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第四章『因縁、交錯して』
第二百八十七話『伸ばす手は誰のため』
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音もなく影が絡みつき、そしてするりとリリスの体の中に入り込んでくる。それがもたらす違和感は一瞬のことで、影はまるで最初からリリスとともにあったかのような素直さでリリスと共存していた。
ツバキの干渉によってリリスへと影魔術の操作権が移譲されるその状態においては、普段ツバキが抱えている『影魔術による直接攻撃ができない』という問題点は完全に解決される。今影を制御するのはリリスであり、ツバキはその根源を提供しているにすぎないのだから。
影の武装を纏うよりもより深く影を受け入れるその形は、二人の切れる手段の中でもトップクラスに出力が高い。……その分の代償も当然ないではなかったが、それを惜しむ理由は一つもなかった。
「……これであの影たちをぶった切って、メリアを中から引っ張り出せばいいのよね?」
「ああ、メリアのところまでたどり着かせてくれれば十分だ。……それができたら、後はボクが影を使ってメリアの意識を引っ張り上げる」
リリスへと影を預けるツバキは、最後の確認に目を瞑りながら答える。本来ならばできるはずもない『魔術そのものの移譲』という行為は、ツバキほどの才能を持つ術師でも全霊を賭さなければ安定しないものだ。……この状態では会話することすらノイズになりかねないのだと、リリスはいつだったか聞いたような記憶がある。
だが、まだ本格的に影を運用していない今なら話すことぐらいはできるのだろう。……作戦が始まるその直前まで確認していられるのは、リリスにとってもありがたい話だった。
「……マルク、ツバキのことは頼むわね。私もできる限り早く終わらせるつもりだけど、この時のツバキは無防備だから」
「ああ、知ってる。危険を察知して意識を引き戻すための時間ぐらいなら、俺にだって稼げるからな」
胸をポンと叩いて、マルクはリリスの頼みに応えて見せる。自信があるのかないのかよく分からないその表現に、リリスの肩の力が少しだけ抜けたような気がした。
「ええ、任せるわよ。……それじゃあ、言ってくるわ」
「行ってらっしゃい。頼りにしてるよ、相棒」
最後にツバキの方を向いて挨拶すると、ツバキは小さく腕を掲げながら応えてくれる。その短い言葉に乗った信頼は、確かにリリスの胸に火を灯した。
――リリスからしても、メリアに言わなければいけないことがごまんとある。……あの少年の心の中に絡みついた誤解を全て解かなければ、リリスとしても気が済まなかった。
「……影よ」
ツバキから貸し与えられた影に呼びかけると、自分の内側からぬるりと黒い影が顔を出してくる。液体のような個体のような、しかし実体を持ってもいないように見えるこれを操るのは、何度体験しても妙な感覚だ。……毎日これと向き合っていれば、いつか慣れる日が来るのだろうか。
「……まあ、私の場合はそうならないのが一番だけど」
リリスがこうして影を操るときは、そうしなければ打開できないほどの苦境に陥っているという合図でもある。最近はことあるごとに切っているような気もするが、本来このカードはそうホイホイと切っていいものではなかった。
しかし、今この時にそんなケチなことを言っている余裕はない。……三人が話し込んでいる間にも、メリアから漏れ出した影は次々と武装へ姿を変えているのだから。
「……まるで要塞ね、あれ」
メリアを包む影の球体を根源として、影でできた無数の武器が空中に構えられている。その数はもはや数えるのも億劫だが、弾丸の類が形作られていないことだけは幸いだと言えるだろう。漏れ出した影を弾丸という独立した形で保存しておけるほど、影が乗っ取った意志に知能は宿っていないらしい。
弾幕を張られていたら今以上に接近が困難になっていたことを思うと、今この状況はまだマシな方だと言えるだろう。……ただ愚直に武装たちが突っ込んでくるだけならば、対応のしようはいくらでもある。
ぐっと腰を落とし、手の中に影の刃を作り出す。影の球体が補足できる範囲の外でできる限りの準備を整えてから、リリスは一息に地面を蹴り飛ばした。
