136 / 284
August
8月3日(土) 全国大会・シングルス・一日目・後編
しおりを挟む
…………くそっ、強い……!
第二セット目へと至るインターバル時間。
タオルで汗を拭き、水分と摂りながら浮かんだ感想はそんなものだ。
俺は事実上、蔵敷宙に勝った。たとえそれが誤審で、あのまま戦っていたらこっちが負けていたとしても、少なくとも限界まで追い詰めた。
あの、畔上翔真に勝った彼をだ。
なのに、どうしてここまで差が生まれているのか。
第一セットの最終スコアは十七隊二十一。ミスらしいミスをお互いにせずして、この点差。
それはつまり、今の俺と畔上翔真の力量差ということに他ならない。
「…………いや、弱気になるな。アレだけ練習をしたんだ。きっと調子が上がっていなかっただけで、ちゃんと戦える」
悪いイメージは払拭しろ。
流れを引きずるな。まずは一点だ。
顔を叩き、ラケットを握ると俺はコートに入る。
「セカンドゲーム、ラブオール・プレイ!」
主審のコールが響き渡った。
相手のショートサーブを受け、ヘアピン。
返しのロビングに対してカットを放ち、鋭くコート前に落とすも、読めれたようにヘアピンで合わせられた。
「ワン・ラブ」
幸先の悪いスタート。
だけど、ここで折れてはいけない。
まだ、始まったばかりなのだから。
♦ ♦ ♦
しかし、それ以降も流れは同じ。
気持ちのリセットは思ったように上手くいかず、トントン拍子に十一点を取られ、早々に六十秒間のインターバルへと入ってしまった。
ベンチに戻った俺は水分を少し摂ると、タオルを被って先程までのプレイを検討する。
どこがダメだったか、どう動けばよかったか、次はどうすればいいのか。
思い出し、解析し、シミュレーションを脳内で重ねて逆転の方法を紡いでいく。
そんな時、試合中において基本的には何も言わない監督が一言、ポツリとこんな言葉を漏らした。
「――バドミントンはね、俯いてできるスポーツじゃないよ」
「……………………? 監督……?」
それは、試合とは全く関係のない話。
どこかのスポーツ漫画にでも出てきそうな、いかにもな台詞。
「だから、一度でいい……上を向いてみなさい。そうすれば、今まで見えなかったものがきっと見えるはずだ」
何を、言って……――。
そう思うけれど、切羽詰まった状況には変わりなかった俺は、藁にもすがる思いで言葉通りに顔を上げた。
すると、そこには――。
「亮吾くーん! 頑張るっスよー! まだ、あと半分あるっス! 相手に十点取られる前に、十七点取ればいいだけなんスから簡単な話っスよ!」
――たった一人の味方がいた。
しかも、敵チームのすぐ側で、臆すことなく声を張り上げていやがった。
「相手のサーブごとに二点取れば、それだけでお釣りが返ってくるっス! バカな先輩にも分かりやすい、単純な話っスね!」
「『言うは易く行うは難し』って言葉を知らないのかよ、アイツは……」
あと、バカは余計だろ……。
少なくとも、お前よりは成績良いぞ。
「……ったく、それにしてもアイツ、あんなに応援してたのか」
全く聞こえな……いや、聞いていなかった。聞こうとしていなかった。
一人で抱え込んで、一人で戦って、勝手に一人で潰れていた。
――亮吾くんの頑張りたいって気持ちは伝わったわけで、ならウチはどこまでも応援してあげるだけっスから!
全国大会の始まる少し前に言われた、彼女の言葉を思い出す。
それを律儀に、健気に、守ってくれていたんだな。
「コート四、二十秒! コート四、二十秒!」
主審のコールが耳に届く。
頭に掛けていたタオルをベンチに投げ捨て、コートに入った俺はラケットを彼女に差し向けた。
琴葉……お前が俺を応援してくれるっていうのなら、俺はお前のために畔上翔真に勝とう。
投げかけてくれる言葉に報いるために。
「…………こりゃ、手強そうだ」
同じくコートに入った畔上翔真は、俺を見てそう微笑んだ。
♦ ♦ ♦
「いやぁー、物の見事に負けたっスね!」
試合が終わり、会場を後にする俺と琴葉と監督であったが、その結果を思い出すように彼女はケタケタと笑っていた。
「しかも、第二セットも結局取れずじまいって……あの亮吾くんの決めポーズは一体何だったんスか!」
いつまでも、どこまでも……。
たった一人で爆笑の花を咲かせていた。
それを許容しているのは偏に、俺が敗者だから。
負けた者に言葉はない。ただ虚しく、その足で帰路につくのみなのだ。
それ故に、彼女の『負けを笑い話に変えてやろう』という優しさをありがたく受け取っていると、隣を歩く琴葉の雰囲気が少し変わった。
「でも、まぁ――」
そこで言葉を止めると、急に手を引っ張ってきたため俺は前につんのめる。
何とか転ばぬように足を踏み出して堪えれば、下がった頭にそっと手が置かれた。
「――亮吾くんは頑張ったよ。……お疲れ様」
「……………………あぁ、琴葉も応援ありがとうな」
これで、俺の夏は終わったのだ。
奮起し、努力し、全てを賭けてきた一年があっという間に。
だというのに――。
「――じゃあ、次は新人戦っスね! ウチもまた応援するんで、今度は負けないように頑張るっスよ!」
彼女はもう、次を見ていた。
終わった過去は吹き飛ばし、悩む暇も考える時間も与えてくれぬまま、次へ次へと発破をかけてくれる。
だから思った。
琴葉といる限り、俺はきっと……どこまでも強くなれるのだと。
第二セット目へと至るインターバル時間。
タオルで汗を拭き、水分と摂りながら浮かんだ感想はそんなものだ。
俺は事実上、蔵敷宙に勝った。たとえそれが誤審で、あのまま戦っていたらこっちが負けていたとしても、少なくとも限界まで追い詰めた。
あの、畔上翔真に勝った彼をだ。
なのに、どうしてここまで差が生まれているのか。
第一セットの最終スコアは十七隊二十一。ミスらしいミスをお互いにせずして、この点差。
それはつまり、今の俺と畔上翔真の力量差ということに他ならない。
「…………いや、弱気になるな。アレだけ練習をしたんだ。きっと調子が上がっていなかっただけで、ちゃんと戦える」
悪いイメージは払拭しろ。
流れを引きずるな。まずは一点だ。
顔を叩き、ラケットを握ると俺はコートに入る。
「セカンドゲーム、ラブオール・プレイ!」
主審のコールが響き渡った。
相手のショートサーブを受け、ヘアピン。
返しのロビングに対してカットを放ち、鋭くコート前に落とすも、読めれたようにヘアピンで合わせられた。
「ワン・ラブ」
幸先の悪いスタート。
だけど、ここで折れてはいけない。
まだ、始まったばかりなのだから。
♦ ♦ ♦
しかし、それ以降も流れは同じ。
気持ちのリセットは思ったように上手くいかず、トントン拍子に十一点を取られ、早々に六十秒間のインターバルへと入ってしまった。
ベンチに戻った俺は水分を少し摂ると、タオルを被って先程までのプレイを検討する。
どこがダメだったか、どう動けばよかったか、次はどうすればいいのか。
思い出し、解析し、シミュレーションを脳内で重ねて逆転の方法を紡いでいく。
そんな時、試合中において基本的には何も言わない監督が一言、ポツリとこんな言葉を漏らした。
「――バドミントンはね、俯いてできるスポーツじゃないよ」
「……………………? 監督……?」
それは、試合とは全く関係のない話。
どこかのスポーツ漫画にでも出てきそうな、いかにもな台詞。
「だから、一度でいい……上を向いてみなさい。そうすれば、今まで見えなかったものがきっと見えるはずだ」
何を、言って……――。
そう思うけれど、切羽詰まった状況には変わりなかった俺は、藁にもすがる思いで言葉通りに顔を上げた。
すると、そこには――。
「亮吾くーん! 頑張るっスよー! まだ、あと半分あるっス! 相手に十点取られる前に、十七点取ればいいだけなんスから簡単な話っスよ!」
――たった一人の味方がいた。
しかも、敵チームのすぐ側で、臆すことなく声を張り上げていやがった。
「相手のサーブごとに二点取れば、それだけでお釣りが返ってくるっス! バカな先輩にも分かりやすい、単純な話っスね!」
「『言うは易く行うは難し』って言葉を知らないのかよ、アイツは……」
あと、バカは余計だろ……。
少なくとも、お前よりは成績良いぞ。
「……ったく、それにしてもアイツ、あんなに応援してたのか」
全く聞こえな……いや、聞いていなかった。聞こうとしていなかった。
一人で抱え込んで、一人で戦って、勝手に一人で潰れていた。
――亮吾くんの頑張りたいって気持ちは伝わったわけで、ならウチはどこまでも応援してあげるだけっスから!
全国大会の始まる少し前に言われた、彼女の言葉を思い出す。
それを律儀に、健気に、守ってくれていたんだな。
「コート四、二十秒! コート四、二十秒!」
主審のコールが耳に届く。
頭に掛けていたタオルをベンチに投げ捨て、コートに入った俺はラケットを彼女に差し向けた。
琴葉……お前が俺を応援してくれるっていうのなら、俺はお前のために畔上翔真に勝とう。
投げかけてくれる言葉に報いるために。
「…………こりゃ、手強そうだ」
同じくコートに入った畔上翔真は、俺を見てそう微笑んだ。
♦ ♦ ♦
「いやぁー、物の見事に負けたっスね!」
試合が終わり、会場を後にする俺と琴葉と監督であったが、その結果を思い出すように彼女はケタケタと笑っていた。
「しかも、第二セットも結局取れずじまいって……あの亮吾くんの決めポーズは一体何だったんスか!」
いつまでも、どこまでも……。
たった一人で爆笑の花を咲かせていた。
それを許容しているのは偏に、俺が敗者だから。
負けた者に言葉はない。ただ虚しく、その足で帰路につくのみなのだ。
それ故に、彼女の『負けを笑い話に変えてやろう』という優しさをありがたく受け取っていると、隣を歩く琴葉の雰囲気が少し変わった。
「でも、まぁ――」
そこで言葉を止めると、急に手を引っ張ってきたため俺は前につんのめる。
何とか転ばぬように足を踏み出して堪えれば、下がった頭にそっと手が置かれた。
「――亮吾くんは頑張ったよ。……お疲れ様」
「……………………あぁ、琴葉も応援ありがとうな」
これで、俺の夏は終わったのだ。
奮起し、努力し、全てを賭けてきた一年があっという間に。
だというのに――。
「――じゃあ、次は新人戦っスね! ウチもまた応援するんで、今度は負けないように頑張るっスよ!」
彼女はもう、次を見ていた。
終わった過去は吹き飛ばし、悩む暇も考える時間も与えてくれぬまま、次へ次へと発破をかけてくれる。
だから思った。
琴葉といる限り、俺はきっと……どこまでも強くなれるのだと。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる