだ。オメガだろうが、ひとり親家庭だろうが、昔に起きた殺人事件の関係者だろうが、知成が決めた相手だ。自分の子どもの色恋沙汰に、とやかく言うつもりはない」
「私も同意見よ。マスコミとか下世話な人が来るかもしれないって言うけどね、そういう人はすぐに別の話題に飛びついちゃうものよ。「人の噂も七五日」って言うじゃない。大したことないわ」
大木の母親は、まるで飛んできた虫を払いのけるかのように、ほっそりした手を目の前にかざした。
「言えてる!それにさ、結婚はしてないけど、もう番になってるんだったら、たいぶ今さらじゃない?何なら、もう「関係者」みたいなもんじゃない」
咲子も両親に追従するように言い放ち、皿の上のマカロンをひとつ、つまみ上げてかじった。
「それも、そうか……」
咲子の言うことも一理あるな、と円は納得した。
「ありがとうございます。専務、人事部長」
今日、言おうと思っていたことを全て吐露し終わった円は、深々と頭を下げた。
「おいおい、会社の外でまで「専務」はよしてくれ!」
大木の父親は鳩が豆鉄炮を食らったような顔をした。
「ボクが本社に異動が決まったの、専務と部長がいろいろ根回ししてくれたおかげだって聞きました。今回お邪魔したのは、そのお礼を言いたいから、というのもあるんです」
これも本音だった。
本社の専務たる大木の父親には、本当に感謝している。
しかし、その感謝の意を伝えようにも、専務と直接話せる機会など、なかなか見つからない。
感謝の意を述べるなら、このときしかないと考えて、今日に至ったのだ。
「あれは、向こうの人事や上層部に問題があると思ったから、介入させてもらったまでのことだ。知成じゃなくても、あれほどの問題を誰かに通告されたら、同じようなことをしたよ」
「そうよ。確かにね、知成から話を聞いて、いくらか根回しをしたわ。でも、それはあなたの実力と努力あってのものよ?ちゃんとした仕事をしている人が、きちんと評価されないのはおかしいと思ったから、向こうの人事に呼びかけたの」
大木の父親に続くように、大木の母親が答える。
「ありがとうございます」
円はまた、深々と頭を下げた。
「うん。本社でも、頑張ってくれ。きみの能力次第では、昇進も夢じゃないからな。ただまあ、今の私は「専務」じゃあないんだ。仕事の話は会社でしよう。もう、きみ自身の話は済んだんだろう?」
「そうですね。伝えたいことは全て話しました」
円は下げていた頭をゆっくり上げた。
「今はきみがお客さんなんだから、かしこまらずに、ゆっくりしてくれ」
そうは言われたものの、「専務」「部長」以外になんと呼べばいいのだろう。
結婚していないのだから「お義父さん」「お義母さん」も変な気がするし、「丈成さん」「啓子さん」と呼ぶのは馴れ馴れしい気がする。
その日は、話したいことをすべて話して、すぐ帰ることにした。
長居する理由もないし、大木の家族だって、他人にいつまでも家に居られるのは居心地悪いだろう、と考えてのことだ。
「あまり長居する必要もないので、もうそろそろ失礼しますね」
円はそう言って、おもむろに立ち上がった。
「そうですか……父さん、母さん、咲子。俺は円さんを送っていくよ」
大木も、円に続いて立ち上がった。
帰り際、大木一家は円を玄関先まで見送ってくれた。
「円さん、機会あったら、また来てね!」
咲子が元気よく、手を振る。
「うん、ありがとう。みなさん、お邪魔しました」
円も、それに応えるようにして手を振った。
「ああ。来てくれて、ありがとう」
「お気をつけて」
大木の両親も、にこやかに手を振ってみせてくれた。
「さ、行きましょう、円さん」
大木が円の肩に手を置いた。
「うん」
大木に促されて、円は足を進めた。
「ねえ、ごはんはまだ食べてないんですよね?」
大木が大柄な体をかがめて、円の顔を覗き込む。
「うん。どっかで食べようかな」
「そうですね、どっか安いとこ探しましょう」
大木がポケットの中を探り、スマートフォンを取り出した。
「ううん、今日はね、高いところでもいいんだ。今は気分がいいから、ちょっと散財したい気分なの」
「え?ああ、そうですか。じゃあ、近くの店でいいですか?家族でよく行ってるところなんですけど…」
「うん、ぜひ連れて行って」
円は大木の節くれだった大きな手に自分の手を持っていき、指を絡めた。
「りょーかいです!」
大木がそれに応えるように、にっこり笑うと、ギュッと円の手を握った。
脚が長く、円とは比べものにならないくらいに歩幅が広い大木と手を繋いだまま歩くと、大型犬に引っ張られているみたいだ。
以前はこれを面倒くさいと感じていたし、お金にもならないから、さっさと帰りたいと思っていた。
だが今は、大木と過ごす時間が何よりも愛おしい。
日の当たる道を大木に引っ張られながら、円は朗らかな気持ちで歩いていった。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる