隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第十三章 別れの時間-1◆

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 会議室はだだっ広かった。
 中央に大きな円状の机が置いてあり、そのまわりに各将軍、大臣が並んで座っている。奥の、一段高くなったところに国王が鎮座し、両隣に配下の側近、国王から最も近い席にはディルクが座っている。
 先日の死の軍の基地襲撃における報告が行われていた。

「昨日闇子あんし将軍率いる兵が現地に向かい、死の軍の基地跡を完全に破壊。なお、科学世界自体に我が国への攻撃の備えがある模様、以上!」

 すると静寂は破れ、会場はざわざわとにわかに騒ぎ始めた。
 「侵略を許していたのか」「壁をどうやって越えて」「耐え難い屈辱」「存在自体が恐ろしい」などと様々な声があがる。

「そういえば、氷子ひょうし将軍はずっと音沙汰ないですな」
「亡くなられたという噂は本当ですかな」

 全員参加のこの会議に、ただ一人出席していない将軍の話がどこからともなく湧き起こった。

「あの方は死の軍ダガー・ロウにやられたのだ!!」

 突然、将軍雷子らいしが立ち上がり訴えた。雷子は氷子と最も親しかった将軍だ。
 場はシンと静まり返る。まさか将軍が、そんな疑惑の雰囲気が流れる。
 すると雷子は国王の隣に目を向け、重みのある低い声で、その人物に問いかけた。

「そうであろうーーーー東聖殿」

 突然名を出され、全員の視線がディルクに集まる。
 彼がそんな雷子を冷ややかに見つめ返すと、その屈強な巨体が僅かに身震いをしたように見えた。

(そういえば、“竜の髭”なしにこの場に出席するのは初めてだったな。先日まで俺を見下しすらしていた雷子が怯える、か)

 そして突然手の平を返したように持ち上げ始める。何ともわかりやすいとディルクは心の中で苦笑した。

「貴殿はかの敵と戦い、傷を負わせ、そして無事にお戻りになっておられる。違いますかな?」

 雷子が続けて言うと、会場は更にざわつきだした。
 嵐子らんしが輪をかけるように、先日のディルクの戦いぶりを事細かに語り始める。感嘆の声があちこちから上がり、隣国への対抗意識を露わにしていくのが伺えた。
 侵略され、犠牲もでており、怒りと恐怖が湧く中、皆科学という未知なる敵への攻撃には躊躇いがあったのだ。

「静かに!」

 ひととおりの話を聞いた後、壇上から一括の声がかかった。途端に会場は静まり返る。

「士気が高まりなによりじゃ。王子も鍛えねばならん」

 どっしりとした太い声が語る。国王はまわりを見回して正面を向くと、力強く己の意を示した。

「三日の後、隣国への境界における障壁の破壊を開始。終了次第、敵に服従の要求と攻撃の意を表明する」

 ごくりと緊張が流れる。

「各自出撃準備を整えよ。終わり次第境界へ向かえ。準備を怠るな」

 そして手前に視線を戻し、指令を下す。

「東聖よ、王子と共に戦場へ行き、第一軍の指揮をせよ」

 ディルクはその声に無言で敬礼をする。

「残りは追って指示する。解散」

 全員即座に行動を開始する。十分もしないうちに会議室は無人になった。
 魔法使い全国民に対し、戦争開始及び徴兵令のレッドペーパーが行き渡るのは、これより三時間後のことだった。


  ◇◆◇◆◇


『そっか、こちらから宣戦布告になったのか。まぁ国王様、待ちの方じゃないし、そうなるかぁ』
『いた仕方ない』
『そうですね。こちらが仕掛けなくても、あちらから攻撃を開始されていたでしょう』

 ディルクは手前の小さい鏡、その隣の壁掛け鏡、長い立て鏡を順に見て「まぁな」とため息をついた。
 それぞれの鏡には自身や部屋ではなく、ここから遠く離れた所にいる筈の同朋、西聖、北聖、南聖の姿が映っている。

