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1.レイモンド伯爵家の致死率99
VS次男(2)
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「そうですか……では、みなさん、どうぞお入りください」
クレアは言われた通りに待合室の戸を開けて、内心は不満だったろうが、できるだけ丁寧に客人達に声を掛けた。それなのに、サイモンはニッコリと笑みを浮かべたままで動こうとはしない。他のガラの悪い男達も首を鳴らしたり、鉄パイプをブラブラと左右に振ったりして明らかに態度が悪い。そういう挑発的な態度を取られてもメイリーンは一向に気にせずに、階段を降りて、堂々と彼らの眼前を通り過ぎて、「早く入れ」と言い放った。
先にメイリーンが待合室の奥側のソファに腰かける。続いてサエキが彼女の真後ろに立つ。
遅れて入ったサイモンはテーブルを挟んでメイリーンと対面に座り、それから男達が壁面をつたうようにしてゾロゾロと並ぶ。およそ十五人くらいの男の列がメイリーンの真横の窓にまで伸びてくる。待合室の戸が閉められると、筋骨隆々のハゲ頭の男が戸の前に立ち塞がって、腕組みをした。
「彼はプロのボクサーでね」
サイモンは両肘をテーブルにつきながら不遜な笑みを浮かべた。
「成人の男が三人がかりでも敵いはしない。まして、老人と女の子ではね」
部屋の出口を塞いだから逃げられない、と言いたげだった。周りの男達はニヤニヤと、檻に捕えた犬を前にしているような態度で小馬鹿にしている。
「そこのお前、窓の前に立つな。横にズレろ」
メイリーンは正面のサイモンを見たまま、視界の右側に入っている男に言った。当然、男はメイリーンの指示には従わない。サイモンが穏やかに「横へズレなさい」と言ってから、やっと男が窓から離れた。
「これで満足かな? もしかすると窓から逃げるつもりなのかもしれないが……残念ながら門の外にも私の部下が待機している。ここにいるのが全員ではないよ」
「私が逃げる? どうして私が仮住まいから逃げる必要がある。ソイツのために言っただけだ、そのままでは怪我をするからな。それで、用件は何だ。まさか大勢を引き連れて泥で絨毯を汚しに来たわけではあるまい」
「おや、聡明な君になら私の訪問の意味が分かっていると思ったが」
「それでもお前の口から話を聞くのが交渉だろう。先に言っておくが暴力をチラつかせても無駄だ」
サイモンはフフッと笑いながら両手を広げた。
「これはこれは……酷い言いがかりだ。君の目にはどう映っているのか知らないが、彼らは立派な勤め人で、それぞれに社会に貢献している。まるで私達が脅しているかのように言うのは心外だ」
「お前の話は回りくどい。では私から質問しよう。妹のマルガレーテのことで話があると電報を打ってきたのだから、復讐をしたいのが建前か」
メイリーンに牽制されて、いやいや、とサイモンが首を左右に振った。
「マルガレーテのことは、非常に残念だった。妹はとても可哀そうな目に遭った。けれど、妹が誤解をされるような行為をしたのは事実だと私は思っているのだよ。お嬢さんに毒を盛ろうとしただなんて、こんなひどい誤解があってはならない。まして私の大切な甥であるアルフレッド君に恐怖心を抱かせてしまったのだからね。妹に代わって私が謝罪しよう。どうも、済まなかった」
サイモンが座ったまま、首を下に曲げた。メイリーンは「ほほう」と言って、左右の足を組みかえた。
「なるほど。あくまで事実は認めないが謝罪の意思はあると。では、その件について私は気にしていないと答えておこう。次女の立場は司法が判断することで、もはや私の範疇外にある。ただ、レイモンド伯爵家が築いてきた地位と名誉に、いささか次女はふさわしくなかったという客観的な判断はできる。要するに、遺産相続争いから次女は脱落したわけだ。残ったアルフレッドを含む三人で遺産を分配したい、と言うのであれば私が仲介しよう」
こう言って、メイリーンはテーブルにトントンと指を動かしながら三回、叩いた。アルフレッド、長女のカタリナ、次兄のサイモンを意味していた。
「もっとも、正当な相続人であるアルフレッドを主とすることが前提になる。あくまで他の二人はサポートだから比率も当然、低くなるが、この条件で納得できないから、こんなゴロツキ共を連れてきたのだろう?」
