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【SS(日常話)】

1-SS(3).歌い手と握手と斜め上の発想

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 ミラがルーベックとメリエラという2人の師匠を得た日からしばらく経過した。
 そんなある日。

 ミラはルーベックに呼ばれて工房にお邪魔していた。

「ルーベック様。来ました」
「やあ、待ってたよ」

 ミラはルーベックについていくことになっていた。
 市場で薬草の探し方をレクチャーでもするのかと思い支度もしてきたわけだが、ルーベックは普段よりもカジュアルな装いだった。
 行きたい場所があると言って、そこは隣街・サントロエアだという。この街と同規模か少し大きい街である。

 深海クラゲ事件で移動した冒険者の何割かは、サントロエアの街にも移動したという話である。
 しばらく、乗合馬車で移動し、ミラは初めて見る風景を楽しんだ。
 ミラは生まれてから辺境の家を出たことがなく、景色の全てが新鮮である。

「今日は、サントロエアのどちらへ行かれるのですか?」
「前から紹介はしたかったんだけど、最近は忙しくて機会がなかったからね。君にも紹介したいと思ったんだ」

 肩をポンポンと叩くルーベックに、ミラはどこに行くのか予想がついた。

 このとき、後ろから声が聞こえた気がした。

『これってデートじゃないの! いつの間に……』

 ミラは振り向く。全身をローブで覆った人物がミラの少し斜め後ろに座っていた。

(この声……メリエラ様かしら?)

 ミラにはなぜ声をかけてこず、こっそり後をつけてきたのか不明だった。
 というより、ミラがルーベックの工房に行くときはなぜか窓からいつもメリエラが見えている。
 なにか勘違いしている気配がありつつも、ルーベックに頷くのだった。


***


 乗り合い馬車が到着したのは、大きな街だった。ミラが普段見ている街並みとはまた違った、どこか都市的と言うか、施設や建物が多い印象である。治めている領主の方針が違うようだ。

 馬車から降りて、しばらく街を歩いた。
 市場で一般的な薬草販売の理由など説明を受けつつ、大きな建物施設の前にある行列に並ぶことになった。目的の前の時間つぶしである。

 ミラは目の前の建物に視線を向けて聞いた。

「えっとこちらは?」
「今日はここでライブがあるんだ」
「ライブというのは……例の?」
「ああ、歌い手のグループ『歌姫』さ」

 ミラは例の推しているメンバーがいるという話を聞いて察した。
 ツーベックの普段の言動やメリエラの言った『歌い手のグループ』という情報を統合すると、どうやら何かを歌って観客を集めるグループのようだ。
 ミラが手にしたのは2本の棒。魔石が設置されており、魔法により自動で輝くのだという。これを振るらしい。

 受付を通して中に入ると広い場所に柵が設けられている。
 多くの人が集まっていた。
 正面にはライブステージがあり、そこに例の歌い手が登場する流れのようだ。

 ミラは胸のあたりで棒を持ち上げたまま、周囲をキョロキョロした。
 男性がとても多かった。
 いや、後ろの方に女性もちらほらいるから、男性限定ではない、と心のなかで頷くミラ。

「あ、始まるみたいだ」

「誰か出てきましたね……」

 数人の女性が華やかで軽装の奇抜(?)な衣装を着て出てきた。
 顔もバラバラで個性的で、綺麗だったり可愛かったりしているが、ミラは顔を覚えてしまうため、美醜の細かな差にはピンとこず、そんな大雑把な分類だけするのだった。

「みなさ~ん、こんにちは」

 挨拶の後、歌をダンス付きで踊り始めて、それをミラは棒を振ることも忘れて見ていた。
 その歌い手を見て、歌がうまいだけでなく、ダンスも踊っていたことに驚愕したのである。並んで歌だけを歌うオペラ合唱団みたいなものをイメージしていたミラには衝撃だった。

(ダンスの練度は、メンバー間でバラバラのようにも見えるけど、そういうものなのかしら?)

