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第三章『叡智を求める者』

第百十七話『不揃いな村』

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「……異様な雰囲気だったわね」

「ああ、そうだね。言葉にするのは難しいけれど、得体の知れない何かがアレの後ろにはある気がするよ」

 門を抜けて早々リリスが呟いた言葉に、ツバキがこくりと首を振って同意する。主語の全くない言葉ではあったが、それが何を示しているのが何かは明らかというものだった。

『広場で村長たちがお待ちです』なんて言葉を俺たちに伝えて、あの男はしずしずと下がっていった。こんな夜中に尊重自ら出迎えてくれるなんて大したおもてなし精神だが、この村の雰囲気を思うとそれを喜ぶことが出来ないというのが現状だ。

 柵と同じ素材で作られたと思しき小さな家が乱雑に立ち並び、所々の土地が農作業用と言わんばかりに耕されている。等間隔で魔術灯こそ置かれてはいるが、王都と比べると気休めにもならないくらいの明るさしか提供してくれていなかった。

 木製の家自体は王都でもないわけじゃないが、その並び方の雑さ、そして静けさが王都と比べても明らかに異彩を放っている。商店らしきものも見当たらないが、この村には商売という概念もないのだろうか。そんなバカなと言いたいところではあるが、馬車の来訪をこれっぽっちも想定に入れてない門の作りを考えると否定しきれないのが苦しかった。

「……ウチが言ってたこと、ちょっとずつ理解できて来たでしょ? とにかく不気味なんだよ、ここ」

 あたりの景色を見回す俺に、ノアが同意を求めるような形で問いかけてくる。それに対して迷い無く頷いて、俺は大きく息をついた。

「家の並び方とかだけ見れば、もう廃れた村だって言われても何ら疑問に思わないくらいなんだよな……。時間が遥か昔で止まってるというか、情報の更新がされてないというか」

「ああ、いい表現だね。ボクがずっと抱いていた違和感も、そこに由来するものかもしれないな」

 その感覚が俺だけのものではなかったことが、ツバキの同意によって明らかにされる。護衛として俺よりはるかに多くの街をめぐってきたのであろうツバキからしてもそうなのだとしたら、この街の異常度はさらに跳ね上がるとしか言いようがなかった。

「……先に警告だけしておくんだけど、この村で常識なんてものに頼らない方がいいよ。……いつも通りの考え方に縛られた人から、きっとこの村の餌食になっちゃうから」

「餌食……ね。食い物にされるのはごめんだし、しっかり肝に銘じておくわ」

 ノアのアドバイスを受けつつ、俺たちはゆっくりと村の中を進んでいく。道路を整備しようという意図も感じられないような荒れた土の上を歩く度微かに立つ音が、この夜の村にどこまでも伸びていくような錯覚を俺に与えていた。

「……もう少ししたら、さっきの人が言ってた広場につくよ。……ほらあそこ、明るいでしょ?」

「ああ、そうだな。……もう少し照らし方ってやつを考える必要があったと思うけど」

 ノアが指さした先では、淡い光が村の一角を包み込んでいる。それがこの村なりの精一杯なのかもしれないが、その照らし方では不気味さをさらに強調することしかできていなかった。

「ほんと、どこまでもおかしな村ね。郷に入っては郷に従えなんていうけど、ここのにだけは従いたくないわ」

「うん、従わなくていいよ。……皆は、皆なりの普通を守ってくれればいい」

 どこか皮肉るようなリリスの表現に、ノアが真剣な口調で同意する。リリスだけでなく俺たち全員に向けられたその言葉は、俺たちの表情を引き締めさせるには十分だった。

「相互理解は和解への第一歩だけど、ここの人たちのことを理解しようと思っちゃダメ。あっちもウチらの事を理解する気なんてないし、相互理解なんて絶対にできるわけがない。……それだけは、忘れずに覚えておいて」

「…………ああ、分かった。お前がそこまで言うんなら、そうさせてもらうよ」

 初めから話し合いの可能性を投げ捨てるのは性に合わないが、この村のことについてはノアの方が何十倍も詳しいのだ。そのノアがそんな風に言うのだとなれば、その言葉を尊重しない選択肢はないと言わざるを得なかった。

