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「スターリングラード」攻防戦
41 「大将」アベルの秘密兵器と迫る船団。狼煙が上がった
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決戦前夜。
夜は急激に冷えた。
しかも、本来なら明るい満月が照らすはずの夜空を重苦しい雲が覆っていた。
さらに、重苦しい雲は雪を降らせ始めた。
兵たちはみな、寝かせた。
幸いにも、このジャガイモ島の館はこの地方の急な冬の訪れに見合う頑丈な造りになっていて、外の寒気に震えなくとも過ごすことができた。
ヤヨイとシェンカーだけは眠らず、焚火を中庭の庇の下に移し、そこで暖を取った。
「アラン! 代わろうか? 」
一人、櫓の上で震えながらがんばって敵陣を見張っているアランに声をかけた。
「まだ大丈夫! 凍り付きそうになったらそこへ行く。そしたら、頼むよ! 」
そう言って、彼は照明弾のランチャーを撃った。シュルシュルと雪空を天に昇ってドンッ! 爆ぜた。冬の花火だ。ゆっくりと舞い降りる火の玉に照らされたはるか遠くの敵陣は、先刻まで何本もの葬いの儀式の煙が上がっていたが、今はそれも消え静けさを保っていた。
シェンカーは千五百年も昔の攻城戦、「コンスタンティノープル」の話の続きをしていた。
「守備側はビザンチン兵の五千とヴェネツィア・ジェノバからの援兵二千の七千。対するオスマン・トルコは当初八万、最終的に20万以上の大軍で陸と海からコンスタンティノープルを囲んだが、堅固な城塞都市はなかなかに難攻不落だった。
周りをぐるりと海で囲まれ、西のヨーロッパ側になる唯一の陸地には三重の防御壁が構築され、守備側はここに最大兵力を集めることができたからだ。
守備兵たちの士気も高かった。古代から数えれば二千年。キリスト教の普及からも千年以上も君臨し度重なる外敵をことごとく蹴散らしてきた、まさに『神に守られた都』だった。
援兵であるヴェネツィア・ジェノバからの兵たちにとっても、それまでコンスタンティノープルが存在したから異教徒であるイスラム勢力に伍して※インドの香辛料などの取引ができていたわけで、彼らにとってもここを死守できるかどうかが死活の問題だったからだ。大軍に対して寡兵ながらよく守っていた」
東ローマ帝国時代のコンスタンティノープル
「だが、転機が訪れた。
後世になればこの対岸のガラタ地区との間に橋がかけられた金角湾だが、当初はこの湾の入り口に鉄の鎖でバリケードが張られ、オスマン軍の戦艦が入れなかった。故に金角湾に面した北側には守備隊を配置せずに済んでいた。
しかし、オスマン軍は思いもよらない方法でこの問題を解決した。
対岸のガラタ地区の北に軍船を陸揚げし、陸路舟を引っ張って数十隻の軍船を金角湾に浮かべることに成功したのだ。
北岸に突如現れた敵勢力のために、守備側はただでさえ少ない兵力を割いて配置を迫られた。
そして、北から南から、さらに西の陸上から城壁を超えようとする敵兵に群がられ、巨大な攻城砲まで大量に撃ち込まれ、守備側の戦線は各所で寸断され、ついには三重の防御壁も破られ、東ローマ帝国は、滅亡したのだ」
「なるほど・・・」
「ここから得られる教訓は、いかに包囲されるのを防ぐかということに尽きる」
ぽき、と折った枯れ木を、シェンカーは焚火の中に投じた。
「もしオレがヘルマンなら、船団の到着まで待ち、さっき言ったように船団にこの島への突入をさせ、それを橋代わりにして多数の兵を突撃させる。
で、仮にそういう作戦で来るなら、こちらは・・・」
「先に船団に攻撃を集中して各個撃破。その後騎兵部隊を攻撃、あるいは救援到着まで膠着状態を維持する、ですね? 」
「そういうことだ」
「そううまくいくでしょうか」
「やってみなければわからないが、大将の『秘密兵器』なら、舟を肉薄させないことはできると思う。というよりも、それに賭けるしかない」
いつしかアベルの呼び名は「大将」になっていた。あまりにもタイドが横柄なので、シェンカーが揶揄って呼んでいたものだが、なぜだか彼の「大将」の策はことごとく当たった。だから今回も、むしろ成功を祈りつつ彼を「大将」と呼ぶシェンカーの気持ちがわかった。
「そろそろ代わってきます。アランが凍り付かないうちに」
「頼む。しばらくしたら代わろう」
「ありがとうございます」
ヤヨイはジャンパーの襟を合わせ櫓に登った。
包囲される側の経験は去年先のチナ戦で積んでいた。
あの時は一個大隊で2個師団に相当する敵の包囲を耐え抜いたが、今回はたった11人。しかも敵は一個旅団規模の騎馬隊と多数の船舶だ。あの時と違って補給はあるものの、正直言えば心もとない。だが、やるしかない!
