上 下
375 / 583
第五章『遠い日の約定』

第三百六十七話『夜明けに集う』

しおりを挟む
「遅れるなんて珍しいじゃない。確かに夜遅くまで色々とやってたみたいだけど、そんなに眠れなかったの?」

「悪い、ロアルグとの話し合いが長引いちまってな……。協力を取り付けられたのはよかったんだけど、アイツも完全にこっち側に同意してるってわけじゃねえからさ」

 約束していた時間から少し遅れて宿を出た俺を、先に入り口で待っていたツバキとリリスが出迎える。朝早くの集合だというのにその服装はしっかりと決まっていて、心配してくれてるというのに俺は思わず目を奪われてしまった。

 リリスは白を基調にしたブラウスを身にまとい、腕には紫色のリストバンドを付けている。普段より首元が開いていることで半年前にプレゼントしたチョーカーが露わになっているが、コーディネートの中で浮いていないのは流石と言ったところだ。

 一方のツバキは黒を基調とした服装でまとめており、それがアクセントとして身に着けられた薄青色のブレスレットの明るさが引き立てている。清楚な気品を感じさせるのがリリスだとすれば、ツバキは大人びた気品を纏っているというのが一番しっくりくるだろうか。

 パンツスタイルにすることで最低限の動きやすさを確保しながらも、一見して冒険者だとは到底思えないぐらいの品格ある雰囲気を二人は纏っている。一応俺も普段より気合を入れてまとめては見たのだが、二人と並ぶと令嬢と従者のような印象がどうしてもぬぐえなかった。

 くそ、こうなるんだったら普段からツバキとリリスに服選びを手伝ってもらってればよかったな……。服装に関しては無頓着な方だという自覚があるが、まさかそれがこんなところで不釣り合いを引き起こすのは想定外だ。

「……ごめんな、おしゃれってなるとこれぐらいの事しかできなくて……」

「別にいいのよ、私たちが気合を入れすぎたところはあるし。『できる限りのおしゃれをする』って、貴方のいないところで約束してしまったしね」

「ああ、君が気に病むことはないよ。それでも申し訳ないと思うのなら、王都に戻ってから一緒に観光街の服屋に行ってくれればそれだけで十分さ」

 二人の服装を見つめながら小さくなる俺に、二人は笑顔を浮かべながら温かく返してくれる。今ある色々な問題が落ち着いたら服屋に連れて行ってもらおうと、俺は内心そう決心した。

 格式ばった場で着る服なら色々と持ち合わせがあるのだが、それとお出かけの服ってのはまた別物だからな。こういうきっかけでもない限り中々手を出せる者でもないし、むしろちょうどいい機会だとありがたく受け取っておこう。

 そんなことを思った矢先、俺たちの目の前に一台の車が停止する。扉が開いて出てきたのは、朝早くだというのに騎士団の制服をかっちりと着こなしたロアルグだった。

 その立ち振る舞いは団長らしい堂々たるものだったが、ガリウスの手伝いやら俺たちへの協力やらで多忙なせいか眼の下には僅かにクマが出来ているように見える。その働きっぷりに内心頭を下げながら、俺は軽い様子でロアルグに声をかけた。

「おうロアルグ、ガリウスには怪しまれなかったか?」

「ああ、アイツが寝ているうちに代理の者と手続きを済ませてきたからな。私の名義で支部の車が借りられていることに気が付けば怪しみはするかもしれないが、今日の忙しさを思えばそれに気づいたとしても追及する暇はないはずだ」

 律儀に片手を上げつつ、ロアルグは自らの成果を淡々と報告する。『自由に動かせる車を一台借りたい』と言う俺の一つ目の要求に対してこれ以上ない回答を出したというのに、誇らしげな様子は一切ないのがこいつらしかった。

「さて、後は適度に決行時間を遅らせるだけだな。――できたとして二時間引き延ばすのが限界だという事だけはくれぐれも忘れてないでおいてくれ」

「分かってるよ。だから俺たちもこんな朝早くに集まってんだ」

 後ろに引き延ばすのに限界があるのなら、早くに動き出して時間を作り出す以外に方法はない。そう考えた結果、まだ空には朝焼けのオレンジ色がくっきりと残っていた。

 レイチェルには日が昇りきるぐらいに集合と伝えているから、後十分もせずに『夜明けの灯』は全員集まるだろう。そこから午後の半ばまであると考えれば、計画を実行する時間はかなり豊富だった。

