5 / 7
第1巻 ダーク・テミス編
第四章 真実への経路 美獣とダーク・テミス 前編
しおりを挟む沢渡『先日発覚した桑野義彦の恐ろしい事件は、今後の警察と検察の聴取とその後の裁判という事になります。視聴者からは桑野の弁護士サイドが精神鑑定を求めている事に批判が集まっています。番組では今後も追っていきたいと思います。』
桑野が警察に逮捕された二週間後、沢渡涼子の報道番組に久住晴翔が出演していた。テレビ局各社は桑野義彦、冬美の事件報道を集中して続けていた。涼子の番組でも同様だったが事件の事よりも、桑野家の歴史や生い立ちを追う感じだった。何故、悲惨な事件が起こってしまったのか?そこに焦点をあてて報道していた。一方で涼子は別の事にも興味が湧いていた。
沢渡『桑野家は歴史的に呪術的な事を生業にしてきた一族だったようです。麻倍階(あぶかい)元総理の時にもコブラという、暗殺組織のような存在も明らかになっています。コブラもひょっとしたら稼業的なものだったのか?久住先生、どう思われますか?』
久住『日本には陰陽道や密教、神道などが昔からあり、政治や権力と密接に繋がってきました。桑野家の呪禁道もその一つです。これらにどれだけの力があるのかはわかりませんがね。一方で暗殺集団という組織も歴史的には多く存在します。そういった者の…そういった家の流れの者が今の時代にいないとは言い切れません。』
沢渡『なるほど…コブラもそういった家系の者達という可能性はありますか?』
久住『どうでしょうかね。彼らは身元不明のままで捜査は打ち切られたようですし…僕は彼らは日本人なのか疑問なんですよ。人相や残されていた証拠品をみると、朝鮮半島の人達だと思います。戦後、日本には各国から人が入ってきました。そういった人も入ってきた可能性はあるでしょう。』
沢渡『何の為に日本にそんな犯罪集団が、暗殺集団が入ってきたのでしょう?』
久住『需要があったという事です。彼らを必要とする者が日本人の中にいた。昔からある日本の組織に対抗する力が欲しい者が、招き入れたのかもしれません。』
沢渡『桑野の事件を調べるきっかけになった先生が仰った二十年前の事件ですが、私達報道特番の方でも調べてみました。二千四年五月、外務省経済局に所属する官僚の家に強盗犯が押し入り、ご夫妻が殺害された事件ですね。犯人は…自殺体で発見されていますね。』
久住『ええ、まるで意図的に計ったようにみつかっています。犯人の確証となった毛髪が事件現場の官僚の家から発見されたのは、犯人の遺体が発見された後なんですよ。犯行現場では鑑識が入り綿密な捜索を行ったはずですが、その時には何も発見されていません。』
沢渡『どういうことでしょう?自殺体で見つかった人を犯人に仕立て上げる為の工作が行われたという事ですか?』
久住『その可能性が高いでしょうね。自殺体が発見された後であれば、毛髪を採取して事件現場に置く事は可能です。』
沢渡『コブラか或いは同じような組織が誰かの依頼でという可能性ですか?そして警察が事件の隠蔽に関与した疑いがある…。』
久住『ええ、そうです。警視庁の発表ではこの事件に関する画像は、コブラのアジトからは出ていないようですから、別の組織という可能性が高いでしょう。警視庁は権力には弱いという事は、麻倍階元総理の時によくわかりましたから、当時の捜査で隠蔽か証拠の偽造か…そんな事があったかもしれません。捜査も急に終息していますね。捜査資料が園田さんの所に残っていましが、彼も捜査に疑念を持っていたようです。』
沢渡『では先生、その件も番組では一緒に追いかけますので宜しくお願いします。』
