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「スターリングラード」攻防戦
54 果たし合い
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「来たな! 」
ヤヨイの背後で折り重なった敵兵の真ん中から高々と血しぶきが上がった。
レオン少尉の形見の銃を降ろし、剣の鞘を捨てた。
一群の騎兵を引きつれたヘルマンの騎馬姿はあまりにも堂々としていた。
やはりか!
最初の攻勢は陽動で、この東の出島が真の攻略目標だったのだな。
血糊の付いた剣を下げたヤヨイは、憤然、胸を張った。
来るなら、来てみろ!
ヘルマンは片手をあげて一群を止めた。
「ふふ。やはり、来たな」
そして、大声を上げた。
「皆、下がれ! 帝国の軍神の娘とやらは、俺との決着を付けに来たらしい!
一切手出し無用! 」
馬を降りたヘルマンは帝国の女戦士に向かってゆっくりと歩み寄った。
ヤヨイと敵の親分らしき男が対峙しようとしている情況は出島で身を伏せているリーズルにも見えた。もちろん、敵の親分は十分に射程内だ。
「あの、バカ! 決闘でもする気なの?! 」
そして、銃の狙いを親分らしき男に絞った。
リーズルの気配はヤヨイも感じた。
ハンナがいないから言葉はわからない。だが、彼は、ヘルマンは一対一での決着を付けようとしているらしいと感じた。
無益な殺傷がなくなるなら、その方がいい。なによりも、時間が稼げる。
刹那、背後に殺気!
ヒョッと首を傾けた。左耳を掠めるように一本の矢がヘルマンたちの方に飛んだ。
ヘルマンが何か叫んだ。
彼の傍にいた騎兵が単騎ヤヨイの方に向かってきたが、どうしたわけか素通りしてヤヨイの背後、彼女を取り囲んだ一群の中に突っ込み、その中にいた弓を持った男の首を刎ねた。
またヘルマンが何か言った。ヤヨイをまっすぐ見て、だ。
ヤヨイを取り囲んだ兵たちが、再び大きく後退し、輪がさらに広がった。
なんという、統率力!
ヤヨイ自身も空挺部隊一個小隊を率い、負傷して指揮を執れなくなった直属の上官大隊長の代わりに大隊400を指揮したから兵をまとめる苦労は経験していた。
だから、わかる。目の前の男の統率力はヤヨイなど足元にも及ばない。
彼は、兵をして死地に赴かせることができる男だ。
これだからこそ、数々の作戦を成功させ、火力に勝る帝国軍の部隊を全滅させ得たのだ、と。
これはメッセージだ。彼の矜持の為せる業なのだ。
ヘルマンを注視したまま、ヤヨイは叫んだ。
「リーズル! 聞こえる? わたしがカタをつける! 手出ししないで! 」
ヘルマンの背後遠くで二発、遠いが大きな爆発音がして火炎とキノコ雲が沸き上がった。
ヤヨイもまた、ヘルマンをまっすぐに見て、コク、と頷いた。
交渉成立!
ヤヨイが数歩ヘルマンに近づくと、彼もまた同じようにヤヨイに歩み寄った。そして、腰の剣を抜き、鞘を捨てた。
ヤヨイは、構えた。
彼もまた、構えた。
ヤヨイの武術は、ウリル少将の異母弟であり少将と同じく皇帝陛下の甥御であるイマム先生から伝授されたヤーパンのカラテから派生した殺人技である。もちろん、剣を持った相手に対してであれ素手で立ち向かうこともできる技だ。
しかし、剣の素養は学ばなかった。
だから、これは自己流だ。
両手で柄(つか)を持ち、切っ先をヘルマンの顔に向けた。武芸者として相手に最も畏怖を与える構えだと思ったからだ。相手から見れば、鋭い切っ先のすぐ向こうにヤヨイの肉食獣のような碧眼が来る。一本角を生やした鬼のように見えるはずだ。
ヤヨイは知らなかったが、これは彼女の先祖の故郷、ヤーパンに伝わっていたといわれる「ホクシンイットウリュウ」という流派の構え「星眼」(正眼)に適っていた。
対してヘルマンの構えは右手に剣を持って左腕を盾に見たてた防御の型。見たところ、ヤヨイの持っている剣と大差ない。北の民族の剣は、重い。男だけに腕力は数段勝るとみていい。
元々素養がない上に、帝国陸軍の騎兵サーベルのような細身のレイピアではなく肉厚の鋼を鍛えた旧文明15世紀ごろのツーハンデッドソード、帝国語ではツヴァイヘンダーというべき、やや短いが諸刃(もろば)の剣。
すぐに腕が疲れてきた。両手持ちのまま左に流し、足をずらす様にしてジリ、ジリと右に回り込んだ。来るとすれば剣のない右へと誘う。回り込みつつ、さらに間合いを詰める!
