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冒険編
第十三章 別れの時間-2
しおりを挟む「それでね、別れる前に提案なんだけど」
王宮の中庭から、二人が最初に出会った廃墟に瞬時に転移し、乗り捨てていたジープを見つけたライサは、背後のディルクにそう持ちかけた。
「あー例の、恋のキューピッド作戦?」
「そう、それ。覚えてたんだね」
「俺だって考えないわけじゃなかったからな。二人のことは」
ライサが成る程と妙に納得した声をあげた。
彼女はディルクが会議などで出払っていた間、ずっとそのことについて考え、パソコンで情報をまとめていた。それを起動させると、ディルクにその画面を見せる。
「画面、見える?」
まずライサは目を変える薬の効果がまだ切れていないかを確かめる。大丈夫との答えが返ってきたので、彼女は再び作業を始めた。
パソコンに入っている科学世界の地図を開く。
科学世界は東の境界の壁を境に、西の方に広がっている。大陸は三つほどあり、その中でも、境界から一番遠い北の大陸をカーソルで指して、話し出す。
「ここが、場所的に一番安全で、どちらからも行きやすいと思う。ここのこういう別荘が売りに出されているから……帰ったら、仮名義で購入しておくわ。だからーー」
「了解。連れて行けばいいんだな」
あっさりと二人だけの計画が決定される。お互いの、主人のための計画。
ライサは戦争で、どんなことが起ころうとも、この計画だけは必ずやり遂げようと決意を固めた。
「じゃあ、これで……」
別れという言葉が、二人の間に重くのしかかる。
お互い地面を見つめたまま、相手からの最後の言葉を待つ。
「これ、動くのか?」
ふいにディルクが傍らのジープを指して言った。ライサがその言葉に、はっと気づいて唸る。
「そういえば……燃料切れ……」
境界の壁からこの廃墟まで三日走らせ、計算通りに燃料が無くなったのを思い出す。
ディルクはもの珍しそうに一周ジープを眺め、エンジンや動力などを確認し、ある一箇所に魔力を込める。するとドルルル、とエンジンがかかった。
「お、意外に魔力でもいけるんだな!」
面白そうにディルクが確認する。そして呆気にとられるライサを抱き上げると、そのままジープに乗り込んだ。
「ライサ、ドライブしよう」
「ええええええ!?」
驚くライサをよそに、ディルクはアクセルを踏みジープを発進させる。
しかし道がガタガタなため、思ったようにスピードが出ない。だからライサも最初の廃墟まで三日もかかったのだ。
「道路!」
ディルクが前方の荒野に手を上げると、みるみる平らな道が出来ていく。
ハンドルをきり、ジープ本来の最高速度で快適に運転を始めた。
「ひゃっほーう!」
「きゃあああぁぁああ!!」
その快感にディルクは声をあげ、ライサは悲鳴に近い叫びをあげる。しかし徐々にそのスピードと開放感に笑顔になっていった。
ディルクが前を向いたまま大声を上げる。
「ライサ、また、会おうな!」
エンジン音がうるさい。「なに!?」と彼女が叫ぶと、ディルクは更に続けた。
「俺! お前のこと、忘れねぇから!」
「うーーん!!」
「ライサが好きだーーーーっ!!」
ディルクが空に向かって叫び声をあげる。すると、
「私もディルクが好きーーーー!!」
隣で絶叫するライサの声が響いた。
◇◆◇◆◇
月が頂点に登る頃、二人は境界の壁にたどりついた。
運転席にライサが座り、ディルクはジープを降りる。
少量の魔力を残し動くことを確認して、境界の結界とその先の物理的な障壁を越えられる、複雑な結界魔法をジープごとかけた。
そうやって壁を越えていたんだとライサは納得する。
月明かりの他には、ジープのヘッドライトのみが、寂しく荒野を照らしている。
静寂の中、二人は最後のキスを深く交わした。
ディルクはライサの耳元で、囁くように告げる。
「ありがとな。そして、さよならだ……ライサ」
「うん、私の方こそありがとう。楽しかった……」
ライサの瞳に涙が浮かぶ。それを優しく拭って、ディルクは悲しい顔で微笑んだ。
「今度会うときは、敵、だな……」
ライサは溢れる涙を止めることが出来なかった。
さっと隠すように下を向き、両手でディルクをしっかり掴んで、押しのけるように引き離すと、震える声で呟く。
