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第31話 ロリクラスメートの正しい転がし方。
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登校中、気怠そうな生徒の列に交じって歩みを進めていると、校門の手前に見慣れた小さな後ろ姿を見つけた。学校の敷地には入らずに立ち止まり、腕組みをしながら首を縦や横に振ったり、爪先で地面を突っついたりしている。
……なにしてるんだろう。
このまま私が話し掛けなければ、彼女は完全にかわいそうな危ない人のままなので、私はその頭を優しく撫でてあげた。
「おはよう、愛莉」
愛莉は肩をびくっと震わせ、私の顔を見るや、条件反射的にすささと私から距離を取った。
「げっ、双葉!」
そんなに離れなくても……。
そんな、「今世界で一番会いたくない、面倒なやつに見つかってしまった」みたいな顔しなくても……。
「最近さあ、会って第一声が『げっ』なんだけど、それって愛莉なりの親密な相手へ向けた挨拶?」
「言葉そのままの意味だよっ」
「なんだ、残念」
私が耳にかかった髪を掻き上げようとすると、その動きに愛莉はまたびくっと反応し、距離を取ろうとする。
「もしかして私、避けられてる?」
「い、今さらわかったのね……」
「え……?」
「心当たりがない、なんて言わないわよね?」
なぜだろう。
休み時間になるたびに、必ず愛莉に背後から抱きついているから?
あるいは、中庭のベンチで一緒にお弁当を食べた後、膝枕をしてもらった勢いで、スカートの中に顔を突っ込んだから?
それとも、こないだのプールの授業のときに防水性抜群のカメラを持ち込んで、愛莉の恥ずかしがる顔やなだらかな胸のラインや水に濡れて艶っぽくなった髪を盗撮……もとい、こっそり撮ったから?
そんなはず、ない。じゃあ、なぜ?
「心当たりが……ない」
「言った! 本当に言ったよ! 熟考の挙げ句それ!? 冗談じゃなくて!?」
深刻な事態に私がうなずくと、愛莉はどういうわけか、盛大にため息をついた。
「わたしもう、疲れたわ……」
なるほど疲れた声でそう言って、校舎に背を向け、そのまま学校とは反対方向に歩き出そうとする。
「ちょっと待とうか愛莉」
それを私は、すぐさま捕獲した。
愛莉の手を握りしめ、なにも言わずに彼女を学校へと引きずっていく。
「や、やーめーてぇーっ。……ってなにこの既視感っ! ちょっとっ、放してってばぁーっ!」
そのまま昇降口へと連行した。
そして説教。
「なんで帰ろうとしたわけ?」
「だって、朝から双葉の相手して、心身共に疲れて……」
「言い訳だよね、それ。私を言い訳の道具にして、自分が楽したいだけじゃん?」
「そ、そんなこと……」
「どうせさっきまであそこで、『補習なんて誰が考えたのよぉ』とか、『先生だって本当は夏休みにまで補習なんてやりたくないでしょうになんでやるのよぉ』とかって一人でぶつぶつ言ってたんじゃない?」
「ま……まったくもってその通りでございます。一字一句違いありません。気持ち悪いくらい当たっています。超能力者ですか?」
「まあそんなとこ」
「今絶対適当にあしらったよね!? もうどう見てもそれわたしに呆れた顔だよね!?」
そうやって少しずつ話を脱線させていくのが愛莉のやり方。
私は構わず、愛莉への指導を続ける。
「夏休みにまで学校に来たくないのは、愛莉だけじゃないから。私だって本当は自分で勉強進めたいけど、それを我慢してこうして来てるわけ。もちろん私だけじゃない、みんながそう」
「そ、それは……わかってる、けど……」
「けど?」
「けど……だって、ほんとに嫌なんだもん」
「そんな小学生みたいなこと言うんだ。身体だけじゃなくて、心も成長してないんだ、そうなんだ」
「む」
目の色が変わった。睨む、とまではいかないが、私を見る目が鋭くなってきてる。
「自分のための勉強でしょ? 勉強して、考え方を身に着ける。きっとその考え方ってのは、勉強に限らず、いろんな面で役に立っていくでしょうね。で、それが自分の成長に直結する。こういうことから考えると、勉強は自分の心の成長に大きく関わってくることだといえる。すなわち、勉強から逃げるということは、自分の成長を放棄したも同然」
そこで言葉を切り、愛莉を見る。
愛莉はすでにすのこ板に上がって靴を履き替えていた。
「早く行かないと遅れちゃうよ、双葉」
「だね」
さっきまで「ほんとに嫌なんだもん」と言ってたのと同一人物とは思えない発言だ。単純すぎるにも程がある。
まあ、愛莉の扱いにはもう慣れた。たぶん私は大季くんよりも、愛莉を転がす能力に長けている。その自信がある。
「ちょろいな」
「ん、今なんか言った?」
「ううん」
「ちょろいなって聞こえたんだけれど」
耳がすこぶるいいらしい。ウサギみたい。
「聞き間違いだよ。朝鮮王朝歴代王系図が見たいな、とは言ったから」
「なんで!?」
「え? たまに見たくならない?」
「ならないよ! 『たまに百円ショップ行きたくならない?』みたいな声のトーンだったからびっくりしたわよ!
