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1.レイモンド伯爵家の致死率99
傲慢な三兄弟(1)
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週末が近付くにつれて、アルフレッド伯爵邸は騒がしくなった。メイリーンが連れてきた腕利きの料理人が食事をつくり、臨時で雇ったメイドが掃除をして、庭師が植木を整える。伯爵邸が全盛の輝きを取り戻したようで、アルフレッドの心は弾んだ。
「それは食堂に運んでくれ」
メイリーンは、白い布が被さった大きな荷物を運んでいる男達に指示をしていた。男達が食堂に運んで布をはぐと、金色の大きなラッパが姿を現した。
「なんですか、これは」
アルフレッドは興味津々にラッパの下の台を触っていた。
「コイツは蓄音機といって音楽を鳴らすデカいオルゴールのようなものだが、まだ試作機だから音は鳴らない。別の用途で持ってきた――後ろの黒い線を壁に這わせて換気口から二階に通してくれればいい。難しければ、天井に小さな穴くらい開けても構わん」
まるで自分の屋敷であるかのように指示を出す。二階にまで線が開通すると、今度は全く同じ型の蓄音機を二階にも運ばせて、メイリーンはアルフレッドに手招きをした。
「サエキ、何か話せ」
メイリーンは二階の部屋で、ラッパに向かって話しかけた。ラッパからは足音やら物と物がぶつかるような音がしていたが、そのうちに「本日は快晴です」というサエキの声が聞こえた。
「情報を傍受する手段というのはコンパクトにするように志すべきだが、ここまで堂々としていれば意外とバレないものだ。このネジを回せば向こう側の音だけを拾える仕掛けになっている。当日は私がここに待機して、連中の会話を盗み聴きする算段だ」
「そうなんですね。てっきり会食の時に席につかれるものとばかり」
「いずれは顔を出すことにはなるだろうが、まずは連中の普段の様子を知りたい。私がいたら遠慮して本音を言わない可能性がある。だからメイドにも用が済んだら席を外してもらうつもりだ」
「それじゃあ当日は僕一人だけ、ですか。不安だなぁ」
「屋敷で独りぼっちになるわけではない。子供みたいに情けないことを言うな、お前は伯爵だろ」
アルフレッドはメイリーンに叱られて、申し訳ないと思いつつも納得できない、複雑な表情をした。
翌日の土曜日。
最初の馬車が到着したのは午前十一時頃だった。メイリーンは二階の窓のカーテンの隙間から双眼鏡を使って様子を観察していた。事前に三人の兄妹の外見の特徴を教えてもらっていたから、誰が誰だか、すぐに判別できた。専用の馬車を門の中に停めさせて、馭者は庭でタバコを吸っている。三人とも、使用人を一人ずつ引き連れていた。
長女の名前は、カタリナ・レイモンド。ウェーブの長い黒髪に細身で、ワインレッドのドレスを着ている。全体的な雰囲気から知性を感じさせるが、性格はキツそうで尊大なようにも見える。おそらく彼女は自信家なのだろう。
次兄は、サイモン・レイモンド。白髪まじりの短い黒髪に身長が高く、こげ茶色のスーツを着ている。太っているわけではないが腹だけは中年太りしている。目は細めで、使用人に対してニコニコと接しているから温厚そうに見えるが、どうにも微笑み方が気持ち悪い。碌でもない悪事に関わっている奴ほどこういう顔をしているとメイリーンは思う。
次女は、マルガレーテ・レイモンド。茶色の髪に白いドレスで、身長は低く、赤いヒールを履いている。一番年下らしく可愛らしい外見をしているが、庭で煙草を吸っている馭者を見るなり、とてつもなく嫌な顔をした。彼女だけは使用人ではなく夫を連れてきたようで、彼女の方が立場は上なのだろう、夫は彼女の荷物を持って後ろから付いてきた。見るからに気弱そうな男だから、彼女の我儘に翻弄されて苦労しているとみえる。
階下の玄関ホールからガヤガヤと話し声がして、メイドのクレアが三人を食堂に案内すると静かになった。メイリーンは二階の蓄音機のネジを回して、会話を盗み聴きした。
「新しく使用人を雇ったのかね」
これは次兄・サイモンの声だ。