久住は敢えてテレビの報道番組で、二十年前の事件の詳細を視聴者に伝え、警視庁の関与や権力者の関与を匂わせた。その上で調査を進める事を宣言した。テレビの前で視ている犯人達への挑戦状だった。恐らくは犯人達も忘れている事件だ。彼らに思い出させて何らかの動きがあれば、久住や果那のアンテナに引っかかるかもしれない。
都内のホテルで沢渡涼子の報道番組を観ている男がいた。数人の部下と一緒にいた男は《先生》と呼ばれている。少し剥げあがった白髪、目つきは鋭く?せこけた頬の北海道なまりの言葉が端々にある男だ。男は苦虫をすりつぶしたような顔で画面をみつめ、部下からの報告を椅子に座って聞いていた。
男 『先生、この件の調査結果をご報告いたします。沢渡と久住が言っている事件というのは、十九年前の極東地区開発事業に絡んだ件でした。当時の外務省の担当官が不正に気づき、警察に密告するという情報が警視庁から入り先生の指示で…。どういたしますか?外務省の当時の関係者は、すでに退省していると思いますが。』
先生『あの件だったか…全くそんな昔の事を掘り起こしおって…念の為、連中に連絡だけはしておけ。』
男 『彼らの手先になって実行役になった日本人もいたはずですが、あの連中はどうしましょう。』
先生『国内の協力者は必要が無くなった段階で、彼らが始末しているだろう。補佐官には私から連絡をしておく。万が一の時はあの作家も処分するしかないな。彼等はコブラごときとは違う、国内にいる彼らの仲間に連絡するように要請しておく。ところで森本の行方はつかめたか?』
男 『いえ、残念ですがまだです。出国した形跡はありませんが、国内にはいないかもしれません。』
先生『あの男は私の事も彼らの事も知っているからな。彼らも森本には用があるようだ。』
男は部下に伝えると部屋を出てホテルを立ち去っていった。部下と思われる男は名簿のような紙をみて、数人で話し合ってから部屋を後にした。
園田が残した捜査資料は、恐らく廃棄される資料だったと思われた。初動捜査の段階での室内や家の周囲を写した写真が十数枚残っており、近隣住民の証言も残されていた。室内の写真は荒らされた部屋の写真が十数枚残されていたが、あきらかに不自然な部分が多い。何かを持ち出した後に偽装工作の為、部屋を散乱させた感じがする。近隣住民の中で唯一の目撃者は、二人の男が慌てて走り去ったと証言していた。しかし犯人とされた男は遺体で見つかった一人だ。証言と食い違う。
そして殺害方法だ。鋭い刃物での一突きで殺害されている。捜査資料ではコンバットナイフの一種だろうと記載されてある。刃の背中部分はギザギザが切り込まれている、特殊部隊専用のナイフだ。両親には防御創は無く父親は正面から、母親は背中から心臓を一突きにされていた。こんな事が素人の強盗犯に出来るはずも無かった。
久住『まずは目撃者の聞き取りだな。あと当時の二課の刑事の話が聞ければいいんだが…。沢渡さんをこれ以上、巻き込むのは危険だし。』
沢渡『久住先生。』
報道番組が終わりテレビ局を出る久住に沢渡涼子が声を掛けてきた。何か用事があるのか慌ててスタジオを出て、走って追いかけてきたようだ。少し息を切らしながら久住の隣に駆け付けた。
久住『そんなに慌てて…沢渡さんも帰宅ですか』
沢渡『ええ、これからデートです。』
久住『それはそれは、なるほど…それで走って来たのですか。美獣の彼氏か、視てみたいな(笑)、今度、紹介してくださいよ。』
沢渡『じゃあ、行きましょうか(笑)』
久住『え?僕とですか?』
沢渡『はい。獣とデートは嫌ですか?なんてね、久住先生には聞きたい事がまだありますから。』