男達が、ざわついた。メイリーンの言論にサイモン側は押されつつあるが、そのような討論に応じる気があるのなら人数で圧をかけて威嚇はしない。実際に、「何だこのガキ、偉そうに」と言いながら男が二人、両サイドからメイリーンに詰め寄ってきた。
状況を察したサイモンがサッと手を挙げた。よしなさい、との仕草だから、男はチッと舌打ちをしながらメイリーンから少し距離を置いた。
「申し訳ないね、気の荒い連中だから。とはいえ、もう少し口を謹んでもらいたい」
相変わらず、サイモンは微笑んでいる。
「お嬢ちゃんの言い分も一つの意見としては理解できる。兄が残した子に受け継がれるのは正統な流れだ。しかし、アルフレッド君はまだ幼い。しかも兄は彼にきちんとした教育を施さなかった。ついこの前まで町で暮らしていた少年が、新しく伯爵としてやっていくのは大変なことなのだよ」
「その通りだ。だからこそ二人がサポートしてやればいいのに、根こそぎ権利を奪おうとするから私がここに来ることになった」
「奪うだなんて、とんでもない! あまりに酷い言いがかりだよ! いやぁ、本当に酷い誤解だ、私の心と名誉に大きな傷がつく!」
サイモンはさも、痛々しそうに胸を抑えた。
「そういうところなんだよ、私が困っているのは。妹の件に関しても、お嬢さんは確たる証拠もなしに大きな騒ぎにしてしまった。このままにしていてはレイモンド家はいずれ崩壊してしまう。部外者の君が、そのような一方的な感情で事を急ぐせいで、とても迷惑しているのだ。私達だけでなく、ここにいる領民も、みんなも!」
メイリーンは、あまりに真剣にサイモンが嘘ぶくので、つい腹を抱えて笑ってしまった。
「はっは、面白い! 図太い神経は嫌いじゃないぞ、サイモン。だがな、さっきも言ったことだが、そもそもレイモンド家の名誉に傷をつけているのは、お前が率いている暴力組織だと聞いている。自覚がないだけならまだしも被害者側に立つ論調は厚かましいを通り越して、もはや滑稽だ」
「なんだ、コラ、ボケ!」
「ガキが!」
「お嬢様へ手を挙げる行為は、許しません」
鉄パイプを振り上げて、今にも殴りかかろうとしている男の一人をサエキが止めた。鉄パイプを持つ手を下から抑えて、そのまま、後ろにトンと押した。
「うわっ!」
バランスを崩した男が壁に向かって倒れる。すぐさま、別の男がサエキに飛び掛かろうとしたが足を払われて派手に転んで、床に這いつくばった。
「野郎!」
「舐めてんじゃねぇぞ!」
「殺すぞ!」
「こらこら、やめなさい。暴力はよくないよ。暴力は」
サイモンが、まあまあと落ち着かせながら、気持ち悪いほど口角を上げて微笑んでいる。
「私としては穏便に、話し合いたいのだ。お嬢ちゃんは、私が彼らを連れてきたのを脅迫だと言ったがね、本当は、とても怖いのだよ、後ろにいる君のボディーガードが。今のように強引にねじ伏せられては話し合いをすることもできない。だから私の身を守るために連れてきた」
「お前の部下から手を出してきたが」
「気の荒い連中なのだ、神経も過敏だからね。私に降りかかろうとしている危険を察知してしまった。それで思わず手が出てしまった。それでも、もしかすると君達の暴挙は止められないかもしれない。だから私自身も、こういった護身用の武器を携帯しているのだ」
サイモンはスーツの内ポケットまさぐって、重々しい、海賊が持っているような銃を取り出した。銃身の金属に刺繍が施されており、銃口をメイリーンに向けたままゴトッとテーブルに置いた。
「これはレイモンド家の銃でね。できれば、こんなのは使いたくはない。しかし……君達が暴力で主張を通すつもりなら、仕方のないことだ」
「おいおい、火薬も入れてないフリントロック式の銃を見せて、いったい何の冗談だ。威嚇するつもりなら、すぐに撃てる銃にしろ」
メイリーンは笑いながらスカートの中に手をつっこむと、二丁の銃を左右に持って、両側の壁際にいる男達に銃口を向けた。銀色の小さいリボルバーで、ちょうど片手に収まるサイズだ。
「私も暴力には暴力で対抗する。私が使っている銃は22口径と小さいが、至近距離だと十分に致命傷になる。そして気が短いのもお前らと一緒だ。証明してやろう」
――バン!
――ガシャーン!