ヘルマンも詰めてきた。次第に間合いが狭まり、踏み出せば突ける距離へ・・・。
こういうときこそ、第六の感覚だ。
ヤヨイは、目を閉じた。
遠い爆発音。うなる機銃。散発する銃声。周囲の騎兵たちの息遣いまで聞こえる。
と。
気配!
剣のない右! やはり!
目を開いた。
突いて来るヘルマンの右に飛び込み、その腹を切った!
が、手応えなし!
再び構え合う。
ヘルマンの毛皮は切れていたが、肌までは達していない。
周りがざわついた。だが無視していい。
彼が何か言った。それも、無視。
ヘルマンは汗をかいていた。
目をつぶると、相手には仕掛ける時がわからなくなる。いざ踏み込むとき、真っ先に目に色が現れるからだ。だから、手練れになればなるほど相手の目が見えないと不安になる。ヤヨイは、そこを狙った。
ヤヨイは両手で構えた剣を高く上げた。右手で自然に振り上げた形に左手を添えた構え。これも知らずして構えたが、元はヤーパンのサツマという地方に伝わっていた「ジゲンリュウ」で「蜻蛉(とんぼ)」と言い、そこから打ち下ろした形の構えを「置き蜻蛉」と言った。「二の太刀要らず」とも言い、初太刀に全てを賭ける、必殺技として伝わっていた。天高く掲げられた短めの「ツヴァイヘンダー」。
その実は下から切り上げるよりも上から落とす方が体力の消耗が抑えられるから。非力なヤヨイならではの工夫だった。
再び目を閉じた。冷たい西風が遠い爆発と火薬の匂い、そして、ヘルマンのかいている汗の匂いと荒い呼吸を運んで来る。
全気力で抑えてはいるようだが、明らかにヘルマンは動揺している!
すると!
やはり、先に仕掛けてきたのはヘルマンだった。
「うりゃあああっ! 」
同じ上段からか! と思いきや、腹狙いの横に切り替え切り込んで来た! が、これをジャンプして避け、相手のトップを取って肩から背中に切り込んだ!
手ごたえありっ!
うおっ!
周囲の兵たちにもどよめきが走った!
右肩から背中に深く切れ込んだ刀は確実に彼にダメージを与えた。下げた剣を持つ手に血が垂れて来たのが見えた。
が、彼は剣を持ち替えた。
「まだ、やるのか! 」
自然に口から出ていた。
彼もまた、痛むのか顔を顰めつつ、何か言った。
「お前ごときに負けるわけには行かん! 」
きっとそんなところだろう。左手に持ち替えた剣を三度振りかぶった。
ヤヨイもまた、星眼に。
実は、不慣れにも拘わらず、ヤヨイが剣の勝負に挑んだのはある作戦があるからなのだった。剣は重いが、ヤヨイは非力だから剣では致命傷を与えにくい。それでも剣で戦いを挑んだのには、わけがあった。
ヘルマンはなりふり構わぬ策に出た。左手をブンブン振り回し、威嚇と牽制を兼ねて向かって来たのだ。
ヤヨイは星眼のまま迎え撃った。右手を添え、左手で思い切り振りかぶったヘルマンの剣を、
「でゃーっ! 」
ガッチリ、マトモに受けた!
