実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

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【SS(日常話)】

1-SS(2).弟子と剣神とスパイラル

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 ミラには盗賊事件の際に助けた2人の弟子がいた。
 少年の名前はウィント、その妹の名前がシュリである。
 ミラは冒険者ギルドの訓練場で空いた時間に剣の鍛錬をたまにしており、そこに押しかけてやってくるのが2人の弟子だ。


 その日も、ミラがフレアボアをイメージして剣を振っていると、2人がやってきた。

「ミラ姉ちゃん、こんにちは~」
「ミラお姉ちゃん、また来たよ」

 そう言って、立て掛けてある訓練用の木剣を拾い上げて、2人は近づいてきた。

「ごきげんよう。今日も来たのね」

 ミラはイメージ訓練を止めて、今日も子どもたちの相手をすることにした。

 まずは子どもたちが自由に打ち込み、それを捌いて助言をする。
 それは本格的な訓練ではなく、ミラにはほんの遊びである。
 ミラにとって本気の訓練とは、兄に教えられた「木剣でぼこぼこにされ、それを捌く」という過酷なものであった。普通の厳しい訓練は、ミラにとって訓練のうちに入っていない。

「やあぁああ!」
 
 妹のシュリが打ち込んで木剣に弾かれると、体制を崩してよろめいた。

「シュリさん、それじゃダメよ! 打ち込んだときに手の力だけで支えているから、よろめいてしまうの」

「うん!」

「たぁああああ」

 少年のウィントは、その隙を狙うようにして打ち込んでくる。だが、ミラには意味がなく、木剣を弾かれる。
 地面にポトりと落ちて、ヘンテコな格好で後ろを振り向いたウィント。

「ウィントくん、剣を落としてもよそ見しちゃダメ。実践だと相手は武器を落としても攻撃をやめてはくれないわ」

「はいっ!」

「もう一度!」

 地面の剣を拾い、勢いよく振り上げたウィント。

「たぁああああ」

 今度は前進の力を受け流されたことで、前につんのめってコケた。

「く~、さすがミラ姉ちゃん……」

 ウィントは頭の天辺をポリポリと掻いた。
 だが、木剣を拾ってすぐに構える。

「そうよ、それでいいの」

「しっかし、訓練を始めてから一度もミラ姉ちゃんには、当てたことがないんだけど、これでうまくなってんのかな?」

「ええ、前よりも上達しているわ。何よりも力も体力もついたもの」

「そういえば、最初の頃ってすぐにバテてたな……。木剣も重かったし」

 その話にシュリも加わった。

「お兄ちゃんと一緒に毎日体を鍛えるトレーニングしてるもんね?」

「ああ、そうだよな。ミラ姉ちゃんに言われたから、基礎体力の訓練も入れられてるから、それは実感あるんだよ」

 ミラは剣の技術だけではダメだと教えて、まずは体を鍛えさせた。
 これはミラ自身が、身体の基礎能力や体力が向上したことで実感した事が大きい。剣の振りや裁きのキレが、以前よりも上がったように感じたのである。

 何より、ミラが「このくらい当たり前だ」と言ってさせていることは、並の訓練ではなかった。

「私よりも強い人はきっとたくさんいるから、頑張ってほしいわ。疲れたら、この特製のポーションをあげるから飲んで」

「わかってる。頑張って強くなるよ。あの謎ポーションもどんどん飲んでやる。トレーニングの後にも飲んでる」

「私も強くなる!」

 2人ともやる気は十分だった。
 そして、2人は現在の実力でも、ミラと5分以上の時間を打ち合えているという事実が何を意味するのか全然気付いていない。

「じゃあ、今度は私が打ち込むわよ」

 ミラがわざと正面から打ち込みにいった。
 しかも割と本気の動きである。

「早い……」

 ウィントはほとんど動くことができず、どうにか頭上に木剣を構えてミラの一撃を受け止めた。
 しかし、勢いは止まらず、剣が弾かれてしまう。

「うん、大丈夫そうね」

「いや、全然大丈夫じゃないよ……ミラ姉ちゃん早すぎるんだって」

 ミラの動きを見続けてきたウィントは、多少の早さに慣れたとは言え、軌道を予想して捌くしかなかった。

「今度は私も!」

 シュリがねだったため、ミラは同じように打ち込みをしてあげた。
 すると、シュリはミラの動きを真似るようにして、剣を受け止め、少しだけ受け流すことに成功した。
 つまり、シュリはミラの剣の細かい動きを見て、力をそらしたのである。
 遊び気分のミラの雑な打ち込みではあるが、剣の位置が正確に見えていないとできないことだ。

「もしかして、シュリさんは目がいいのかもしれないわね」

「目がいい?」

 首をかしげるシュリ。

 シュリは力強さはないが、『見取り』に優れており、さっきもミラの返し技をそのまま真似してみせた。
 シュリも兄のウィントと同じように、ミラの動きと技をずっと見続けている。

