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4 贈り物
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シンシアという令嬢は一体何を考えているのだ?
自室に戻った王太子はケリーへの挨拶も忘れ、落ち着きなく歩き回っていた。
「殿下、一体どうしたのです?」
ケリーが声をかけてきたが、「ああ」と言ったきり、王太子はまた黙り込んでしまった。
シンシアは婚約者の座を剥奪されることに全く未練がないようだ。
まがりなりにも大陸一の強国の未来の王妃になる権利を、いとも簡単に放棄しようとしている。
なぜだ!?もしかして、私に魅力がないのか…?
いやそんなはずはない!私はこの国一番の美男子だぞ!?
それなのにどうして私に振り向かない?
ああ、気になって仕方がない。
ケリーが話しかけてきているのに、王太子の頭には話の内容が全く入ってこなかった。
「今日の殿下はおかしいですわ」
ケリーにそう言われ、王太子はようやく我に帰る。
ケリーよ、私は混乱しているのだ。あのよくわからない令嬢の存在に。
口をつぐんだまま思案顔の王太子をケリーは怪訝そうに見つめた。
王太子の頭はシンシアのことでいっぱいになっていた。
ケリーとの仲を邪魔する悪の存在だとこれまで思っていたのに、今のシンシアは何かが違うのだ。
この違和感の正体を突き止めなければならない。
王太子は顎に手を当てたまま、シンシアにまた会いに行こうと考えていた。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
私が王宮の庭園にある女神像の掃除をしていると、王太子がやってきた。
私は一応、アニメで見たカーテシーで王太子を迎えた。
「そんな打ち捨てられたものに何の価値があるのだ?」
確かにその女神像は蔦に覆われ緑色の柱の様相を呈していた。
「神様の居場所です。綺麗にしてあげたら、神様も喜んでくれるでしょう?」
王太子は疑うような表情で私に問うた。
「先日の雨はどんなトリックを使ったのだ」
「トリックなんて、あるわけないでしょう?ただ神の祠を綺麗にして祈りを捧げただけですけど」
「神に願いが届いたとでもいうのか?」
やけにつっかかってくるな…と私が眉をひそめると、王太子が畳み掛けるように言い放った。
「神などいないのだ!本当にいるのなら、まだ幼かった私から母上を奪ったりしなかっただろう!」
私ははっとした。
この人は昔、大切な人を失って傷ついたままなのか…
私は王太子に同情の念を抱いた。
深くえぐられた傷はなかなか元には戻らない。
ましてや幼い頃の辛い記憶。きっと王太子は母親のことが大好きだったのだろう。
「それは…本当にお気の毒でした…では、一緒に女神像を綺麗にしませんか?」
「何だと?話を聞いていたのか?なぜ私が──」
「いいからいいから。体を動かした方が気持ちが晴れますよ!」
そう言って私は半ば強引に王太子を掃除に突き合わせた。
覆われた蔦を二人でむしる。
王太子は最初こそ億劫そうだったが、女神像の一部が見えはじめると夢中になって蔦を取り除いていった。
「おお…!」
ついに姿を現した女神像に王太子は感動の声を上げた。
堂々とした立ち姿。美しい女神像は槍と盾をその手に持っていた。
「どこか、母上に似ている…」
しみじみと呟いた王太子の横顔は穏やかだった。
「よかったらお祈りしませんか?」
私が両膝をつき、手を組み目を閉じると、少し遅れて王太子もそれに素直に従った。
「女神様…どうか王太子殿下のお母様が天国で幸せに暮らせますよう、お見守りください」
私の祈りの言葉に、思わず王太子が私を見る。
「そんなふうに、祈ってくれるのか…?」
「当たり前です。殿下の辛いお気持ちが少しでもやわらぎますように」
「私は、私は君を散々ないがしろにしてきたというのに…」
「気にしていませんわ」
微笑を返した私を王太子は潤んだ目でしばらく見つめていた。
私が自室に戻ると侍女たちが興奮した声で私に声をかけてきた。
「シンシア様!王太子殿下から贈り物が届いております!」
「贈り物??」
美しい箱のリボンを解くと中には美味しそうなチェリーボンボンが品よく並んでいた。
ブランデーに漬け込んだチェリーをチョコレートで包んだ高級なお菓子だ。
一つ口に含むと、ふわっとブランデーの香りが広がり、カカオの苦味とチェリーの甘さが溶けあった。
「幸せの味…」
私はその美味しさに感動して思わず目を閉じた。
「すごいことですわ、シンシア様!殿下からチェリーボンボンを頂けるなんて!」
「どうしてそんなにすごいことなの?」
お菓子くらいで大袈裟な.と私は不思議に思い、まだ興奮冷めやらぬ侍女に尋ねた。
「チェリーボンボンはあの男爵令嬢にも差し上げたことがないらしいですわ。亡くなった王妃様との思い出のお菓子だそうで」
「そう…なの」
そんな大事なお菓子をどうして私なんかにくれたの?
女神像の掃除のお礼かな?