「ぐっ!・・・」
弾き飛ばされそうになりながらも、懸命に堪え、受けきった!
刃と刃を食いこませるほどに受け合い、刃物越しに睨み合う「ステンカ・ラージン」と「軍神マルスの娘」!
だが、しょせん非力なヤヨイは徐々に押され仰向けに倒されそうになり、そこにヘルマンが覆い被さろうという流れ。誰が見ても力業では帝国の女兵士に勝ち目はなかった。
そこで。
ジャキーンッ!
ヘルマンの剣をなんとか流し、ヤヨイは跳び退って距離を取った。
またしても、星眼!
さすがのヤヨイも息が切れてきた。
「ヤヨイっ! 」
リーズルの声がした。
が、ここが肝心なところなのだ!
ヘルマンも、再度構えた! 両手で剣を持ち、利く左に振りかぶって、襲って来た!
そして、渾身の、打撃!
ギャリーンッ!
ヤヨイの剣がヘルマンの右へ、出島の方向に弾き飛ばされた!
瞬間、ヘルマンの眼が飛んだ剣を追った!
そこに、ヤヨイの勝機があった。
右足を大きく踏み出し、ガラ空きになったヘルマンの向かって右に、音速より早く得意技の左まわし蹴りを見舞った!
ヤヨイの狙っていたのは、これだったのである。
剣を手に入れたのはたまたまだったが、ヘルマンとのサシの勝負にはこっちも相手に合わせれば、相手は優位と見て絶対に乗ってくるはず、と思ったのだ。
そして、剣で戦って「貴重な武器」という認識を与えた後にワザと捨てれば、当然その武器に注意が向く。その時が、必殺技を繰り出す絶好のチャンスだと。
が、意図した首ではなく、剣を持った肩のやや下、上腕骨にヒット! 骨を、折った。
「ぐはっ! 」
ヘルマンが剣を落とした。
そこへ。
今までお頭の命に忠実に手出しをせずに見守っていた周囲の兵がどっと押し寄せてきた。
素早く飛び上がって躱そうとしたが、もはや疲れすぎていて気力が萎えていた。
「あら、もうダメなの?・・・」
無敵の帝国の女アサシンの伝説もこれまでか・・・。
思わずタオのことを思い、諦めかけた時。
ドドドドドドッ!
多くの蹄の音と馬の嘶きが響き渡った。
「うおおおっ! 」
「な、なんだ! 」
その場の全ての兵が馬を降りていたから咄嗟の対応が出来ず、飛び込んで来た馬の大軍に簡単に散らされた。
その騎兵のいない馬の群れは、あるリーダー馬に率いられていた。
先頭にいたのは、ヤヨイが命を助けるつもりで逃がした、馬格の大きな栗毛の牡馬だったのである!
「まあ! 」
ヤヨイがこのチャンスを逃すはずはない。
鞍も外したまるきりの裸馬に飛び乗り、たてがみを掴んで出島に向かって馬首を巡らし、渡しかけの丸太の一本橋を駆け、橋の終点で一気に飛んだ!
もちろん、栗毛はヤヨイの期待に応えた。
リーズルの援護の許、ヤヨイと栗毛は無事にジャガイモ島に還った。しかも、手の空いたグラナトヴェルファーの一基を担いだアランが走って来て、渡しかけの丸太を狙い撃ち。丸太は湖に流れ出し、敵の第二戦線の意図を挫いた。
ふう、と栗毛から降りたヤヨイは、援護を終えてジャガイモ島に戻ったリーズルから即座にデコピンを食らった。
「あ、痛っ! 」
「この、バカ! あんたに万が一があったらどーすんのよっ! 」
この非難には、ヤヨイも反駁できなかった。
結果的に上手くいったとはいえ、敵中に孤立する形で一騎打ちに興じるなど、戦闘マニュアル無視の暴挙でしかなかったからである。まことに士官にあるまじき軽率な行為だった。
いつの間にか、西の第一戦線の銃撃や爆発音が消えていた。
「ヤヨイ少尉様~っ! 」
そんなおかしな呼ばわり方をするのはひとりしかいない。
「ハンナ! どうしたの? 」
ぐお~ん!