「アラン、代わるわ。焚火にソースパンがかかっているから食べて」
「おお。サンキュ。・・・ぶるるるっ! やっぱ冷えるわ」
彼のヘルメットとポンチョ代わりの弾薬袋に積もった雪を払ってやり、双眼鏡を受け取った。
アランが下に降りて行った。ヤヨイは照明弾を上げた。
人工の灯りに照らし出された敵陣は静けさの中にいた。
閉じた海を向かう先の空がぼんやりと明るんだ。
背中から追い立てる風は身を切るように冷たい。だが、その風がレオニートの指揮する船団の速力を上げていた。
「夜は帆を降ろすもんだ。舟同士ぶつかったらあぶねえ! 」
チナの豪族出の船乗りたちは、皆夜間の航行を渋った。事実、暗闇の中、何隻かが船同士でぶつかり、何人かが海に投げ出された。
それでも、初めのうちは甘言をいい給金を弾む話をしてなんとかゴマかしたが、風が急に西風に変わり速力が増してくるにつれ、
「もう、ガマン出来ねえ! 俺たちは抜けさせてもらう! 」
勝手に進路を変更しようとする舟も出てきた。
レオニートは、帝国から分捕った小銃を十数丁持たされていて、いくつかの舟に分乗した手下たちに持たせていた。彼は叫んだ。
「引き返そうとする舟は容赦なく撃て! 」
手下たちは命令に忠実だった。
静かな閉じた海に乾いた小さな銃声が何発も放たれた。海の上では銃声は木霊しない。
何隻かは取り逃がしたが、逃げようとした舟の多くは舳先を東に戻し、従った。銃を持った手下の舟の半分を船団の最後尾に配置させ、逃亡を防ぐ処置を取った。
船団は、西風をいっぱいに孕んで東に向かっていた。
レオニートは最先頭の集団の一隻、その舳先に乗って北東方向の沿岸に双眼鏡を向けた。これも、帝国からの戦利品だ。だが、まだ暗すぎてよく見えない。
四角い帆桁の下から覗き込むようにして、艫(船尾)で舵を取っている豪族出の船乗りを顧みた。
「あと、どのぐらいだ? 」
「そうさな。この風なら、陽が上りきるころにはヴォルゴグラが見えてくるはずだけんどな。だけんど、こら雪になんべえな」
艫に吊るしたカンテラの灯りの下の老船頭は、訛りの酷い北の言葉で受けた。
レオニートはいささか肥えていた。肥え過ぎていた。そのせいで、馬が皆彼を嫌がった。それで、騎馬隊を対岸に渡す時は当たり前のように船団を任されるようになった。
馬を操ってカッコよく敵を襲撃する爽快さはないけれど、舟はラクだった。
ただし、ドンの支配下にいる豪族の船乗りたちはみな狡からかった。彼らには、レオニートの大きな図体の方が睨みが効いた。人間、何かは役に立つところがあるものだ。
それに脂肪が厚いせいか、一気に冷たくなった風も肌に心地いいぐらいだ。部下たちや船頭たちはその限りではないけれども。馬を載せていない分船足が速いから、余計に風は冷たかった。
すると。
老船頭の言葉通り、背中から吹き付ける風の中に雪が混じって来た。
そして、夜が明けた。
凪いだ海の北に陸を望んだ。
「あと、どのくらいだ! 」
レオニートは、また叫んだ。
「ああ。ここなら、この風が続けばあと半日で着く! 」
よし!
