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何より醜いもの
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父の父、つまり円から見れば祖父にあたる人は、大木と同様、ベータ同士の夫婦から突然変異的に生まれたアルファだ。
至って普通の夫婦から生まれ、至って普通の少年として育った一方で、若くして事業を立ち上げ、それを成功させ、大きな富を得た。
その富を利用して、名のある大きな家と太いパイプを持つために、名のある家に生まれたアルファの女性と結婚。
妻との間には6人の子を設けた。
祖父は、さらにパイプを広げるため、名家に生まれたオメガたちを何人も番にして愛人として囲い、多くの庶子を持った。
円の父は、この数多いる庶子のひとりであり、彼の生き様は言ってみれば父親の模倣であった。
しかし、祖父に似たのはその漁色家ぶりだけで、父には祖父ほどの商才や社交術はまるでなかった。
祖父から任された事業を2つ失敗し、それをきっかけに見限られ、CEOとは名ばかりの子会社の閑職にまで追いやられた。
そこから切磋琢磨して出世する道もあっただろうが、怠惰な父はこれ幸いとばかりに遊び呆けるだけだった。
そんな父だから、死亡したときも祖父はおろか、親族の誰ひとり、お悔やみの言葉ひとつ寄越すことはなかった。
マンションの賃料や生活費、遊ぶ金の出どころは祖父からのもので、父は半ば祖父に飼われていたようなものだから、遺産と呼べるものは限られていた。
そのためか、父亡き後、愛人たちの大半は困窮した。
愛人たちは何の後ろ盾も無く、大した学も技能も無い者のほうが多かった。
事件現場となったマンションに住むこともできなくなり、残された愛人たちは数少ない遺産を巡って争い合い、今後の生活の糧を得るため、父の親族のもとへ金の無心に来た者もいた。
もっとも、父はもともと一族の鼻つまみ者でしかなく、こんな騒ぎの元凶となったことでますます倦厭されていた。
事件が原因でマスコミが押し寄せてきたり、信用が傾いたりして、親族も結構に割を食ったらしい。
こんな父と深く繋がった愛人に、手を差し伸べる者などいるわけもない。
門前払いを食らうか、雀の涙の手切れ金を渡されるのが関の山だった。
その点、母は利口と言えた。
母は円が生まれて間もないうち、看護師の専門学校に通い始めていたのだ。
それにかかる金は全て、父に出してもらっていたという。
私は生きていくのに困らないからと、早々に相続放棄を告げ、愛人たちとの遺産争いから逃げるようにして、円と一緒に別の地へ引っ越して新しい生活を始めた。
引っ越してすぐ、母は自宅近くの産科へ就職が決まり、それからはずっと、人並みの生活を維持してきた。
そんな中でも、かつての愛人たちが家にやってくることがしばしばあった。
父に依存しきって贅沢な愛人生活に慣れた連中が、社会に出て自立するなど不可能に等しい。
どうやって住所を知ったのかは知らないが、「昔のよしみだから」「ほんの1度だけでもいいから」と言っては、金の無心に始まり、しばらく泊めて欲しいだとか、食べ物を出して欲しいだとか懇願してきた。
それは今でも続いているらしく、ときどき思い出したようにやってくる愛人がいる、勘弁して欲しい、と母が愚痴をこぼすこともあった。
本妻は搬送先の病院で一命を取り留めて、今は刑務所にいる。
動機は「弟と夫の不倫」と供述しているが、彼女が夫に対してどんな感情を抱いていたのかは、はっきりしていない部分が多い。
人脈と財産をより大きく強固なものにするために親同士が決めた、言わば政略結婚ではあったものの、夫に何らかの思い入れがあったのか。
自分はほったらかしにされ、不妊に悩む一方、夫に可愛がられて、子まで成している愛人たちに嫉妬していたのか。
だからこんな事件を起こしたのか。
本人が多くを語らないので、未解明な点も多い。
しかし、彼女の復讐は成功したと言えるかもしれない。
人づてに聞いた話だが、流産した本妻の弟は、「あともう少しで安泰だったのに!」と嘆いていたという。
自分の子どもが亡くなったことでは無く、流産したことで自分の立場が危うくなったことを嘆くその有り様に、円は心底呆れかえってしまった。
「生き方なんて人それぞれだけどね、他人に依存するように生きてたら、いつかはああなるんだよ」
金の無心にやってきた愛人を追い返した後、母は決まってこう語っていたが、まったくもってその通りな気がした。