凝った感じの久住の手を引いて、局内からタクシーに乗り新橋方面に走っていった。着いた先は小綺麗な居酒屋風の店だった。涼子の知り合いが経営している店で、彼女の行きつけの店のようだった。涼子が店に入ると中から年配の女性が出てきて、二人を二階の個室へと招き入れた。密談が出来そうな空間の部屋だった。
久住『新橋にこんないい感じの店があったんですね。よく来るんですか?』
沢渡『ええ、ちょくちょく来ますよ。父の古い友人の行きつけの店なんですよ。日本に来た時はいつも連れてこられましたから。東京で一人暮らしを始めてからは、常連客になっちゃいました(笑)』
久住『御両親はデンマークでしたっけね。』
沢渡『ええ、今年で六十歳になるんですけど、まだ働く気まんまんで。母は母国に近いから嬉しいみたいですけどね。』
涼子の父は相変わらず、海外を数年おきに赴任していた。父の会社の本社はフランスだが、各国に現地の法人を別会社で持っている。涼子の父、昇は現地法人の社長を務めていた。涼子は久住には家族の事も話してあった。妹の百合が日本に来た時には三人で食事に行ったこともあった。三つ下の妹はスウェーデン人と結婚し、今はフランスに住んでいる。久住の出生は涼子は知らない。久住晴翔は自分の出生や十八歳からの十年間の履歴について、誰にも語る事はなかった。
久住『沢渡さん、事件の事ですよね。聞きたくて仕方ないって顔になっていますよ(笑)』
沢渡『十九年前の事件の調査をするんですよね?私も調査を一緒にしたいと思っています。混ぜてくださいよ~』
久住『う~ん、でも、それは…危ないから。』
沢渡『私はジャーナリストですよ。危険はある程度、覚悟の上です。どこから探るつもりですか?』
ジャーナリストの血が騒いだのか、久住と行動を共にしたかったのか…それはわからないが、涼子は一度言い出したら引く事は無い。久住は危険な事はしないという約束で沢渡涼子を仲間に加えた。果那にもすぐに涼子の事は伝えていた。記者だった涼子の調査能力は確かに優秀だ。久住が知りたい情報も涼子と一緒であれば、集められる可能性が高くなる。
久住『十九年前、犯人グループを目撃した隣人がいたんですよ。二名の覆面の男が逃げる姿を目撃したと証言しています。』
沢渡『遺体で見つかった犯人は単独犯で捜査が終了していますね。おかしいですね?では、まずは目撃者への聞き込みですね。』
翌日、久住と涼子は犯行のあった果那と両親が暮らした家のある場所に行った。住居は数年の間は買い手も付かずに放置された。殺人事件のあった家を買う人は中々いない。三年後、家を解体し更地にして土地が売りに出された。人のうわさも七十五日、殺人事件の事も風化し始めた頃だった。土地は一年後に売れ二年後、新しい家が建ち家族が住み始めていた。
目撃証言をした人は隣に住む予備校生だった。受験勉強で夜中に起きていた予備校生の耳に、隣家から騒がしい音が聞こえてきた。勉強中の予備校生は音が気になり、カーテンを開けた時に逃げる男を目撃したそうだ。証言をしたその予備校生の家族は、まだ隣の家に住んでいた。当時、予備校生だった目撃者は四十歳近くになっているはずだ。呼び鈴を押すと初老の女性が玄関に出てきた。栗原という名前の家だった。
栗原『はい、どちら様。』
沢渡『突然すみません。沢渡涼子と申します、隣にいるのは作家の久住先生です。お話をお聞きしたくてお伺いしました。宜しいですか?』
栗原『あれ、まあ~、テレビで観るよりもお綺麗なのね。ああ、あの事ね…テレビで見たわ。今泉さんの事件の件よね。』
沢渡『はい。捜査資料によると唯一の目撃者だったそうですね。』
栗原『息子がね。どうしましょうかね、息子は結婚して今はここにはいないのよ。横浜に住んでいるわ。』
