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第三章『叡智を求める者』

第百九十五話『統制された狂気』

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「……あら、皆さん揃ってどこへお向かいで?」

――作戦を整えて、あとは狼のもとへ向かうだけだと外に出た俺たちを、表面上は朗らかな声が呼び止める。……ふと見れば、仮面のような不自然な笑顔を張り付けた村人たちが拠点の外に出た俺たちを見つめていた。

「奇妙な膜まで張られて閉じこもられてしまわれて、私共は不安に感じていたんですよ。もっと一緒に食事とか外のことについてのお話とか、したいこともたくさんあったのに」

「……ああ、悪いな。そんなことをしてる暇もなかったし、これからもしてる暇はない。……悪いけど、そこをどいてくれると助かる」

 大げさに悲しそうな様子を見せる村人に、しかし俺は冷たい声であしらう。今更アゼルの信者に構っている暇はないし、構ったとしてこっちに何一つのメリットもない。……むしろ、このタイミングで出待ちをかまされたという事実が不気味だった。

 俺の言葉に悲しそうな表情を浮かべる村人を無視して、俺は背後に立つ三人に視線を送る。それだけで言いたいことは何となく察してくれたのか、ツバキとリリスは小さく首を縦に振った。ノアだけはちょっとぽかんとした様子だったが、そればっかりは仕方のない話だな。

 早い話が、村人たちが来るのは今更過ぎるのだ。この拠点が影の幕に覆われたのは少し前のことだし、付き合いが悪いのだって今に始まったことじゃない。なのに、少し時間が経った今になってそれを口実にして俺たちに絡みに来る。……どう考えても、時間稼ぎの類だとしか思えない。

「悪いな、俺たちはいかなきゃいけないところがあるんだ。……はっきり言わせてもらうと、邪魔なんだよ」

「おお、邪魔などとは手厳しい言葉を……。村のことにはあなたたちより詳しいですし、お手伝いできると思いますよ?」

 これ以上時間を浪費しないためにも最も厳しい表現を使ったものの、それでも前に進もうとする俺たちに縋りつくようにして村人たちは立ちはだかる。ここまで粘着質なコミュニケーションは、何処かの教祖の影響だとみればいいのだろうか。まあ、それならば――

「……俺たちは祭壇に向かうんだ。お前たちが足を踏み入れられない場所で、何の役に立つって言うんだよ」

 教祖の影響があるなら絶対に足を運べない目的地の名を出して、俺は村人たちを威圧する。アゼルの影響を色濃く受けているならば、その言葉を出せば尻込みしてくれるだろう。こいつらにとって、アゼルが課した禁則事項は何よりも厳守しなくてはならないものなんだから。

「……なるほど、そうですか」

 俺の言葉を聞いて、また別の村人が少し悲しそうにそう呟く。その様子を見るに、やはりそこを理由にすればさしもの村人たちも引き下がるしかないのだろう。一斉にうつむいた村人たちの姿を見て、俺はその有用性を確信していた――の、だが。

「「「「「「「「「それならば、貴様らを拘束する」」」」」」」」」

――再び顔を上げた時、年代も性別も様々な村人たちの目には一律の狂気が宿っていた。

「ノア、マルクを守って‼」

 その異質さに俺が一瞬身を固くしている間に、リリスがノアに指示を飛ばしながら俺の前へと出る。そうしながら作り出された氷の盾と、村人の一人が振り下ろした拳が空中で交錯した。

「マルク、こっちに!」

「……ああ、悪い!」

 その光景を半ば呆然と見つめていた俺の右腕を引いて、ノアが背後へと誘導する。もちろん九人もいればそれを見逃さない村人もいるわけで、下がっていく俺を強襲しようと村人の一人がこちらにこぶしを振り上げたが――

