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58 とにかく、やばいです
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「……は?」
何を言われたのかわからず問い返すと、サイラスが飛びつくようにあずきの手を握りしめた。
「――そう。そうなんですよ。私は殿下に及ばぬ力しか持たず、それに不満を持つ気概もなく、それでいて努力もしない、せこい人間なんです!」
「……は?」
やっぱり何を言われているのかよくわからないが、あずきの手を握りしめる力は強まるばかりだ。
「私を次期国王にという人間もいました、かわいそうにと憐れむ人間もいました。でも、彼らはわかっていません。――私はちょっかいを出して楽しむだけの器の小さい人間であって、それ以上のことをする力も勇気もないのです!」
美少年が、ものすごい勢いでわけのわからないことを叫んでいる。
反応に困ったあずきが固まっているのに、気付いているのかいないのか。
サイラスの主張は止まる気配がない。
「殿下の顔を曇らせることを楽しみに日々を過ごし、ちょうどいいかとアズキ様をここに招きましたが。予想以上です。殿下はかつてない程に私に手紙を寄越しますし、アズキ様は家族しか理解していない私の本質を見事に見抜きました。……さすがは、豆の聖女です」
それは、褒めているのだろうか、貶しているのだろうか。
あと、あずきを招いた理由がろくでもない。
「ああ。この黒髪も小豆色の瞳も輝いて見えます。本当に、私のそばにいてほしいと思うほどに」
美少年が、あずきの手を握りしめ、至近距離で囁く。
言っている内容は赤面ものなのに、どうにもしっくりこないのは、その前のおかしな主張のせいだろう。
「あのさ。クライヴにちょっかいを出すために私を招いたのよね? 変な言い方しないでくれる?」
「アズキ様は王位を狙えと言いましたね。王位はいりませんが、あなたは欲しくなってきました」
そう言うと、サイラスは握っていたあずきの手に唇を落とした。
以前に手にキスされたことはあるが、あれはあくまでも挨拶としてだ。
だが今回は何だか妙なことになっているので、離れた方がいい気がする。
とりあえず手を振りほどこうとするのだが、さすがは男性だけあって力が強い。
サイラスは片手だというのに、まったく外すことができなかった。
あずきが手の方に集中していると、ふと何かが頬をかすめる。
気が付いた時には、既に頬に触れられ、首筋を撫でられていた。
気が動転しそうになりながらサイラスを見れば、紺色の瞳が楽し気に細められた。
……これは、良くない。
男性経験皆無のあずきでも、それくらいはわかる。
未だに片手を握られているせいで、ソファーから立ち上がるのも困難だ。
どうにかサイラスの気を逸らさなければ、色々と危険である。
「な、何か外が騒がしいわよ? 見てきたら?」
「気にすることはありませんよ」
気にしてほしいから言っているのだが、この手では駄目か。
どうにかしなければと空いている手を動かすと、ふとポケットに何かが入っていることに気付く。
そう言えば、出掛ける時に豆ケースをポケットに入れたのを忘れていた。
何でもいいからサイラスの気を引くものをと焦ったせいで、豆ケースはソファーの上に落ちて、豆があたりに散らばる。
一番近くに落ちたピンク色の落花生を掴むと、ソファーに押し当てて真っ二つに折る。
――その瞬間、二つに折れた落花生が眩い光を放った。
思わず目をつぶるほどの光量に、さすがにサイラスの手も緩む。
力任せに手を動かして振りほどくと、光がすっと消え去った。
「……今のは、何だったのですか?」
サイラスが何度も瞬きをしているのは、まだ眩しさの影響が残っているからだろう。
ちょうど自分の体で光を少し遮った形のあずきは、既に視界が回復していた。
近くにあったからとにかく急いで折ったのだが、連絡豆は折っていない方が光るのではなかっただろうか。
互いに困惑していると、何だか外の方から騒がしい声が聞こえる。
さっきは咄嗟に外が騒がしいと言ったが、ここは豆の神殿の奥だ。
参拝する人は手前の建物に行くので、ここにはほとんど人は来ないし、静かなはず。
神官達が何かしているのかとも思ったが、それにしては揉め事のように叫ぶ声が聞こえる。
「……ねえ。何かあったんじゃない?」
さすがに普段とは異なる様子に、サイラスも無視できないらしく眉を顰めた後に小さく息をついた。
「すぐに戻りますね、私のアズキ様」
誰がおまえのだと言いたい気持ちをぐっとこらえて見送ると、扉が閉まったと同時に大きく息を吐いた。
「とにかく。このままじゃ、やばいわ」
何がやばいって、サイラスの精神と、美少年の無駄な色気と、あずきの身がやばい。
誰かに助けを求めようにも、サイラスはかなり高位の神官な上に王子だ。
神官長くらいしか対抗できない気がするが、頼みの神官長は地方の神殿に出向いて留守である。
サイラスにはおかしなスイッチが入っているようだし、ここは一度逃げた方がいい。
そうすれば神官長もいずれ戻るだろうし、サイラスも目が覚めるかもしれない。
普通に考えれば扉から逃げるべきなのだろうが、何やら騒がしいせいで廊下を移動する音が絶え間なく聞こえる。