沢渡『そうですか。息子さんに連絡を取って戴けませんか?取材がしたいと伝えて欲しんですが。』
栗原『いいわよ。この名刺の番号にかければいいのね。』
栗原家の老婆に丁重にお願いをした後、久住と涼子は周辺を歩いて回った。昔からある住宅街の古い街並みは、二十年経った今でも大きくは変わってはいなかった。公園や道路を見て回り当時の犯人の逃走経路を、久住は頭の中で推測して歩いた。走って逃げたとしても車の用意はしていただろう。人目につかずに車を置いても気にされない場所。場所を特定しても二十年という時間が証拠も形跡も消しているだろう。
沢渡『平和そうな町ですね。今泉家も幸せに暮らしていたのでしょうね。確か小さなお子さんは助かっているんですよね。』
涼子は独り言を呟きながら、子供達が遊んでいる公園を眺めていた。暫くして目撃者の栗原から沢渡涼子に連絡が入った。彼も涼子の番組を見て過去の目撃した事件を思い出していたそうだ。栗原のところには涼子が横浜まで会いに行って事情聴取をした。奥さんと子供を連れた栗原と、横浜近くの海辺の方で面会した。栗原と涼子が話している間、妻と子供は散歩に行ってくれた。
栗原『僕が見たのは二人の男です。二人とも僕と同じくらいの背格好でしたよ。一人は髪を茶色に染めて、もう一人は帽子を被っていました。』
沢渡『茶髪に帽子の二人組…それは証言されたんですよね。』
栗原『ええ、しましたよ。だから驚いたんですよ。犯人が遺体で発見されたじゃないですか。テレビに映った顔じゃ無かったと思うし、二人だったんだから。三人組で一人だけ遺体で見つかったと思っていましたよ。』
沢渡『警察からはその後は何も聞かれていないのですか?他には何かないですか?』
栗原『警察からは何の連絡も無かったです…いや歩いている時に刑事だと名乗る人に、証言について確認されました。メモを取っていましたよ。あとは…そうだ、娘さんがいたんですよ。一人だけ助かって…良かったですけど。三歳くらいだったかな~。可哀相でしたよ。』
涼子は久住からみせて貰った園田の捜査資料を思い浮かべた。園田の捜査資料の中に手帳があり、手帳には証言の信憑性にもふれていた。悔しそうな表現で捜査が打ち切られた事への思いが綴られていた。捜査が打ち切られた後も気になる点を纏めていたのかもしれない。恐らく栗原に会いに来たのは園田なのだろう。
資料には三歳の娘だけが助かったと書かれていた。沢渡はその娘の事が不憫でならず、事件現場を久住と歩いた時も思い出していた。その後の娘の事は書かれていなかった。事件当時はまだ三歳の少女だ。資料によると現場に遭遇したわけではないらしい…最も遭遇していれば命はなかったと涼子は思った。現場を見たわけでもない娘に聞いても事件の事はわからないだろうし、昔の嫌な思い出を思い出させるだけになると思い、生存者の少女の事は記憶にとどめるだけにした。まだ沢渡涼子は早乙女果那とは会った事が無い。
涼子の番組は毎日一時間、六時から七時までの放送時間になっている。久住が出演するのは火曜と木曜、それ以外にも必要に応じて出演を依頼していた。涼子は久住が出ていない放送日の番組終盤に十九年前の事件の報道をして、当時の事を知っている人がいれば局に連絡するように情報提供を呼び掛けた。
沢渡『調べれば調べるほど謎の多い事件です。視聴者の皆様、情報をお持ちであれば局までご連絡ください。』
この涼子の問いかけに反応した者がいた。元警視庁捜査二課二係長、物部篤(ものべあつし)という男だった。彼は果那の父、今泉から密告を受け証拠品と一緒に、果那の父を聴取する予定だった刑事だ。園田の事件で十九年前の事件の話が出てから、ずっと気にはなっていたようだ。物部は局に連絡し涼子のインタビューを受ける事になった。