影の球体の射程距離に入ったことにより、武装の照準が一瞬にしてリリスひとりへと向けられる。その数は三十を優に超え、それら一つ一つが食らえば致命傷レベルの超強力な代物だ。……その鋭さこそ、メリアの殺意の体現という事なのだろう。
「……でも残念、それは届かないわよ」
正面から迫ってくる武装たちを見ながら、リリスは不敵な笑みを浮かべる。これぐらいの歓迎など予想通り、むしろ考えていたよりも少し少ないぐらいだ。……これぐらい捌けなくて、どうしてツバキの相棒を名乗っていられるだろうか。
「……もしこの影が、メリアの意志を写し取って駆動しているというのなら」
至って冷静に思考を回しながら、リリスは右手に握られた影の刃へと意識を向ける。干渉の仕方次第で大きさを如何様にでも変えられることもあって、影は今すっぽりと手の中に収まっていた。
――メリア・グローザは、決して戦士として弱かったわけではない。むしろ一つ一つの技術の練度は高かったし、身のこなしも軽く鋭かった。仮に模造刀でしか攻撃してはいけない模擬戦闘があったとしたら、リリスはメリアに敗北することだってあり得たはずだ。
だが、本当の戦闘というのはそんなに単純ではない。単純ではないからこそ人は自分よりもよほど大きな魔物だって倒せるし、生物同士の力関係というのはややこしくなっていくのだから。
メリアもそれを理解していないわけではないのだろうが、いざ自分の戦いとなるとそれを自覚している様子はない。……そう、それはちょうど一度目の戦いでリリスがメリアに贈った評価そのもので――
「……視野が狭いあの子の意志で動いてるこれの視野が、広いはずもないわよねえ‼」
急速に大剣並みのサイズまで膨れ上がった影の刃を振るい、馬鹿正直に真正面から迫ってきていた影の武装たちをまとめて一刀両断にする。魔力の根源を失った影は儚く空中を舞い、日の光に照らされてあっさりと消えて行った。
少し間を開けて飛んできていた第二波の攻撃の中には原形をとどめているものもあったが、それもリリスのもとにたどり着く前に影の刃によって寸断される。足踏みによって制御される影の刃は、リリスの視界の中ほぼすべてを射程範囲としていると言ってもよかった。
まるでバリケードのように下から生えてくる影の刃に切り裂かれ、武装は次々と数を減らしていく。……無数に迫った影の武装の何一つとして、リリスの影をかすめることはできていなかった。
「何でもかんでもまっすぐ力づくで押し通ろうとしたら、そりゃすぐに限界が出るわよ。それが分かってないあたりまだまだ甘いわね」
右手に握った刃を元の大きさへと戻しつつ、リリスは軽くため息を吐く。それは直情的なメリアの戦い方への、ひいては生き方への苦言でもあった。
影魔術が暴走した原因として、ツバキは何らかの揺らぎが生じたことを上げていた。遠く離れていたツバキは知る由もないが、その原因は大方その前に繰り広げた問答だろう。……メリアが抱える自己矛盾に当人は気づいていないのだろうというのは、リリスも何となく考えて居たことではあった。
初めて遭遇した時から、メリアはずっとちぐはぐだったのだ。姉が一番大事だという割にはその意思を尊重せず、制止されても受け入れようとしない。……メリアが本当に姉のことを思うなら、そこで素直に引き下がるべきなのに。
「……だけど、あなたはそれをしなかった。『そう思い込まされているんだ』なんて、苦しい理由付けをかたくなに信じ込んで」
影の球体に向かって再び走り出しながら、リリスはあの時のやり取りを思い出す。リリスとマルクを強引に敵へと仕立て上げるその考え方は、今見ても自己中心的なものとしか考えられなかった。
「ま、そう思いたくなるのも無理はないわよね。ツバキを連れ戻すことで自分の価値を証明しようとしてるあなたの立場からしたら、二人で一緒に里に戻る以外の結末になるのは失敗も同然だもの」
接近を拒むように降り注ぐ武装の攻撃を捌きながら、なおもリリスは言葉を続ける。それがメリアへ届いているという事はないのだろうが、それでも声に出さずにはいられなかった。
きっと、メリアが持つ姉への思い自体に嘘はないのだろう。メリアは血を分けた姉のことを大切に思っているし、幸せになってほしいとも思っている。……だが、その考えと『里に戻るべきだ』という考えを信じることは矛盾しない。里に帰ることこそが一番の幸せなのだと、そう強く思い込むだけでいいのだから。