「……くん、トミーくん!大丈夫⁈」
だんだん意識がはっきりしてきて、知智さんの声が聞こえてきた。
至って普通の夫婦から生まれ、至って普通の少年として育った一方で、若くして事業を立ち上げ、それを成功させ、大きな富を得た。
その富を利用して、名のある大きな家と太いパイプを持つために、名のある家に生まれたアルファの女性と結婚。
妻との間には6人の子を設けた。
祖父は、さらにパイプを広げるため、名家に生まれたオメガたちを何人も番にして愛人として囲い、多くの庶子を持った。
円の父は、この数多いる庶子のひとりであり、彼の生き様は言ってみれば父親の模倣であった。
しかし、祖父に似たのはその漁色家ぶりだけで、父には祖父ほどの商才や社交術はまるでなかった。
祖父から任された事業を2つ失敗し、それをきっかけに見限られ、CEOとは名ばかりの子会社の閑職にまで追いやられた。
そこから切磋琢磨して出世する道もあっただろうが、怠惰な父はこれ幸いとばかりに遊び呆けるだけだった。
そんな父だから、死亡したときも祖父はおろか、親族の誰ひとり、お悔やみの言葉ひとつ寄越すことはなかった。
マンションの賃料や生活費、遊ぶ金の出どころは祖父からのもので、父は半ば祖父に飼われていたようなものだから、遺産と呼べるものは限られていた。
そのためか、父亡き後、愛人たちの大半は困窮した。
愛人たちは何の後ろ盾も無く、大した学も技能も無い者のほうが多かった。
事件現場となったマンションに住むこともできなくなり、残された愛人たちは数少ない遺産を巡って争い合い、今後の生活の糧を得るため、父の親族のもとへ金の無心に来た者もいた。
もっとも、父はもともと一族の鼻つまみ者でしかなく、こんな騒ぎの元凶となったことでますます倦厭されていた。
事件が原因でマスコミが押し寄せてきたり、信用が傾いたりして、親族も結構に割を食ったらしい。
こんな父と深く繋がった愛人に、手を差し伸べる者などいるわけもない。
門前払いを食らうか、雀の涙の手切れ金を渡されるのが関の山だった。
その点、母は利口と言えた。
母は円が生まれて間もないうち、看護師の専門学校に通い始めていたのだ。
それにかかる金は全て、父に出してもらっていたという。
私は生きていくのに困らないからと、早々に相続放棄を告げ、愛人たちとの遺産争いから逃げるようにして、円と一緒に別の地へ引っ越して新しい生活を始めた。
引っ越してすぐ、母は自宅近くの産科へ就職が決まり、それからはずっと、人並みの生活を維持してきた。
そんな中でも、かつての愛人たちが家にやってくることがしばしばあった。
父に依存しきって贅沢な愛人生活に慣れた連中が、社会に出て自立するなど不可能に等しい。
どうやって住所を知ったのかは知らないが、「昔のよしみだから」「ほんの1度だけでもいいから」と言っては、金の無心に始まり、しばらく泊めて欲しいだとか、食べ物を出して欲しいだとか懇願してきた。
それは今でも続いているらしく、ときどき思い出したようにやってくる愛人がいる、勘弁して欲しい、と母が愚痴をこぼすこともあった。
本妻は搬送先の病院で一命を取り留めて、今は刑務所にいる。
動機は「弟と夫の不倫」と供述しているが、彼女が夫に対してどんな感情を抱いていたのかは、はっきりしていない部分が多い。
人脈と財産をより大きく強固なものにするために親同士が決めた、言わば政略結婚ではあったものの、夫に何らかの思い入れがあったのか。
自分はほったらかしにされ、不妊に悩む一方、夫に可愛がられて、子まで成している愛人たちに嫉妬していたのか。
だからこんな事件を起こしたのか。
本人が多くを語らないので、未解明な点も多い。
しかし、彼女の復讐は成功したと言えるかもしれない。
人づてに聞いた話だが、流産した本妻の弟は、「あともう少しで安泰だったのに!」と嘆いていたという。
自分の子どもが亡くなったことでは無く、流産したことで自分の立場が危うくなったことを嘆くその有り様に、円は心底呆れかえってしまった。
「生き方なんて人それぞれだけどね、他人に依存するように生きてたら、いつかはああなるんだよ」
金の無心にやってきた愛人を追い返した後、母は決まってこう語っていたが、まったくもってその通りな気がした。
「……くん、トミーくん!大丈夫⁈」
だんだん意識がはっきりしてきて、知智さんの声が聞こえてきた。
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