隣国は魔法世界

各務みづほ

文字の大きさ
上 下
60 / 98
戦争編

第十九章 それぞれの戦い-3

しおりを挟む
 
 北聖ネスレイからの連絡は、マナには届いていなかった。連絡をとる暇すら彼にはなかったのだ。
 マナのおかげで街には綺麗な空気が戻り、被害もそれ以上出ることはなかった。
 だが、毒ガスの発生源と思われるところの近くにいた者は例外なく息耐えており、多少なりともガスを吸ってしまった者達は、呼吸困難や麻痺を起こして苦しんでいる。

 そして、マナ自身も毒ガスにより手足が思うように動かなくなってしまった。
 彼自身が皆と連絡をとるのはそれから五日後のことである。


  ◇◆◇◆◇


 ベコの街、ララの街とたて続けに襲撃を果たした死の軍第一部隊は中間地点で合流した。
 あまりにうまくことが運びすぎたので、笑いが止まらない。

「なんか、すげぇあっけなかったな。あの毒用意したの、ライサ・ユースティンだって?」
「ああ、すごい即効性と致死力だ。そのくせ我々に危害がないよう計画や設計の配慮もされている」
「流石宮廷博士様様だな。ラクニアのウイルス兵器はヒスター様の開発品だろ、結構扱い難しかったし、結局あいつら戻れなかったしな……何せレベルが違う」
「おい、滅多なことを言うな! とにかく魔法使いどもなんて、俺達にかかればへでもないのさ」

 そんな部下を隊長らしき人物が押しとどめる。

「こら、お前ら、気を引き締めろよ。今は指示待ちだが、これからが本番、王都だぞ」

 しかし口とは裏腹に顔が少し緩んでいる。彼らは成功を信じて疑わなかった。

「隊長、酒、酒持ってきましたぜ!」

 部下の一人がやってきて、その場で軽く一杯ずつ祝杯を上げる。
 見れば適度に場を空けつつ二、三輪が出来ており、それぞれに飲み始めていた。

「王都は全滅目指しましょうや!」

 一人が隊長に瓶を傾けた。

「阻止!」

 酒を注ごうとした部下は突然の聞きなれない声に驚いた。なんと隊長と自分の間に見慣れない男がいるではないか。
 男は酒瓶を取り上げると無言の魔法陣を描く。その場にいた全員が慌てふためいた。

「こ、こいつ、魔法使……!」

 言い終えないうちに広大な爆発の陣が完成、発動される。
 ズドォ――ンと呪文の一言もなく、一瞬にして半径五メートルほどがふきとんだ。そこにいたおよそ十名が爆発に飲み込まれる。
 あとには魔法使いの男ーーネスレイ一人が残された。

 彼はだが、人数が一人足りないことに気がつく。即座に後ろに向けて結界を構成した。
 カキンと金属音が鳴り響く。まさに危機一髪だった。
 隊長が残っていたのである。
 両者とも後退し、しばらくにらみ合う。

「北聖、ネスレイ・バウワー……か」

 隊長が呟いた。
 他の者はと周りを見渡せば、最初の爆発を逃れたもう二十名程の部下達も、三百程の魔法使いの兵達に取り押さえられていた。その中には将軍格が六名いるのも確認する。
 ネスレイは死の軍の集結する場を予知し、ララが一応の解決をしたことを知ると、ララとベコに派遣された将軍六名全てとその精兵を集め、一気に奇襲をかけたのだ。

 部下達の必死の応戦も、将軍二名と六十の魔法使い兵の死をもたらすが、最後の一人も息絶える。
 死の軍第一部隊隊長は悔しさのあまり舌打ちした。
 完全に足取りは消したつもりでいた、これは油断だ。
 予知という、魔法使いでも操るものの少ないこの圧倒的な魔法に敗れ、自分の部下全員を殺されたのである。憎しみで一杯だった。
 そして、その憎しみはこの場において、己の死とも引き換えに、北聖の死を導くことができたのである。


  ◇◆◇◆◇


 境界の戦場で、北聖の死の報告をダガー・ロウは受けた。
 しかし同時に、ラクニアの実行部隊八名を含め計四十名で構成された、死の軍第一部隊の壊滅をも知る。
 死の軍は一人一人が精鋭だが、数は全て合わせても百数十程度の小規模な軍なのである。

「王都への侵略は後回しにする」

 予定では戦場に第二、第三部隊を投入、第一部隊は独自に魔法世界に乗り込み、四大都市を襲撃しながら、最終的に王都を攻めることになっていた。

(四聖相手では荷が重すぎたか……)

 ダガーは舌打ちした。
 彼は魔法世界にいる間に魔法使いの大体のデータはとっていたが、四聖のデータだけは謎だったのである。
 彼らは将軍などと違い、表立って大きな魔法を使うことは殆どなかった。

(さすがに、将軍などとは格が違うということか……)

 そして目の前の宮廷魔法使いを相手に、戦略を練り直す。
 最後にして最強の四聖ーー東聖。

 その時、部下の一人が新しい情報を持ってきた。それを聞いて、ダガーはにやりと笑う。

「最高の魔法使いの始末は、最高の科学者におまかせ願おう」

 そしてそれに合わせ、死の軍の編成を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...