翌日、久住と涼子が物部の家を訪ねた。物部は定年で退官後、警備会社に勤めていたが、六十五歳で退職し今は六十九歳になっている。事件当時は五十歳になったばかりで、二課の係長になって初めての事件だった。官僚絡みの大きな汚職事件とみて、二課の刑事達は慎重に捜査をしていたようだ。捜査資料に二課の物部の名前は無かった。果那の祖父母が持っていた刑事の名刺にも、彼の名前が無かった理由も話をしてわかった。
物部『沢渡さんと久住さんですね。お上がりください。』
沢渡『当時の関係者の方からの情報は貴重です。ご連絡を戴き有難うございます。警視庁に正式に問い合わせる事も出来ませんから。』
物部『上から圧力でもかかりますか(笑)。まあ、いつの時代もそうですな。久住先生、園田さんとは課は違いますし面識も殆ど無かったのですが、歳も近かった事もあり気になる存在だったんですよ。事件捜査で一緒になったのは、あの事件だけでしたが…。すぐに捜査本部が解散になり、情報交換も出来ませんでした。園田さんと同じ時代を生きた刑事として、彼の件には感謝しております。』
物部が事件の詳細に関して自分で調べた、当時の捜査メモを見ながら話を始めた。警視庁捜査二課に密告の電話があったのは、二千四年四月十三日だった。当時の外務省経済局が進める他国への開発援助、いわゆるODAに関わる疑惑についての告発だった。告発者は名前を明かさずに、疑惑のある開発援助について調査するように要請してきた。電話に出たのは物部の部下だった。
二課はこの告発を受けて色めきだった。捜査二課二係の物部班は外務省の中の不穏な動き、癒着か賄賂か汚職かは不明だったが捜査を始めていた所だった。その矢先の告発…物部は慎重に捜査するように部下に命じ、告発者との接触をはかろうとした。二課の課長はこの件は上には報告せずに、告発者を洗いだし接触を図るように物部に命じた。何度かのやり取りの後、やっと告発者の素性がわかったのが連休前の五月二日だった。告発者の名前は今泉信也、経済局で開発援助に関わっている局員だった。果那の父親だ。
物部『あの事件で殺害された今泉信也さんです。電話でしか話した事はありませんが、正義感に溢れた官僚だったと思います。それがあんな事になるなんて…』
今泉信也は外務省から裏帳簿を盗み出し、自分のパソコンに保管し物部に渡す事を決意した。連休明けの五月七日、捜査二課が今泉邸に赴き事情聴取の上、証拠品を受け取る事になっていたそうだ。事前に今泉信也から聞いていた話では、外務省の次官クラスが関わった事案で、政治家の名前をあるという話だった。
物部『外務省から記憶媒体で持ち出したはずなんですよ。しかし事情聴取の前々日の夜、何者かが侵入し御夫婦が殺害され、部屋にはパソコンも汚職絡みの書類も発見されませんでした。我々は現場に何度も行き、探し回りましたが何一つ残されていなくて。』
沢渡『次官クラスというと外務省の事務次官ですか?当時だと服部進(はっとりすすむ)事務次官ですね。』
物部『そこはわかりません。資料には名前もあったと思いますが。』
久住『二日に七日の聴取が決まっていた。五日に襲撃に遭っている…出来過ぎですね。』
物部『先生のおっしゃる通りです。警察内部に情報をリークした者がいたと私は睨んでいます。』
沢渡『思い当たる方はいらっしゃるんですか?』
物部『確証がない事は…ただ二課の内部です。この事を知っていたのは私と部下、課長と管理官の四名だけです。事件直後に現場に行き一課と合同で家宅捜索をしている時に、管理官から撤収するように命令されました。二課は捜査に加わるなと中止命令が出ました。そしてすぐに私の班は捜査から外されました…外されたというか捜査本部に元々いなかった事になりましたよ。』