「……ごめん、すべてが終わるまで眠っててくれ」

 その拳が俺に届く前に影の幕が村人を覆い隠し、こぶしは影に飲まれて消える。……しばらくしてその影が消えたとき、地面に一人の村人が泡を吹いて転がっているのが見えた。

「ノアとマルクは切り札だ。ここはボクたちが何とかするから、君たちはできる限り消耗しないように立ち回ってくれ!」

 すぐさま別の方向から飛んできた攻撃をさばきながら、ツバキは俺たちの方を見つめてそう叫ぶ。視界の隅では、リリスが別の村人の顎にハイキックを叩きこんでいた。

「「「「「我らの信仰に、穢れは許されない」」」」」

 しかし、騒ぎを聞きつけたのか村人たちはこっちに向かって群れを成して近づいてくる。どんな仕組みでそうなっているかは分からないが奴らは最初から狂信者モード、すなわち敵意は全開だ。……どうやらアゼルは、露骨な真似をしてでも俺たちをあのダンジョンに近づけたくないらしい。

「あっちこっちからうるさいわよ、誰か一人が代表してしゃべりなさい!」

 倒しても倒しても湧いてくる村人たちに苛立ったのか、リリスが乱暴に地面を踏みつける。直後、その足踏みを起点とするかのように氷の棘が放射状に展開され、押し寄せてくる村人の機動力を一気に奪い取った。それでもなお俺たちを拘束しようと進むその姿は狂信者の鑑といったところだが、機動力を奪われた状態で勝負ができるほどツバキたちは甘くないのだ。

「……ツバキ、仕上げは任せるわよ!」

「ああ、任された! ……皆揃って、転がっててもらおう!」

 リリスの叫びに呼応するようにして、前に踏み込んだツバキは右腕を大きく振るう。その軌道をなぞるようにして展開された大きな影の膜が機動力不足で渋滞を起こしていた村人たちをまとめて呑み込み、五感を遮断される無の世界へと誘われた。

「……まったく、ここまで露骨な人海戦術とはね。それでどうにかできるって思われてるのが心外だよ」

 三十秒ほどその様子を見つめた後、ツバキは影の領域を取り払う。その後で立って居られている村人は一人としておらず、泡を吹いたり痙攣したり、様々な姿で気を失っているようだった。……どれだけの狂信があろうとも、自分の身体をまともに知覚できなくなる恐怖には耐えられないようだ。

「……ま、五感を遮断されるってのは一時的に死んだような状態に落とされるってことだからね。……不老不死を求める彼らにとって、その感覚は恐怖でしかなかったんだろうさ」

 そんな俺の思考を読んだかのように、ツバキは一人そう呟く。痙攣を繰り返す村人たちの体が、その推論に対して頷いているかのように見えた。

「……だけど、まだこれだけじゃないみたいね。全く、どうしてこんな村にたくさん人がいるのよ」

 遠くから聞こえる足音を聞きながら、リリスはとてもめんどくさそうに零す。ここにはすでに三十人越えの村人が転がっているわけだが、それでもまだ村の勢力としては微々たるものなのだろう。あのダンジョンにたどり着くまでに、いったいどれだけの村人を転がせばいいのか――

「……まあ、有象無象がいくら群れようがボクとリリスに勝てる道理はないけれどね。……だから大丈夫、安心して正面突破と行こうじゃないか」

 そんな俺の不安とは対照的に、ツバキが影をわずかに発しながら強気に宣言する。それにリリスもうなずいて、迫ってくる村人たちに視線を向ける。ダンジョンに向かう俺たちと正面衝突するその足取りは、さっきの豹変と合わせて意図がバレバレだ。

「……さあ、一刻も早くあの場所にたどり着くとしようか。時間を稼げば勝てるなんて甘えた考えにしっかりとお灸を据えてやるためにも、ね」

「ええ、準備運動としては上等よ。……全員、この村の荒れた地面に転がしてやろうじゃない」

 その瞳に戦意を宿らせて、二人は獰猛に言葉を紡ぐ。――二人と戦わせられる村人たちがいっそ気の毒に思えるぐらいに、その姿は頼もしいものだった。
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