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地獄の様相
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「あなたが悪いのよ!よりによってアイツと!………シュンスケなんかと!!」
本妻が泣き叫び、自らの首を包丁で掻き切ると、切った首から吹き出した血が円の方へ飛んでくる。
飛んできた血が円の頬を伝って、床に広がった血だまりに落ちた。
本妻の首はしっかり切られていなかったらしい。
切り口から血が吹き出すのと同時に、生々しい呼吸音も聞こえてきた。
それから、どのくらい経ったのだろう。
玄関ドアが開く音がして、知らない男が入ってきた。
紺色の背広を着て、制帽を目深に被った警察官2人組だ。
2人とも、こういった現場に慣れているのか、目の前の惨状に少しも物怖じしない。
年配の警察官が円を見つけるなり、脇目もふらずに目の前まで近づいてきた。
「坊や、大丈夫かい?おじちゃんと一緒にここを出よう。ほら、抱っこしてやる」
警察官が円に向かって腕を伸ばすが、それを拒否するかのように、円は無言で後退りした。
あのとき、警察官は親切に接してくれていたのに、なぜ避けてしまったのか。
円自身、未だに理解できないままだった。
「この女、まだ息があります!」
本妻の様子を伺っていた若手の警察官が叫ぶ。
「救急車を呼べ!まだ助かるかもしれない!!」
命令を受けて、若手の警察官は無線機を取り出し、現場の状況を説明した後、無線機の向こうの相手に救急車をよこすように要請した。
「子どもも搬送した方がいいかもしれん。これだけ血をかぶってるようじゃあ、感染症の疑いがあるからな」
「わかりました!」
「坊や、外に出よう。悪いところがないか調べるから、まずは病院に行こうな」
有無を言わさず警察官に抱き上げられ、円は外に連れ出された。
外に出てみれば、パトカーが数台、マンション前に駐車されていた。
マンションの周囲一帯は「立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープでぐるりと囲まれていて、その向こうでは野次馬が群がって、人の壁ができていた。
野次馬の中には、何度もフラッシュをたくカメラマンや、マイクを持ったテレビリポーターなんかもいた。
よく見ると、少し向こうに中継車両が停まっている。
分厚い人の壁を突き破らんばかりに、けたたましい母の叫び声が聞こえてきた。
「円!ねえ、何があったの⁈息子は大丈夫⁈」
「落ち着いてください!」
警察官と母が揉み合う中、円は救急車に乗せられ、地元の病院へ搬送されていった。
かぶった血液量がなかなかのものだったから、検査は綿密に行う必要があった。
幸い、円にこれといった異常は見られず、入院期間も短いものだった。
事件から25年経った今も、体に大した異常は見られていない。
事件発生当時、各報道機関はこのことを「地獄の様相」と表現したが、円にとっての地獄は、事件の後にやってきた。
父はメディアにもたびたび露出していたから、世間にそこそこ名が知れていた。
体裁を気にしてか、オメガを何人も囲って、異常な数の子どもを産ませていたことは隠していたものの、今回の件で全てが露呈してしまった。
「オメガによるアルファ殺害」「著名人の死亡」という点から、この事件は嫌でも注目されるようになる。
少しでも有力な情報を手に入れようと、マスコミ関係者はマンションの住民や管理人、父の親族、愛人の実家、母の職場、とあちこちに踏み込んできた。
まだ幼い円に「お父さんが死んでどう思う?」と聞いてきた無神経な記者もいた。
いつもは冷静な母も、そのときばかりは「うちの子に近づかないで!」と般若のような顔をして怒り狂った。
事件が終息し、母と円が別の地へ引っ越して新しい生活を始めても、思い出したように取材に来る者もいた。
突撃取材は円が家を出る18歳まで延々と続き、心の奥底から辟易とさせられた。
しかし、何より円をうんざりさせたのは、父亡き後の愛人たちの醜態だった。
本妻が泣き叫び、自らの首を包丁で掻き切ると、切った首から吹き出した血が円の方へ飛んでくる。
飛んできた血が円の頬を伝って、床に広がった血だまりに落ちた。
本妻の首はしっかり切られていなかったらしい。
切り口から血が吹き出すのと同時に、生々しい呼吸音も聞こえてきた。
それから、どのくらい経ったのだろう。
玄関ドアが開く音がして、知らない男が入ってきた。
紺色の背広を着て、制帽を目深に被った警察官2人組だ。
2人とも、こういった現場に慣れているのか、目の前の惨状に少しも物怖じしない。
年配の警察官が円を見つけるなり、脇目もふらずに目の前まで近づいてきた。
「坊や、大丈夫かい?おじちゃんと一緒にここを出よう。ほら、抱っこしてやる」
警察官が円に向かって腕を伸ばすが、それを拒否するかのように、円は無言で後退りした。
あのとき、警察官は親切に接してくれていたのに、なぜ避けてしまったのか。
円自身、未だに理解できないままだった。
「この女、まだ息があります!」
本妻の様子を伺っていた若手の警察官が叫ぶ。
「救急車を呼べ!まだ助かるかもしれない!!」
命令を受けて、若手の警察官は無線機を取り出し、現場の状況を説明した後、無線機の向こうの相手に救急車をよこすように要請した。
「子どもも搬送した方がいいかもしれん。これだけ血をかぶってるようじゃあ、感染症の疑いがあるからな」
「わかりました!」
「坊や、外に出よう。悪いところがないか調べるから、まずは病院に行こうな」
有無を言わさず警察官に抱き上げられ、円は外に連れ出された。
外に出てみれば、パトカーが数台、マンション前に駐車されていた。
マンションの周囲一帯は「立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープでぐるりと囲まれていて、その向こうでは野次馬が群がって、人の壁ができていた。
野次馬の中には、何度もフラッシュをたくカメラマンや、マイクを持ったテレビリポーターなんかもいた。
よく見ると、少し向こうに中継車両が停まっている。
分厚い人の壁を突き破らんばかりに、けたたましい母の叫び声が聞こえてきた。
「円!ねえ、何があったの⁈息子は大丈夫⁈」
「落ち着いてください!」
警察官と母が揉み合う中、円は救急車に乗せられ、地元の病院へ搬送されていった。
かぶった血液量がなかなかのものだったから、検査は綿密に行う必要があった。
幸い、円にこれといった異常は見られず、入院期間も短いものだった。
事件から25年経った今も、体に大した異常は見られていない。
事件発生当時、各報道機関はこのことを「地獄の様相」と表現したが、円にとっての地獄は、事件の後にやってきた。
父はメディアにもたびたび露出していたから、世間にそこそこ名が知れていた。
体裁を気にしてか、オメガを何人も囲って、異常な数の子どもを産ませていたことは隠していたものの、今回の件で全てが露呈してしまった。
「オメガによるアルファ殺害」「著名人の死亡」という点から、この事件は嫌でも注目されるようになる。
少しでも有力な情報を手に入れようと、マスコミ関係者はマンションの住民や管理人、父の親族、愛人の実家、母の職場、とあちこちに踏み込んできた。
まだ幼い円に「お父さんが死んでどう思う?」と聞いてきた無神経な記者もいた。
いつもは冷静な母も、そのときばかりは「うちの子に近づかないで!」と般若のような顔をして怒り狂った。
事件が終息し、母と円が別の地へ引っ越して新しい生活を始めても、思い出したように取材に来る者もいた。
突撃取材は円が家を出る18歳まで延々と続き、心の奥底から辟易とさせられた。
しかし、何より円をうんざりさせたのは、父亡き後の愛人たちの醜態だった。
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