周囲には30隻ほどがついてきているのが朝もやの中に辛うじて見えた。
すぐ左手、手下の乗った舟が穏やかな波を切っていた。
レオニートは、叫んだ。
「エヴゲニー! 」
十数メートルほど離れて航走する舟の上の手下を呼んだ。
「あの突き出た岬に向かえ! 狼煙を上げろ! 」
すると、左の舟の上の影が、わかった、というように片手を上げた。
手下の舟は徐々にレオニートの傍から離れて行き、やがてやや左前方の岬に向かっていった。
陽が、伸ばした腕の掌の上に見え始めた時。
岬はすでに左手のやや後方に位置していた。
やがて、茶色の煙が上がり、それはやや東に傾いて立ち上り、雪空に消えて行った。
「者ども! 陽が真上に来る頃、ヴォルゴグラに着く! 合戦の用意をしておけ! 」
レオニートはひときわ大きく、声を張り上げた。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
45 続「コンスタンティノープル攻防戦」について
東ローマ帝国時代のコンスタンティノープル
http://en.wikipedia.org/wiki/User:DeliDumrul - digital file from intermediary roll film copy, Digital ID: pan 6a23442, USA memory collection, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1323430による
東ローマ帝国が、オスマン艦隊の侵入を阻止するため金角湾口に張り渡した防鎖。イスタンブール軍事博物館(英語版)にて展示。
Roger W. Haworth, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3699654による
※
コンスタンティノープル陥落前までのヴェネツィア・ジェノバの商業活動、とりわけ東地中海での活動は、まさにコンスタンティノープルあってのものでした。
ウィキペディアです
「東ローマ帝国での交易
ヴェネツィア商人は東ローマ帝国内での特権によって、帝国内の都市間や、シチリア王国、十字軍国家、エジプトなどの諸国家と交易を行った。胡椒や絹などの東方貿易の商品のほか、オリーブ油、ワイン、綿、羊毛皮、インディゴ、武具、木材、奴隷などが取引された。帝国内では大土地所有者が支配的地位にあり、商人は排除されていたため、帝国内で多大な利益をあげた。
黒海での交易
13世紀には、黒海東部にモンゴル人国家のジョチ・ウルスやイル・ハン国が成立した。一方で地中海ではマムルーク朝によって十字軍国家が消滅し、教皇はキリスト教徒とマムルーク朝との交易を禁じた。このためヴェネツィアは東方貿易の商品を黒海経由で取引するようになり、黒海は香辛料、絹、奴隷などの一大供給地となった。
地中海西部での交易
イベリア半島でレコンキスタが進行し、ジブラルタル海峡での交通が安定すると、ヴェネツィアもロンドンやブリュージュまで商船を送るようになった。地中海と北ヨーロッパは、それまでの陸路にかわって海路が活発となる。イタリア北部では綿工業が盛んになり、ヴェネツィアは原料と製品の輸送を行った。」
大国であったフランスもスペインも法王庁も二の足を踏んだのに、小さな商業都市のヴェネツィア・ジェノバが精いっぱいの援兵を送ったのはそうした大きな利害が一致していたからです。
かつては地中海を股にかけて覇権を争った商業都市ヴェネツィアもジェノバも、コンスタンティノープル陥落後は急速に衰え、世は大航海時代を迎えてゆきます。
夜は急激に冷えた。
しかも、本来なら明るい満月が照らすはずの夜空を重苦しい雲が覆っていた。
さらに、重苦しい雲は雪を降らせ始めた。
兵たちはみな、寝かせた。
幸いにも、このジャガイモ島の館はこの地方の急な冬の訪れに見合う頑丈な造りになっていて、外の寒気に震えなくとも過ごすことができた。
