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第三章『叡智を求める者』

第九十九話『得たもの、課されるもの』

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「貴様らがこれから動いていくにあたって、研究院の後ろ盾が欲しいということであったな。……この国の英知が集うこの場所をただの泊付けに使おうなどと、不遜にもほどがある話ではあるが」

 机の上にいくつかの書類を並べながら、ウェルハルトは小さくため息を吐く。どこか呆れたようなその黄色い瞳が、俺たち三人の姿を順繰りに映し出していた。

 実験を終えた俺たちの話し合いはまたしても院長室に舞台を移し、今から最後の詰めが行われるといったところだ。……まあ、おそらく俺たちの要求はそのまま通ってくれるとは思うけどな。他ならぬウェルハルトから、俺たちを認めるような発言を引きだせているわけだし。

「不遜具合で言ったらそっちも変わらないからお互い様ね。……それに、あなたからしても私たちは他の冒険者たちとは違うのでしょう?」

 初対面よりも小さく見えるその姿を見つめながら、リリスは得意げにニヤリと笑って見せる。それに困ったような表情を浮かべるウェルハルトの髪の毛は、あの実験を経てさらにぐちゃぐちゃに掻きまわされていた。

「前者も後者も否定できぬのが苦しいところだな……。当方の見立て通り、貴様らが他の野蛮なだけの冒険者と一線を画することだけが救いだが」

「そう言えば、そんな事も言ってたっけね。結局のところ、ボクたちと普通の冒険者たちは何が違うんだい?」

 実験の話やらで流れてしまった話題をもう一度拾い上げて、ツバキは小さく首をかしげる。俺たちの姿勢にウェルハルトが何を見出していたのかは、俺としても少し気になるところではあった。

 結成の経緯からして他の冒険者たちとは違うし、確かに特殊なパーティであることは間違いないんだけどな……。それをウェルハルトが知るわけもないし、あそこまで迷いなく言いきれたのは不思議な事だ。まあ、そこは研究者の勘とやらなのかもしれないが――

「……当方ら研究院に所属するものにとって、冒険者というのは忌むべき存在だ。研究素材を踏み荒らし、破壊し、果てには消失させることすらある。冒険者の身勝手な活動が、何度当方の研究を阻害したかももう分からぬ。数えること自体が無駄だと思えるくらいに積み重ねられていたのだからな」

「……まあ、冒険者と研究者じゃ魔物に対する捉え方とか違うだろうからな……。それは確かに一理あるかもしれねえ」

 高額素材として狩りつくされた魔物の素材が研究者にとって重要なサンプルになりうるものだったりしようものなら、その恨みは半端なものでは済まないだろう。というか、そもそもダンジョン開きって行事自体がそういう軋轢をどうにか収めようって意図で作られたものだし。研究者からしたら、ただ金になるという理由だけで魔物を狩りつくす冒険者は野蛮なものとしか思えないのかもしれない。

「どうりで冒険者の代替に慣れるものを作ろうとしてたわけね……。ま、それが実現する日はまだまだ遠そうだけど」

「いいや、いつか必ず完成させて見せる。貴様らほどの腕利きですらものけぞるような、強く小さな魔道人形をな。……まあ、それはまた別の話なのだが。当方がこのようなものを作ろうと決意したのは、『冒険者とは決して相容れない』という前提思考があったからなのだ」

「まあ、完全に相容れることはないだろうね……。同じものを見て全く違う価値をそこに見出してしまうなら、その両者は反目せざるを得ないわけだし」

 独白じみたウェルハルトの言葉に、ツバキは重々しく頷く。意見が、価値観が対立してしまった時に争うしか選択肢がないというのは、クラウス達と相対する形となっている俺たちにも例外ではない事だった。

 穏便にいくにせよ派手に行くにせよ、そこに対立が生まれている事だけは変えようのない事実だ。冒険者と研究者だって、現に今連携を取らないという形で対立をどうにか無いものとして扱っているだけだからな。ずっとそれが続けば確かに平和には見えるが、お互いの関係が険悪なものだっていうことには何ら変わりはないってわけだ。

 だけど、その状況は変わりつつある。……俺たちが、変えていこうとしているんだ。たとえそれが特例であったとしても、変わり始めたって結果だけはちゃんとここに存在していた。

「……だが、貴様らからの情報提供によってプナークに対しての研究は前に進んだ。冒険者からの情報提供が光明となったのは癪な話ではあるが、実力のある冒険者パーティでなければこの素材を持ち帰ることはできなかったのも否定できぬ話だ。研究院にも実力のある者はいるが、少数なうえに単独行動を基本としているからな」

