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2 暗黒騎士と鍵穴編

4-11 王族たちの話し合い

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 突然、声が上がる。

《当然だろう。王宮の本宮で《魅了》の魔法を使えるわけがない》

 私だけに聞こえるその声は、私の杖、スローナスのものだった。かなり呆れている。少し怒りも含んでいる。

 と、そこへもう一つの嵐が、明るい声をあげた。

「ところで、ユニーお兄さま! 今日はおもしろいお菓子を用意したのよ!」

 デルティの合図で、茶菓子が乗った皿を侍女がさっと持ってくる。

 チラッと皿の菓子を見たセイクリウス嬢が、フッと小さく笑みをこぼす。

「あら。フルヌビのタルトでしょう? そのくらいどなたでもご存知ですわ」

「ふん。席のない人は黙っていて!」

 デルティの刺々しい言葉に、セイクリウス嬢は顔を歪め、目に涙を浮かべる。かなりの芸達者だ。

「酷いです、王女殿下。みなさま、今のお聞きになりま、」

 また、言い争いか、と思ったところで、デルティがにやりと笑った。セイクリウス嬢の言葉を途中で遮る。

「というようなことは止めにして、あなたにも、おもしろいお菓子を分けて差し上げるわ!」

 これには、セイクリウス嬢も文句を飲み込んだ。

 デルティの背後に控える侍女たち。手にしている皿の数はこの場の人数分ある。セイクリウス嬢の分も用意されていたのだ。




「なるほど」

 二つあるタルトを一口ずつ食べて、デルティの『おもしろいお菓子』の意味を理解した。

 どちらも見た目はフルヌビのタルト。

 食べ慣れているわけではないが、見た目以外の味、食感はまったく変わりがない。

「さすが、フルヌビですわ。どちらもまったく変わらない味で、品質の高さが良く分かりますもの」

「あぁ、間違いなく、両方ともまったく同じ味。同じ品質だな」

「ええ。このトロッとしたクリームの食感も素晴らしいですし。かかっているソースも、酸味と甘味がちょうど良いですよね」

「あぁ、まったくだ。何がおもしろいのかはよく分からないが、フルヌビのタルトは絶品だな」

 セイクリウス嬢、デュオニスが揃って、同じ評価をして、フルヌビのタルトを賞賛した。

 それを見て、ニヤニヤしているデルティに私は自分の感想を伝える。

「片方がいつものフルヌビだな」

「「えっ」」

 まだ感想を伝えていなかったトリビィアスまで、驚きの声を上げたところを見ると、誰一人、違いが分からなかったようだ。

 ニヤニヤするデルティ。

「さっすが、お兄さま。違いがよく分かったわね!」

 この様子だと、デルティも違いが分からなかったのだろうな。

 それで、他にも自分と同じように違いの分からない魔術師を見つけようとした、というところか。

「嘘よ、どちらも同じものでしょう!」

 突然、今までとはまったく違った鋭い声を上げて、デルティを非難するセイクリウス嬢。目つきもキツい。

 叫んでから、あっという顔をして、目を見張り口元を押さえる。

 こちらが素か。

「ごめんよ、デルティ。僕も同じ味に感じて違いが分からない」

 やはり、トリビィアスも違いが分からなかったようで、素直に口に出した。

 デルティは自慢げな顔で、一人一人を見回した後、正解を告げる。

「分かる人にしか分からない、魔法のタルトなのよ! 片方がいつものフルヌビなんだけど、分かったのはユニーお兄さまだけね!」

 確かにそうだ。

 この違いが分かるのは、私の他は、ルベラス嬢とその保護者気取りのあいつ、アエレウス大公子、そして筆頭殿くらい。

 次席殿はかろうじて分かるかどうか、といったところか。

 違いが分からず悔しげな表情を押し隠すセイクリウス嬢を横目に見ながら、私はデュオニスに声をかけた。




「ところで、デュオニス」

「なんでしょうか?」

「お前の客人は、そろそろ次の予定が入っているそうだな」

 私はそう言って、セイクリウス嬢の退出を暗にほのめかした。

「いえ、そんな予定は、」

「なんだ、それならさっさと帰ってもらって良かったのに。丁重にお送りしてくれ」