ヤヨイとシェンカーだけは眠らず、焚火を中庭の庇の下に移し、そこで暖を取った。
「アラン! 代わろうか? 」
一人、櫓の上で震えながらがんばって敵陣を見張っているアランに声をかけた。
「まだ大丈夫! 凍り付きそうになったらそこへ行く。そしたら、頼むよ! 」
そう言って、彼は照明弾のランチャーを撃った。シュルシュルと雪空を天に昇ってドンッ! 爆ぜた。冬の花火だ。ゆっくりと舞い降りる火の玉に照らされたはるか遠くの敵陣は、先刻まで何本もの葬いの儀式の煙が上がっていたが、今はそれも消え静けさを保っていた。
シェンカーは千五百年も昔の攻城戦、「コンスタンティノープル」の話の続きをしていた。
「守備側はビザンチン兵の五千とヴェネツィア・ジェノバからの援兵二千の七千。対するオスマン・トルコは当初八万、最終的に20万以上の大軍で陸と海からコンスタンティノープルを囲んだが、堅固な城塞都市はなかなかに難攻不落だった。
周りをぐるりと海で囲まれ、西のヨーロッパ側になる唯一の陸地には三重の防御壁が構築され、守備側はここに最大兵力を集めることができたからだ。
守備兵たちの士気も高かった。古代から数えれば二千年。キリスト教の普及からも千年以上も君臨し度重なる外敵をことごとく蹴散らしてきた、まさに『神に守られた都』だった。
援兵であるヴェネツィア・ジェノバからの兵たちにとっても、それまでコンスタンティノープルが存在したから異教徒であるイスラム勢力に伍して※インドの香辛料などの取引ができていたわけで、彼らにとってもここを死守できるかどうかが死活の問題だったからだ。大軍に対して寡兵ながらよく守っていた」
東ローマ帝国時代のコンスタンティノープル
「だが、転機が訪れた。
後世になればこの対岸のガラタ地区との間に橋がかけられた金角湾だが、当初はこの湾の入り口に鉄の鎖でバリケードが張られ、オスマン軍の戦艦が入れなかった。故に金角湾に面した北側には守備隊を配置せずに済んでいた。
しかし、オスマン軍は思いもよらない方法でこの問題を解決した。
対岸のガラタ地区の北に軍船を陸揚げし、陸路舟を引っ張って数十隻の軍船を金角湾に浮かべることに成功したのだ。
北岸に突如現れた敵勢力のために、守備側はただでさえ少ない兵力を割いて配置を迫られた。
そして、北から南から、さらに西の陸上から城壁を超えようとする敵兵に群がられ、巨大な攻城砲まで大量に撃ち込まれ、守備側の戦線は各所で寸断され、ついには三重の防御壁も破られ、東ローマ帝国は、滅亡したのだ」
「なるほど・・・」
「ここから得られる教訓は、いかに包囲されるのを防ぐかということに尽きる」
ぽき、と折った枯れ木を、シェンカーは焚火の中に投じた。
「もしオレがヘルマンなら、船団の到着まで待ち、さっき言ったように船団にこの島への突入をさせ、それを橋代わりにして多数の兵を突撃させる。
で、仮にそういう作戦で来るなら、こちらは・・・」
「先に船団に攻撃を集中して各個撃破。その後騎兵部隊を攻撃、あるいは救援到着まで膠着状態を維持する、ですね? 」
「そういうことだ」
「そううまくいくでしょうか」
「やってみなければわからないが、大将の『秘密兵器』なら、舟を肉薄させないことはできると思う。というよりも、それに賭けるしかない」
いつしかアベルの呼び名は「大将」になっていた。あまりにもタイドが横柄なので、シェンカーが揶揄って呼んでいたものだが、なぜだか彼の「大将」の策はことごとく当たった。だから今回も、むしろ成功を祈りつつ彼を「大将」と呼ぶシェンカーの気持ちがわかった。
「そろそろ代わってきます。アランが凍り付かないうちに」
「頼む。しばらくしたら代わろう」
「ありがとうございます」
ヤヨイはジャンパーの襟を合わせ櫓に登った。
包囲される側の経験は去年先のチナ戦で積んでいた。
あの時は一個大隊で2個師団に相当する敵の包囲を耐え抜いたが、今回はたった11人。しかも敵は一個旅団規模の騎馬隊と多数の船舶だ。あの時と違って補給はあるものの、正直言えば心もとない。だが、やるしかない!