 ミラの目には観客でもごまかされないダンスの違いがわかった。踊るように剣を振るミラならではかもしれない。

 あと、隣のルーベックが普段とは全く違うはじけ方をしているのにも驚いた。棒の振り方はそういうものなのかと観察する。
 なんか、ステージの上のメンバーよりも激しい踊りをしている。
 ただ、ミラは流石にそこまでする勇気はなく、胸のあたりで軽く振るだけにした。

 ルーベックはかなり熱を上げている。
 ミラが語られたあの時の本気度はすさまじく、決して嘘ではなかったのだ。
 真剣と書いてマジと読む、一生の趣味だという話である。


***


 一通り歌が終わって、全員が移動を始めた。
 その流れに乗って、ミラはルーベックと移動をする。

「あの、これは?」

「ああ、握手会だね」

「握手会?」

 この会場だと、歌の直後にメンバーと握手ができるのだという。
 専用の台が置いてある。仕切りなどはなく、単純に横に並んで握手のために行列待ちをする仕組みらしい。
 あと、物販もあって、このグループのグッズを買ってその握手をするのだという。確かに、ルーベックはさっき入り口で何かを買っていた。
 ミラも後で見てみようかしらと考えながら、チケットのようなものを手渡された。

「今日はこちらが誘ったから。握手会チケットの代金はこちらが持つよ」

「よろしいのですか?」

「ああ、もちろんさ」

「ありがとうございます」

 ミラはその場で流されるままに、握手に向かうことになる。
 ルーベックの話では、会場によっては仕切りもあるのだという。

 ただ、ミラは、どの列に並べばよいのかわからず、行列の後ろをウロウロしていた。

「ルーベック様は一番中央で歌っていた方の列に並んでしまったけど、私はどこに並べば……」

 この場には好きなメンバーの前に並ぶのが普通ということ。
 ミラは今日初めて見に来てメンバーを見たばかりだ。歌やダンス、喋っていた時の人柄で選べばよいのかと悩む。
 ミラ以外の女性もすでに並んでいるが、特定の1人のメンバーの所というわけではないらしい。自分で決めるしか無い。

(よし、決めたわ! さっき踊っているときに、すこしぎこちなかった方のところに行きましょう)

 ミラの中で、歌はそのメンバーが一番上手いが、ダンスは遅れ気味で最後の方は(よく見ないと気づかない程度の)小さなミスをしていた人のところに並ぶのだった。
 配列は一番端で、人もほかよりは多くない。これならすぐに握手というか声をかけられそうだ。

 列が進み、メンバーの姿が見えてくる。
 ステージの上と同じ姿で、ミディアムヘアでミルクティーベージュの髪に、頭の天辺から左右を二つ結びにしている。このへんではあまり見ない髪型である。
 目は大きく、動物的な愛らしさを感じる。雰囲気がシルクのような犬っぽさである。
 
「次の方」

 ミラは前に進んで、握手チケットを渡し、個人台にいるメンバーの正面に立った。
 ミラは名前の書かれたプレートをちらっと目にして、名前を把握した。

「……ユーニス様」

 ミラの手が握られる。

「今日は来てくれてありがとうございます。初めてですか?」

 ミラがプレートを見て名前を読んだところを見て、ユーニスは少しまぶたをピクリとさせた後、切り替えるように満面の笑顔を見せた。

「えっと、はい。お顔もとても可愛らしく、歌もお上手で」

「可愛いなんて、そんな。ホントに……」

 なぜか、ユーニスはミラの顔を見た後に、少しだけ下を向いて、まぶたがピクピク痙攣し、再び満面の笑顔になった。
 
「歌は、聞いててすごくよかったです」

 ミラは他人を褒める感想をあまりしたことがなかったため、ぎこちない言い方になってしまった。
 それが、相手には「どうにか褒めるところを探している」ようにしか見えなかったのだ。