雪の晴れた夕刻前の空を双発の偵察機が西へ飛び去った。
「『カモメ』というこーるさいんが入ってま~す! マルス宛に~! 」
西から駆けてくるるハンナを振り向いたら、東からポォーッ、と可愛い汽笛が聞こえた。
湖の水平線上に黒い一筋の煙が上がっていた。
汽艇の上げる排煙を眺めつつ、栗毛の鼻面を撫でていて思った。
「そうだ。あなたの名前を考えておかなきゃだね・・・」
誰が何を言おうと、ヤヨイはこの子を帝都まで連れ帰るつもりになっていた。
ヤヨイの心を察したのか、栗毛は頬を寄せて来て、嬉しそうに鼻を鳴らした。
いつの間にか、北の対岸の騎馬部隊は湖岸を去り、北の森の中に消えて行こうとしていた。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
48 剣術流派、西洋剣について
北辰一刀流 玄武館 杉並本部道場
https://hokushin-ittoryu.com/
示現流兵法所
https://www.jigen-ryu.com/archives/about/
ツヴァイヘンダーは全長1.4 - 1.7メートル(標準的な全長は1.5 - 1.6メートル[1])、刀身は1.0 - 1.3メートル、2 - 5キログラムほどの重量を有していた。
写真1枚目
Zweihänder ツヴァイヘンダー スイス、バーゼルのバーゼル歴史博物館の展示品
ドイツ語版ウィキペディアのBracherさん(Original text: Christoph Bracher) - 自ら撮影, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3618017による
写真2枚目
17世紀前半のレイピア
Rama - 投稿者自身による著作物, CC BY-SA 2.0 fr, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=286091による
ヤヨイの背後で折り重なった敵兵の真ん中から高々と血しぶきが上がった。
レオン少尉の形見の銃を降ろし、剣の鞘を捨てた。
一群の騎兵を引きつれたヘルマンの騎馬姿はあまりにも堂々としていた。
やはりか!
最初の攻勢は陽動で、この東の出島が真の攻略目標だったのだな。
血糊の付いた剣を下げたヤヨイは、憤然、胸を張った。
来るなら、来てみろ!
ヘルマンは片手をあげて一群を止めた。
「ふふ。やはり、来たな」
そして、大声を上げた。
「皆、下がれ! 帝国の軍神の娘とやらは、俺との決着を付けに来たらしい!
一切手出し無用! 」
馬を降りたヘルマンは帝国の女戦士に向かってゆっくりと歩み寄った。
ヤヨイと敵の親分らしき男が対峙しようとしている情況は出島で身を伏せているリーズルにも見えた。もちろん、敵の親分は十分に射程内だ。
「あの、バカ! 決闘でもする気なの?! 」
そして、銃の狙いを親分らしき男に絞った。
リーズルの気配はヤヨイも感じた。
ハンナがいないから言葉はわからない。だが、彼は、ヘルマンは一対一での決着を付けようとしているらしいと感じた。
無益な殺傷がなくなるなら、その方がいい。なによりも、時間が稼げる。
刹那、背後に殺気!
ヒョッと首を傾けた。左耳を掠めるように一本の矢がヘルマンたちの方に飛んだ。
ヘルマンが何か叫んだ。
彼の傍にいた騎兵が単騎ヤヨイの方に向かってきたが、どうしたわけか素通りしてヤヨイの背後、彼女を取り囲んだ一群の中に突っ込み、その中にいた弓を持った男の首を刎ねた。
またヘルマンが何か言った。ヤヨイをまっすぐ見て、だ。
ヤヨイを取り囲んだ兵たちが、再び大きく後退し、輪がさらに広がった。
なんという、統率力!
