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第二章『揺り籠に集う者たち』

第三十五話『優しいだけじゃ』

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「……っはははは、そいつぁ傑作だ! その時のクラウスの顔を見れなかったことが惜しいくらいにな!」

 二週間前の衝突のところまでを話し終えるなり、ラケルは豪快な笑みを浮かべる。カウンター席に並んで座った俺たちは、そのあまりにも直球なリアクションに揃って相好を崩した。

「そうでしょうそうでしょう。大丈夫よ、これからもアイツには吠え面かかせていくつもりだから」

「名前をちらりと聞いた程度の相手だったらまだ手心の加えようもあったけど、あそこまで屑を極めてるともう同情の余地もないからね。リリスほど強気な言葉は使えないけど、次衝突するときもボクたちが勝って見せるよ」

 カウンターの向こうから送られる惜しみない賞賛に、クラウスを打ち破って見せた二人は上機嫌だ。堂々と勝利宣言を上げた二人に拍手を送りながら、ラケルは俺の方へと視線を向けてきた。

「マルク、こいつあとんでもない良縁に恵まれたもんだな。これが奴隷として売りに出されてるとか、元所有者の観察眼を疑うぜ」

「それに関しては俺も同感だよ。……ま、やむにやまれぬ事情があったのは事実だけどな」

『古なじみとその新しい仲間へのサービス』と称されて出されたドリンクを口にしているリリスを見つめて、俺とラケルはしみじみと頷く。あの奴隷市場で切羽詰まった様子だった彼女がここまでのんびりできていることが、俺が追放された意義の一つであると言ってもよかった。

「マルクの力がなかったら、リリスはただの戦えなくなってしまった護衛でしかないからね。……それにしたって、もう少しくらいやりようはあったと思うけどさ」

 リリスの扱われ方にはツバキも文句があったらしく、俺たちの会話に乗っかるような形で同意を示してくる。リリスもリリスでツバキを助けることに躍起になっていたけど、ツバキもリリスのことを思うと気が気じゃなかっただろうな……。

「ちょっと、私を挟んで話をしないでよ。……と言っても、私の話題みたいだから仕方のないところではあるのかもしれないけど」

「リリスとマルクの事情は今までのボクたちを語るうえで避けては通れないところだからね。……魔術回路の損傷を治せるだなんて、リリスっていう実例がなきゃいまだに信じられないことだし」

「ちなみに俺も今日ここで聞くのが初めてだ。……お前、どうしてそんなことを隠してたんだ?」

 それを知らせとけば追放されることも無かったろうに、とラケルは困惑した顔でこちらを見つめてくる。……だが、その理由に関しては俺の中ではっきりしていた。

 確かに修復の術式は特別な要素を持ち合わせているし、中々代わりが見つかるような役回りでもない。……だからこそ、自分からそれを開示してしまえばどうなるかなんて簡単に想像できた。

「そんなことを明かしたら、アイツはどんな手を使ってでも俺の事を『双頭の獅子』につなぎとめようとするだろ。一生あそこで飼い殺されるくらいだったら、無能扱いを喰らってでも追放された方がいくらかマシだ」

 クラウスが自分で俺のやっていることに勘付けたらもはや逃げようもなかったが、幸いなことにクラウスはまだ俺の事を単純な治療術師だと思い込んでいる。そのせいでアイツらに何かツケが回って来るんだとしても、それは見抜けなかったパーティーリーダーの責任でしかないからな。

「自分の手札を明かすことで起こりうる最悪と、明かさなかったことで起こる最悪を天秤にかけたってことね。そういうところは頭が回るのに、どうしてあの時はあんな簡単に借金を背負いに行ったのかしら」

「仕方ねえだろ、あの時はなんとしてでもあの商人からお前を買おうと必死だったんだから……」

 この出会いを逃したら本当にどうしようもなくなるって本気で思っていたし、実際それ以外に突破口なんてなかったと断言できる。暗闇の中で見つけた希望を絶対に手放さないようにするためなら、借金に塗れることなんて安いものでしかなかった。

「それとな、クラウスにつかまった時点で割と状況は最悪だ。そこだけ訂正させといてくれ」

「……最悪な人間だとはいえ、元上司を貶めることにとことん余念がねえな……」

 人差し指を立てながらの俺の訂正に、ラケルが苦笑を浮かべる。俺だって元仲間を悪く言いたくはないが、一個ほめるべきところを上げるまでに十個は悪いところを思い浮かべなきゃいけないのがクラウスという男なのだ。そうしてやっとひねり出せる『とにかく強い』という長所が、この王都じゃ他の欠点を塗りつぶせてしまうほどの影響力を持っているってだけでな。

「それはともかく、お前さんたちがクラウスを追い落とすのを目的としてること、おまけにそれが夢物語じゃないくらいの実力を持ってることは分かった。ただの魔術師だと思ってたマルクも、どうやらかなり複雑な事情があるみたいだしな」

「ああ、それくらいで理解しといてくれると助かるよ。……んで、話はこっからが本題ってわけだ」

「次の目的とやらを盤石に果たすため、俺の技術が借りたいって話だよな。それ自体はお安い御用だが……その目的とやらは何なんだ?」

「『ダンジョン開きでクラウス達よりもインパクトのある結果を残すこと』――マルクが言うには割と無法地帯になりうるみたいだし、もしもに備えて出来ることはしておこうっていう寸法よ」

 ラケルの問いかけに、リリスが頬杖を突きながら答える。普段は気だるげにのんびりとしながらも理解すべきところはしっかりと理解してくれているのが、リリスの切り替えの優秀さを示しているかのようだった。

「確かに、あのイベントは警戒しすぎるくらいでちょうどいいからな……。魔物たちにやられるよりもパーティ同士の争いに巻き込まれて壊滅する方が現実的って言われてるくらいだからよ」

「……それ、制度そのものを停止したほうがいいレベルで欠陥の規模が大きくないかい……?」

 さすがに予想以上が過ぎる、とのけぞって見せるツバキに、俺は肩をすくめてみせる。システムの廃止が出来たらそれ以上にいいことはないが、どこまで行ってもこの問題の本質は変わらないのだ。

「パーティの壊滅が魔物によるものか事故によるものか、はたまた他パーティの故意によるものかなんて判別しようもねえからな。冒険者への被害以上の成果は毎回出てくるから、ギルドとしてもその状況を黙認する以外の選択肢はないんだろ」

「ギルドにもギルドの事情がある、ってことか。……分かってたことだけど、どんな組織も優しいだけじゃいられないんだね」

 俺の説明を受け、どこか悲しげにツバキはぽつりとこぼす。護衛の仕事と比べてよっぽどいい仕事だって言ってたし、やっぱり失望する部分はあるのかもしれないな……。

 何かフォローをしてやりたいという気持ちはあるが、何を言えばいいのか俺の語彙力では到底分かったものではない。どうしようもできずに視線を泳がせていると、ツバキの肩にラケルのごつごつとした手のひらが乗せられた。

「お前の思う通り、どんな組織も綺麗事だけじゃやっていけねえ時もある。……だからこそ、マルクもお前たちの身を最大限案じてるんだよ。組織の力を借りるんじゃなく、あいつ自身のできることをやりつくしてお前たちを守ろうってな」

 その言葉に感じ入るものがあったのか、ツバキははっとしたようにラケルの顔を見上げる。ツバキたちに向かって微笑むラケルの手には、いつの間にかボールのようなものが握られていた。

「――俺の作品が、お前たちの安全を守る力になる。……大丈夫だ、お前たちのリーダーは間違いなく優しい奴だよ」
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