 そもそも、ミラの剣術と同じ動きを、訓練なしでなる人間は多くはない。それがミラの動きを見ただけで可能になる人は、もはや皆無である。

「シュリさんは沢山の人の剣の技を見て覚えると、もっと強くなれるかもしれないわ」

「そうなんだ。うん、そうしてみる!」

 訓練終わりにポーションを飲ませて、家の訓練で飲む用を渡し、その日は解散となった。


***


 シュリは好奇心が旺盛なのか、人の居ない場所を探索するのが日課である。

 ミラの助言を受けて、剣を使う人の場所に行くことにした。
 それは裏路地で行われている、謎の戦いのことである。
 最近では、はぐれ盗賊の残党とこの街を仕切る裏の人間が武力を持って衝突していた。
 そして、武器の中でも剣は特に多い。

 その日からしばらくその観察を続けて、この戦いを見るのが日課になった。
 そんなある日、裏路地に灰色のローブをかぶった女性が乱入してきた。

「誰か来た……」

 初めての展開に隙間から覗くシュリは、少しわくわくしていた。
 最近ではこの路地裏に集まる人の剣の技術があまり高くなかったからである。真似をしても強くなれそうになかった。

 誰もが予想した通り、その乱入者は男たちにすぐさま絡まれた。

「おいおい、女がこんなところに何のようだ?」

 男に手で払われて、ローブの顔部分が剥がれた。
 見たことのない女性の顔が出てきた。
 この辺の国では見ない顔だ。
 だが、それでもシュリにはとても美しい女性に見えた。
 まるで女神のような凛々しさと、可憐さを兼ね備えた、完全調和の造形だ。
 完全すぎて、逆に人形のように見えるかもしれない。

「うっひょ~、こいつべっぴんだわ」
「マジだぜこいつ」

 男の下卑た声に、大して反応もなくその女性は男を剣で斬り伏せた。

 シュリは驚愕した。

「え、まったく見えなかった……なに、あの人!」

「こいつ! やりやがったな!」

 男たちが剣で応戦しようとして、ものの見事に返り討ちにあっていた。
 シュリには、剣筋が見えたのは1~2回で、それ以外は見えずに『見取り』もできなかったほどだ。

「ミラお姉ちゃんの剣でも最近は全部見えるようになったのに、あの人は……」

 シュリはミラが言ったことが本当だったのだと固唾を飲んだ。
 ミラより強い人はたくさんいるのだと。

「それで、そこに隠れているあなたはなんですか?」

 その女性には、隠れているのがバレてしまったシュリ。

「あ、あの……」

「この盗賊崩れの仲間って感じではないみたいですけど」

 その女性は表情も大して動くことがなく、疑問の声だけを発した。

「その、剣を見ていて……」

「そうですか、見取りをしていたんですね?」

「うん」

 シュリはすぐに言ったことが理解されたことに驚く。
 
「では私のも見ていたのですか?」

「ううん、なんか早くて見れなかった」

「そうでしたか、呼んだのはあなたかもしれません。じゃあ少し」

 そう言って、さっきよりも少しだけゆっくりと、男たちを倒した同じ動きをしてくれた。サービスのよい女性だとシュリは感謝した。

 ミラのように見て全部覚えるということはできないが、シュリには自分が見て消化した動きは、自分の動きとして再現できることを知っている。
 その女性は、まるでシュリに理解させるように、剣を振った。
 その後も、見たことのない動きをしてくれた。

「では、少し打ち合ってみましょうか」

「うん、行くよ! はあぁっ」

 ミラがやったように、シュリも正面から打ち下ろす。
 
「悪くない動きです。それにしても剣の振りが独特ですね。あまり見たことがない」

「ミラお姉ちゃんの真似だよ?」

「ミラお姉ちゃん?」

「剣の師匠のこと」

「ほう……」

 打ち返しに来た女性の剣を、この前と同じように、ミラの真似で受け流す。

「またできた!」

「速度を抑えているとはいえ、いまのを受け流せるような師匠がいるのですね……。どの流派にも属していないと見えますが……静の極みにでも至っているのでしょうか、その方は」

「え~と、流派のことはよくわからないけど、ミラお姉ちゃんは自分より強い人はいっぱいいるんだって、言ってたような?」

「ふふっ、あなたの師匠は面白い人ですね。もはや謙虚を通り越して、そう思わされているのか、不思議なほどです」

 女性は笑いながら、しばらく打ち合うのだった。
 初めて見る剣術ばかりで、シュリは少し興奮していた。一つでも多く、自分の身になるようにその技を見て真似た。

「すごい……すごいよこれ!」

「喜んでくれたなら幸いです。おおよそ、この世界の主要な剣術流派は、見せられたと思いますかね」

「えっと、流派……、と、とにかくありがとう」

 シュリには少し何を言っているのかわからないところもあったが、彼女がシュリのために動きを見せてくれていることは理解できていた。

「ではそろそろ帰りますね」

「そっか。うん、じゃあまた」

「はい、またです。あなたがもっともっと強くなった頃にお会いしましょう」

 そうこうして、シュリはその場を離れた彼女に続いて、家に帰るのだった。



 翌日から、ミラの弟子がさまざまな剣の流派で打ち込んでくるようになった。
 間接的にミラの剣術の腕があがることになるきっかけとなる。
 シュリをきっかけにそこから攻撃特化の剣術流派にも触れ、ウィントの攻撃バリエーションも増えた。弟子・師匠・弟子で技が循環するのだった。これこそ師匠と弟子の理想的なあり方だ。
 まさに正のスパイラルを起こす出来事だった。


 そして、ミラがその女性と出会うのはもう少し先のことであるーー。
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