「さよう……なら……」
消え入りそうな声で言うと、ライサは振り向きもせずにアクセルを踏み、壁の向こうへと姿を消した。
ディルクは、その姿が見えなくなるまで、ライサを見送り続けた。ジープが巨大な壁にのみ込まれ、そして完全に消滅する。
ドクンドクンと心臓が悲鳴を上げた。喩えようもない恐怖と不安。
左右の腕は伸ばしたままおろされ、強く握られた拳の中から血がしたたり落ちていく。
月明かりの中、彼は俯き、どうしようもない運命を噛み締めた。
◇◆◇◆◇
地に足がつかぬまま数回の転移と飛行を繰り返し、ディルクが王都に辿り着いたのは夜が明けてからだった。
「そういえばこの目、いつ戻るか聞くの忘れたな」
そんなことを考えながら、とぼとぼと王都の門へ向かう。
ふと顔を上げると、見慣れた人影が目の前に立っていた。
「シルヴァレン」
「おかえり、ディルシャルク」
王子は微笑みながら友を迎える。
ディルクは自分の頬を両手でピシャッと叩き、気合を入れた。いつまでも凹んでいては、この王子に無用な心配をかけてしまう。
「よぉ……何やってんだ、こんなところで」
ディルクは笑って軽く、手を上げた。
王子と共に王宮の自宅に帰ると、戸口にサヤとリーニャが待っていた。
「よ、リーニャ。風邪はもうすっかりいいみたいだな。ライサなら用事終わって、昨日帰ったぞ」
「ええ、そうなん!? なんでもうちょい引き留めといてくれへんのん、ライサぁ」
いつも通りのやり取りを見て、サヤは少しホッとした。もう少し落ち込んでいるかとも思ったのだ。
本人どうあれ、ディルクはライサをとても大事に扱っていたし、彼女のことを話す彼は、悔しいくらいに楽しそうだった。
王子シルヴァレンに貰った“竜の髭”をずっと大切にしていたのに、彼女を助けるためにあっさり外してしまったことも驚きを隠せない。
ディルクがライサに惹かれつつあるのは一目瞭然だった。
しかし、その感情は危険だ。二人は世界が違うばかりか、敵同士だ。
ならばその想いに気づく前に役目を終わらせ、帰って行ってくれるのが一番いいとサヤは思っていた。
「なんて顔してるんだよ、サヤ。悪かったな。お前も会いたかったか?」
ディルクが気遣わしげな表情で声をかけてくる。いろいろ考えて微妙な顔をしていたようだ。
ご無事に帰られたなら良かったです、と彼女は笑顔を向けた。
「ところで、あまりのんびりしていられない。陛下からレッドも出たし……リーニャも、折角ここまで来たけど、ラクニアに帰った方がいいだろう?」
リーニャが残念そうな顔で頷く。
「サヤさんも……すまないね。表彰はともかく、パーティという状況でもなくなってしまった」
「いいえ、殿下! お国の危機にございます。私も早速そのように動かせていただきます」
ディルクがそんな二人を横目に見ながら、ラクニアへの転移魔法を展開させる。
するとリーニャが驚きつつも目を輝かせ、そしてサヤは初めて見る主人の上級魔法に感激した。
「綺麗……これが、マスターの、本来の魔法なのですね! ラクニアへ一瞬だなんて……素敵」
「そうか? ならいいけど」
「?」
リーニャとサヤは、喜んでラクニアまで転移して行った。
「何、笑ってんだよ、シルヴァレン……あとそこ、いるんだろ、ボルスも」
「いや、昨日も見たけど、最盛期の君からすると随分崩れているなぁと思ってね」
「目が見えずそこまで使えるなら、お見事ですが」
「笑ってる場合かよ……ったく。ボルス、王都の徴兵は? 各将軍に任せられそうか?」
瞬時に切り替え、ディルクとボルスは何事もなく仕事に戻っていく。
王子はそれを見送りつつ、五年前を思い起こした。
かの女性の精神が壊れた時、友人はとても傷ついていた。宝石を括り付けた鎖を幾重にも額に巻き、とても痛々しい状態だったのに、当時十二歳の少年は優雅に笑っていた。
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「いっそ盛大に悲しんでくれる方が、救われる気もするんだけれどね」
空を見上げて呟いた言葉は、誰にも聞かれることはなかった。
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