園田の資料には二課が捜査に加わったと書いてあったが、二課の刑事の名前や加わった理由は記されていなかった。その理由が物部の話を聞いて初めて知る事が出来た。二課が絡む事案は存在していない…警視庁の上層部が隠蔽工作をしたという事だ。そして果那の祖父母が持っていた刑事の名刺に、捜査二課の刑事の名刺があった。この男は物部の部下で…先輩になるそうだが…命令後に祖父母に会って名刺を渡したそうだ。何か思い出す事があれば…そんな思いだったと先輩から聞いたと物部は話してくれた。
沢渡『管理官が怪しい感じなんですかね?』
物部『それはどうでしょう。非常に悔しそうでしたし、管理官は私の先輩でもありましたが、真面目な真摯な刑事だったと思います。上からの命令だったかもしれません。もう確認も出来ませんがね。一昨年、七十五歳で亡くなりました。』
久住『確か…その数年後に国際協力局が出来たんですね。何処の国とのどんな開発援助か聞いていませんか?』
物部『それは聞いています。ロシアとの開発援助です、極東地区の共同開発に伴う件だったと思います。』
物部からの情報提供は有難かった。十九年前、果那の父親は外務省の上層部と政治家が企む、大きな疑獄事件を知り告発する事を決意した。正義感に燃える真面目な官僚だった事がうかがえる。それを隠す為に深夜、今泉邸を強襲し殺害までする程の、大きな事案だったのだろう。また一歩…過去の無法者に近づいた感触を久住と沢渡は感じた。
一方、ダーク・テミス早乙女果那は、麻倍階元総理の側近だった森本の行方を追っていた。果那は麻倍階元総理の屋敷で森本がコブラに連絡するメモから、コブラの存在と場所を突き止めた。しかし森本自身を見たわけではなかった。果那の能力は対象者の身体と霧散化した自分の細胞を同化させれば、対象者が何処にいても行く事が出来る。森本にはその《印の刻印》を刻む事が出来ていなかった。その当時は果那も森本を、麻倍階の従順な執事程度にしか思っていなかった。
麻倍階の葬儀を霧散化した眼で探っている時、従順だった執事の森本がいない事に気づいた。数十年に渡り麻倍階を支えてきた男…果那が屋敷で麻倍階を暗殺した時も、最初に部屋に飛び込んできたのは森本だった。横たわる麻倍階の遺体にすがり涙を流していた男の姿がない。果那は違和感を覚えていた。
果那『麻倍階元総理なら自分が関わっていない、この国の闇の部分の事も知っていた可能性があるわ。ずっと行動を共にしていた森本なら、知っている可能性が高いかもしれない。』
果那はコブラと同じような組織が、まだ日本にあるかもしれないという久住の言葉を聞き、森本なら何かを知っている可能性があると思っていた。麻倍階元総理の元秘書や関係者、殺害したコブラの四名を追尾した時に得た情報を元に、慎重に悟られないように調査を始めた。元秘書たちの大半は様々な嫌疑で警察に逮捕され投獄されている。関係者の多くも取り調べを受け投獄された。獄中に赴き脅して聞き出す事も出来るが、あまり不用意に動きすぎると悟られる可能性もある。
深夜、主を亡くした麻倍階元総理の屋敷の中に果那の姿があった。屋敷は麻倍階の顧問弁護士グループが管理し、財産の管理や秘書たちの裁判の弁護も担当していた。弁護士グループは警備の者を数名だけ屋敷内に常駐させていた。悪行の限りを尽くした麻倍階の資産は莫大だった。果那は屋敷内で身体を霧散化させ、屋敷の隅々まで探索した。隠された何か…森本の素性や様々な痕跡を探った。