「アラン、代わるわ。焚火にソースパンがかかっているから食べて」
「おお。サンキュ。・・・ぶるるるっ! やっぱ冷えるわ」
彼のヘルメットとポンチョ代わりの弾薬袋に積もった雪を払ってやり、双眼鏡を受け取った。
アランが下に降りて行った。ヤヨイは照明弾を上げた。
人工の灯りに照らし出された敵陣は静けさの中にいた。
閉じた海を向かう先の空がぼんやりと明るんだ。
背中から追い立てる風は身を切るように冷たい。だが、その風がレオニートの指揮する船団の速力を上げていた。
「夜は帆を降ろすもんだ。舟同士ぶつかったらあぶねえ! 」
チナの豪族出の船乗りたちは、皆夜間の航行を渋った。事実、暗闇の中、何隻かが船同士でぶつかり、何人かが海に投げ出された。
それでも、初めのうちは甘言をいい給金を弾む話をしてなんとかゴマかしたが、風が急に西風に変わり速力が増してくるにつれ、
「もう、ガマン出来ねえ! 俺たちは抜けさせてもらう! 」
勝手に進路を変更しようとする舟も出てきた。
レオニートは、帝国から分捕った小銃を十数丁持たされていて、いくつかの舟に分乗した手下たちに持たせていた。彼は叫んだ。
「引き返そうとする舟は容赦なく撃て! 」
手下たちは命令に忠実だった。
静かな閉じた海に乾いた小さな銃声が何発も放たれた。海の上では銃声は木霊しない。
何隻かは取り逃がしたが、逃げようとした舟の多くは舳先を東に戻し、従った。銃を持った手下の舟の半分を船団の最後尾に配置させ、逃亡を防ぐ処置を取った。
船団は、西風をいっぱいに孕んで東に向かっていた。
レオニートは最先頭の集団の一隻、その舳先に乗って北東方向の沿岸に双眼鏡を向けた。これも、帝国からの戦利品だ。だが、まだ暗すぎてよく見えない。
四角い帆桁の下から覗き込むようにして、艫(船尾)で舵を取っている豪族出の船乗りを顧みた。
「あと、どのぐらいだ? 」
「そうさな。この風なら、陽が上りきるころにはヴォルゴグラが見えてくるはずだけんどな。だけんど、こら雪になんべえな」
艫に吊るしたカンテラの灯りの下の老船頭は、訛りの酷い北の言葉で受けた。
レオニートはいささか肥えていた。肥え過ぎていた。そのせいで、馬が皆彼を嫌がった。それで、騎馬隊を対岸に渡す時は当たり前のように船団を任されるようになった。
馬を操ってカッコよく敵を襲撃する爽快さはないけれど、舟はラクだった。
ただし、ドンの支配下にいる豪族の船乗りたちはみな狡からかった。彼らには、レオニートの大きな図体の方が睨みが効いた。人間、何かは役に立つところがあるものだ。
それに脂肪が厚いせいか、一気に冷たくなった風も肌に心地いいぐらいだ。部下たちや船頭たちはその限りではないけれども。馬を載せていない分船足が速いから、余計に風は冷たかった。
すると。
老船頭の言葉通り、背中から吹き付ける風の中に雪が混じって来た。
そして、夜が明けた。
凪いだ海の北に陸を望んだ。
「あと、どのくらいだ! 」
レオニートは、また叫んだ。
「ああ。ここなら、この風が続けばあと半日で着く! 」
よし!