――いや、思い込みではなく本当に幸せだったのかも知れない。少なくともメリアにとって、姉と一緒に里で暮らすことは幸せに他ならないのだから。……『自分がそうだから姉もそう思ってくれるだろう』なんて思いがある時点で、メリアにとってどちらが優先順位が高いのかなんてたかが知れているのだけれど。
「……ほんと、はた迷惑な話よね。矛盾を見ないふりしてここまで突っ込んできたくせに、それと対峙した瞬間にここまで取り乱すんだから」
リリスからしてみれば、メリアが今こんな状況に陥っているのは自滅だとしか言いようがない。自分の考えの歪さから目を背けていたばかりに、直視した時に強く心を乱す羽目になったのだから。それは自分の決断への対価、弱さへの代償と言い換えてもいい。
自滅した人間にいちいち手を伸ばそうと思えるほどリリスは義理堅くないが、他でもないツバキが手を伸ばしたがっているのならばそうはいかない。……見殺しにすることでツバキの心に陰りが生まれてしまうのなら、慣れない言論を振りかざしてでもその選択肢を選ばせるわけにはいかなかった。
「……悪いけど、あなたには嫌でも生きてもらうわ。……そうじゃないと、私の大切な仲間が消えない傷を負うことになっちゃうからね」
自分の歪さに目を向けられないその根性を影の中から引きずり出して、そして粉々に砕いてやろう。そして立ち上がらせるのだ。……ほかの誰のためでもない、ツバキのために。
そう決意を新たにしながら、リリスは影を操って武装を次々と突破していく。まっすぐに命を穿つことしか考えていない影の武装たちでは、いくら束になろうともリリスを傷つけることはできなかった。
しかし、どれだけ切り伏せても影の武装が切れる様子はない。もう百は下らない数を破壊しているはずなのだが、リリスの接近を拒むように立ちふさがる影の武装たちの密度は上がっていく一方だった。
この途方もない物量もまたメリアの精神の具現だというのならばたいした精神だが、だからと言ってここで足を止めてやるわけにはいかない。……だって、リリスはその先でうじうじとうずくまっているメリア本人を引きずり出してやらなければいけないのだから――
「……氷よ」
影を譲り渡されている立場でありながら、リリスは自らが極めた魔術を重ねて展開する。……手先に走る鈍い痛みを代償として、振るい慣れた氷の剣が影を纏いながら顕現した。
ツバキの干渉によってリリスへと影魔術の操作権が移譲されるその状態においては、普段ツバキが抱えている『影魔術による直接攻撃ができない』という問題点は完全に解決される。今影を制御するのはリリスであり、ツバキはその根源を提供しているにすぎないのだから。
影の武装を纏うよりもより深く影を受け入れるその形は、二人の切れる手段の中でもトップクラスに出力が高い。……その分の代償も当然ないではなかったが、それを惜しむ理由は一つもなかった。
「……これであの影たちをぶった切って、メリアを中から引っ張り出せばいいのよね?」
「ああ、メリアのところまでたどり着かせてくれれば十分だ。……それができたら、後はボクが影を使ってメリアの意識を引っ張り上げる」
リリスへと影を預けるツバキは、最後の確認に目を瞑りながら答える。本来ならばできるはずもない『魔術そのものの移譲』という行為は、ツバキほどの才能を持つ術師でも全霊を賭さなければ安定しないものだ。……この状態では会話することすらノイズになりかねないのだと、リリスはいつだったか聞いたような記憶がある。
だが、まだ本格的に影を運用していない今なら話すことぐらいはできるのだろう。……作戦が始まるその直前まで確認していられるのは、リリスにとってもありがたい話だった。
「……マルク、ツバキのことは頼むわね。私もできる限り早く終わらせるつもりだけど、この時のツバキは無防備だから」
「ああ、知ってる。危険を察知して意識を引き戻すための時間ぐらいなら、俺にだって稼げるからな」
胸をポンと叩いて、マルクはリリスの頼みに応えて見せる。自信があるのかないのかよく分からないその表現に、リリスの肩の力が少しだけ抜けたような気がした。
「ええ、任せるわよ。……それじゃあ、言ってくるわ」
「行ってらっしゃい。頼りにしてるよ、相棒」
最後にツバキの方を向いて挨拶すると、ツバキは小さく腕を掲げながら応えてくれる。その短い言葉に乗った信頼は、確かにリリスの胸に火を灯した。