右手のリボルバーを窓に向けて撃った。ガラスが割れて、破片が飛び散った。
「こういう事態になると想像はしていた。だから窓から退けと言っておいた。良かったな、怪我をしなくて」
ここで初めてメイリーンは、窓枠の横に立っている男と目を合わせた。
クレアは言われた通りに待合室の戸を開けて、内心は不満だったろうが、できるだけ丁寧に客人達に声を掛けた。それなのに、サイモンはニッコリと笑みを浮かべたままで動こうとはしない。他のガラの悪い男達も首を鳴らしたり、鉄パイプをブラブラと左右に振ったりして明らかに態度が悪い。そういう挑発的な態度を取られてもメイリーンは一向に気にせずに、階段を降りて、堂々と彼らの眼前を通り過ぎて、「早く入れ」と言い放った。
先にメイリーンが待合室の奥側のソファに腰かける。続いてサエキが彼女の真後ろに立つ。
遅れて入ったサイモンはテーブルを挟んでメイリーンと対面に座り、それから男達が壁面をつたうようにしてゾロゾロと並ぶ。およそ十五人くらいの男の列がメイリーンの真横の窓にまで伸びてくる。待合室の戸が閉められると、筋骨隆々のハゲ頭の男が戸の前に立ち塞がって、腕組みをした。
「彼はプロのボクサーでね」
サイモンは両肘をテーブルにつきながら不遜な笑みを浮かべた。
「成人の男が三人がかりでも敵いはしない。まして、老人と女の子ではね」
部屋の出口を塞いだから逃げられない、と言いたげだった。周りの男達はニヤニヤと、檻に捕えた犬を前にしているような態度で小馬鹿にしている。
「そこのお前、窓の前に立つな。横にズレろ」
メイリーンは正面のサイモンを見たまま、視界の右側に入っている男に言った。当然、男はメイリーンの指示には従わない。サイモンが穏やかに「横へズレなさい」と言ってから、やっと男が窓から離れた。
「これで満足かな? もしかすると窓から逃げるつもりなのかもしれないが……残念ながら門の外にも私の部下が待機している。ここにいるのが全員ではないよ」
「私が逃げる? どうして私が仮住まいから逃げる必要がある。ソイツのために言っただけだ、そのままでは怪我をするからな。それで、用件は何だ。まさか大勢を引き連れて泥で絨毯を汚しに来たわけではあるまい」
「おや、聡明な君になら私の訪問の意味が分かっていると思ったが」
「それでもお前の口から話を聞くのが交渉だろう。先に言っておくが暴力をチラつかせても無駄だ」
サイモンはフフッと笑いながら両手を広げた。
「これはこれは……酷い言いがかりだ。君の目にはどう映っているのか知らないが、彼らは立派な勤め人で、それぞれに社会に貢献している。まるで私達が脅しているかのように言うのは心外だ」
「お前の話は回りくどい。では私から質問しよう。妹のマルガレーテのことで話があると電報を打ってきたのだから、復讐をしたいのが建前か」
メイリーンに牽制されて、いやいや、とサイモンが首を左右に振った。
「マルガレーテのことは、非常に残念だった。妹はとても可哀そうな目に遭った。けれど、妹が誤解をされるような行為をしたのは事実だと私は思っているのだよ。お嬢さんに毒を盛ろうとしただなんて、こんなひどい誤解があってはならない。まして私の大切な甥であるアルフレッド君に恐怖心を抱かせてしまったのだからね。妹に代わって私が謝罪しよう。どうも、済まなかった」
サイモンが座ったまま、首を下に曲げた。メイリーンは「ほほう」と言って、左右の足を組みかえた。
「なるほど。あくまで事実は認めないが謝罪の意思はあると。では、その件について私は気にしていないと答えておこう。次女の立場は司法が判断することで、もはや私の範疇外にある。ただ、レイモンド伯爵家が築いてきた地位と名誉に、いささか次女はふさわしくなかったという客観的な判断はできる。要するに、遺産相続争いから次女は脱落したわけだ。残ったアルフレッドを含む三人で遺産を分配したい、と言うのであれば私が仲介しよう」
こう言って、メイリーンはテーブルにトントンと指を動かしながら三回、叩いた。アルフレッド、長女のカタリナ、次兄のサイモンを意味していた。
「もっとも、正当な相続人であるアルフレッドを主とすることが前提になる。あくまで他の二人はサポートだから比率も当然、低くなるが、この条件で納得できないから、こんなゴロツキ共を連れてきたのだろう?」
男達が、ざわついた。メイリーンの言論にサイモン側は押されつつあるが、そのような討論に応じる気があるのなら人数で圧をかけて威嚇はしない。実際に、「何だこのガキ、偉そうに」と言いながら男が二人、両サイドからメイリーンに詰め寄ってきた。
