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第三章『叡智を求める者』

第百十六話『異質な囲い』

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「ずいぶんと厳重な防護ね。ここまでしなくてはならないほどの脅威が、この平原に入るってことなのかしら」

「うーん、その可能性もないではないけど……。ウチの推測だと、あれが本当に守りたいのはその中にあるダンジョンなんだよね。外にほっぽり出しておいて誰かに足を踏み入れられたらマズいから、村ごとぐるっと囲って守ってるんだと思う」

 ダンジョンだけ囲ったらそれはそれで怪しさ満点だし、とノアは推理の最期にそう付け加える。平原の中で異様な雰囲気を放っているその柵を見ると、いまいちそれが妄想と言い切れないのが不気味だった。

「魔物が活発になる夜に出歩いてても襲われる気配がないことを思うと、この柵の作りはあまりに不自然だものね。……どちらかと言えば、人の侵入を阻止したいような作りにも見えるし」

「そうね。あれだけ高く作られてると、普通の方法じゃ突破するのは難しそうだわ」

 柵を見つけたツバキの言葉に同意しつつも、それと同じタイミングでリリスの方からさらりと風が吹き抜ける。それによって暗に示されたその一手は、明らかに普通ではない方法だった。

 リリスの術式があれば、天井が閉じられてない限りは絶対に侵入できてしまうもんな……。初っ端からその手で行くのも今までのことを考えるとまあ悪くない気もするが、それでノアの立場までも悪くしてしまうのは正直よろしくない気がする。あくまで切り札の一つ、位で考えとくのが一番精神的に楽そうだな。

 そんなことを考えている内にも、村の外周はどんどんと近づいてきている。間近で見るとその迫力は異様なもので、夜の雰囲気も相まって不気味な印象を更に決定的なものとしていた。

 よく見ると柵は二重に張り巡らされていて、その入念さに俺は思わず困惑せざるを得ない。対魔物ならば木製の柵が一重だろうが二重だろうが変わらないが、人間相手ならその効力は相当なものだ。

「……ますます、穏やかじゃないな」

「でしょ? この村は間違いなく何かを隠してるって、ウチはそう睨んでる。国がここのことを調べたくなるのも、何となく理解できちゃうしね」

 思わず息を呑む俺の方を見て、ノアは肩を竦めて同意を示す。普段ほとんど悪感情を見せないノアは、村に対してだけは辛辣なのがまた印象的だった。

「……だけど、証拠がまだ見つかってない以上やたら喧嘩腰になるのもよくないんだけどね。ちょっと待ってて、門番さんに話を通してくるからさ」

 俺たちにそう言い残すと、ノアは軽い足取りで少し離れた門の入口に駆けていく。門と言ってもその作りは相当に簡素なもので、ノアにそう言われるまでは確信が持てなかったくらいなんだけどな。

 小さな木の扉を開けて、ノアの背中が門の中へと吸い込まれていく。扉が閉まる様子を見送ってから、リリスが大きなため息をついた。

「……イヤな感じがするわ」

「ボクも同感だね。……なんというか、この場所からはよからぬものを感じるよ」

 苦虫を嚙み潰したような表情のリリスに追随して、ツバキも神妙に頷く。俺一人が感じているだけならばまだ気のせいですんだかもしれないが、ここまで見解が一致しているとさすがに見過ごしておくわけにもいかなかった。

「バーレイが行き先を伏せてたのも納得だな。こんなところだって事前に伝えられてたら誰だってしり込みするだろ」

「よほどのもの好きでなければそうでしょうね。あの男たちも、単純な好奇心だけでここにある物を調べたいわけじゃないらしいし」

 両手を大きく広げながら、リリスはまた一つ大きなため息を吐く。怖がっているというよりは気だるげなその声が、今俺たちに降りかかっている事態のややこしさを示しているような気もした。

「ただダンジョンを攻略すればいいって話なら、リリスが居る以上時間の問題ではあったんだけどね。その周りにいろいろと問題があるなら、まずはそれを取り除くところから始めないといけなさそうだ」

