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57 器が小さいです

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「何の話をしていたの?」
「それを説明しましょう」
 サイラスがそう言って室内に顔を向けると、それまでソファーに座っていた男性神官がすぐに退室した。

「どうぞ、お座りください」
 笑顔に促されるままソファーに腰を下ろすと、サイラスも向かいに座る。
 金髪に紺色の瞳の美少年は、いつものように穏やかな笑みを湛えている。
 だが先程の会話を聞いてしまったので、素直に受け入れていいものなのかわからなくなってしまう。

「何から話しましょうか。……私は、国王の息子です。ですが、王位継承権はありません。以前にご説明した通り、豆青とうせいの瞳を持っていないからです」
 豆青の瞳は王家の象徴で、それを持つ者が王位を継ぐと聞いた。
 つまり、それを持たないサイラスは王子であっても、王位を継ぐことはないということか。

「しかし、陛下の子は私と殿下だけです。……そのために、スペアとして私はこの神殿にいるのです」
「その話だと、結局クライヴの次にサイラスが王様になるってことよね? 神殿にいる必要はないと思うけど」
 結局は王子である以上、王位継承権二位の存在ということ。
 それならば、普通に王宮で王子として暮らせばいいのではないだろうか。

「はたから見ればそうでしょうね。ただ、豆青の瞳を持つという意味を、王族や神殿の一部の者以外はほとんど知りません。例えば豆の聖女と契約し、召喚できるのは豆青の瞳を持つ者だけです。ただの色の問題ではないのです。それを知らない者からすれば、私は殿下がいなければ王になる存在なのでしょう」

『殿下がいなければ』という言葉に、少し背筋が寒くなる。
 王位を継ぐ者に何かがあった時のため、代替案を用意しておくというのはわかる。
 だが今の言い方では、クライヴを排除するようにも聞こえかねない。


「ああ、怯えなくても大丈夫ですよ。私は神殿暮らしが気に入っていますし、今更王位を継げと言われても困ります。……ただ、何の苦労もなく殿下が国王になるというのは、面白みに欠けると思いませんか?」

「面白みなんて、いらないと思うけど」
 サイラスの言葉をどこまで信じたらいいのかわからない。
 だが何となく、王位に興味がないというのは本当のような気がした。

「そこに、ちょうどアズキ様が現れました。弱点を作らぬよう、誤解されぬようにと、特別な存在を持たなかった殿下。その殿下が笑顔を向けて、そばに置き、執着を見せる女性。あなたを奪ったら、どういう顔をするでしょうね。……考えただけで、胸が躍ります」

「奪うも何も、私は誰のものでもないわ。クライヴが心配しているのは、豆の聖女の安否よ」
 どちらかと言えば、面倒な世話がなくなった上にナディアと会いやすくなったのだから、喜んでいると思う。
 事実ではあるが、あらためてそれを説明すると、何だかモヤモヤする。

「それどうでしょうね。アズキ様は確かに神聖な豆の聖女ですが、殿下にとってはまた違う意味があるのかもしれませんよ」
「あとは、豆成分補給装置よ」

 自分で言っていて情けなくなるし、八つ当たりだと分かっていても、言わせたサイラスにちょっとした苛立ちさえ感じてしまう。
「豆成分、ですか? アズキ様は、それでよろしいので?」


「いいも何も、実際そうなのよ。大体ね、私は神聖な聖女様なんかじゃない。私は両親が事故で死んで、引き取られた叔父夫婦の家では飼っていた猫が死んで、義妹に煙たがられてるの。それでも、あの人達を助けたいからここに来たのよ。結果的に聖女だとか豆成分補給装置だったりするけど、それはそれでもういいの。ものは考えようって言うでしょう? 皆が無事なら、それでいいの」
 一気にまくしたてると、サイラスは目を瞠ったまま、あずきを見ている。

「サイラスは両親もお兄さんも健在でイケメンで、偉い神官なんでしょう? 十分じゃない。クライヴに変なちょっかい出す必要なんてないわ。今の幸せを享受しなさいよ」
 自分でも途中から何を言っているのかわからなくなってきたが、妙な興奮で言葉が止まらない。

「それに奪うっていうのは、価値があるものだから成立するのよ。私じゃ、クライヴにとっては意味がないの。どうせなら王位を狙うくらいの気概を見せなさいよ。サイラスがやろうとしていることは、クライヴの玩具をこっそり隠して顔色を見て楽しんでいるだけじゃない。せこいのよ。小さいのよ――器が!」

 ハッと気が付くと、口をぽかんと開けたまま固まっているサイラスが見えた。
 ……これは、まずい。
 ストレスのせいか、興奮状態になっていたようだし、余計なことを言い過ぎた。

 サイラスは変なことを言ってはいたが、実際に何かをしたわけではない。
 それを一方的に責めるような真似をするなんて、申し訳ないし恥ずかしい。
 まずは謝ろうと口を開くのと、サイラスが大きく息を吐くのは同時だった。
 今までの穏やかな雰囲気とあまりにも異なるそのため息に、あずきはびくりと震えた。


「……せこい。器が小さい。どうせなら王位を狙え……ですか」
「あ、ええと。それはちょっとした言葉のアヤというか。ごめんなさい、私が言い過ぎ――」

「――素晴らしい」

 あずきの言葉を遮ってそう言う紺色の瞳は、きらりと輝いていた。
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