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戦争編
第十九章 それぞれの戦い-2
しおりを挟む北の街ベコは、寒い地方であるがゆえに食料庫が整備されている。
その食料庫が、死の軍の襲撃対象となってしまった。
一夜のうちに食料庫全てに毒が撒かれたのである。
床が壊され、時を止める魔法陣も無残に消滅していた。
街のあちこちで呻き声が聞こえる。
化学の生み出した有機リン系の毒に、魔法使い達はなす術もなかった。
駆けずり回る医師たちの懸命な治療も甲斐なく人々は息絶え、街は混乱を極めていた。
「ええ……さすがにわかりますよ、原因はね。食べ物を食べて多数の人が苦しみだしたのですから。最初に訴えてきたのは、サエレブロックのマニ夫妻でしたかね! すぐさま、調査に向かいましたよ! もう驚いたのなんのって! 無事な食料庫がないんですよ! 信じられますか? 一体どんな手を使ったというんです! 一夜で数千におよぶ食料庫が全滅ですよ!?」
ネスレイの執事ドパは一気に捲くし立てた。目の前の現実が嘘のようだと彼は訴えていた。
主人ネスレイは、朝早くから魔法陣再整備に忙しく動き回っており、その場にいない。
すぐに南聖マナに食料を手配してくれるよう頼んだのだが、こちらも返事がまだ来ていなかった。
とりあえず本日以降買った食料は食べないように街の人達に伝え、毒の被害にあった者達の救出をしているという。
「悪いが俺はそっちに行けない。ネスレイの指示に従って最善を尽くしてほしい……」
ディルクはそれしか言うことができなかった。彼だってそんな毒の対処法なんてわからなかった。
とにかくお腹に入れてしまった物を吐き出すしか方法がない。
それにしてもマナからの返事がないのが気にかかる。ベコから最も近い街はララなのだ。
ラクニアはそれどころではないし、王子に食料など救援を要請したが、王都は遠く、時間もかかる。
「ああ、なんか外が騒がしいです! 何かあったのでしょうかね。あ、そこのあなた、ちょっと待ってください! それはこっちに置いて! ああ、そうじゃなくて! あっ、すみません、東聖殿! 申し訳ありませんが、一端通信切ります。もうそろそろ、いろいろ偵察に向かわせた人たちが戻ってくるころなんです! また連絡しますね!」
まわりの人々に指示ながら、相変わらず一気にそれだけ言うと、ドパは通信を切った。
ディルクのほうも、ため息をつく暇すらなかった。
少し前とは段違いの威力の兵器を使い始めた敵国の本軍は、目を離すことができないほどに、次々と攻撃を繰り出してきていたのである。
◇◆◇◆◇
南方の街ララは地底の、地下に広がる街である。
街のブロック毎に外に通じる道や、連絡通路などが整備されており、南聖マナフィは、この街の構造を知り尽くしていた。
境界の戦場から何日ぶりかに戻ってくると、早速各ブロックを見まわり、報告を受け、留守中の主だった出来事を確認する。
そしてネスレイの予言どおり、数日後、この街も死の軍の襲撃を受けた。
ララの襲撃も気付かれにくいものだった。何も気付かず、息耐えた者も多い。
死の軍はこの地下の街に、大量の毒ガスをブロック毎に流し込んだのだ。
臭いもしないし、色もない。それ故、まず原因を突き止めるのに時間がかかった。
だが何とか、被害がでている場所がかたまっていることをつきとめる。
「息を吸ってはいけません! 家に入って窓をかたく締めなさい! 早く!」
助けを求めに来た人々に声の限りに叫ぶと、マナはこの街に駐屯している二人の将軍にすぐ様緊急回線を開く。
「砂子いますか? 今すぐ南西三から十八ブロック出口に結界を、縁子は東と北北東一から五ブロック出口に結界、その箇所から発生する気や風を封じ込めてください! 排出先は十キロ先の瘴気の森へ指定転送! 向かう兵にも風を遮る防御結界を徹底、残りは住民の救助と避難を急いでください!」
『南聖様! はっ、了解しました』
そして通信を解くと、即座に魔法の呪文を唱え始めた。街を動かす巨大な魔法。
――いにしへより賜わし天の道、熱き光の通りし道、従いなさい、命により……
「おいっ! みんな、外に出るな! 戸を閉めるんだ!」
マナの指示を聞いたララの民の行動は早かった。南聖マナフィの言葉を疑ったり、考えたりする者は一人もいない。
そして、この街に配属された兵士達の協力もあり、街の人たちがおおかた通りから姿を消すと、空からもの凄い音が響き渡った。
その魔法は地底都市ララの天井部分を開け、その街全体の空を外に開け放ったのだ。
「す、すげぇ……」
凄まじい轟音と共に起こった現象に、民達が一斉に感嘆の声をあげた。
呼吸が既に苦しい者、麻痺を感じていた者達も皆、今目の前にある光景に圧倒されている。
代々この街を守護する南聖が受け継ぐ魔法だが、実際この天井が開け放たれるのは百年ぶりなのである。
空いっぱいに、本物の空が広がっていた。
「な、なにしてるんです! あなた方は! 早く避難なさい!」
マナは知らないうちに人が集まっているのに仰天した。もちろんマナのいるこの場所が安全というわけではない。
巨大魔法の行使のため自分に防御結界を張れず、彼もすでに頭痛、吐き気、手足のしびれを感じ始めている。
まだ毒ガスは残っているのだ。
すぐに避難するように言うと、マナは今度はしびれる手を抑えて街全体に風を起こした。
上へ上へと向かう風により毒ガスは外に吐き出される。そして入れ替えに新鮮な風を街に送り込んだ。
ガスの発生源の結界封じ込めに加え、しばらく換気を続ければ、とりあえずこれ以上の犠牲者はなくなるだろう。
しかし既に大きすぎる被害を受けていた。
マナは、どんどん調子が悪くなっていき、立っているのも辛くなってくる。
「……限界です……」
ふっと風が止まる。
人々が気付いた時、彼はその場に倒れ、意識を失っていた。
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