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第四章『因縁、交錯して』

第二百二十九話『手の中に納まる分だけを』

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「王国騎士に……か。それはまた、高いあこがれを持ったものだね」

 バルエリスの告白を聞いて、真っ先にツバキはそう反応する。その視線はわずかに上を向いていて、過去の何かを思い出しているようにも見えた。

 そういえば、商会の護衛として経験した事件の中にも騎士が絡んでくるものがあったっけ。俺は騎士というものと関りが薄い世界で生きてきたからよく分からないが、騎士という称号は高いところにある者らしい。

「ええ、分かっていますわ。ですが、魅入られてしまったものは仕方ありませんもの。わたくし、一度焦がれたものから目を離すのが苦手なんですわよね」

 しかし、その指摘から逃げることなくバルエリスは首を縦に振る。そんな指摘はとっくのとうに乗り越えたと言わんばかりの速頭ぶりに、ツバキは小さく目を見開いた。

「……そうか。……うん、それはいいことだね。心を焦がしたものをずっと追いかけたくなる気持ちは、ボクも痛いぐらいに分かるから」

「ツバキ、一度大切にしたものはとことん大事にしたがるものね。……まあ、問題はその大切の範囲がかなり狭いことだけど」

 バルエリスに共感を示したツバキに、リリスがどことなくからかうような口調で口を挟んでくる。それにツバキは軽く頬を掻き、苦笑を浮かべながら返した。

「自分の手のひらがどれだけのものを抱えられるか、ちゃんと理解してるって自負はあるからね。君とマルクがその大部分を占めている今、新しく抱えられるものなんてそう多くはないんだよ」

 というか、君も同じような物だろう? と。

 いつものおどけた口調ではなく真剣にそう問いかけるツバキに、今度はリリスの方が言葉を詰まらせる。……そして、ツバキの態度を鑑写しにしたかのようにリリスもまた頬を掻いた。

「……そうね。言われてみたら、私の大事なものも数えられるぐらいにしかなかったわ。これからもそう簡単に増える物じゃないだろうし」

「だろう? 博愛主義じゃあるまいし、ボクたちは全部を守ろうだなんて思ってない。……手を伸ばせる範囲が限られているなら、その中で優先順位をはっきりさせるのは当然のことさ」

 少し照れくさそうにするリリスに対して、ツバキはまっすぐな目をしてはっきりと断言する。……初対面の時からそうだったが、大切な物に対するスタンスというのはツバキの方がよりはっきりと自覚しているらしい。

『タルタロスの大獄』で始めて顔を合わせた時も、『リリスを害するならその前に殺す』ってわざわざ宣言してきたぐらいだしな……。それぐらいリリスのことが大切で、守らなければならないと自らに課してきたのだろう。……そのリリスと同じぐらい大切に思ってくれてるってのは、何回聞いても光栄なことだな。

「あらあら、見せつけてくれますわね。さすがわたくしが見込んだだけのことはありますわ」

 少し感慨深く二人のやり取りを見つめていると、バルエリスが微笑を浮かべながら楽しそうにそう言ってくる。その態度はさっきよりも少し砕けたように見えて、バルエリスという人物が俺たちにまた一歩近づいてきたような錯覚に陥った。

「ま、そんなわけもあってわたくしはずっと修練を積んできましたの。……一応断っておきますと、こうして冒険者の方々と一緒に探索するというのは今回が初めてですからね?」

「ああ、それは君のテンションの高さを見てれば分かるよ。君にとって騎士があこがれの対象ならば、パーティを狙う不逞の輩なんて格好の獲物――もとい、退けなければいけない対象だもんね」

 ひとしきり二人のやり取りを楽しんだ後に話を本題に戻したバルエリスに、ツバキからの冷静な指摘が飛んでくる。俺視点からもバルエリスは相当ハイテンションに見えたし、そこに関する認識は共通しているようだ。……バルエリスの顔が僅かに赤くなっているあたり、本人にも自覚はあったのかもしれない。