ヤヨイ自身も空挺部隊一個小隊を率い、負傷して指揮を執れなくなった直属の上官大隊長の代わりに大隊400を指揮したから兵をまとめる苦労は経験していた。
だから、わかる。目の前の男の統率力はヤヨイなど足元にも及ばない。
彼は、兵をして死地に赴かせることができる男だ。
これだからこそ、数々の作戦を成功させ、火力に勝る帝国軍の部隊を全滅させ得たのだ、と。
これはメッセージだ。彼の矜持の為せる業なのだ。
ヘルマンを注視したまま、ヤヨイは叫んだ。
「リーズル! 聞こえる? わたしがカタをつける! 手出ししないで! 」
ヘルマンの背後遠くで二発、遠いが大きな爆発音がして火炎とキノコ雲が沸き上がった。
ヤヨイもまた、ヘルマンをまっすぐに見て、コク、と頷いた。
交渉成立!
ヤヨイが数歩ヘルマンに近づくと、彼もまた同じようにヤヨイに歩み寄った。そして、腰の剣を抜き、鞘を捨てた。
ヤヨイは、構えた。
彼もまた、構えた。
ヤヨイの武術は、ウリル少将の異母弟であり少将と同じく皇帝陛下の甥御であるイマム先生から伝授されたヤーパンのカラテから派生した殺人技である。もちろん、剣を持った相手に対してであれ素手で立ち向かうこともできる技だ。
しかし、剣の素養は学ばなかった。
だから、これは自己流だ。
両手で柄(つか)を持ち、切っ先をヘルマンの顔に向けた。武芸者として相手に最も畏怖を与える構えだと思ったからだ。相手から見れば、鋭い切っ先のすぐ向こうにヤヨイの肉食獣のような碧眼が来る。一本角を生やした鬼のように見えるはずだ。
ヤヨイは知らなかったが、これは彼女の先祖の故郷、ヤーパンに伝わっていたといわれる「ホクシンイットウリュウ」という流派の構え「星眼」(正眼)に適っていた。
対してヘルマンの構えは右手に剣を持って左腕を盾に見たてた防御の型。見たところ、ヤヨイの持っている剣と大差ない。北の民族の剣は、重い。男だけに腕力は数段勝るとみていい。
元々素養がない上に、帝国陸軍の騎兵サーベルのような細身のレイピアではなく肉厚の鋼を鍛えた旧文明15世紀ごろのツーハンデッドソード、帝国語ではツヴァイヘンダーというべき、やや短いが諸刃(もろば)の剣。
すぐに腕が疲れてきた。両手持ちのまま左に流し、足をずらす様にしてジリ、ジリと右に回り込んだ。来るとすれば剣のない右へと誘う。回り込みつつ、さらに間合いを詰める!
ヘルマンも詰めてきた。次第に間合いが狭まり、踏み出せば突ける距離へ・・・。
こういうときこそ、第六の感覚だ。
ヤヨイは、目を閉じた。
遠い爆発音。うなる機銃。散発する銃声。周囲の騎兵たちの息遣いまで聞こえる。
と。
気配!
剣のない右! やはり!
目を開いた。
突いて来るヘルマンの右に飛び込み、その腹を切った!
が、手応えなし!
再び構え合う。
ヘルマンの毛皮は切れていたが、肌までは達していない。
周りがざわついた。だが無視していい。
彼が何か言った。それも、無視。
ヘルマンは汗をかいていた。
目をつぶると、相手には仕掛ける時がわからなくなる。いざ踏み込むとき、真っ先に目に色が現れるからだ。だから、手練れになればなるほど相手の目が見えないと不安になる。ヤヨイは、そこを狙った。
ヤヨイは両手で構えた剣を高く上げた。右手で自然に振り上げた形に左手を添えた構え。これも知らずして構えたが、元はヤーパンのサツマという地方に伝わっていた「ジゲンリュウ」で「蜻蛉(とんぼ)」と言い、そこから打ち下ろした形の構えを「置き蜻蛉」と言った。「二の太刀要らず」とも言い、初太刀に全てを賭ける、必殺技として伝わっていた。天高く掲げられた短めの「ツヴァイヘンダー」。
その実は下から切り上げるよりも上から落とす方が体力の消耗が抑えられるから。非力なヤヨイならではの工夫だった。
再び目を閉じた。冷たい西風が遠い爆発と火薬の匂い、そして、ヘルマンのかいている汗の匂いと荒い呼吸を運んで来る。
全気力で抑えてはいるようだが、明らかにヘルマンは動揺している!
