俺が彼女を二度殺した理由。

AT限定

文字の大きさ
23 / 44

トラウマの正体①

しおりを挟む
 新卒で入社したある企業に居た頃の話だ。
 そこは政府が規制緩和を行った分野の企業を中心に投資し、利益を回収していく所謂ベンチャーキャピタルで、一学生ながら出資した企業と一体になって既得権益を打破していくスタイルに何となく感銘を受けたことは覚えている。
 ……いや、それは飽くまでも面接用の建前だったな。
 実のところ特にやりたいこともなく、就活サイトを適当に徘徊して辿り着いた会社だ。だから特段思い入れはないし、明確なビジョンを持って選んだわけではない。
 ただ、そんないい加減な動機でもやってやれないことはなく、面接・筆記試験を無難にやり過ごし、何とか内定まで漕ぎつけることが出来た。
 当時は不景気とは言えないながらも、長かった買い手市場を抜け出して間もない頃だったので、新興市場とは言え上場企業に就職出来たことは素直に嬉しかったと記憶している。
 今思えば、何ともまぁ浅はかだったろうか。
 しかし逆に言えば、俺にとって所詮この程度の会社だったということになる。
 そんな愛社精神の欠片もなかった俺でも、入社して半年もすれば仕事はある程度覚えるし、社畜根性だって育つ。
 元々、器用貧乏さには定評のあった俺だ。
 若者特有の〝何者かになりたい願望〟を早々に捨て、社会の歯車となる覚悟が出来たのも、きっとそれなりに仕事に対して手応えを感じていたからなのかもしれない。
 まぁそうして会社にしがみ付いた結果、人生最大級のトラウマを生み出すことになるのだが……。
 話は俺が入社3年目を迎えた頃に遡る。



  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「本日からこちらでお世話になります、飛鳥令那と申します。大学では経営学を専攻していました。学生時代に学んだことを活かしながら、一日でも早く戦力になれるように頑張りますので、ご指導・ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします!」

 何つぅか……、固い。それに名前と大学以外の情報がまるでない。
 良く言えば、王道。
 悪く言えば、無個性か。
 まぁ入社初日の挨拶なんて、通過儀礼みたいなもんだからな。
 ある意味これが一番正解に近いのかもしれない。
 学生時代にも初日の自己紹介を頑張りすぎたあまり、その後悲惨な末路を辿った奴らを何人も見てきた。
 無難が一番だ。
 下手に頑張りすぎると、後々辻褄が合わなくなって自分の首を絞めるだけだからな。彼女が挨拶を終えると、予定調和の拍手が鳴り響く。

「はい、宜しく! じゃあ飛鳥さんは……、近江!」
「えっ? はい」
「お前この子の教育係な。立派な社会人に育ててくれよ!」
「はぁ、分かりました」

 唐突に課長に教育係に任命され、一先ず俺は彼女とコンタクトを取ることにした。

「えっと、飛鳥さん? 今日から宜しくな。とりあえず何かあったら色々と聞いてくれ」
「はい! 近江さんの足を引っ張らないように全力で頑張ります!」

 うーん、やっぱり固い!
 初日だし猫被っている可能性もあるが。
 だが、考えてみれば俺も最初はこんな感じだったかもしれない。
 特に社会人1年目なら、自分の会社が実はブラックではないかと相当センシティブになるはずだ。
 下手に目を付けられないようにしばらくは無難に過ごすのも、立派な処世術と言っていいだろう。
 真面目なんだか、不真面目なんだか分からんが。

「……まぁ、初日からそんなに飛ばさなくてもいいぞ。こう言っちゃなんだが、大人なんて俺含めてそんな大したもんじゃねぇよ。だから変に身構える必要もない」
「分かりました! 肝に銘じておきます!」

 軍隊かよ! あと多分話通じてないな。
 もしかしたら彼女は超がつくほど純粋なのかもしれない。
 別に悪いことだとは言わないが、実際生き辛いとは思う。
 こういった人間は要領の良い奴に何かと出し抜かれやすい。そして、残念ながら上司からも好かれにくいのだ。
 正直な話、礼儀正しさや真面目さだけで言えば現時点でも社会人として及第点だし、その点ではむしろ俺よりも優秀なのかもしれない。
 だが、綺麗なだけが人間じゃない。
 もっと言えば、人の汚れ具合なんて視点によって見え方が変わるわけだし、画一化して否定することは出来ない。
 彼女の場合、この辺の折り合いをつけることが出来るかが今後の人生を決めるカギだと思う。
 ……しかし、そこまで俺が踏み込むことは許されるのだろうか。
 その実直さも言ってしまえば、彼女の個性だ。仕事だからと言って、人格批判は許されない。
 特に近頃、世間の目はセクハラ・パワハラに敏感だからな。

「そうか……、とりあえず無理はすんなよ。じゃあまずは各部署に挨拶回りに行くぞ」
「はい!」

 こうして、俺と彼女の初日が過ぎていった。
 しかし考えてみれば、彼女は俺が社会人になって初めて出来た直属の後輩だ。
 別に先輩風を吹かすつもりは更々ないが、クールに構えていてもやはり心のどこかでは嬉しかったのだと思う。
 だから俺なりに彼女が一人前に育ってくれることを祈った。
 俺自身がまだまだ半人前であることは一先ず棚に置いてな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...