「ノアの口ぶりからすると、村の奴らも協力的ってわけじゃなさそうだしな。なんせそのダンジョンのことを崇拝してるんだろ?」

 初めてそれを聞いたときは到底信じられなかったが、この柵の様子を見るとその信憑性は上がったと言わざるを得ない。この中に本当にダンジョンが囲われているのだとしたらその異常性は確定的なものになるが、今まで研究院側が伝達してきた情報が正しかったあたり多分入ってるんだろうな……。

「……ちなみにだけど、お前たちの旅の中でここと同じような街ってあったりしたか?」

「あるわけないわよ。あの男が回るのはそこそこ大きな街ばかりだったけど、ダンジョンを崇拝対象としているところなんてなかったわ。……というか、あったら調査が入るものでしょう」

「ダンジョンを内包した街はないでもないけど、そのどれもが学校の教練用だったり観光資源としての運用だったものね……。村と言う閉鎖的な空間で、それも崇拝しているだなんてのはあまりにも異常だよ」

「だよな……悪い、野暮なこと聞いたわ」

 少しでもヒントを得られればそれに越したことはなかったのだが、そもそもヒントがあれば俺らではない他の誰かがこの村の真相にたどり着いているだろう。ここまでこの村の謎が解き明かされてこなかった事こそが、この事態の異常性の証明のようなものなのだ。

 単純な武力勝負になった時に負ける気はしないが、そうでない部分で勝負されれば分が悪い状況なんていくらでも生まれうる。一度村に踏み込んでしまえば、そこから先は一瞬たりとも油断できない状況が続くだろうな。

「……まだ入ってねえのにもう帰りたくなってきたな」

「奇遇ね、私も同感よ。さっさと真相を解明して、あの男からたんまり報酬をせびるとしましょう」

 ふとこぼれた弱音に共鳴するかのように、リリスが後ろ向きな積極性を表明する。この先の目的のためにも、そうするのが一番楽な解決方法のような気がした。

「……お待たせ、準備できたって! ウチが事前に話を通しておいたから、寝られる場所も簡素だけど用意してくれてるみたい!」

 少しでも早く帰るという決心を新たにしたところで、ノアが俺たちの方へと小走りに戻って来る。話を付けてくるだけにしてはそこそこな時間がかかっていた気もするが、とりあえず迎え入れてくれるならそれに越したこともないだろう。

「ああ、ありがとな。……それじゃ、行くとしますか」

「そうだね。一刻も早く解決して、あの温かい宿で眠る事にしよう」

 引き払ってしまった宿のことを思い出してか、ツバキが普段よりも強い口調で同意する。最初は仮の宿でしかなかったあの場所も、今ではすっかりと思い入れのある場所になってしまっていた。

 門へと向かうノアの足取りを追って、俺たちは小さな木の扉をくぐる。馬車が入る事なんて全く想定していないその出入口は、この村が外界から隔絶されていることを声高に主張しているかのようだった。

「門番さん、この人たちがさっき言ってたウチのお手伝いさんたち! 皆腕利きなんだよ?」

 先に門の中へと入っていたノアが、俺たちのことをひとまとめにそう評する。その視線が向いている方に俺も目をやると、そこにはひょろりとした体格の青年が独りで立っていた。

 その黒い目はどこか焦点が定まって居らず、灰色の髪に混じった若白髪がやけに目立っている。取っ組み合いになってしまえば俺でも勝ててしまいそうなくらいその体はやせ細っているのだが、その立ち姿からはなぜだか近寄りがたい雰囲気がこぼれだしている。……何とも言えない、嫌な雰囲気だ。

 威圧感、とでも言えばいいだろうか。もし敵対したとしても彼に手を出してはいけないと、俺の本能がそう叫んでいる。それは、魔物を目にした時に走る感覚とも近しいもので。

 俺の一歩後ろに立つ二人の表情を一瞥すると、そのどちらも少し硬いものになっている。俺と同じ感覚に襲われているのかは分からないが、俺だけがこの男に得体の知れないものを感じているということはなさそうだった。

 そんな得体の知れない青年が、ノアの指し示す方向をたどって俺たちの姿を捉える。ひとしきりぐるりと俺たち三人の姿を見回した後、そのやせこけた顔ににっこりと笑みを浮かべて――

「……こんな僻地にはるばるようこそ。発展とは程遠い場所ですが、どうぞごゆっくりなさってください」

――存外に朗らかな声色で、俺たちの来訪を出迎えたのだった。
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