「皆、辞めたと聞いていたから心配していたが、素晴らしい料理を振舞ってくれると聞いて、私は朝から食事を抜いてきたよ」
「そんな大層なものが出てくるのかしらね」
抑揚のない冷徹な口調は、長女だ。
「急場で雇った田舎の料理人なんて、腕に期待はできないから」
「いえ、実は父の知り合いが協力してくれまして、ホテルでシェフを勤めた経験があるのだとか」
「あら。それじゃあ、ワインを持参して来ればよかった」
明るいトーンは、次女のマルガレーテ。
「毎年、アインズ兄さんには農園で取れた新しいワインを送っていたの。全然飲まなかったけど」
「お前の所のワインは三流の味だからな。アインズ兄さんだけでなく、私も飲む気はしない」
「まあまあ、酷いのね、散々な言いっぷりだわ。男の舌には合わない高貴な味だから、とてもお分かりにならないのかしら」
「実際にウチのワインは評判が悪いから……ぐえっ!」
ボソッとした声は、マルガレーテが連れてきた夫のようだ。余計なことを言ったから、胸に肘打ちでもされたのだろう。
「どーでもいいから、さっさと用意をしてちょうだい、時間が惜しい。私は一流の味なんて食べ慣れているから。あ、そこのメイド。私のは牛肉じゃなくてエビか貝にしてって料理人に伝えて」
これは長女のオーダーだった。
一連の会話を蓄音機を通じて聞いていたメイリーンは、ケッと、唇を歪ませた。
「こういう会話をする奴らが隠し子に遺産を横取りされて、黙っているタイプとは思えん」
食事が出揃うと、さすがにメイリーンが手配した料理には文句のつけようがなかったのか、三人とも大人しくなった。それでもアルフレッドが用意したと思っている彼らは素直に賞賛しづらいのか、的外れな文句も言っていた。
「このソースは今の流行じゃない。スパイスが違う――まあ、これでも美味しいけどね」
「私はもっとボリュームのある肉がいい。がっつきたいからな――美味いは美味いが」
「やぁだぁ。動物の油って、野蛮でお肌が荒れちゃうかも――味はいいけど」
「黙って食え、三流舌ども。こいつらは外見ばかりは着飾っているが、本質は自己の名誉を優先する俗人だな」
このようにメイリーンは彼らを評価した。
食事が終わると、しばらくは個々の自慢話やら、共通の知人の悪口などを言っていたが、そのうちに本題へと移ったようで、アルフレッドが引き継いだ領地経営についての話題になった。
「それは食堂に運んでくれ」
メイリーンは、白い布が被さった大きな荷物を運んでいる男達に指示をしていた。男達が食堂に運んで布をはぐと、金色の大きなラッパが姿を現した。
「なんですか、これは」
アルフレッドは興味津々にラッパの下の台を触っていた。
「コイツは蓄音機といって音楽を鳴らすデカいオルゴールのようなものだが、まだ試作機だから音は鳴らない。別の用途で持ってきた――後ろの黒い線を壁に這わせて換気口から二階に通してくれればいい。難しければ、天井に小さな穴くらい開けても構わん」
まるで自分の屋敷であるかのように指示を出す。二階にまで線が開通すると、今度は全く同じ型の蓄音機を二階にも運ばせて、メイリーンはアルフレッドに手招きをした。
「サエキ、何か話せ」
メイリーンは二階の部屋で、ラッパに向かって話しかけた。ラッパからは足音やら物と物がぶつかるような音がしていたが、そのうちに「本日は快晴です」というサエキの声が聞こえた。
「情報を傍受する手段というのはコンパクトにするように志すべきだが、ここまで堂々としていれば意外とバレないものだ。このネジを回せば向こう側の音だけを拾える仕掛けになっている。当日は私がここに待機して、連中の会話を盗み聴きする算段だ」
「そうなんですね。てっきり会食の時に席につかれるものとばかり」
「いずれは顔を出すことにはなるだろうが、まずは連中の普段の様子を知りたい。私がいたら遠慮して本音を言わない可能性がある。だからメイドにも用が済んだら席を外してもらうつもりだ」
「それじゃあ当日は僕一人だけ、ですか。不安だなぁ」
「屋敷で独りぼっちになるわけではない。子供みたいに情けないことを言うな、お前は伯爵だろ」
アルフレッドはメイリーンに叱られて、申し訳ないと思いつつも納得できない、複雑な表情をした。
翌日の土曜日。