周囲には30隻ほどがついてきているのが朝もやの中に辛うじて見えた。
すぐ左手、手下の乗った舟が穏やかな波を切っていた。
レオニートは、叫んだ。
「エヴゲニー! 」
十数メートルほど離れて航走する舟の上の手下を呼んだ。
「あの突き出た岬に向かえ! 狼煙を上げろ! 」
すると、左の舟の上の影が、わかった、というように片手を上げた。
手下の舟は徐々にレオニートの傍から離れて行き、やがてやや左前方の岬に向かっていった。
陽が、伸ばした腕の掌の上に見え始めた時。
岬はすでに左手のやや後方に位置していた。
やがて、茶色の煙が上がり、それはやや東に傾いて立ち上り、雪空に消えて行った。
「者ども! 陽が真上に来る頃、ヴォルゴグラに着く! 合戦の用意をしておけ! 」
レオニートはひときわ大きく、声を張り上げた。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
45 続「コンスタンティノープル攻防戦」について
東ローマ帝国時代のコンスタンティノープル
http://en.wikipedia.org/wiki/User:DeliDumrul - digital file from intermediary roll film copy, Digital ID: pan 6a23442, USA memory collection, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1323430による
東ローマ帝国が、オスマン艦隊の侵入を阻止するため金角湾口に張り渡した防鎖。イスタンブール軍事博物館(英語版)にて展示。
Roger W. Haworth, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3699654による
※
コンスタンティノープル陥落前までのヴェネツィア・ジェノバの商業活動、とりわけ東地中海での活動は、まさにコンスタンティノープルあってのものでした。
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「東ローマ帝国での交易
ヴェネツィア商人は東ローマ帝国内での特権によって、帝国内の都市間や、シチリア王国、十字軍国家、エジプトなどの諸国家と交易を行った。胡椒や絹などの東方貿易の商品のほか、オリーブ油、ワイン、綿、羊毛皮、インディゴ、武具、木材、奴隷などが取引された。帝国内では大土地所有者が支配的地位にあり、商人は排除されていたため、帝国内で多大な利益をあげた。
黒海での交易
13世紀には、黒海東部にモンゴル人国家のジョチ・ウルスやイル・ハン国が成立した。一方で地中海ではマムルーク朝によって十字軍国家が消滅し、教皇はキリスト教徒とマムルーク朝との交易を禁じた。このためヴェネツィアは東方貿易の商品を黒海経由で取引するようになり、黒海は香辛料、絹、奴隷などの一大供給地となった。
地中海西部での交易
イベリア半島でレコンキスタが進行し、ジブラルタル海峡での交通が安定すると、ヴェネツィアもロンドンやブリュージュまで商船を送るようになった。地中海と北ヨーロッパは、それまでの陸路にかわって海路が活発となる。イタリア北部では綿工業が盛んになり、ヴェネツィアは原料と製品の輸送を行った。」
大国であったフランスもスペインも法王庁も二の足を踏んだのに、小さな商業都市のヴェネツィア・ジェノバが精いっぱいの援兵を送ったのはそうした大きな利害が一致していたからです。
かつては地中海を股にかけて覇権を争った商業都市ヴェネツィアもジェノバも、コンスタンティノープル陥落後は急速に衰え、世は大航海時代を迎えてゆきます。
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