上 下
20 / 69

1-18.特別な期間

しおりを挟む
 長蛇の列となっていた受付前。
 スフィアの列が進み、ミラはようやく受付にたどり着いた。

「あの、この依頼を受けたいのですけど」
「あ、ミラさん。こんにちは。依頼書ですね」

 だいぶ顔が疲れているように見えるスフィア。
 依頼書に判子を押して了承した。

「あと、こちら。このポーションって売れますか?」

 ミラは自分で作った低級ポーションをギルドに買い取りを求める。

 初めてのポーションなので自分で持っておきたかった。
 だが、低級ポーションには薬の賞味期限があり、だいたい3ヶ月くらいで破棄される。
 使われずに期限が過ぎてしまうのももったいない。
 ミラはケガをするような仕事をそもそもしていないため、いつ使うかもわからず、せっかくなら誰かに使ってほしかった。

「最初のがもうできたんですね。ちょっと早くてビックリしました。鑑定結果は高品質-(ハイクオリティ・マイナス)でした」

 ポーションにはそれぞれ品質があり、低級ポーションの中でもランクの位置づけが存在する。
 メリエラがいうには、ポーションの品質は高く、最高位ではない。
 ギルドの納品基準だとこれは『高品質-(ハイクオリティ・マイナス)』に該当したようだ。

「その品質だといくらですか?」
「銀貨15枚ですね。納品しますか?」
「はい、お願いします」

 ミラはポーションをカウンターの上において、スフィアが瓶を手で持ち、箱に入れる。 それを目で追った。

(さよなら、私の作った最初のポーション……)

 少し愛着まで湧いていたため、売って正解だった。
 このまま宿に持ち帰ったら、使わずに置物と化していただろう。

 ポーションは期限を大きく経過すると成分が変異して毒性が強まる。
 薬と毒は紙一重だ。
 成分を管理して、適量を使うからこそ、薬として成立している。
 毒性の強い成分に変わってしまえば、それはもう人にとっての毒になる。

 ポーションは成分を抽出しているため、多量摂取は危険である。
 その毒が良い方に作用すればよいが、悪い方に作用した時、最悪、人の命も奪いかねない。

 ミラはポーションを心の中でバイバイと見送った。
 その後、依頼書を手に取ってギルド出口に向かう。

 ミラの後ろにはまだ人が並んでいて、列がまだ続いていた。
 それもあって、余計な雑談をすることはなかった。

(そういえば今日って、なんで忙しかったのかしら?)
 
 聞くタイミングがなく、ミラは少し疑問に思って、薬草の生息域に足を運んだ。


 街を出たところで、今日は多くの冒険者を見かけた。

 やけに重装備というか、防具に布まで張って、厳重に守りを固めている。
 手にはほとんどの人が弓を持っていた。

 普段、槍や剣を使う冒険者も、多くが弓を持参している様子。

 布を防具に付け、弓を持つ。
 それが1人ではなく、ほぼ全員である。

 そんな彼らは、まるで、どこかに向かって、皆が同じ場所を目指して歩いている。


 ミラはその方向から少し外れたところに、薬草を取りに向かう。

「普段は見ない冒険者の方もいたわ。街の外から冒険者が集まっているのね。布を張って弓を持っていたのは、何か意味があるのかしら?」

 ミラは一瞬疑問を浮かべたが、それだけだった。


 予定通り、ポム草とベール花、そしてキュリルを多めに採集する。
 布袋いっぱいに、薬草を詰め込んだ。

 ポーション制作は失敗も込みで、少し多めに採集する必要があった。
 特に今回の麻痺回復ポーションでは、調合が少し難しい。

 
 ミラは布袋の端を手で持ったまま、肩で背負った。

 帰り道は、魔物の出ない安全な森林地帯の間を抜けて歩いていく。

 すると、空から何かふわふわしたものが浮かんでいた。

「何かしらあれ……」

 青白いものが浮遊して、ミラに向かって下降を始めた。

 とりあえず、布袋を地面に置いて、剣の柄に手をかける。

 それはパチパチという光をまとった生き物だった。

(あれは生物の文献で見たことがあるわ)

 海に住んでいるというクラゲという生き物に似ていた。
 けれど、空を飛ぶなんて記述、ミラは知らない。
 なにかの見間違いかと、目をパチクリとした。
 クラゲは海を泳ぐ生物であるはず。

 ミラはこの魔物を知らなかった。
 それも当然で、この辺りにのみ出現するこの時期限定のクラゲに類似した深海の魔物だからだ。
 深海から浮上して、この時期にだけ大陸を渡って、街の反対側にある海に飛んで向かっているのだ。