「それでは、また午後に顔を合わせるとしよう。ガリウスもガリウスで朝が早いからな」

 あいつにしては勤勉で嬉しいことだが――と。

 伝えるべきことだけを伝え、ロアルグは踵を返して五番街入り口の停留所に向かって歩いていく。その歩みは力強く、騎士団長として風格に満ちているように思えた。

「ほんと良かったよね、ロアルグが完全にガリウスと同じ立場じゃなくてさ」

「そうだって信じてはいたけど、実際に確認できると心強さが違うよな……。ほんと頼りになるというか、騎士団長になれた理由もよく分かるというか」

 アネット曰く、『団長は昔からこんな感じの気質』らしいからな。立場が人を成長させるという事も多々あるが、ロアルグの場合は順序が逆なのだろう。きっとアイツは、騎士団長になるべくしてなった側の人間だ。

「騎士団に出入りできるようになってからと言うもの、事あるごとにロアルグには頼ってきたしね。……まあ、その分色んな面倒事やらややこしい事件やら押し付けられてるような気がしないでもないけど」

「それが協力の条件だって言うならむしろ安いぐらいだよ。ロアルグがいてくれるってだけで、俺たちの出来ることは大幅に広がるんだから」

 今までに向き合ってきた事件を思い出して僅かに眉を顰めるリリスの肩を、俺は笑いながら軽く叩く。確かに騎士団から回ってくる案件はどれもこれも癖のある物だったが、騎士団の助力の大きさを考えればこれでも釣り合ってると安易には言えないレベルだった。

 今目の前に置かれている車だって、ロアルグが支部から借りてきてくれたものだからな。関係者とはいえ団員ではない俺たちには借りられるわけもない代物だし、それだけでロアルグは十分役割を果たしていると言ってもいい。

 そこに加えてガリウスの時間まで稼いでくれるというんだから、俺たちはもうロアルグに頭も上がらないような状況だ。俺たちが今から決行しようとする作戦は、ロアルグの協力がなければまず実行に移ぜるかも危ういぐらいのものだったからな。

「言葉にすれば簡単だけど、この作戦はいろんな前提が成り立たなきゃ形にならないんだからな。……まあ、レイチェルをこの作戦に巻き込んでくれたお前たち二人もかなり凄いと思うけどさ」

 車とツバキたちの間で視線を左右させながら、俺はしみじみと呟く。俺がロアルグとの立ち話を終わらせて宿に戻った時にはすでに話が付いていたから、俺はかなり驚いたものだ。

 俺は寝る前にちらっとしかレイチェルの顔を見ることが出来なかったが、その一瞬だけでもレイチェルの顔色が良くなっているのははっきりと分かった。きっとまだ問題は解決していないのだろうが、それでも十分すぎる進歩だ。

「俺も話すことにはそれなりの自信があるけど、お前たちじゃなきゃレイチェルを連れ出すことは難しかったと思う。……改めてありがとうな、二人とも」

「そんなにかしこまらなくていいよ、ボクたちはレイチェルをガールズトークをしただけだし。ねえリリス?」

「そうね、そんな肩肘張った話はしてないわよ。私たちが今まで積み重ねてきた経験とか思い出とか、そういう話を夜遅くまでしてただけだから」

 笑顔で応えるツバキとは対照的に、リリスは少し恥ずかしそうに指で頬を掻きながら返す。そんなにまちまちの反応されると、どんな話をしたか気になってしまうのが性と言うものなのだが――

「……ガールズトークの中身を教えてくれたりはしないよな、多分」

「そりゃもちろんよ、ガールズトークには乙女の秘密が詰まってるんだから。頼んできたのがいくらマルクでも、その頼みだけは答えられないわね」

「ごめんね、ボクもリリスと同じ気持ちだよ。いつかきっとボクたちの方から話せる日が来ると思うから、マルクはそれを辛抱強く待っていてくれ」

 そう答えるなり、ツバキはリリスに向かって何とも言い難い視線を送る。それに気づいたのかリリスは信じられないものを見るような眼でツバキを見つめていたが、それが示すものが何なのかは残念ながら見当がつかなかった。

 それに俺がうなりを上げているうちに、まだ上りかけだった日が完全にその姿を現す。夜が完全に明けたことを示すそれとほぼタイミングを同じくして、宿の扉がガチャリと開いて――

「――ごめんねみんな、待たせちゃった⁉」

 焦りを声ににじませながら、薄紫のワンピースに身を包んだレイチェルが扉の向こうから姿を現した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転移で生産と魔法チートで誰にも縛られず自由に暮らします!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:2,450

【BL】えろ短編集【R18】

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:153

ざまぁから始まるモブの成り上がり!〜現実とゲームは違うのだよ!〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:401

【R18】俺とましろの調教性活。

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:558

処理中です...