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第二章『揺り籠に集う者たち』

第三十六話『妥協は無しだ』

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「作品……って、今手に握られてるのがそうなの?」

「ああ、コイツも俺の作品の一つだ。……ま、今となっちゃあ副業程度の稼ぎにしかできてねえけどな」

 手のひら大の黒い球体をもてあそびながら、ラケルは自慢げに解説してみせる。その誇らしげな表情には、今まで積み重ねてきた時間がしっかりと裏打ちされているようだった。

「ラケルは昔、魔道具を自分で作ってその場で使うっていう変わったスタイルの冒険者として注目されてた時期があったらしくてさ。……そういう話を聞いてるだけで、それを実際にやって見せてるところは俺も見たことないけど」

「ああ、あのパーティに加入してからは一回もやってねえからな。そんなことはしないでいい、ただ魔道具だけを作っていろ……っていうのが、クラウスからのお達しだったよ」

 ひでえもんだぜ、とラケルは肩をすくめてみせる。ラケルもまたスカウトという名の連行を受けて『双頭の獅子』に籍を置いていた人間なのもあって、その辛さは俺もよく知っているところだった。

 アイツ、自分が見込んだ役割以上の役割をスカウトに求めようとしないんだよな……。指揮官の才能もない事はないと思うのだが、それ以上に人の才能を見抜く力が欠如しすぎているところがアイツの一番の問題点だと言って良かった。

「あのパーティを追放されてからはクラウスに目も付けられちまって、冒険者として生きていくのはほぼほぼ不可能になっちまったからな。今はこうやって喫茶店を経営しながら、注文とあらば護身用の魔道具を作ったりしてひっそりと暮らしてるってわけだ」

「それは……なんというか、気の毒な話ね。冒険者として活躍できたはずなのに、それをあの男に奪われてしまったのでしょう?」

「まあ、そういうことになるな。……だからと言って、今の生活に満足してねえかって言われるとまた話は変わって来るけどよ」

 リリスが向ける悲しげな視線に、しかしラケルは胸を張ってそう断言する。その表情に、無理をしているような感じは一切見られなかった。

「今の生活にも満足している、ってことかい? クラウスにいろんなものを壊されて、貴方の未来だって色々と壊されてしまった後だろうに」

「ああ、やりたかったことも、行きたかったダンジョンもアイツのせいで台無しさ。……だけど、それは今のこの人生を否定する理由にはならねえ。このカフェを『落ち着ける』って言ってくれるお客さんもいるし、俺も冒険者時代より穏やかに過ごせてるしな。もともと俺の取り柄は魔道具を作る事だったし、それがあれば冒険者としての未練ってのはあまりないのかもしれねえ」

「……追放されても即座に前を向いた、ってことなのかしら。そういうとこ、うちのリーダーに似てるわね」

 頭を掻きながらツバキの問いかけに答えたラケルに、リリスはふっと微笑みながら呟く。前を向いて進んでいく方向性がかなり違っているような気もしたが、追放にも負けなかった人という意味ではラケルは俺の先駆者に当たるのかもしれないな。

「……さっき先輩って名乗ってたの、ここまで考えての事だったのか?」

「冒険者としても先輩、追放者としても先輩、おまけに境遇も似通ってるって寸法だからな。お前の通ってきた道は大体俺も経験してる道だし、先輩と言っても何も間違っちゃいねえだろ」

「ええ、私もそれには賛成ね。『双頭の獅子』の元メンバーと言われた時は、マルクは何を考えているのかと思ったものだけど」

「悪い、その事はここに来る前に説明しとくべきだったな……ちょっと勢いで話を進めすぎた」

 少しばかり呆れたような視線を向けてくるリリスに、俺は顔の前で両手を合わせて見せる。その姿勢にふっと表情を緩めると、リリスはカウンターに立つラケルへと向き直った。

「……それで、魔道具を提供してもらえるってことだけど。その魔道具は誰が使っても起動できる、と考えていいのよね?」

「ああ、その認識で間違いねえよ。魔術神経を介して魔術を使う時に、もう一つ触媒を通して魔術の出力や安定性を上げるのが魔道具の存在意義だからな」

 言ってしまえば使い切りのサポーターみたいなもんだ、とラケルは解説する。その性能こそが魔道具を俺が必要とした理由であり、今こうしてラケルを頼る理由でもあった。

「魔道具があれば、俺もある程度の魔術を使えるようになるからさ。そうすれば戦闘後だけじゃなくて、戦闘中でもお前たちのことをフォローできるだろ? 何があるか分からないのがダンジョン開きだし、対策は一つでも多く持ち合わせときたくてさ」

「なるほどね。それで無事に帰還できる確率が少しでも上げられるなら、ボクからはなにも異論はないよ」

「私も、マルクが戦闘中にできることが増えるのは悪くないと思うわ。……まあ、マルクには安心して見守ってもらえるような状況を作れるのが一番ではあるけど」

「どんなことをするにしたって、最悪の状況は考えとかないといけないからな。間違ってもお前たちを信用してないとかそういうことじゃねえから、そこだけは安心してくれ」

 俺の念押しに、二人はこくりと頷く。俺の説明不足のせいでずいぶんとと遠回りをしてしまった感じはあるが、まあここまで漕ぎつけられたから結果オーライという奴だろう。

 カップの中に少しだけ残っていたドリンクを飲み干し、俺はラケルの方へと向き直る。そして、改めて俺は先輩に向かって頭を下げた。

「……何が起こるか分からないダンジョン開きを無事に切り抜けるために、貴方の創った魔道具が必要だ。……値段は、多少張っても構わねえから」

 どれだけ資金を使うことになっても、それで安全が買えるなら安いものだ。その結果亦借金をしてしまったら、二人にはまた白い目で見られてしまうかもしれないけど、それでも構わない。

「……本当に、大きくなったな」

 そんな俺の姿に何を思ったのか、ラケルは俺の頭にポンと手を置く。少しごつごつした手が、少し伸びて来た俺の髪をわしゃわしゃとかき回していた。

「先輩のよしみだ、値段は少しばかり優しくしてやるよ。……さあ、どんな魔道具をお求めだい?」
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