 私の言葉の意味が正確に分からず、否定しようとするセイクリウス嬢に対して、言葉通りの意味で受け取ったデュオニスが手をさしのべる。

「承知しました」

「デュオニスも送ってきたらどうだ? お前のレディなんだろう?」

 私はさらに言葉をかけた。侍従に命じただけのデュオニスが、セイクリウス嬢に関心を持つように。

「あの、それは、」

「良い考えですね。では、行こうか」

「あの、デュオニス様」

「さぁさぁ、では、失礼いたします」

 こうして、最後までこの場に残ろうとしたセイクリウス嬢の手を取り、デュオニスはあっさりと退出していった。




「ふん。いいざまだわ!」

「デルティ」

「………………ごめんなさい、お兄さま」

 デルティの台詞も分からなくはないが、王族らしからぬ言葉は、人前で言うものではない。たとえ、兄妹であっても。

「構わないのですか?」

 続いて、こちらを窺うようにトリビィアスが口を開いた。

 ふむ。

「第二王子を慕うあまり、王家の親族会議に乱入したセイクリウス嬢が、第二王子に諭されて共に退出した。と、いうところだな」

《承知した》

「承知しました」

 スローナスと侍従がすぐさま、私の意を察した。

 これで、一時間後、いや数分も経たないうちに、そんな話が流れ始めるはずだ。

 セイクリウス嬢の方は『連れられて王族のお茶会に参加して、王太子殿下と会った』とでも、すぐに触れ回るだろうから。

「あと、セイクリウス嬢の魅了魔法に惑わされる程度の者は、要職から外すこと。監視も続けるように」

 同じ侍従が深々と頭を下げて退出していく。

 その後。

「つまり、あのムカつく魔術師は魅了魔法を使って、取り巻きを増やしていたってこと?
 それをわざと自由にさせて、魅了魔法に引っかかった者を炙り出してるってわけなの?」

 デルティの質問攻撃にあうことにはなったが、これも仕方がない。

 質問に最初に応じたのはトリビィアスだった。

「魅了魔法の程度が問題なんだよ、デルティ」

「あの程度の魔法では精神支配や洗脳とまではいかない。だから、法律で公に罰せないし、禁止にも出来ないんだよ」

 トリビィアスの説明を引き継いだはいいが、どの程度なのかの具体的な説明が難しい。そう思っているとトリビィアスがさらに簡単に説明を加える。

「デルティたち、レディが好きな『おまじない』。あれを少し強力にした程度なんだそうだよ」

「なら、どうしてあの魔術師があんなに人気なわけ?」

「彼女は、見た目は美人で性格もよく淑やかなご令嬢。そして親はセイクリウス家。魔術師コースの主席、全属性の魔法を扱える天才、王宮魔術師団の将来有望な新人。
 凄い人物だよね。そんな人物とは、誰だって、知り合いにはなっておきたいものなんだよ」

 トリビィアスは第三王子となるせいか、おまけのように思われたり、補佐的な仕事を任されることが多い。
 騎士としての実力もあるので、総騎士団長の補佐として、副騎士団長の任にも就いていた。

 が、実のところ、分析したり、分かりやすく解説することに長けている。
 騎士団なら参謀長、政治経済関係あたりも要職につかせたいところだ。
 
「名声も実力もほどほどあって、周りに気に入られるように行動している。
 相手に好意をもたせやすい環境下で、微弱な魅了魔法をかけているんだ。計算尽くだろうな」

「とんでもないじゃないの」

 トリビィアスの解説を受け、憤慨するデルティをなだめる。

「幸いにも頑張ってあの程度。微弱な魅了魔法しか使えないから、大して問題にはならん」

「それでも、ぐーーーんと力が強くなったらどうするのよ、お兄さま!」

 そのときは、鎮圧してもらえばいい。

 その質問には直接答えず、逆に質問した。

「ところで、デルティ。このタルトの違いに最初に気づいたのは、デルティではないのだろう? その話は聞かせてもらえないのかな?」

「ひぃっ」

 デルティは喉の奥で悲鳴を漏らすと洗いざらい真相を話す。
 ルベラス嬢の話、フルヌビの魔導オーブン第一号の話、そして…………。

「何か起きそうな気がする」

 私は一抹の不安を覚え、侍従たちに監視を強めさせたのだった。
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