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1.レイモンド伯爵家の致死率99

VS次女(1)

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 あれからメイリーンは、一週間ばかり伯爵邸に引きこもっていた。

 使用人がいなくなって空き部屋ばかりになっているから、二階でも三階でも好きな部屋を選べたが、家具を運ぶのが大変なのと上り下りするのが面倒なので、メイリーンは一階の応接室の隣を自室にしていた。今日も朝からメイリーンが調べ事に没頭していると、サエキが珈琲とケーキを運んできた。

「お前が入れる珈琲は美味い。そのせいで私は十四もそこそこにカフェイン中毒なりそうだ」

 メイリーンは木製のテーブルの上に散らばった書類やら写真やらを端に寄せて、珈琲とケーキを置くスペースを空けた。珈琲の匂いを嗅いで、一口飲んで、「ここいらの豆を使ったのか」と言って、険しい表情に少しだけ笑みが浮かべた。

 メイリーンが調べているのは、ここ三カ月で起きた五つの殺人事件だった。

 被害者の経歴、発見直後の様子、鑑識の報告書、容疑者のリストに目を通して、伯爵家との因果関係を洗っていた。これらの資料は初日に鉢合わせた刑事から借りたもので、帝国首都の中央警察にいる知人のツテで教えてもらっている。本庁からの指示とはいえ部外者に機密情報をらすことを、手柄を横取りされることに刑事はあまりいい反応を示さなかったが、あくまで裏方としての姿勢に終始することをメイリーンが約束したため、刑事もそれなりに本音で語ってくれるようになった。

 メイリーンは五人の犠牲者の、見るも無残な遺体の写真を横に並べた。

 一人目は、アルフレッドの遺産相続を請け負った代理人。

 二人目は、伯爵邸から最寄りの町で畜産を営んでいた老人。

 三人目から五人目は、地元の鉱山夫や行商人、旅行に訪れただけの観光客など。

 これら五つの事件の全てが伯爵の世継ぎ問題と関係しているとは限らないが、偶然としてはあまりに短期間に集中している。

「区分けするとしたら、ここだな」

 五枚の写真を、指で縦に割った。

「最初の二人は伯爵家と関係のある人物だ。一人目は言わずもがな、二人目の老人は先代と長年の親交があったらしい。アルフレッドが屋敷に来てから一ヶ月もしないうちに伯爵家に近しい人物が二人も亡くなったのだ、アルフレッドを快く思わない人物による犯行だと疑いたくもなる」

 メイリーンは二人目の犠牲者となった、老人の写真をコンコンと指で叩いた。

「老人の死因は他殺と疑われた後に、最終的には持病の悪化とされている。一見、無関係なように思えるが、この老人は酒好きで有名だったらしい。アルフレッドの話によると、伯爵を継いでから優しく接してくれた数少ない人物だったそうで、自分には酒が飲めないから屋敷に置いてあったワインを定期的に持って帰っていたそうだ。聞けば、ワインは貰い物だったらしい。あのマルガレーテからの贈り物だ」

「マルガレーテ婦人は、先代のアインズ伯爵様の代からワインをプレゼントしていたようですな」

「先代の伯爵へのプレゼントならば、まだ理解できる。兄弟だし、大人だし、普通のことだ。しかし、アルフレッドは未成年で、酒を飲めるはずもないのにマルガレーテは律儀にワインを送り続けた。アルフレッド向けではなく屋敷の使用人たちに向けての善意だったとも考えられるが、はたして、あの名誉にこだわるプライドの高い女が自分よりも格下の人間にそのような振舞いをするだろうか? そのうちに、老人は死んだ。使用人たちは老人の訃報ふほうを聞いて、さぞかし震え上がったに違いない。自分達を狙ったのが真相であって、老人はただ、後継者争いの犠牲になったのではないかと」

「実際に、使用人の何人かは辞めるように勧告されておりましたから、ご老人の死は決定打となったでしょう」

 サエキは珈琲の隣にチョコレートケーキを置いた。メイリーンはフォークでチョコレートケーキを刺しながら、「これだな」と言って、一通の折れ曲がった手紙を広げた。

「最後まで勤めていた夫婦に充てられた、差出人不明の脅迫状。自分から暇を願い出るように、さもなくば命の安全は保障されないと書かれている。文字は新聞記事を切り取ってあるし、他人に郵送させているに決まっているから、あの三兄弟が関与しているとの証拠にはならない。それでも、一連の騒動からして信憑しんぴょう性が高い。まあ、唐突に現れた隠し子に遺産が渡るのを良しとしない心情は理解できる。多少はアルフレッドに財産を残してやって、再分配するなら私も文句も言えまい。だが、連中はアルフレッドの財産を丸裸にしようとしているどころか、間接的に二人の人間を殺害していることになる。いずれは、アルフレッドも殺されると考えるのが自然ではないか」

「それでは、警察に進言なさりますか?」

「情報提供を受けたのだ、こちらで手に入れた情報を渡すのがフェアな取引だろう。とはいえ、私の目的はあくまでアルフレッドを救ってやることであって、殺人事件の立証には興味がない。それは警察に任せる。だから三人目以後の殺害についても警察の判断に委ねようと思う」

 メイリーンは三人目の遺体写真を手に取って、

「後ろから首を垂直に突き刺している。声を出す暇もなかったろう」

 写真の首元を、じっと観察した。四人目と五人目の被害者の首元にも同じような傷が首元に残っている。

「これはプロの仕事だ」

 それなのに敢えて目立つ場所に遺体を放置していたらしい。警察は劇場型の通り魔事件として捜査しているが、犯人は明確な目的を持って行動しているとメイリーンはにらんでいた。

「なんだ、外が騒がしいな」

 窓の外から馬車がこちらに向かってくる音がする。玄関から女の話し声が聞こえて、メイドのクレアが戸を開けた。

「マルガレーテ様がいらっしゃいました」

「おや、向こうからお出ましか」

「先日の非礼をびたいと、おっしゃっております」

「なるほど、何か仕掛けて来たとみえる。まあ次女は三人の中でも小物だから大したことにはなるまい」
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