今は神官に見つからずに神殿を離れて、ほとぼりが冷めるのを待った方が良さそうだ。
何を言われたのかわからず問い返すと、サイラスが飛びつくようにあずきの手を握りしめた。
「――そう。そうなんですよ。私は殿下に及ばぬ力しか持たず、それに不満を持つ気概もなく、それでいて努力もしない、せこい人間なんです!」
「……は?」
やっぱり何を言われているのかよくわからないが、あずきの手を握りしめる力は強まるばかりだ。
「私を次期国王にという人間もいました、かわいそうにと憐れむ人間もいました。でも、彼らはわかっていません。――私はちょっかいを出して楽しむだけの器の小さい人間であって、それ以上のことをする力も勇気もないのです!」
美少年が、ものすごい勢いでわけのわからないことを叫んでいる。
反応に困ったあずきが固まっているのに、気付いているのかいないのか。
サイラスの主張は止まる気配がない。
「殿下の顔を曇らせることを楽しみに日々を過ごし、ちょうどいいかとアズキ様をここに招きましたが。予想以上です。殿下はかつてない程に私に手紙を寄越しますし、アズキ様は家族しか理解していない私の本質を見事に見抜きました。……さすがは、豆の聖女です」
それは、褒めているのだろうか、貶しているのだろうか。
あと、あずきを招いた理由がろくでもない。
「ああ。この黒髪も小豆色の瞳も輝いて見えます。本当に、私のそばにいてほしいと思うほどに」
美少年が、あずきの手を握りしめ、至近距離で囁く。
言っている内容は赤面ものなのに、どうにもしっくりこないのは、その前のおかしな主張のせいだろう。
「あのさ。クライヴにちょっかいを出すために私を招いたのよね? 変な言い方しないでくれる?」
「アズキ様は王位を狙えと言いましたね。王位はいりませんが、あなたは欲しくなってきました」
そう言うと、サイラスは握っていたあずきの手に唇を落とした。
以前に手にキスされたことはあるが、あれはあくまでも挨拶としてだ。
だが今回は何だか妙なことになっているので、離れた方がいい気がする。
とりあえず手を振りほどこうとするのだが、さすがは男性だけあって力が強い。
サイラスは片手だというのに、まったく外すことができなかった。
あずきが手の方に集中していると、ふと何かが頬をかすめる。
気が付いた時には、既に頬に触れられ、首筋を撫でられていた。
気が動転しそうになりながらサイラスを見れば、紺色の瞳が楽し気に細められた。
……これは、良くない。
男性経験皆無のあずきでも、それくらいはわかる。
未だに片手を握られているせいで、ソファーから立ち上がるのも困難だ。
どうにかサイラスの気を逸らさなければ、色々と危険である。
「な、何か外が騒がしいわよ? 見てきたら?」
「気にすることはありませんよ」
気にしてほしいから言っているのだが、この手では駄目か。
どうにかしなければと空いている手を動かすと、ふとポケットに何かが入っていることに気付く。
そう言えば、出掛ける時に豆ケースをポケットに入れたのを忘れていた。
何でもいいからサイラスの気を引くものをと焦ったせいで、豆ケースはソファーの上に落ちて、豆があたりに散らばる。
一番近くに落ちたピンク色の落花生を掴むと、ソファーに押し当てて真っ二つに折る。
――その瞬間、二つに折れた落花生が眩い光を放った。
思わず目をつぶるほどの光量に、さすがにサイラスの手も緩む。
力任せに手を動かして振りほどくと、光がすっと消え去った。
「……今のは、何だったのですか?」
サイラスが何度も瞬きをしているのは、まだ眩しさの影響が残っているからだろう。
ちょうど自分の体で光を少し遮った形のあずきは、既に視界が回復していた。
近くにあったからとにかく急いで折ったのだが、連絡豆は折っていない方が光るのではなかっただろうか。
互いに困惑していると、何だか外の方から騒がしい声が聞こえる。
さっきは咄嗟に外が騒がしいと言ったが、ここは豆の神殿の奥だ。
参拝する人は手前の建物に行くので、ここにはほとんど人は来ないし、静かなはず。
神官達が何かしているのかとも思ったが、それにしては揉め事のように叫ぶ声が聞こえる。
「……ねえ。何かあったんじゃない?」
さすがに普段とは異なる様子に、サイラスも無視できないらしく眉を顰めた後に小さく息をついた。
「すぐに戻りますね、私のアズキ様」
誰がおまえのだと言いたい気持ちをぐっとこらえて見送ると、扉が閉まったと同時に大きく息を吐いた。
「とにかく。このままじゃ、やばいわ」
何がやばいって、サイラスの精神と、美少年の無駄な色気と、あずきの身がやばい。
誰かに助けを求めようにも、サイラスはかなり高位の神官な上に王子だ。
神官長くらいしか対抗できない気がするが、頼みの神官長は地方の神殿に出向いて留守である。
サイラスにはおかしなスイッチが入っているようだし、ここは一度逃げた方がいい。
そうすれば神官長もいずれ戻るだろうし、サイラスも目が覚めるかもしれない。
普通に考えれば扉から逃げるべきなのだろうが、何やら騒がしいせいで廊下を移動する音が絶え間なく聞こえる。
今は神官に見つからずに神殿を離れて、ほとぼりが冷めるのを待った方が良さそうだ。
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