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第二章『揺り籠に集う者たち』

第五十三話『熾烈な剣舞』

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「適当な言い訳作って襲撃とか、とことんゲスのやる事ね……‼」

「ああ、これに屈することだけはできなさそうだ!」

 リリスは悪態をつきながら氷の槍を作り出し、俺たちに向かって落とされた岩のことごとくを空中で迎撃する。その破片はツバキが伸ばした影によってすべて回収され、先制攻撃による俺たちへの被害はゼロに終わった。

「へえ、やっぱり相当な実力者だな。……マルクの隣に居さえしてなきゃ、うちのメンバーとして引き抜きたかったくらいだ」

 その光景をどこか冷静に見つめながら、クラウスは真剣な口調でそうこぼす。だが、二人は顔をしかめてぶんぶんと首を横に振った。

「お断りさせてもらうわ。あなたの下につかなくても、私たちは十分幸せになれるもの」

「ボクも同感だね。……君のような人間の庇護下に置かれなきゃいけないほど、やわな生き方をしているつもりはないからさ」

 一切の迷いなく言い切るその姿に、クラウスの表情がわずかにこわばる。……しかし、その次にクラウスの顔に浮かんだのは獰猛な笑みだった。

「はっ、言いやがる! ……なら、お前たちの実力で証明してみせろや‼」

 地面を思い切り蹴りだして飛び出すクラウスに、隣に立っていたカレンも静かな足取りで続く。その二人の進軍を後押しするかのように、術師たちがいると思われる後衛から様々な属性の魔術が展開された。

 この形は、俺が『双頭の獅子』に入った当時からずっと確立されているお得意の戦い方だ。前衛二人の対処に手間取れば魔術が直撃し、かといって魔術の対応に意識を注いだ瞬間に王都最強と言ってもいいコンビの連携攻撃が叩きこまれることになる。どちらの対応をおろそかにしても悲劇が待ち受けるその陣形を崩せた魔物は、俺の記憶では一匹たりともいなかった。

 だが、クラウスとカレンが最強のコンビだったのはもう過去の話だ。……本当の最強は、今俺の隣に立っている。

「……支援は任せるわよ、ツバキ」

「ああ、任せてくれ。……君は、君が思うままに暴れてくれればいい」

 いつもと同じような口調でそう確認したのを最後に、リリスがクラウス達に向かって姿勢を低くしながら踏み込んでいく。その後ろ姿を見つめながら、ツバキは黒い影を大きく展開した。

「……ツバキ、リリスに影を纏わせなくていいのか?」

「ああ、あれはボクが無防備になってしまうからね。こういう集団戦ではあまり使いたくないんだよ」

 俺の疑問にそう答えながら、ツバキは後方から飛来する魔術たちに向かって影を展開する。決して小規模ではないそれらをツバキの影が全て覆い隠すと、影は突如ダンジョンの壁に向かって大きく進行方向を変えた。

「ここからの戦い、一筋縄ではいかなさそうだからね。少しでも楽をさせてもらう、よ‼」

 影が壁と接触した瞬間、轟音とともに何かが爆ぜるような音が聞こえる。それがツバキの影によるものではなく、その中に閉じ込められた魔術たちが衝突した音なのだと気付くのに俺はかなりの時間を要した。リリスは影で包んだ魔術たちを消し去るのではなく、軌道を逸らして不発に終わらせる方を選んだのだ。

「ほんと、芸が細かいんだな……」

「これもリリスの無茶ぶりに応えてきた成果の一つってね。……これくらい、まだ苦境でも何でもないさ」

 ツバキは今後方からの攻撃を一瞬にして無力化して見せたわけだが、それを誇るような態度は微塵もない。この援護を当たり前だと言い切れるのが、リリスにも負けないツバキのポテンシャルをもっとも端的に証明しているような気がした。

「……ほんと、いい相棒を持ったものだわ!」

 一瞬の処理劇をちらりと見たのち、リリスは二本の氷の剣を作り上げる。今までたくさんの敵を切り伏せてきたであろうその剣技が、今度は王都トップクラスの連携を誇る二人と衝突した。

 クラウスの長剣による一撃を受け止め、間髪入れずに飛んでくるカレンの刺突はバックステップで躱す。その返礼と言わんばかりに繰り出した切り払いはわずかに届かなかったが、冷静に一歩跳び退るリリスに焦りの色は全く見えない。最初の衝突を見ただけで判断するのは早計だが、クラウスとカレンが揃ってもなおリリスの方には少し余裕があるように思えた。

「……ちょこまかちょこまかと、小賢しい剣技なこった。……カレン‼」

 一合でも自分たちの連携が一人の手によって受け止められるのは不愉快なのか、長剣を地面に突きたてながらクラウスは咆哮を上げる。それを聞いたカレンは、わずかに首を振りながらまっすぐに踏み切った。