 噂がどこまで信憑性のあるものか分からない以上、その期待は空回りに終わる可能性があるのが悲しいところではあるけどな……。俺たちからしても成果なしで帰るのは少し怖いところがあるし、姿を捉えることはできなくても何かしらの痕跡は見つけたいところだ。火のないところに煙は立たないともよく言われることだしな。

「バルエリスの憧れの話に関しては少し意外だったけど、そういう事なら俺たちはまっとうに協力できそうだな。俺もバルエリスも、止めたいと思ってる対象は変わらない。噂の中身が違う事だけ引っかかるけど、それも噂の正体を突き止めてから問い詰めればいいことだろ」

「そうですわね。……私の夢を笑わないでいてくれたというだけで、信用するには十分すぎますわ」

 話をまとめた俺に、バルエリスはおずおずと頷く。笑わないも何も騎士になりたいという目標はそんな変だとも思えないのだが、やはり高貴な面々の間ではそういう願望は奇異の視線を向けられてしまうものなのだろうか。

「騎士、それも王国直属ってなると狭き門だしね……。女性の王国騎士自体ほとんど数はいないし、高貴な家の出ともなればその後を継ぐことを期待される。……そんな環境がそろってしまえば、もう減の類だと受け取る人が多いのも仕方ないのかもしれないね」

 その疑問が顔に出ていたのか、ツバキがまるで答えのような言葉をバルエリスへとかける。その表情には曇りが射していて、気分が少し沈んでいるように見えた。

 なぜだろうと頭の中で考えて、俺はすぐに答えにたどり着く。……前半分の事情はともかくとして、『跡を継ぐことを期待される』ことに関してはツバキもまた同類なのだ。

『影の巫女』の娘として生まれ、その才覚の半分をメリアに分け与えながらもなお次代の器としての在り方を期待されたツバキ。……そのための修練を積む間、ツバキに異論をはさむ余地があったのだろうか。『影の巫女になんかなりたくない』と、そう言える自由はあったのだろうか。

 おそらくなかったのだろうなと、俺は俺の中で結論付ける。……そのことを思うと、商会によって外に連れ出されたのはツバキにとって初めての解放だったんじゃないかと思えてくるから不思議だった。

 もちろんそれは結果論で、商会のしたことが許されるわけもないんだけどな。……だが、どうしても思ってしまうのだ。――あの時商会に囚われなかったツバキは、果たして幸せになれていたのだろうか、と。

「……ごめん、少し湿っぽく話しすぎたね。とにかく、ボクが言いたいのは君の夢を応援したいってことさ。……二人も、そう思っているだろう?」

 同意を求めるツバキの視線に応え、俺とリリスは首を縦に振る。唐突に共通点を見出してしまったこともあって、俺はすっかりバルエリスの事情を他人事だとは思えなくなってしまっていた。

「皆様……」

 そんな俺たちの様子を見て、バルエリスは感極まったように口元を押さえる。……そして、そのままあわただしい様子で俺たちに背中を向けた。

「……ありがとうございますわ。あなた方がそう言っていただけるおかげで、わたくしも遠慮なく理想の振る舞いを目指すことができます。……さあ、そろそろ調査を再開いたしましょうか」

 いつになく早口でそうまくし立てて、バルエリスは正面に見えるステンドグラスに囲まれた扉に向かって歩いていく。一階に唯一存在する扉であり見える限り最も豪華に飾り付けられているそれは、その先にある部屋が特別なものであることを何よりも雄弁に語っている。……おそらくだが、その部屋には玉座が据えられているのだろう。

「この部屋自体にはどうにも仕掛けのしようがありませんし、そろそろ別の部屋を見て回るべきですわね。ですから、次はこの部屋を調べませんこと?」

 一応提案という形を取ってはいるが、先陣をきってドアの戸に手をかけるバルエリスは既に開く気満々だ。荘厳な装飾によって彩られたその先へ進もうと、バルエリスは扉に思い切り体重をかけて――

「……バルエリス、そのまま伏せなさい‼」

――ただ一人何かに気づいたらしいリリスが、バルエリスの背中に向かって鋭く叫びながら床を蹴り飛ばした。
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