「歌は一応自信があったんですけど、もう少し練習しますね……」

 なぜかミラの想像とは異なる返答が来た。

「あ、それでダンスなんですけど……その、頑張って下さい。それだけ言いたくて」

 それだけ言いたくて並んだ、ということをミラは伝えることに成功した。

 だが、あれだけ笑顔だったユーニスは、満面の笑み(に見せていた)の表情を崩して、まぶたが痙攣しまくり、苦笑いを浮かべた。口が少しへの字に曲がっている。

「ふ……ふふっ、はい、ダンスですね。今日もちょっと失敗しちゃいました。これからも上手になるようがんばります!」

 少し恐い笑みというか、静かに出た「ふふっ」という声が、本音をあらわしていた。
 最後は、満面の笑顔を作るのには失敗していたようだ。

 ミラはユーニスのことがシルクっぽい犬に見えた。
 内側には野獣的な内面を隠しながら、外側で必死に取り繕って、見た目がそのまま犬じゃないのに犬っぽい動物の姿に見えるってところがだ。

(私、ユーニス様のこと、結構推せるかもしれないわ。推すって、こういう意味よね?)

 ミラは自問自答しつつ、ユーニスのことを想像した。
 ユーニスにお肉を与えて、それを直接口でがぶがぶと食べるところを観察する。
 
「私ったら何を考えてるのかしら……。相手は人間だものね、口では食べないわよね」

 変なところにツッコミを入れた後、おかしな想像はやめて、首を振った。
 その場を離れて、一度だけ後ろを振り返ると、ユーニスはなぜか次の握手相手を見ずに、ミラを鋭い目で見ていた。

「なぜか……見られているわね」

 ミラはポーチの鞄やポケットを手で確認し始める。
 なにか落としたのかもと探るが、そもそも持ち物はポーションや薬草がほとんどだ。持ってきた数と一致している。落としてはいない。

 ミラは頭の上に疑問符を浮かべた。

(でもまたユーニス様のいるこのグループのライブに来たいわ)

 ミラはそのときに「何を伝えるかは先に考えてから並ぼうかしら」とあれこれ想像するのだった。
 握手の時間が意外と長く、一言では終わらなかったからである。
 乗合馬車の中で、ミラは会場のあった方角に目を向けながら、ぽつりと呟いた。





 握手会の終わったその舞台の裏では、女性の「むっきぃ~~~~~~~~~~~!」という謎の大きな奇声が発せられた。


***


 翌日、ミラがメリエラの工房に呼ばれて、相談を受けた。
 真剣な顔である。

「私、歌い手のグループに入ろうと思うのだけど、どうかしら?」

「……はい?」

 ミラは、薬師が歌い手のグループに入るとはどういうことだろうかと、単純に疑問だった。
 少しだけ考えて、本人が良いのなら、入ればよいと結論づける。

「では、入ってみればよろしいのでは?」

 そこで、ガクッとうなだれるメリエラ。
 
「そんなあっさり! この歳で入れるわけ無いでしょう?」

 なぜそんな相談をしたのかよくわからない返しをされる。
 ミラはそもそも歌い手のグループのことをよく知らない。ルーベックから聞きかじったことだけだ。
 確かに若い子しかいない気はしたが、中央のメンバーはメリエラとそんなに離れてはいない歳のようにも見えた。30代ではなく、20代なのは間違いないけれど。
 
「そういうものですか?」

「そうよ」

 どうやら、メリエラは、否定されることを前提に言っていたようだ。
 メリエラは、その発言をした理由を聞いてほしかったようである。

「でも、なぜですか?」

「婚活に限界を感じていたのよ。でも昨日の会場を見て、あれなら相手を選び放題じゃない? と思ったの」

「はあ……」

 ミラは生返事をした。自分で後をつけてきたことを白状してしまったのだ。

「特にセンターを希望したかったけど、私ももう少し若ければ」

 ミラはようやく理由がわかってきた。ようするに、ルーベックに推されたかったのだろうと。
 でも、薬師ではなく歌い手グループに入るということは、ルーベック様とは出会えないことにもなる。
 それでも自分を選ぶ自信があるからなのか、気付いていないのか。
 とはいえ現状、選ばれる気配はないようだ。
 斜め上の発想が出てしまうほど、メリエラはそろそろ年齢的にも限界だった。

「その、なりたいのなら、頑張って下さい。ただ、メリエラ様から学べなくなると私はルーベック様の元で今後は修行することになりますけれど」

 その一言が決め手だった。

「さ、今日も調合を初めましょうか」

 いつものように、メリエラから調合を教わる毎日へと戻っていく。
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