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第二章『揺り籠に集う者たち』

第五十二話『不穏な邂逅』

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「ダンジョン開きは一定の実績を積んだパーティにしか情報が行かないんだが……大方、レインがお前たちに情報を横流ししたってとこか?」

 俺たちの方にゆっくりと歩み寄りながら、クラウスは厭味ったらしくそう言ってのける。その推察が当たっていることに内心舌打ちしつつ、俺はその顔を睨み返した。

「それに応える義務はねえな。……魔物はもう討伐されたし、お前も次の獲物を探して少しでも金を稼いだ方がいいんじゃねえの?」

「ははは、それもそれで魅力的な提案だな。……だけどよ、それよりも美味しい機会を目の前にして逃すほど俺もアホじゃあねえさ」

 金の絡んだ利害さえ噛みあえば交渉が通じるかもしれないなんていう少しばかりの可能性は、しかしクラウスの下卑た笑みによって完璧に否定される。それもそうだ、俺たちが存在していること、活動を続けていること自体がクラウスにとって何よりの害になりかねないんだから。

「……ボス、どうした? 何やら戦闘は行われていないようだが」

 お互いに牽制し合うかのようなやり取りを交わしていると、クラウスの後ろから一人の冒険者がすっと歩み寄って来る。薄暗い洞窟の中でも際立っている銀髪を無造作に後ろでまとめているその女性は、俺にとっても決して無関係な人物ではなかった。

「ああ、カレンか。確かに魔物はもう死んでたんだが、面白いものを見つけてな。……ほら、あそこ」

 その華奢な肩にクラウスは自然な様子で右手を置き、空いたもう片方の手で俺たちが立つ方向を指し示す。その髪と同じ銀色の瞳が俺の姿を捉えた瞬間、端正な顔立ちがしかめっ面に変わった。

「……誰かと思えは、マルク・クライベットか。聞いた話では、私たち『双頭の獅子』に宣戦布告した大馬鹿者という話だったな」

「……しっかり覚えててくれて助かるよ、副リーダー様」

 その声色に明らかな敵意が混ざっていることにため息をつきつつ、俺はカレン――『双頭の獅子』副リーダーに対してお辞儀を一つ。パーティにいたころからいい印象を持たれていた記憶はないが、その評価は順調に悪化しているようだった。

「……マルク、あの人と知り合いなの?」

 お辞儀する俺の脇腹をつついて、リリスが小声でそう問いかけてくる。気が付けばツバキも俺の横に並んでいて、臨戦態勢がいつの間にか整えられていた。

「ああ、アイツはカレン。多分、『双頭の獅子』で一番器用な奴だ」

 単純な力押しならクラウスに敵わないが、腰に携えた細剣を用いた近接戦闘から魔術を用いた後方からの火力支援、おまけにフォローに回らせても一流という超実力者だ。間違いなく、軽視していいような存在ではない。クラウスとカレンの双璧が絶対的であるからこそ『双頭の獅子』は盤石足りうると、そう言ってもいいくらいだからな。

「へえ、中々に優秀な人材じゃない。それがクラウスの下についてるって事実自体、何かの間違いだと思いたいけど」

「残念ながら事実だよ。何を考えているかは分からないけど、アイツにはアイツなりの考えがあってクラウスと一緒にいるんだ」

 辛辣なリリスの評価に、俺も首をかしげながら小声で答える。暴力に屈するようなタイプではないし、カレンが何故クラウスの下についているかはカレン以外答えを知り得ない謎だった。

「……何を話しているかは分からないが、堂々と無視をされるのは不愉快だな。お前をここまで保護してきた『双頭の獅子』に対して、何の恩義も感じていないと見える」

「『双頭の獅子』には感謝してる部分もあるさ。……ただ、そこのトップが俺の周りを全部敵だらけにしようとしてきたもんだからな。お前だってそんなことをされたら反撃しようって思うだろ?」

『双頭の獅子』の凋落が俺たちの目標とは言え、直接的な標的はクラウスだからな。カレンにも色々と面倒を見てもらったことはあるが、それとこれとは話が別。あのパーティにいる以上、俺はカレンとも敵対しなくてはならないのだ。

 クラウスと違って柔軟なカレンだ、そこにはきっとある程度の理解は示してくれるだろう。クラウスの襲撃はもう避けられなくても、その加勢が少しだけ鈍らせられるなら――

「……ボスがお前を排除しようとするならば、そこにはボスなりの理由がある。『アレが作る魔道具の技術は全て学習したから』と放り出された、お前の先達のようにな」

――そんな期待は、他ならぬカレンの手によってぐちゃぐちゃに握りつぶされる。俺たちの訪問を優しく受け入れ、助力までしてくれたラケルのプライドをも傷つけるようなその言葉に、俺の脳内で何かが弾ける音が聞こえた。

「『双頭の獅子』は強きもの、価値のある者を求める。そこにいられなくなったということは、新たな価値を示し続けることが出来なくなったということに他ならない。……そんな者に同情を示すほど、私の心も広くできていないのでな」

「……ああ、そうかよ。よーく理解させられたぜ」

 カレンの言葉を聞きながら、俺の中で一つの勘違いが修正されていく。クラウスの仲間たちは、その暴力に屈する被害者でしかないと思っていた。……でも、違うんだ。この問題はもっと根深くて、そこを切り裂かなければ終われない。

「……『双頭の獅子』は、この国にあっちゃいけねえギルドだってな」

 あのパーティ自体が、傲慢で自分勝手な集団が牛耳って作り上げられたものだったのだとしたら。……その名前すら、残してやる義理なんてなかった。

「へえ、言ってくれるじゃねえか。その威勢が二週間でしぼまなかったことだけは褒めてやるよ」

 普段より数段低い俺の声に、クラウスが面白がるように一歩前に進み出る。まるでそれが合図だったかのように、通路から仲間たちと思われる冒険者が一斉に進み出てきた。

「だがな、羽虫も長い事ブンブンと周りを飛び回られると面倒くせえ。実害が出るわけじゃねえが、ただただ目障りなんだよ」

「だからと言って潰してみれば、お前たちは冒険者としての規則を踏み外すことになるわけだ。……そうなったら、どっちみち『双頭の獅子』の壊滅は避けられねえな?」

 少しずつ凶暴性を増してきたクラウスの口調に押し負けぬように、俺は強気な笑みを作って見せる。だが、その言葉を待っていたと言わんばかりにクラウスはさらに笑みを深くして――

「ああ、『普通なら』そうだな。だがここはダンジョンの中、ロクな目撃者なんて現われやしねえ。ギルドの連中も、ここに視察に来てる奴なんか一人もいねえ。だから、そうだな――」

 そこで言葉を切ると、クラウスは右手を高々と天井に向かって掲げる。それに何の魔術の前触れかは分からなくても、ロクでもないことが起きることだけは簡単に理解できた。理解できてしまった。

「『過去にギルド内で暴力沙汰を起こした新鋭パーティがダンジョン内で他のパーティを襲撃しているのを目撃。警告するも降伏の態度が見られなかったため、被害が拡大する可能性を考慮してやむなく処分した』――なんてシナリオは、どうだ?」

「……二人とも、来るぞッ‼」

 反吐が出るようなシナリオとともに振り切られた右腕を合図に、俺たちの真上から前触れもなく無数の岩塊が降り注いでくる。――完全に予定外の遭遇戦が、今ここに幕を上げた。
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