状況を察したサイモンがサッと手を挙げた。よしなさい、との仕草だから、男はチッと舌打ちをしながらメイリーンから少し距離を置いた。
「申し訳ないね、気の荒い連中だから。とはいえ、もう少し口を謹んでもらいたい」
相変わらず、サイモンは微笑んでいる。
「お嬢ちゃんの言い分も一つの意見としては理解できる。兄が残した子に受け継がれるのは正統な流れだ。しかし、アルフレッド君はまだ幼い。しかも兄は彼にきちんとした教育を施さなかった。ついこの前まで町で暮らしていた少年が、新しく伯爵としてやっていくのは大変なことなのだよ」
「その通りだ。だからこそ二人がサポートしてやればいいのに、根こそぎ権利を奪おうとするから私がここに来ることになった」
「奪うだなんて、とんでもない! あまりに酷い言いがかりだよ! いやぁ、本当に酷い誤解だ、私の心と名誉に大きな傷がつく!」
サイモンはさも、痛々しそうに胸を抑えた。
「そういうところなんだよ、私が困っているのは。妹の件に関しても、お嬢さんは確たる証拠もなしに大きな騒ぎにしてしまった。このままにしていてはレイモンド家はいずれ崩壊してしまう。部外者の君が、そのような一方的な感情で事を急ぐせいで、とても迷惑しているのだ。私達だけでなく、ここにいる領民も、みんなも!」
メイリーンは、あまりに真剣にサイモンが嘘ぶくので、つい腹を抱えて笑ってしまった。
「はっは、面白い! 図太い神経は嫌いじゃないぞ、サイモン。だがな、さっきも言ったことだが、そもそもレイモンド家の名誉に傷をつけているのは、お前が率いている暴力組織だと聞いている。自覚がないだけならまだしも被害者側に立つ論調は厚かましいを通り越して、もはや滑稽だ」
「なんだ、コラ、ボケ!」
「ガキが!」
「お嬢様へ手を挙げる行為は、許しません」
鉄パイプを振り上げて、今にも殴りかかろうとしている男の一人をサエキが止めた。鉄パイプを持つ手を下から抑えて、そのまま、後ろにトンと押した。
「うわっ!」
バランスを崩した男が壁に向かって倒れる。すぐさま、別の男がサエキに飛び掛かろうとしたが足を払われて派手に転んで、床に這いつくばった。
「野郎!」
「舐めてんじゃねぇぞ!」
「殺すぞ!」
「こらこら、やめなさい。暴力はよくないよ。暴力は」
サイモンが、まあまあと落ち着かせながら、気持ち悪いほど口角を上げて微笑んでいる。
「私としては穏便に、話し合いたいのだ。お嬢ちゃんは、私が彼らを連れてきたのを脅迫だと言ったがね、本当は、とても怖いのだよ、後ろにいる君のボディーガードが。今のように強引にねじ伏せられては話し合いをすることもできない。だから私の身を守るために連れてきた」
「お前の部下から手を出してきたが」
「気の荒い連中なのだ、神経も過敏だからね。私に降りかかろうとしている危険を察知してしまった。それで思わず手が出てしまった。それでも、もしかすると君達の暴挙は止められないかもしれない。だから私自身も、こういった護身用の武器を携帯しているのだ」
サイモンはスーツの内ポケットまさぐって、重々しい、海賊が持っているような銃を取り出した。銃身の金属に刺繍が施されており、銃口をメイリーンに向けたままゴトッとテーブルに置いた。
「これはレイモンド家の銃でね。できれば、こんなのは使いたくはない。しかし……君達が暴力で主張を通すつもりなら、仕方のないことだ」
「おいおい、火薬も入れてないフリントロック式の銃を見せて、いったい何の冗談だ。威嚇するつもりなら、すぐに撃てる銃にしろ」
メイリーンは笑いながらスカートの中に手をつっこむと、二丁の銃を左右に持って、両側の壁際にいる男達に銃口を向けた。銀色の小さいリボルバーで、ちょうど片手に収まるサイズだ。
「私も暴力には暴力で対抗する。私が使っている銃は22口径と小さいが、至近距離だと十分に致命傷になる。そして気が短いのもお前らと一緒だ。証明してやろう」
――バン!
――ガシャーン!
右手のリボルバーを窓に向けて撃った。ガラスが割れて、破片が飛び散った。
「こういう事態になると想像はしていた。だから窓から退けと言っておいた。良かったな、怪我をしなくて」
ここで初めてメイリーンは、窓枠の横に立っている男と目を合わせた。
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