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第六章『主なき聖剣』

第五百一話『奪った物の価値』

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「クライヴ・アーゼンハイト率いる組織が帝国で活動するための基盤を持っていることは、グリンノート家の襲撃事件があったことからも明らかです。……このタイミングで手練れの襲撃者が現れたことが偶然だとは、どうしても考えにくい」

 神妙な表情を浮かべ、ケラーは一同に自らの考えを明かす。意外なことに、それに真っ先に反論したのはカルロだった。

「お前にしては珍しいな、そんな憶測ありきで動こうとするの。……全身全霊をかけて一発逆転を狙った帝国の奴らが歴史を塗り替えた可能性だって、今の時点ではまだ否定できないんじゃねえのか?」

 眉間に深いしわを刻んだまま、ケラーを諫めるようにカルロは別の可能性を提示する。普段よりも数段落ち付いて見える彼の発した意見は、決して的外れな物ではなかった。

 今までに前例がなかった現象の発生とクライヴの宣戦布告が被ったとなれば、確かにその関連性を見出さずにはいられないだろう。だが、それだけで結び付けるには根拠が弱いのもまた確かだ。せめてもう一つか二つは根拠がないと、二つの事象に繋がりを見出すのは難しい。

「……ええ、そうですね。私だって、流れてきた情報がこれだけだったならばここまで焦ってはいません」

 だが、ケラーはゆるゆると首を横に振りながらカルロの指摘を否定する。何かを噛み締めるように一つ呼吸を置いてから、ケラーは続けて情報を開示した。

「クロウリー、今あなたは言いましたね。賊が帝国の人間であるのなら、その狙いは一発逆転であると。……あるいは、手の込んだ自殺と言う線も捨てきれませんが」

「ああ、帝国ってのはそういう場所だからな。少なくとも、オイラは全部を投げ出すつもりであの時馬車の前に立ってたつもりだぞ」

「ええ、それが正常です。賊が勝利したなら全てを奪い取るのが自然な形のはずなのですよ。領主が持っている土地も権力も人も財産も全て全て、一切合切身ぐるみ一つに剥かれるまで。……ですが、あの襲撃で奪われた物はたった一つしかありません。……私も最初は目を疑いましたが、何度見返してもそれが変わることはありませんでした」

 その賊は、帝国の人間にしてはあまりにやり方が異質なのだ――と。

 そんな主張を展開されて、カルロは思わず押し黙る。その『たった一つ』にケラーが確信を抱いた理由があるのだろうと、そう考えるのはあまりに自然な流れだった。

 ベルメウの時にも言えたことだが、クライヴ達の襲撃には明確な目的が存在する。そのためなら無差別な破壊も殺しもするが、その行動の核にあるのは組織としての標的だけだ。……それがフェイの宿っていた『精霊の心臓』であり、記憶を消されていたマルクだったという話で。

 今までに見てきたクライヴ達の在り方と状況証拠が一本の線で繋がりつつあることに、リリスは言い知れない寒気を覚える。布石を蒔くのも、無駄な略奪をしないのも、その全てにクライヴの面影がちらついて仕方がない。……今この時も、クライヴは勝利のための布石を敷いているのだろうか。

「奪われたのは、たった一つの情報です。さして金になるわけでもない、されど調べようと思えば途方もない時間とリスクを要するもの。……それをどう使うか分からないのが、また気味の悪さを際立たせているとも言えますがね」

 背筋に悪寒が走り始める中、ケラーは話を前に進める。突如帝国の歴史を塗り替えた賊は何を求め、そして奪い取ったのか。それをこの場でたった一人知るケラーは、今もなお怪訝そうな表情を浮かべていて――

「……『城内の詳細な内装図と座標』が奪われたと、報告書にはそう記載されていました。……そして、この帝国で『城』と呼んでいいのはたった一つの建造物以外に存在しません」