 地理的にいうと、ちょうど半島のようなとんがり部分。
 この魔物は海を大きく迂回せずにそのまま空を経由する。
 繁殖するための温かい海の場所に短縮移動するためだ。

 この街のすぐ近くで毎年起こるため、多くの冒険者がこの街に集まって来る。

 ミラのところに来たのは、はぐれの1匹が迷い込んだだけだ。

 剣の届く範囲に降りてきたところで、正面から縦に切りつけた。

 ピリッ。

 手におかしな痛みが走った。

「なに?」

 剣から何かが流れてきて、ビリッとしたのと、手の甲の小さな刺激。

 ミラはその原因を、先程の戦闘から思い返す。

 クラゲから何か細いものが飛び出てきたため、瞬間的にそれを手の甲で払ったのだ。
 そのとき、手の甲にはしっかりと、透明でわかりにくい針が突き刺さっていた。

 ミラは針を抜いて、とりあえず、こういうときは薬草を塗ることにした。
 痺れと痛みが消えていく。

 ちょっと痺れた感覚があっただけなので放置してもよかっただろう。
 だが、正体不明の魔物の攻撃を放置するのはよくないと判断したのだ。
 
 クラゲはそのまま地面に落ちる。
 2つに割れて、動く様子はない。

 この魔物1匹の強さ自体は大したことがないらしい。
 ミラはどうしようか迷ったが、そのクラゲをもう1つの布袋に入れてギルドに持ち帰ることにした。

 


 冒険者ギルドに戻ると、さっきまでいた人の多さが嘘のようだ。
 全然、人がいなかった。

 ミラはカウンターの前まで行き、スフィアに声をかける。

「スフィアさん、戻りました。これ依頼の薬草です」

 スフィアは疲れすぎていて、顔がげっそりしていた。
 いつもは笑顔を浮かべているのに、それが崩れた作り笑いのようになっている。

 今日はこの冒険者ギルドに在籍するほぼ全ての職員がカウンターで対応していた。
 それでもこの疲れようである。
 全員で分担しても1人に掛かる負担は相当大きかったらしい。

「はい、問題ありませんね。依頼完了です」
「それから……。これ、なんですけど」

 ミラは手に持っていた布袋を開けてカウンターの上に乗せた。
 クラゲのような姿をした魔物である。

「え? なぜこれを……」
「実は、採集した帰りに、空からふわふわと飛んできたんです」
「なるほどですね。深海クラゲのはぐれ個体が出たんでしょう」

「深海クラゲ?」

「名前の由来はクラゲなんですけど、深海の魔物なんです。あのパチパチとした現象で空を飛んで、大群がこの街の近くを通過するんです。攻撃手段が特殊で、麻痺毒のある針の攻撃をするんです。厄介なのが、この魔物が死んでも、攻撃のための防御機能が残っていて、刺激で全方位に針が飛ぶんです」

「あ、その針受けました。痺れましたね」
「えっ! 針を受けたんですか?」
「ええ、ここに」

 ミラは手の甲をスフィアの方に向けた。

「あれ? え? 何で大丈夫なんですか?」
「いえ、痺れましたけど、薬草を塗って治りました」

「あ、そういうことですか。でもすごいですね。針を受けると、全身がしびれて動けなくなるんですよ。針を受けると冒険者でも置物状態になる、厄介な魔物なんです。1匹ならF~Dランクの低級の魔物なんですが、大群ともなると、Aランク指定になって、一定数を倒すだけで報酬が高くなるんです。たぶん2~3日はこれが続くんですよ。はぁ~」

 このギルド受付の大変な状況が暫く続くことにスフィアはため息を付いた。

「そうなんですか」

 ミラは話を聞いていて、冒険者の数が多い理由がわかった。
 今日はあの深海クラゲを倒して稼ぎたい冒険者が外から集まっていたのだ。

(……あれ?)

 さっき、全身が麻痺するとスフィアは言っていた。

(おかしいわね。チクっと痺れただけで……針を受けた場所が良かったのかしら?)

 ミラは、血管などに針が刺さらなかったおかげで、全身麻痺を受けなかったのだ、と1人で納得する。



 スフィアはそこで、思い出したように言う。

「あ! そういえば、ミラさん。もし、ミラさんが麻痺回復ポーションを作れるなら、少しでも製作して、ギルドに収めてくれませんか?」

「えっと、まだ作ったことないんですけど、これから作ってメリエラ様の鑑定で大丈夫なようならギルドに納られますけど……。でも、どうしてですか?」

「一応、薬師の2人にも依頼は出しているんですけど、毎年足りなくなるんです。手持ちのポーションがある冒険者もいるんですが。在庫もすぐに足りなくて、大勢が病院で置物状態になるんです。冒険者ギルドの救護テントがそれで毎年埋まって、とにかく仕事が増えるんです……」

 どうやら、スフィアの本音は、仕事が増えることを避けたいだけらしい。

 麻痺を受けた患者は1週間近く動けなくなる。
 だから、早く回復するにはポーションで治すしかないという。

(そういえば、今日、メリエラ様の調合する日と重なったのって偶然じゃないってことよね? あ、それで麻痺を今日の見学内容にしたんだわ)

 ミラは気づいた。

 今日メリエラが見学をさせたのは、麻痺回復ポーションを調合する工程。
 ちょうどポーション制作の仕事が入ったからだと。

「わかりました。メリエラ様にOKをもらいましたら、冒険者ギルドの方にも納品します」
「ありがとう、ございます……とにかく、1つでもたくさん作ってくられると嬉しいですね」

 早速、宿に帰って麻痺回復ポーションを作ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

処理中です...