『王子はどのようなご様子ですか?』
「気丈に振舞ってはいるが、堪えてるな、相当」

 死の軍の侵略に加え、更に王女からの情報を考えると、反撃せずやられっ放しではいられない。それは王子もわかっているが、何も出来ないので悲観せざるを得ない。
 場の雰囲気が落ち込んだ頃、ガルが今度はディルクに向かって指摘した。

『ところで君は大丈夫かい、ディルク? ちゃんとライサさんに告白くらい出来た?』

 突然の変化球にディルクは思わずふきだす。口元を手の甲で押さえ、顔はみるみる真っ赤になった。

「なっ、いつ俺がそんなこと! てか、今それ関係ねーだろ!?」

 力一杯抗議すると、傍らのネスレイやマナまで続いた。

『意外にシャイ』
『駄目だと思うと尚更夢中になるのは、わからなくもありませんね』
「なんだよ、お前らまで! 後でちゃんと別れるから! 放っとけもう!」

 三人は一斉にディルクに驚いた顔を向けた。
 この同朋は、一時だけ想いを通わせ、そして別れるつもりなのだーー祖国のために。

『ディルク……』
「……いいから。話を続けよう」

 その後の四聖会議は神妙な面持ちで、軽口を叩く者などいなかった。
 緊張した会議が終わる頃には、既に日が傾いていた。


  ◇◆◇◆◇


 あれっと王子は思った。
 二人の雰囲気が変わっている、流れる空気が昨日と違うと。

 その日の夕方、ディルクとライサは、王宮の中庭で改めて王子と対面していた。

「では、この手紙を姫君に渡してもらえるかい?」

 王子が手紙を差し出すと、ライサはそれを両手で受け取った。
 そう、これを預かりに来たのだ、と彼女はほうっと息をつく。
 王子は微笑むと、少し表情を落としながら続けた。

「これからも姫君のことを、よろしく頼むよ」
「はい、もちろんです。ですが……」

 ライサは顔を上げ、にこりと笑って言った。

「姫様を幸せにできるのは王子様だけですから、いつでも姫様のことを想っていてくださいね!」

 王子はその言葉に、少し驚いた顔をした。その後、ゆっくりと表情を緩める。

「ありがとう、優しい子だね」

 そしてディルクの方を向く。彼は視線を逸らしつつ、「いーんじゃねぇの」とぶっきらぼうに呟いた。

「君たちには本当にすまないと思っている。私が至らないばかりに……苦労をかける」

 今朝方、要人が集められ、緊急で執り行われた会議の結果をライサは聞いた。
 ある程度予想はしていたので、驚くことではなかったが、ショックであった。
 そしてそれは戦争など回避したかった王子にとっても同じだ。なのに気を使ってくれている。
 ライサは精一杯の笑顔で応えた。

「いいえ、大丈夫です! 私も姫様も全然気にしてませんから。王子様も負けないでくださいね」

 それでは失礼いたします、とお辞儀をすると、ライサとディルクは転移の魔法へと消えて行った。


「あの様子だと、ちゃんと確認できたかな」

 一人残った王子は、消える転移魔法を見ながら呟いた。
 王女への気持ちを理解されないまま、ただ自分が悲しまないために、友人が手紙を運んでいたことを王子は知っている。
 自分のこの感情を、その一番の事情通の彼に許容されるとは思ってもみなかった。
 どうして理解されたのかは少し考えればわかること。そして、同時に深い悲しみも覚える。

(本当に、すまないと思っている……ライサさんにもディルシャルクにもーー)

 君たちーーそれは、王女とライサではなく、ディルクとライサを思い言った言葉だった。
 二人とも、その立場と能力故に逃亡も出来ず、戦争になれば直接争わねばならない敵同士となろう。
 世界と国の都合に散々に翻弄されるだろう二人を、心底どうにかしてやりたいと思う。
 しかし何もできない自分に、王子はため息をついた。
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