すると!
やはり、先に仕掛けてきたのはヘルマンだった。
「うりゃあああっ! 」
同じ上段からか! と思いきや、腹狙いの横に切り替え切り込んで来た! が、これをジャンプして避け、相手のトップを取って肩から背中に切り込んだ!
手ごたえありっ!
うおっ!
周囲の兵たちにもどよめきが走った!
右肩から背中に深く切れ込んだ刀は確実に彼にダメージを与えた。下げた剣を持つ手に血が垂れて来たのが見えた。
が、彼は剣を持ち替えた。
「まだ、やるのか! 」
自然に口から出ていた。
彼もまた、痛むのか顔を顰めつつ、何か言った。
「お前ごときに負けるわけには行かん! 」
きっとそんなところだろう。左手に持ち替えた剣を三度振りかぶった。
ヤヨイもまた、星眼に。
実は、不慣れにも拘わらず、ヤヨイが剣の勝負に挑んだのはある作戦があるからなのだった。剣は重いが、ヤヨイは非力だから剣では致命傷を与えにくい。それでも剣で戦いを挑んだのには、わけがあった。
ヘルマンはなりふり構わぬ策に出た。左手をブンブン振り回し、威嚇と牽制を兼ねて向かって来たのだ。
ヤヨイは星眼のまま迎え撃った。右手を添え、左手で思い切り振りかぶったヘルマンの剣を、
「でゃーっ! 」
ガッチリ、マトモに受けた!
「ぐっ!・・・」
弾き飛ばされそうになりながらも、懸命に堪え、受けきった!
刃と刃を食いこませるほどに受け合い、刃物越しに睨み合う「ステンカ・ラージン」と「軍神マルスの娘」!
だが、しょせん非力なヤヨイは徐々に押され仰向けに倒されそうになり、そこにヘルマンが覆い被さろうという流れ。誰が見ても力業では帝国の女兵士に勝ち目はなかった。
そこで。
ジャキーンッ!
ヘルマンの剣をなんとか流し、ヤヨイは跳び退って距離を取った。
またしても、星眼!
さすがのヤヨイも息が切れてきた。
「ヤヨイっ! 」
リーズルの声がした。
が、ここが肝心なところなのだ!
ヘルマンも、再度構えた! 両手で剣を持ち、利く左に振りかぶって、襲って来た!
そして、渾身の、打撃!
ギャリーンッ!
ヤヨイの剣がヘルマンの右へ、出島の方向に弾き飛ばされた!
瞬間、ヘルマンの眼が飛んだ剣を追った!
そこに、ヤヨイの勝機があった。
右足を大きく踏み出し、ガラ空きになったヘルマンの向かって右に、音速より早く得意技の左まわし蹴りを見舞った!
ヤヨイの狙っていたのは、これだったのである。
剣を手に入れたのはたまたまだったが、ヘルマンとのサシの勝負にはこっちも相手に合わせれば、相手は優位と見て絶対に乗ってくるはず、と思ったのだ。
そして、剣で戦って「貴重な武器」という認識を与えた後にワザと捨てれば、当然その武器に注意が向く。その時が、必殺技を繰り出す絶好のチャンスだと。
が、意図した首ではなく、剣を持った肩のやや下、上腕骨にヒット! 骨を、折った。
「ぐはっ! 」
ヘルマンが剣を落とした。
そこへ。
今までお頭の命に忠実に手出しをせずに見守っていた周囲の兵がどっと押し寄せてきた。
素早く飛び上がって躱そうとしたが、もはや疲れすぎていて気力が萎えていた。
「あら、もうダメなの?・・・」
無敵の帝国の女アサシンの伝説もこれまでか・・・。
思わずタオのことを思い、諦めかけた時。
ドドドドドドッ!