「……つまり、ボクらと連携することの意味がそこに生まれたと。……それが、君の心変わりの理由かい?」

「ああ、その指摘通りだ。完全な和解が不可能でも、情報を持ち込んで来た貴様らとなら連帯できるという仮説を立てた。直接話してそれが確信に変わった以上、当方の推測は正しかったと言えるな」

 ツバキの問いかけを肯定しながら、ウェルハルトは机の上に置いた書類にペンを走らせる。その手つきは実に流麗で、こういう仕事に対しての慣れがにじみ出ているようだった。

「貴様らの力があれば、行き詰っていた当方らの研究にも光を当てることが出来る。いくら修練を積ませ魔道具で支援をしようと、戦闘員一人で打開できる状況には限界があるからな。……当方らの名を後ろ盾として利用する分、当方も貴様らの力を存分に利用させてもらうぞ」

「ああ、最初からそのつもりだよ。というか、それが利害の一致って奴だろ?」

 別に仲良しこよしをするつもりはない。そういうのはパーティメンバーとすることだし、今から俺たちが結ぶのはあくまで協定だ。一方的に得だけを奪い取るつもりは毛頭なかった。

 ま、その分遠慮なく使い倒してやろうっていう算段はあるけどな。仲良しこよしではないからこそ、ちょっとグレーな使い方をするのにも躊躇が要らないってものだ。

「お互いに目指す目的のために、お互いの力を利用する。……いい関係だな?」

「その意見に同意しよう。……王都に有意義な議論が行えるほど聡明な冒険者が現れてくれたことに、当方は歓迎の意を表する」

 そう言いきりながらウェルハルトはペンを置き、俺たちに向けて一枚の紙を差し出す。俺たちを招いたときに使われた書類と同じ印が押されたその書類には、『ウェルハルト・カーグレイン』の名前がしっかりと署名されていた。

「これがあれば、ある程度の国の機能は利用できるはずだ。当然、この研究院にも出入りできる。研究の糧になりそうな素材を持ち込んでくれれば、それなりの謝礼は当方の名に懸けて約束しよう」

「それは良い事を聞いたわね。破産しないように今から謝礼金をため込んでおきなさいよ?」

 ウェルハルトの説明に、リリスの目がきらりと輝く。俺からしたらそれは予想外の副産物でしかないが、ここに持ち込むことで資金を得られるのはありがたい話だった。

「貴様らが世間一般のような凡愚に堕ちぬ限り、当方ら研究院は貴様らの活動の後ろ盾となることをこの書類にかけて約束しよう。保護の魔術もかけてある故、保存も簡単に済むはずだ」

「細かいところまで気にしてくれて助かるよ。これが破れてるから約束は無効、なんて言われたら困っちゃうからね」

 契約書と言ってもいいそれを受け取りながら、ツバキは冗談めかした調子でそんなことを口にする。それに対して、ウェルハルトは初めて口元をほころばせた。

「そんな誠意に欠けることはせぬさ。この署名は貴様らに対して当方が示せる精一杯の敬意である故な」

「信頼の証、ってことか。こりゃ下手な真似はできねえな」

 最初から下手な真似なんてできない戦いではあるが、失敗できない理由がまた一つ増えてしまった。もうとっくに引き返せないところまで来てしまっているわけだし、ここまで来たらとことんやりつくすだけだけどな。この署名で国の一部が動かせるというなら、それだって使いつくしてやろうじゃないか。

「ああ、出来る限りの誠意は示したつもりだ。……つまり、今度は貴様らが当方に誠意を示す番ということになるな」

「……んん?」

 突然ニヤリと笑みを浮かべたウェルハルトに、ツバキが戸惑ったような声を上げる。いかにも打ち解けたような雰囲気だった院長室の空気が、その一瞬でまた緊張したものに戻ったような気がした。

 ほっそりとしか見えない黄色い瞳が、なぜだか今は不穏な光を宿しているような気がする。知らないうちに何かを仕込まれていたかのような、そんな感覚――

「ここで貴様らを見送ってしまえば、次にまみえる日はいつになるかも分からないのでな。ここで当方は、研究院の協力者たる貴様らに一つ仕事を頼もうと思う」

――貴様らに誠意があるのならば、これに応えることもまたその内であろう?

 最後に付け加えられたその一言が、ウェルハルトの真意をそのまま表している。つまりアイツは、この面会を最後に俺たちがこの場所に現れない可能性までもを想定して話を進めていたということで――

「……こりゃ、一本取られたかもしれないな」

 どう考えても断りようがない事を悟って、俺は大きなため息を一つ。……どうやら、俺たちは大きな回り道をしなければいけないらしかった。
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