果那の霧散化した細胞が、屋敷の隠し部屋を発見した。部屋は麻倍階の居室の床の間の下にある空間だった。床の間をずらすと階段が現れ半地下のような感じで、十五平米ほどの空間になっていた。書庫のような感じでアルバムから書類、覚書や契約書といった物が置かれてあった。その全ての物品を自分の家に運んだ。
果那『いっぱいあるわ…時間がかかりそう。でも森本の手掛かりを掴まないと…。』
手の空いた時は麻倍階の隠し部屋から押収した書類の確認にをした。書類は案件ごとに纏められており、誰かが麻倍階の指示で纏めていたのだろう。癒着や賄賂、役所への口利きや犯罪の隠蔽工作等、麻倍階だけではなく一族の犯してきた記録が残っていた。そして他の政治家や財界の者から依頼された、脅迫や殺人についても記録が残っていた。
一番古い記録は麻倍階の祖父、岸本後介(きしもとごすけ)のものだった。戦中戦後の時代に暗躍した政治家で、総理大臣になった事もある男だ。岸本の次男坊だった麻倍階の父は、岸本の派閥にいた麻倍階の娘と結婚し養子として麻倍階家に入った。岸本の長男が岸本家を継ぎ防衛大臣等を歴任したが、四十五歳でこの世を去り岸本家は断絶した。岸本家の政治的部分は麻倍階の父が全て受け継ぎ、息子の麻倍階が受け継いでいた。
岸本後介の書簡にコブラの発祥についての記述が多数あった。コブラの出身は半島の特殊機関員だった。当時の半島は独裁者が権力を握っており、大統領の特殊機関として存在した部隊だった。政府に反発する勢力や民衆への弾圧、対抗勢力幹部の暗殺や、政権中枢が行った犯罪の隠ぺいなどに従事していた。特殊な訓練を受けた部隊で戦闘行為だけではなく、盗聴や盗撮などあらゆる事に精通した部隊だったようだ。
半島で政変が起きた。独裁者だった大統領が暗殺され政権が動いた時、行き場を失い新政権に追われた機関員に、手を差し伸べたのが岸本だった。極秘に日本に入国させ保護下に置きながら、政敵の駆逐や不祥事のもみ消し、証人の暗殺など日本では考えられない事を秘密裏に岸本は行っていた。岸川機関…影の部隊はそう呼ばれていた…そしてそれを孫の麻倍階が引き継いでいた。
森本の祖父が岸川機関を父に譲った時、森本の父は部隊の名を岸本機関から《コブラ》に変えた。岸本の名を名乗るのは何かが露見した時に、時の総理大臣、岸本後介に害が及ぶと感じたようだ。そして初代コブラのリーダーとなった森本の父は、息子をコブラには参加させずに麻倍階元総理の側近にしていた。兄弟も子供もいない麻倍階は、森本を弟のように息子のように傍に置いて信頼していた。やはりただの執事ではなかった。
最近の記録に気になる記載を果那が見つけた…まだ麻倍階元総理が存命中の一年前の記録だ。麻倍階元総理の名前で半島出身者の有無と、誰の関与かを尋ねるものだった。残念ながら誰に聞いたのかは記録には無かった。半島出身者の行方不明について確認を申し入れたという短い文の記載があった。そして下の行に監視対象にすべき会社名が記載されてあった。果那はその会社を調べる事にした。
果那『鈴木プランか、なんか胡散臭い名前だわ。』
鈴木プランを調べると小さなイベント会社だった。社員数は社長を入れて五名、かなり小規模の会社だ。業種はイベントの企画と人材の派遣になっている。派遣業の方は企業やホテルでのイベントに、コンパニオン等を派遣しているようだ。新潟にある会社だが年に二回、都内でロシア民族舞踏のイベントを開催していた。ロシアからダンサーを招き、各地に派遣するといった業務内容だった。
鈴木プランの社長、鈴木貴男は四十三歳。ロシア人の妻を持つ男だ。果那は鈴木プランの住所をマップで探し、イメージして霧散化し新潟市に向かった。最初に目を実体化させ辺りを確認して、人目のない場所を選び身体を実体化させた。