「うん、ありがとう。……それじゃ、形だけでもごあいさつと行こうか」

 俺たちが揃って頷いたのを確認して、ノアは広場の方へとゆっくり歩を進めていく。ぼんやりとした赤い光が、俺たちが纏っていた温かな光とまじりあって――

「……やあやあ、遠い所からよく来てくださいました! 歓迎いたしますぞ、旅のお方!」

「うおあああっ⁉」

 その光からぬっと現れた男に真正面から肩を叩かれ、俺は思わず大きく飛び退る。かなりの勢いで叩かれた右肩が、じくじくと鈍い痛みを主張していた。

「……おっと、驚かせてしまいましたか。我々なりの歓迎の意だったのですが、やはり不慣れなことはするものではありませんな」

 そんな俺の姿を見て、その声の主が申し訳なさそうに頭を掻く。そのしわがれた声相応に年を取っているらしく、それだけでパラパラと白髪が何本か抜け落ちた。

 俺たちを見つめる茶色の目はひどく濁っており、俺たちの姿をどれだけ正確に認識できているかというのも正直疑わしい。言葉を選ばずに言うならば、その男は泥沼のような目をしていた。……それも、一度ハマれば決して抜け出せないと確信できる底なし沼のような目だ。

「ええ、不慣れなことは失敗しやすいもの。……だから、私たちに同じことを試みるのはやめて頂戴」

「勿論、あなた方が不愉快に思ってしまったのなら繰り返しはしませんとも。……改めて、ノア様のお連れ様ですね?」

 リリスの発した棘のある声に少しだけ気圧されつつも、男はペースを崩すことなく俺たちにそう問いかけてくる。門番の人ほどやせこけてはいなかったが、それに目がいかなくなるくらいに濁った眼が俺たちの不安感をいやに搔き立てていた。

「……うん、ウチの知り合いの冒険者たち。この子たちが居れば調査は円滑に進むから、予定よりも早くこの村を出ていけると思うよ」

「おお、まるで出ていくことが幸福だというかのように言わないでくだされ。ノア様がここに来てからはや数ヶ月、最早あなたはこの村の一員のようなものですとも」

「相変わらず冗談が下手だね。村の一員なら、もっとすんなりあのダンジョンの事を教えてくれてもいいんじゃないの?」

「それとこれとは話が別ですな。……あの地に関しては、軽率に口にすることは許されません故に」

 お互いに朗らかな表情を浮かべながら、しかし少し間違えれば爆発してしまいそうな危ういやり取りを二人は交換する。その一幕を見るだけで、村とノアがどんな関係にあるかははっきりわかるというものだった。

「……おっと、自己紹介が遅れておりました。私はアゼル・デューディリオン。老骨の身ではありますが、この村の長を務めさせていただいております」

「マルク・クライベットだ。それでこっちの金髪の子がリリス、黒髪の子がツバキ。三人そろって冒険者パーティをやらせてもらってるよ」

 男――アゼルの挨拶を受けて、俺は二人の分もまとめて自己紹介を返す。二人もそれに対して特に異論をはさむことなく。小さな会釈だけをアゼルへと返していた。

「マルク様にリリス様、そしてツバキ様ですか。繰り返しにはなりますが、ここまではるばるよくぞお越しくださいました。簡素ではありますが拠点とできるような場所を確保しております故、とりあえずそこに案内いたしましょう」

 細かな話はその道中で、とアゼルは俺たちにそう促す。正直言って眠気は来ていないのだが、重い荷物を下ろせるのは正直ありがたい提案ではあった。……まあ、素直にそれを行為だと受け取っていいのかは定かじゃないけどさ。

「……ああ、それは有難いよ。まだこの村にも不慣れだし、案内よろしく頼む」

「ええ、お任せくださいませ。不肖の身ではありますが、精一杯もてなさせていただきますとも」

 しかし、むやみやたらにその提案を拒否する理由も見当たらない。渋々とその提案に乗ることにした俺の頷きを見て、アゼルはどこか不自然な笑みを浮かべていた。
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