多くの蹄の音と馬の嘶きが響き渡った。
「うおおおっ! 」
「な、なんだ! 」
その場の全ての兵が馬を降りていたから咄嗟の対応が出来ず、飛び込んで来た馬の大軍に簡単に散らされた。
その騎兵のいない馬の群れは、あるリーダー馬に率いられていた。
先頭にいたのは、ヤヨイが命を助けるつもりで逃がした、馬格の大きな栗毛の牡馬だったのである!
「まあ! 」
ヤヨイがこのチャンスを逃すはずはない。
鞍も外したまるきりの裸馬に飛び乗り、たてがみを掴んで出島に向かって馬首を巡らし、渡しかけの丸太の一本橋を駆け、橋の終点で一気に飛んだ!
もちろん、栗毛はヤヨイの期待に応えた。
リーズルの援護の許、ヤヨイと栗毛は無事にジャガイモ島に還った。しかも、手の空いたグラナトヴェルファーの一基を担いだアランが走って来て、渡しかけの丸太を狙い撃ち。丸太は湖に流れ出し、敵の第二戦線の意図を挫いた。
ふう、と栗毛から降りたヤヨイは、援護を終えてジャガイモ島に戻ったリーズルから即座にデコピンを食らった。
「あ、痛っ! 」
「この、バカ! あんたに万が一があったらどーすんのよっ! 」
この非難には、ヤヨイも反駁できなかった。
結果的に上手くいったとはいえ、敵中に孤立する形で一騎打ちに興じるなど、戦闘マニュアル無視の暴挙でしかなかったからである。まことに士官にあるまじき軽率な行為だった。
いつの間にか、西の第一戦線の銃撃や爆発音が消えていた。
「ヤヨイ少尉様~っ! 」
そんなおかしな呼ばわり方をするのはひとりしかいない。
「ハンナ! どうしたの? 」
ぐお~ん!
雪の晴れた夕刻前の空を双発の偵察機が西へ飛び去った。
「『カモメ』というこーるさいんが入ってま~す! マルス宛に~! 」
西から駆けてくるるハンナを振り向いたら、東からポォーッ、と可愛い汽笛が聞こえた。
湖の水平線上に黒い一筋の煙が上がっていた。
汽艇の上げる排煙を眺めつつ、栗毛の鼻面を撫でていて思った。
「そうだ。あなたの名前を考えておかなきゃだね・・・」
誰が何を言おうと、ヤヨイはこの子を帝都まで連れ帰るつもりになっていた。
ヤヨイの心を察したのか、栗毛は頬を寄せて来て、嬉しそうに鼻を鳴らした。
いつの間にか、北の対岸の騎馬部隊は湖岸を去り、北の森の中に消えて行こうとしていた。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
48 剣術流派、西洋剣について
北辰一刀流 玄武館 杉並本部道場
https://hokushin-ittoryu.com/
示現流兵法所
https://www.jigen-ryu.com/archives/about/
ツヴァイヘンダーは全長1.4 - 1.7メートル(標準的な全長は1.5 - 1.6メートル[1])、刀身は1.0 - 1.3メートル、2 - 5キログラムほどの重量を有していた。
写真1枚目
Zweihänder ツヴァイヘンダー スイス、バーゼルのバーゼル歴史博物館の展示品
ドイツ語版ウィキペディアのBracherさん(Original text: Christoph Bracher) - 自ら撮影, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3618017による
写真2枚目
17世紀前半のレイピア
Rama - 投稿者自身による著作物, CC BY-SA 2.0 fr, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=286091による
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センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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