果那『このビルの三階ね。古そうなビルだわ。』
果那の見る先に鈴木プランの入ったビルがあった。古町の外れの寂れた街中に立つ古いビルだった。三階建てのビルで一階と二階は空き店舗になっている。外れにあるビルに入居する店はないのだろう。場所を特定すると一度自宅に戻った。後は目と耳だけを霧散化し、視覚で捉えられない程度に実体化させて、会社の様子を窺う事にした。
鈴木プランのオフィス内に目と耳を潜り込ませて、中の様子を注意深く窺っていた。部屋の中には三名の日本人と三名の外人女性、一名の外人男性が立っていた。女性は華やかな感じでダンサーと思われた。男性は屈強な感じだが話の内容だと、向こう側のエージェントのようだ。ダンサーを連れてきた男のようだった。
鈴木『ダニール。都内のイベントの準備は大丈夫です。ダンサーは揃いましたか?』
ダニール『手配済みだよ。ロシア本国からダンサーに紛れて、四名の工作員も来ると連絡があった。必要な時は連絡するそうだ、その時は宜しく頼む』
鈴木『工作員ですか、最近では珍しいですね。政府の方ですか?成田へは私も行った方がいいですか?』
ダニール『俺ごときにわかる事じゃない。政府機関とは違うようだが、指示は補佐官周辺からのようだ。迎えは社員に任せてお前は新潟で準備をしていろ。新宿のチンピラを二人ほど金で雇ってある。そいつらを使うから大丈夫だ。成田にダンサー達が着いてイベントが始まったら、仕事を始めるつもりだ。』
部屋の中にいた外国の男女は、全員がロシア系の外人だった。鈴木の言うイベントとはロシア舞踏のショーだった。日露友好の為にロシアと日本政府が、合同で主催する無料のイベントだ。そんなイベントを新潟の小さな業者が請け負っているのも怪しい。ダニールと呼ばれた男はロシア人だった。ロシアの補佐官とは大統領補佐官の事か?工作員が四名…気になる会話を聞く事が出来た。果那は当面の間、鈴木プランとダニールを監視対象にした。
果那『遅かったですね。冷蔵庫の食材、頂きましたからね。』
久住『果那さんは食いしん坊だよね(笑)。沢渡さんとの打ち合わせが長引いてね。』
果那『何か情報があったんですね』
久住『元警視庁捜査二課係長、物部篤さんが、沢渡さんの報道を聞いて連絡をくれたんだ。興味深い話を聞く事が出来たよ。』
果那『私の方も気になる情報があります。先に晴翔さんの話を聞かせてください。』
久住は果那の父、今泉信也が当時の外務省が関わっていた疑獄事案を、警視庁に通報する為に証拠を自宅に持ち帰っていた事を話した。そして警視庁捜査二課の聴取を受ける二日前に、自宅を族が強襲した事を伝えた。果那は微かに記憶のある優しかった父と母を想い、彼らが正義感に熱い人物だった事に誇りを感じた。
久住はロシアに関わる事案だったという物部の話も伝えた。その話を聞き果那の中で森本を追って得た手掛かり、鈴木プランの存在が結びついた気がした。ロシアとの繋がりのある会社…そして《四名の工作員》…ロシアが鍵を握っているはずだ。久住に森本の行方を追う中で辿り着いた鈴木プランという会社の話と、近日中に来日するロシア舞踏団に紛れてくる工作員の話を伝えた。
久住『果那さん。動き出す前に相談してくださいよ。ダーク・テミス早乙女果那の身に危険が及ぶとは思えないけど、万が一の事もあるんだからね。』
果那『は~い、ごめんなさい。以後、気を付けます。』
闇を照らすにはまだわからない事は多い…しかし着実に近づいている。ダーク・テミス早乙女果那は、鈴木プランを追い久住は別の切り口から追う事になった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる