彼と彼女の365日

如月ゆう

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August

8月4日(日) 全国大会・閉会式

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 今日は、前日に行われたシングルス戦の続き――準々決勝から行われた。

 しかし、それはすでに終わったことであり、現在はその表彰を兼ねた閉会式。
 出場者は階下のコートに整列し、名前を呼ばれた人物は銘々に壇上へと上がり、賞状やトロフィーを受け取っている。

 さて、その結果であるが……。
 特に大番狂わせが起きたわけでもなく、順当な選手だけが勝ち残り、予想通りの結末。

 昨日に死闘を繰り広げた翔真もまた、本日の初戦で早々に敗れ、男子シングルスの優勝は例の絶対王者、女子は七海さんなどと、名のある面子で固まっていた。

 ダブルスの優勝も、プロの話がきている三年生ペアであるわけだし、ただ部活に従事しているだけの学生には荷が重いということであろう。

 むしろ、そんな中で翔真はよく頑張ったと言いたい。
 個人でベスト八、団体メンバーとしてベスト四という成績を残しているのだから。まだ、始めて一年と少しだというのに、相変わらずの天才っぷりである。

 ……まぁ、今更どうのこうの言ったって何かが浮かばれるわけでも、誰かが報われるわけでもないのだから、しょうがないんだけどな。

 その閉会式もいよいよ終了し、妙な倦怠感と謎の達成感に苛まれながら帰りの準備をしていれば、別れの挨拶なのか色々な人が話しかけてきた。

 まずは、この二人。

「やぁ、畔上翔真。そして、蔵敷宙」
「どもー、昨日ぶりっスね!」

「…………国立亮吾」

 彼らの挨拶に、翔真は呟く。
 恐らく、今日の初戦から負けてしまい、不甲斐ない自分を見せてしまったことに対して罰が悪いのだろうけど、仲良く連れ添って登場した彼と彼女はそんなことを微塵も感じていないような、晴れやかな表情をしていた。

「――次は新人戦だ」

「……………………えっ?」

 脈絡のない一言に気の抜けた返事をする翔真。
 対して、国立は両の指をそれぞれ俺と翔真に突きつけると、これだけを言う。

「また会おう。……次は負けない」

「それじゃあ、失礼するっスー!」

 颯爽と去っていく彼。
 笑顔でブンブンと手を振れば、小っこい身体をめいいっぱい動かして国立の隣に駆けて行く彼女。

 その後ろ姿を見送っていれば、今度は反対に後ろから現れる者がいた。

「そーらーくん!」

 僅かな重みと、肩から漂う甘い香り。
 耳に直接吹き込まれるような高くハツラツとした声。

「は、橋本選手…………本物、なのか?」

 俺が反応するよりも早くに翔真は驚き、そして来訪者の招待を明かす。

「…………あっ、ななみん」

「かなも、こんにちは。今日が最後だから、会いに来たんだ!」

 一方のかなたは、いつも通りのマイペースな様子。
 けれども、三日前の邂逅を経て随分と打ち解けたようで、いつの間にかあだ名呼びにまで至っていた。

 コイツにしては何とも珍しい――というか滅多にないことだが……まぁ、良いことに変わりはないか。

「……七海さん、取り敢えず降りないかな。皆、見てるし……」

「…………ん? あぁ、ごめんね! 重かったよね」

 いえ、重いというか……その、胸部が…………。あっ、もちろん重量感はあったのですが、それ以上に規模感と言いますか……ボリュームの方が凄まじく――って、今はそうじゃない。

「それは別に……。それよりも、用事があったんじゃない?」

 話を元の軌道に戻すべく、話を振ると彼女は笑って否定した。

「はは、そんなのないよー! さっきも言った通り、だいぶ会えなくなるだろうから別れの挨拶をしに来ただけさ」

 あー……言われればそうだ。
 聞いた話によれば、彼女の高校は北海道。安易に行き来できる距離ではない。

「でも、まぁ……連絡先は交換したし、これまで通りゲームでも一緒に遊べるだろ」

「うん、そうだね! また遊ぼう、ゲームも……そしてバドミントンも」

「…………おう、またな」
「…………ばいばい」

 見えなくなるまで手を振り続け、そして俺たちもまた帰路につく。

 思えば、この一週間は色んなことが起きた。
 凄い人らと出会い、思いがけない体験をし、一方で為す術もなく観客席でただ見守ることしかできない時もあった。

「――あっ……おい、そら。さっきの人、オリンピック候補生の橋本七海選手だろ? どこで知り合ったんだ?」

「…………ん? あぁ……それがさ、実は――」

 でも、それら全てが、良くも悪くもかけがえのない思い出となり、後に経験へと昇華されていくのだろう。

 令和元年度、全国高等学校総合体育大会バドミントン競技大会――これにて閉幕である。
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