――リリスからしても、メリアに言わなければいけないことがごまんとある。……あの少年の心の中に絡みついた誤解を全て解かなければ、リリスとしても気が済まなかった。
「……影よ」
ツバキから貸し与えられた影に呼びかけると、自分の内側からぬるりと黒い影が顔を出してくる。液体のような個体のような、しかし実体を持ってもいないように見えるこれを操るのは、何度体験しても妙な感覚だ。……毎日これと向き合っていれば、いつか慣れる日が来るのだろうか。
「……まあ、私の場合はそうならないのが一番だけど」
リリスがこうして影を操るときは、そうしなければ打開できないほどの苦境に陥っているという合図でもある。最近はことあるごとに切っているような気もするが、本来このカードはそうホイホイと切っていいものではなかった。
しかし、今この時にそんなケチなことを言っている余裕はない。……三人が話し込んでいる間にも、メリアから漏れ出した影は次々と武装へ姿を変えているのだから。
「……まるで要塞ね、あれ」
メリアを包む影の球体を根源として、影でできた無数の武器が空中に構えられている。その数はもはや数えるのも億劫だが、弾丸の類が形作られていないことだけは幸いだと言えるだろう。漏れ出した影を弾丸という独立した形で保存しておけるほど、影が乗っ取った意志に知能は宿っていないらしい。
弾幕を張られていたら今以上に接近が困難になっていたことを思うと、今この状況はまだマシな方だと言えるだろう。……ただ愚直に武装たちが突っ込んでくるだけならば、対応のしようはいくらでもある。
ぐっと腰を落とし、手の中に影の刃を作り出す。影の球体が補足できる範囲の外でできる限りの準備を整えてから、リリスは一息に地面を蹴り飛ばした。
影の球体の射程距離に入ったことにより、武装の照準が一瞬にしてリリスひとりへと向けられる。その数は三十を優に超え、それら一つ一つが食らえば致命傷レベルの超強力な代物だ。……その鋭さこそ、メリアの殺意の体現という事なのだろう。
「……でも残念、それは届かないわよ」
正面から迫ってくる武装たちを見ながら、リリスは不敵な笑みを浮かべる。これぐらいの歓迎など予想通り、むしろ考えていたよりも少し少ないぐらいだ。……これぐらい捌けなくて、どうしてツバキの相棒を名乗っていられるだろうか。
「……もしこの影が、メリアの意志を写し取って駆動しているというのなら」
至って冷静に思考を回しながら、リリスは右手に握られた影の刃へと意識を向ける。干渉の仕方次第で大きさを如何様にでも変えられることもあって、影は今すっぽりと手の中に収まっていた。
――メリア・グローザは、決して戦士として弱かったわけではない。むしろ一つ一つの技術の練度は高かったし、身のこなしも軽く鋭かった。仮に模造刀でしか攻撃してはいけない模擬戦闘があったとしたら、リリスはメリアに敗北することだってあり得たはずだ。
だが、本当の戦闘というのはそんなに単純ではない。単純ではないからこそ人は自分よりもよほど大きな魔物だって倒せるし、生物同士の力関係というのはややこしくなっていくのだから。
メリアもそれを理解していないわけではないのだろうが、いざ自分の戦いとなるとそれを自覚している様子はない。……そう、それはちょうど一度目の戦いでリリスがメリアに贈った評価そのもので――
「……視野が狭いあの子の意志で動いてるこれの視野が、広いはずもないわよねえ‼」
急速に大剣並みのサイズまで膨れ上がった影の刃を振るい、馬鹿正直に真正面から迫ってきていた影の武装たちをまとめて一刀両断にする。魔力の根源を失った影は儚く空中を舞い、日の光に照らされてあっさりと消えて行った。
少し間を開けて飛んできていた第二波の攻撃の中には原形をとどめているものもあったが、それもリリスのもとにたどり着く前に影の刃によって寸断される。足踏みによって制御される影の刃は、リリスの視界の中ほぼすべてを射程範囲としていると言ってもよかった。
まるでバリケードのように下から生えてくる影の刃に切り裂かれ、武装は次々と数を減らしていく。……無数に迫った影の武装の何一つとして、リリスの影をかすめることはできていなかった。
「何でもかんでもまっすぐ力づくで押し通ろうとしたら、そりゃすぐに限界が出るわよ。それが分かってないあたりまだまだ甘いわね」
右手に握った刃を元の大きさへと戻しつつ、リリスは軽くため息を吐く。それは直情的なメリアの戦い方への、ひいては生き方への苦言でもあった。
影魔術が暴走した原因として、ツバキは何らかの揺らぎが生じたことを上げていた。遠く離れていたツバキは知る由もないが、その原因は大方その前に繰り広げた問答だろう。……メリアが抱える自己矛盾に当人は気づいていないのだろうというのは、リリスも何となく考えて居たことではあった。
初めて遭遇した時から、メリアはずっとちぐはぐだったのだ。姉が一番大事だという割にはその意思を尊重せず、制止されても受け入れようとしない。……メリアが本当に姉のことを思うなら、そこで素直に引き下がるべきなのに。
「……だけど、あなたはそれをしなかった。『そう思い込まされているんだ』なんて、苦しい理由付けをかたくなに信じ込んで」
影の球体に向かって再び走り出しながら、リリスはあの時のやり取りを思い出す。リリスとマルクを強引に敵へと仕立て上げるその考え方は、今見ても自己中心的なものとしか考えられなかった。
「ま、そう思いたくなるのも無理はないわよね。ツバキを連れ戻すことで自分の価値を証明しようとしてるあなたの立場からしたら、二人で一緒に里に戻る以外の結末になるのは失敗も同然だもの」
接近を拒むように降り注ぐ武装の攻撃を捌きながら、なおもリリスは言葉を続ける。それがメリアへ届いているという事はないのだろうが、それでも声に出さずにはいられなかった。
きっと、メリアが持つ姉への思い自体に嘘はないのだろう。メリアは血を分けた姉のことを大切に思っているし、幸せになってほしいとも思っている。……だが、その考えと『里に戻るべきだ』という考えを信じることは矛盾しない。里に帰ることこそが一番の幸せなのだと、そう強く思い込むだけでいいのだから。
――いや、思い込みではなく本当に幸せだったのかも知れない。少なくともメリアにとって、姉と一緒に里で暮らすことは幸せに他ならないのだから。……『自分がそうだから姉もそう思ってくれるだろう』なんて思いがある時点で、メリアにとってどちらが優先順位が高いのかなんてたかが知れているのだけれど。
「……ほんと、はた迷惑な話よね。矛盾を見ないふりしてここまで突っ込んできたくせに、それと対峙した瞬間にここまで取り乱すんだから」
リリスからしてみれば、メリアが今こんな状況に陥っているのは自滅だとしか言いようがない。自分の考えの歪さから目を背けていたばかりに、直視した時に強く心を乱す羽目になったのだから。それは自分の決断への対価、弱さへの代償と言い換えてもいい。
自滅した人間にいちいち手を伸ばそうと思えるほどリリスは義理堅くないが、他でもないツバキが手を伸ばしたがっているのならばそうはいかない。……見殺しにすることでツバキの心に陰りが生まれてしまうのなら、慣れない言論を振りかざしてでもその選択肢を選ばせるわけにはいかなかった。
「……悪いけど、あなたには嫌でも生きてもらうわ。……そうじゃないと、私の大切な仲間が消えない傷を負うことになっちゃうからね」
自分の歪さに目を向けられないその根性を影の中から引きずり出して、そして粉々に砕いてやろう。そして立ち上がらせるのだ。……ほかの誰のためでもない、ツバキのために。
そう決意を新たにしながら、リリスは影を操って武装を次々と突破していく。まっすぐに命を穿つことしか考えていない影の武装たちでは、いくら束になろうともリリスを傷つけることはできなかった。
しかし、どれだけ切り伏せても影の武装が切れる様子はない。もう百は下らない数を破壊しているはずなのだが、リリスの接近を拒むように立ちふさがる影の武装たちの密度は上がっていく一方だった。
この途方もない物量もまたメリアの精神の具現だというのならばたいした精神だが、だからと言ってここで足を止めてやるわけにはいかない。……だって、リリスはその先でうじうじとうずくまっているメリア本人を引きずり出してやらなければいけないのだから――
「……氷よ」
影を譲り渡されている立場でありながら、リリスは自らが極めた魔術を重ねて展開する。……手先に走る鈍い痛みを代償として、振るい慣れた氷の剣が影を纏いながら顕現した。
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