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序章

01 クーデター、勃発!

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 その日。
 2月26日。
 帝都には、めずらしく雪が降っていた。

 深夜、12時前。
 暗い部屋の中央のテーブルの上に一本の蝋燭が灯っていた。
 その灯りを幾人かの顔が囲んでいた。
 一人が懐中時計を取り出し、皆が倣った。
「3、2、1、ジャスト! 」
 皆一斉にリセットボタンを押した。
「では、行くぞ! 計画通りに! 」
 一人が蠟燭の炎の上に掌を翳した。もう一人がその上に、さらに一人が。次々に掌が重ねられ、最初の一人がもう片方を最上に、皆の手が、蠟燭の炎を圧し潰した。
「神々の御加護を! 正義は我々と共にある! 」
「おうっ! 」
 皆声低く、唱和した。
 そして部屋を出ていった。
 最後に残った一人も部屋を出た。左手の軽い火傷の跡を舐め、小銃を取った。
 部屋の外には数人の影があった。
「待たせたな。行こう! 」
 影たちは彼に付き従い立ち上がった。
 そして、降り出した雪と暗闇の向こうに消えた。









 一年を通じて温暖で、冬でもテュニカにショールを羽織る程度で済んでいた帝都っ子たちは夜中過ぎから降り出した雪に大喜びし、夜明けまでにどれほど積もるか賭けに興じる者も出るほどだった。
 大の大人がこうだから、子供はもちろん! 寒さなどなんのその。朝が来るのが待ちきれず、まだ暗いうちからテュニカの上に何枚もショールを重ね着し、街路に降り積もった雪を集めて大きな人形を作り、雪玉を投げ合って遊び始める子供の姿が都のあちこちで見られた。
 いつもなら日の出と共に都の中に入って来る馬車や貨車も、あちらこちらで路に足を取られるなどで難儀し、10センチほどに降り積もった雪に、その日の午前いっぱい、帝都の街路という街路は全て学校などそっちのけの子供たちに占領されるものと誰もが思った。
「いやいや! 杖の世話になる歳にもなって、よもやこんな景色が見られようとは思わなんだわい! 」と。
 しかし、そんな老人たちの穏やかな笑顔も長くは続かなかった。
 どこからともなくごお、という地響きが、馬の蹄とざっざっという軍靴の音(ね)が聞こえてきた。
「カール! おうちに入るのよ! 」
「テレーズ、エリカ! 急いで! 」
 正体不明。異変を察した親たちはみな血相変え、表で雪遊びに興じる我が子を家の中に呼び戻した。
 大人たちは誰もが通りに出、窓の隙間から外の様子を伺った。
 降り積もった雪で埋め尽くされた街路を進んで来たのは、繁華街に品物を運び込む荷馬車人の曳く貨車でもなく、軍隊だった。
 皇宮や政府の建物を警備する憲兵隊以外、七つの丘に囲まれた帝都に銃を携えて入って来る軍隊など見たこともない。こんな状況は帝都っ子たちには前代未聞だったのである。
 この世界最大最強の帝国。その神聖なる帝都を軍靴で踏みにじるとは!
「なんだ? 演習かなんかか? 」
「あれは、近衛軍団の軍旗じゃないか! 」



 徴兵されたり退役した者の口からはそんな言葉も出た。先頭には真っ赤な軍団旗を掲げた戦車部隊が、そして騎兵部隊と歩兵部隊までやってきたからである!
「いったい何事だ! 」
 訝(いぶか)る市民たちを他所に、まだ街路に残る人々や子供を蹴散らすようにしながら、戦車は猛速で街路を突っ切り、フォルム街を突き抜けて元老院前の広場に突入した。
 そこで!
 ドーンッ!
 いきなり戦車の大砲が鳴り、殷々たる砲声はフォルム街のエンタシスの森で反響し帝都中に響き渡った。
 続く多数の銃声、機関銃の連続発砲音。
「きゃあ! 」
「なに、なんなの?! 」
「騒ぐな! 騒いでもどうにもならん! 」
 砲声や銃声を聞いた市民たちから悲鳴が上がった。いつもなら、帝都に住まう南の国の民たちの礼拝の歌が響く朝が、無味乾燥な破壊の歌でカーキ色一色に塗られた。
 そして。
 積もった雪を蹴散らす様に数騎の騎兵が帝都中心部をくまなく駆け巡った。
「帝都臣民に告ぐ! 元老院、内閣府、およびバカロレアは我々皇国義勇隊が占拠した! 当分の間、勝手な外出を禁じる! 命令に背くものは誰であれ銃殺する! 繰り返す! ・・・」
「銃殺だって? 」
「こりゃ、反乱だ! 」
「クーデターだ! 」
 時間を追うごとに事態が明らかになっていった。
「ねえ、今日は学校行かなくていいんでしょ? 」
「外出たい! 雪合戦したいよお! 」
「バカ者! それどころじゃない! 」
 今年1月から始まったラジオ放送を聞くために、密かに手回し式のラジオの受信機を持っている家に集まる風景が随所で見られた。が、スピーカーからは何も聞こえてこない。
「ダメだ! 何も放送してない! 」
「大学の放送局も乗っ取られたのか! 」
「皇帝陛下は無事なのか? 政府はいったい何をしているんだ! 」
 と。
 ふいにスピーカーが鳴った。
「An alle kaiserlichen Untertanen!
Von nun an senden wir Neuigkeiten vom Kaiserliches Freiwilligenkorps! 」

――全帝国臣民のみなさん。これから皇国義勇隊からのお知らせを放送します! ――

「皇国? 」
「義勇隊? 」
 ラジオに寄った人々の顔には聞き馴染みのない名前に困惑した色が浮かんだ。
 カイザリヒェス・フライウィリゲンコルプス。略してKF(カーエフ)の、最初の声明が発せられた。

 下町のある一軒の家の窓がそっと開いた。雪合戦を中断されて不満顔の、まだ年端も行かない子供が顔を出し、雪の街路を見下ろした。
 せっかくの白い雪が、キャタピラーや軍靴に踏まれ、茶色く乱れていたのを見て、彼は悲しそうに窓を閉じた。













アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ

 49 帝国軍の戦車について


 帝国軍最初の戦車はこんなカンジのヤツです。
 以下、ウィキペディアです。

「LT-38(1938年型軽戦車、チェコスロバキア軍名称 Lehký tank vzor 38、LT vz. 38、LTvz.38、ドイツ軍名称 38(t)戦車、Panzerkampfwagen 38(t)は第二次世界大戦前に、チェコのČKD(Českomoravská Kolben Daněk、チェスコモラスカー コーベン ダニック、略称:チェーカーデー、チェコダ)社が開発・製造した、軽戦車である。


 Darkone - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3885874による



ナチスドイツ軍の呼称である「38(t)戦車」として知られる。

なお、「チェスコモラスカー」は「ボヘミア・モラビア(機械製造会社)」の意味で、「コーベン」と「ダニック」は会社設立者である「エミル・コーベン」と「チェニック・ダニック」のファミリーネームである。

 ナチスドイツ軍のポーランド侵攻やフランス侵攻を成功させた主要因の一つとなったことから、「世界史を変えた戦車」(逆に考えれば、もしも、38(t)戦車が無ければ、戦力不足のナチスドイツ軍の攻勢は頓挫し、第二次世界大戦は開戦早々に終了していたであろう、という考え方)と、評されることもある。」
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