私は王太子の心が変わり始めていたことにまだ気づいていなかった。
自室に戻った王太子はケリーへの挨拶も忘れ、落ち着きなく歩き回っていた。
「殿下、一体どうしたのです?」
ケリーが声をかけてきたが、「ああ」と言ったきり、王太子はまた黙り込んでしまった。
シンシアは婚約者の座を剥奪されることに全く未練がないようだ。
まがりなりにも大陸一の強国の未来の王妃になる権利を、いとも簡単に放棄しようとしている。
なぜだ!?もしかして、私に魅力がないのか…?
いやそんなはずはない!私はこの国一番の美男子だぞ!?
それなのにどうして私に振り向かない?
ああ、気になって仕方がない。
ケリーが話しかけてきているのに、王太子の頭には話の内容が全く入ってこなかった。
「今日の殿下はおかしいですわ」
ケリーにそう言われ、王太子はようやく我に帰る。
ケリーよ、私は混乱しているのだ。あのよくわからない令嬢の存在に。
口をつぐんだまま思案顔の王太子をケリーは怪訝そうに見つめた。
王太子の頭はシンシアのことでいっぱいになっていた。
ケリーとの仲を邪魔する悪の存在だとこれまで思っていたのに、今のシンシアは何かが違うのだ。
この違和感の正体を突き止めなければならない。
王太子は顎に手を当てたまま、シンシアにまた会いに行こうと考えていた。
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私が王宮の庭園にある女神像の掃除をしていると、王太子がやってきた。
私は一応、アニメで見たカーテシーで王太子を迎えた。
「そんな打ち捨てられたものに何の価値があるのだ?」
確かにその女神像は蔦に覆われ緑色の柱の様相を呈していた。
「神様の居場所です。綺麗にしてあげたら、神様も喜んでくれるでしょう?」
王太子は疑うような表情で私に問うた。
「先日の雨はどんなトリックを使ったのだ」
「トリックなんて、あるわけないでしょう?ただ神の祠を綺麗にして祈りを捧げただけですけど」
「神に願いが届いたとでもいうのか?」
やけにつっかかってくるな…と私が眉をひそめると、王太子が畳み掛けるように言い放った。
「神などいないのだ!本当にいるのなら、まだ幼かった私から母上を奪ったりしなかっただろう!」
私ははっとした。
この人は昔、大切な人を失って傷ついたままなのか…
私は王太子に同情の念を抱いた。
深くえぐられた傷はなかなか元には戻らない。
ましてや幼い頃の辛い記憶。きっと王太子は母親のことが大好きだったのだろう。
「それは…本当にお気の毒でした…では、一緒に女神像を綺麗にしませんか?」
「何だと?話を聞いていたのか?なぜ私が──」
「いいからいいから。体を動かした方が気持ちが晴れますよ!」
そう言って私は半ば強引に王太子を掃除に突き合わせた。
覆われた蔦を二人でむしる。
王太子は最初こそ億劫そうだったが、女神像の一部が見えはじめると夢中になって蔦を取り除いていった。
「おお…!」
ついに姿を現した女神像に王太子は感動の声を上げた。
堂々とした立ち姿。美しい女神像は槍と盾をその手に持っていた。
「どこか、母上に似ている…」
しみじみと呟いた王太子の横顔は穏やかだった。
「よかったらお祈りしませんか?」
私が両膝をつき、手を組み目を閉じると、少し遅れて王太子もそれに素直に従った。
「女神様…どうか王太子殿下のお母様が天国で幸せに暮らせますよう、お見守りください」
私の祈りの言葉に、思わず王太子が私を見る。
「そんなふうに、祈ってくれるのか…?」
「当たり前です。殿下の辛いお気持ちが少しでもやわらぎますように」
「私は、私は君を散々ないがしろにしてきたというのに…」
「気にしていませんわ」
微笑を返した私を王太子は潤んだ目でしばらく見つめていた。
私が自室に戻ると侍女たちが興奮した声で私に声をかけてきた。
「シンシア様!王太子殿下から贈り物が届いております!」
「贈り物??」
美しい箱のリボンを解くと中には美味しそうなチェリーボンボンが品よく並んでいた。
ブランデーに漬け込んだチェリーをチョコレートで包んだ高級なお菓子だ。
一つ口に含むと、ふわっとブランデーの香りが広がり、カカオの苦味とチェリーの甘さが溶けあった。
「幸せの味…」
私はその美味しさに感動して思わず目を閉じた。
「すごいことですわ、シンシア様!殿下からチェリーボンボンを頂けるなんて!」
「どうしてそんなにすごいことなの?」
お菓子くらいで大袈裟な.と私は不思議に思い、まだ興奮冷めやらぬ侍女に尋ねた。
「チェリーボンボンはあの男爵令嬢にも差し上げたことがないらしいですわ。亡くなった王妃様との思い出のお菓子だそうで」
「そう…なの」
そんな大事なお菓子をどうして私なんかにくれたの?
女神像の掃除のお礼かな?
私は王太子の心が変わり始めていたことにまだ気づいていなかった。
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