最初の馬車が到着したのは午前十一時頃だった。メイリーンは二階の窓のカーテンの隙間から双眼鏡を使って様子を観察していた。事前に三人の兄妹の外見の特徴を教えてもらっていたから、誰が誰だか、すぐに判別できた。専用の馬車を門の中に停めさせて、馭者は庭でタバコを吸っている。三人とも、使用人を一人ずつ引き連れていた。
長女の名前は、カタリナ・レイモンド。ウェーブの長い黒髪に細身で、ワインレッドのドレスを着ている。全体的な雰囲気から知性を感じさせるが、性格はキツそうで尊大なようにも見える。おそらく彼女は自信家なのだろう。
次兄は、サイモン・レイモンド。白髪まじりの短い黒髪に身長が高く、こげ茶色のスーツを着ている。太っているわけではないが腹だけは中年太りしている。目は細めで、使用人に対してニコニコと接しているから温厚そうに見えるが、どうにも微笑み方が気持ち悪い。碌でもない悪事に関わっている奴ほどこういう顔をしているとメイリーンは思う。
次女は、マルガレーテ・レイモンド。茶色の髪に白いドレスで、身長は低く、赤いヒールを履いている。一番年下らしく可愛らしい外見をしているが、庭で煙草を吸っている馭者を見るなり、とてつもなく嫌な顔をした。彼女だけは使用人ではなく夫を連れてきたようで、彼女の方が立場は上なのだろう、夫は彼女の荷物を持って後ろから付いてきた。見るからに気弱そうな男だから、彼女の我儘に翻弄されて苦労しているとみえる。
階下の玄関ホールからガヤガヤと話し声がして、メイドのクレアが三人を食堂に案内すると静かになった。メイリーンは二階の蓄音機のネジを回して、会話を盗み聴きした。
「新しく使用人を雇ったのかね」
これは次兄・サイモンの声だ。
「皆、辞めたと聞いていたから心配していたが、素晴らしい料理を振舞ってくれると聞いて、私は朝から食事を抜いてきたよ」
「そんな大層なものが出てくるのかしらね」
抑揚のない冷徹な口調は、長女だ。
「急場で雇った田舎の料理人なんて、腕に期待はできないから」
「いえ、実は父の知り合いが協力してくれまして、ホテルでシェフを勤めた経験があるのだとか」
「あら。それじゃあ、ワインを持参して来ればよかった」
明るいトーンは、次女のマルガレーテ。
「毎年、アインズ兄さんには農園で取れた新しいワインを送っていたの。全然飲まなかったけど」
「お前の所のワインは三流の味だからな。アインズ兄さんだけでなく、私も飲む気はしない」
「まあまあ、酷いのね、散々な言いっぷりだわ。男の舌には合わない高貴な味だから、とてもお分かりにならないのかしら」
「実際にウチのワインは評判が悪いから……ぐえっ!」
ボソッとした声は、マルガレーテが連れてきた夫のようだ。余計なことを言ったから、胸に肘打ちでもされたのだろう。
「どーでもいいから、さっさと用意をしてちょうだい、時間が惜しい。私は一流の味なんて食べ慣れているから。あ、そこのメイド。私のは牛肉じゃなくてエビか貝にしてって料理人に伝えて」
これは長女のオーダーだった。
一連の会話を蓄音機を通じて聞いていたメイリーンは、ケッと、唇を歪ませた。
「こういう会話をする奴らが隠し子に遺産を横取りされて、黙っているタイプとは思えん」
食事が出揃うと、さすがにメイリーンが手配した料理には文句のつけようがなかったのか、三人とも大人しくなった。それでもアルフレッドが用意したと思っている彼らは素直に賞賛しづらいのか、的外れな文句も言っていた。
「このソースは今の流行じゃない。スパイスが違う――まあ、これでも美味しいけどね」
「私はもっとボリュームのある肉がいい。がっつきたいからな――美味いは美味いが」
「やぁだぁ。動物の油って、野蛮でお肌が荒れちゃうかも――味はいいけど」
「黙って食え、三流舌ども。こいつらは外見ばかりは着飾っているが、本質は自己の名誉を優先する俗人だな」
このようにメイリーンは彼らを評価した。
食事が終わると、しばらくは個々の自慢話やら、共通の知人の悪口などを言っていたが、そのうちに本題へと移ったようで、アルフレッドが引き継いだ領地経営についての話題になった。
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