 そう言って、ケラーはリリスたちに背を向ける。その後にピンと伸ばされた右腕は、今まさに馬車が向かっている方向を指し示していた。

「皇帝が座する城の内情だけを盗んで、賊は去っていきました。……これをクライヴ・アーゼンハイトと結び付けずに考えるのは、流石に無理があるというものでしょう?」

「……そう、だね。賊の『本命』は、間違いなく帝都ってことになる」

 これで全部だと言わんばかりに情報を開示したケラーに、ツバキは小さく唸り声を上げる。クライヴ達の狙いがどこにあるかはともかくとしても、ただ人生一発逆転を狙うような人間が奪い取る情報ではないことは事実だった。

「ケラーよ、二つほど確認したいことがある。構わぬか?」

「ええ、私が答えられる範囲でなら。……どれだけ急いだところで、帝都に着くのはもうしばらく後になってからの話ですしね」

 剣呑な表情を浮かべるフェイに、ケラーもまた小さく頷くことで応じる。フェイが口を開いた瞬間に空気がぴりついたように感じたのは、きっと気のせいではないだろう。

 フェイが確認の問いを重ねる傍らで、リリスとツバキの視線が交錯する。ツバキもまた普段の飄々とした色が影を潜め、どこか腑に落ちないような表情が強く浮かび上がっていた。

 クライヴ達と城という言葉を同時に聞くと、どうしてもバラックでの襲撃事件を思い浮かべてしまう。あの時のクライヴ達は古城を破壊し、王国貴族たちを一斉に手にかけることが目的だった。言ってしまえば爆破はそのための一手段でしかなかったわけだが、あの古城と帝都にある城とではあまりに事情が違いすぎるというものだろう。

 そう思う一方で、リリスの脳内に引っかかり続けるのは『転移魔術』の存在だ。どれほど外周の警備を強くしようとも、転移魔術はそれらすべてをすり抜けた侵入を可能にする。リスクがあるとすれば、転移したその瞬間を誰かに目撃されてしまうことぐらいだろうか。

「……もしかして」

 そこまで考えて、リリスの中で点と点が繋がる。城が皇帝の居住スペースも兼ねる物なのだとしたら、貯蓄した物を溜める倉庫、あるいは皇帝としての財産が保管される宝物子の類があってもおかしくはない。……誰にも見つからず転移できる場所として、それ以上に最適な場所はないほどの空間だ。

 ツバキに向けて軽く手招きをすると、意図を察してひっそりとツバキが身を寄せてくる。声を潜めてその推論を語った瞬間、ツバキが軽く身震いしたのが触れた肩越しに伝わってきた。

「……それだよリリス、クライヴ達ならやりそうなことだ。帝都を壊すつもりで来るんだったら、それだけ派手な不意打ちをしてきたっておかしくない」

 声を潜めながら、しかし興奮したような口調でツバキはリリスの考えを肯定する。今まで出し抜かれ、先手を取られてばかりいたクライヴ達の考えにようやく追いつけた快感が、リリスの脳内を駆け抜けていた。

「……お前さんたち、何かに気づいたって感じだな?」

 ツバキと二人頷きを交換し合っていると、途中から静観に徹していたカルロが笑みを浮かべながらリリスたちに呼びかけてくる。フェイの確認も済んだのか、気が付けば視線は二人に集中していた。

「お二人とも、そうなのですか?」

 どこか縋るような口調で、ケラーはリリスたちに問いかけてくる。ずっしりとのしかかってくる機体の重みを確かに感じながら、二人は息をそろえて首を縦に振った。

「ええ、まだ可能性でしかないことだけどね。……帝都まで到着したら、まず普段人が立ち入らないような倉庫や宝物庫に警備を付けるように指示を出してくれないかしら」

――もしかしたら、爆弾の一つや二つ仕掛けてあるかもしれないから。

 バラックの古城で見たやり取りを思い起こしながら、リリスはそんな頼みをケラーに託す。その可能性を潰しておくことが、リリスたちにとっての光明であり、勝ち筋を広げるための希望だった。

――少なくとも、今この時は。
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