「そこまで叫ばなくても聞こえているさ。……悪いが、ここからは私一人と踊ってもらおう」

 一歩地面を蹴るたびに加速するカレンの足取りは軽やかで、クラウスにはないしなやかさがある。だが、それだけでリリスを貫けるかと言ったら答えはノーだ。……たった一人の細剣士に負けるほど、リリスの戦闘術はやわにできていない。急所に向かって真っすぐに放たれた一撃を右手の剣で打ち払って、リリスは再び大きく距離を取った。

「一度打ち合っただけで片割れが職務放棄とか、相方に恵まれなかったわね!」

 それを追うカレンの早く正確な一撃を的確にいなしながら、リリスはどこか嘲笑交じりに戦場を駆けていく。それは自分の戦い方が通用している事への喜びであり、反攻に切り替えていく隙を見計らう獰猛な狩人を思わせるものでもある。今はリリスが引きながら動いていることもあって戦場は拮抗しているように見えているが、リリスが攻めに踏み込むだけでその均衡はあっけなく崩れるだろう。

 だが、反撃のリスクを背負ってもなおカレンは踏み込んでいくことをやめない。鋭く速く、幾度いなされてもなお打ち込み続けるその剣筋は恐ろしいくらいに正確だ。一度リリスの受けが失敗すれば、その隙を突き穿つことだって容易にあり得る。……それが、どうにも恐ろしい。

「……おっと、どさくさ紛れはよくないよ。剣士たちの戦いは、剣士たちの手によって決着がつけられるべきだからね」

 その予感はツバキも感じ取っているのか、後衛から放たれた魔術は二人が切り結ぶ現場から遠く離れた地点で影に回収される。僅かに見える負け筋をいやに意識しすぎてしまうのは悪い癖ではあるが、どこか余裕そうなクラウスの表情がどうにもちらついて仕方がなかった。

 数に限りがあるからそうそう使いたくはないが、魔道具の準備もしておかないとな……。二人が頑張ってくれているからこそ、俺はあるかもしれないすべての可能性を想定しておかなければいけないのだ。……最悪を想定したその準備が、役に立たないことを祈りながら。

 そんなことを考えている間にも、二人の剣戟はなおも加速していく。相当な数打ち込んでいるはずのカレンの剣筋は、衰えるどころかむしろ速くなっているようにすら思えた。

「……先ほど、ボスが職務放棄した、などと言ったな」

「ええ、言ったわね。そんな会話で気を散らそうって言っても、思い通りにはならないわよ?」

 剣と剣がぶつかり合う音の合間に、二人の話し声が微かに聞こえてくる。これが剣舞であるならば誰もが喝采を上げるであろうぶつかり合いを繰り広げながらの会話は、しかしどこまでも剣呑な雰囲気を保ったものだった。

「うちのボスはむらっけが強い。そこは認めよう。それと同時に、理不尽なほどの力を持つ男であることも。それを嫌う人間がいることも、悪い面ばかりを見て評価している輩がいることも知っている。……そんなお前から見れば、ボスと同じ戦場を駆ける私は恵まれていないように見えるのだろうな」

「ええ、私の相棒の方がよっぽど優秀だもの。……あの子のためにも、私はこんなところで負けてられないわ」

 力強く断言しながら、リリスは反撃開始と言わんばかりに一歩前へと踏み込む。防戦一方から切り替えんとするその踏み込みは、確かにカレンの予想外を行った。

 刺突を捌きながらのその動きに、さしものカレンも反応がわずかに遅れる。秒数にしたらちっぽけなものだが、そのわずかな時間こそが剣士の戦闘にとっては致命的な間隙だ。

「この距離なら、外さない――‼」

 それを絶好の勝機と見たリリスは、氷の剣を大きく構えて攻撃態勢に入る。全力で叩きつけられるであろうそれを、カレンの細剣ではじき返すことなどよほど不可能で――

「……ボス、今だ」

「おう、打ち合わせ通りだな。……まったく、時間かけるんじゃねえよ」

――あったはず、なのだが。

 カレンの低い声、そしてクラウスの応答。……それらが一瞬で行われた後に、クラウスの長剣が思い切り地面へと突き立てられる。

 起こったことと言えばこれだけだ。誰もリリスに触れてはいないし、リリスの体調に異常があったわけではない。この程度の継戦でへばるような鍛錬の仕方はしていないし、これ以上に連続した戦闘の経験だってある。……それ、なのに。

「が、ぐ……⁉」

 カレンに向かって振り切られようとした一撃が、その動作の途中で中断される。見えない何かに背中から押さえつけられたかのように、リリスの体勢が前のめりに崩れていた。
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