なにそれ!」
「え? 知らない? 朝鮮王朝歴代王系図、知らない?」
「もちろん初耳なんだけれど!」
「もうすぐ数学で習うはずだから、頑張って覚えないとね、愛莉」
「数学で!? 四則計算とかベン図とかの後に!? 唐突にまさかの朝鮮王朝現る!?」
「まあ、数学は奥が深いからねぇ~」
「深いよ、深すぎるよ! 数学の謎、深まるばかりだよ!」
「二学期は、化学でそれに関連した実験をやるはずだったなぁ、確か。ガスバーナーの使い方とろ過の手順は大丈夫、愛莉?」
「どういう実験!? 朝鮮王朝とガスバーナー!? ろ過もやっちゃうの!? いったいなにごと!?」
と愛莉で遊んでいるうちに教室に着いた。
叫び疲れたのか、愛莉は席に着くなり、机に突っ伏してしまった。
なんだか、悪いことしちゃったかな。
そのお詫びにと、私は隣の席に腰掛けて、そんな愛莉の頭を優しく撫でた。
顔を伏せたまま、愛莉が甘い声を漏らした。私の方に顔を上げて、潤んだ目で見つめてくる。
「うぅ……ふたばぁ……いろいろ教えてねぇ……」
たまらなく愛おしくなって、私は思わず立ち上がり、愛莉を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「もちろんだよ」
「あ、ありがとぉ……」
なんでこんなに、可愛いんだろう。
おかげで、今日も一日、生きていけそうだ。
〈今日の姉貴の一言〉
「ないわ……。数学の教科書のどこにも朝鮮王朝歴代王系図なんて載ってない。化学の教科書にも。どういうことかしら……?」
とりあえず見る教科書間違ってるだろ、気付け。てか、なんだそれ。
……なにしてるんだろう。
このまま私が話し掛けなければ、彼女は完全にかわいそうな危ない人のままなので、私はその頭を優しく撫でてあげた。
「おはよう、愛莉」
愛莉は肩をびくっと震わせ、私の顔を見るや、条件反射的にすささと私から距離を取った。
「げっ、双葉!」
そんなに離れなくても……。
そんな、「今世界で一番会いたくない、面倒なやつに見つかってしまった」みたいな顔しなくても……。
「最近さあ、会って第一声が『げっ』なんだけど、それって愛莉なりの親密な相手へ向けた挨拶?」
「言葉そのままの意味だよっ」
「なんだ、残念」
私が耳にかかった髪を掻き上げようとすると、その動きに愛莉はまたびくっと反応し、距離を取ろうとする。
「もしかして私、避けられてる?」
「い、今さらわかったのね……」
「え……?」
「心当たりがない、なんて言わないわよね?」
なぜだろう。
休み時間になるたびに、必ず愛莉に背後から抱きついているから?
あるいは、中庭のベンチで一緒にお弁当を食べた後、膝枕をしてもらった勢いで、スカートの中に顔を突っ込んだから?
それとも、こないだのプールの授業のときに防水性抜群のカメラを持ち込んで、愛莉の恥ずかしがる顔やなだらかな胸のラインや水に濡れて艶っぽくなった髪を盗撮……もとい、こっそり撮ったから?
そんなはず、ない。じゃあ、なぜ?
「心当たりが……ない」
「言った! 本当に言ったよ! 熟考の挙げ句それ!? 冗談じゃなくて!?」
深刻な事態に私がうなずくと、愛莉はどういうわけか、盛大にため息をついた。
「わたしもう、疲れたわ……」
なるほど疲れた声でそう言って、校舎に背を向け、そのまま学校とは反対方向に歩き出そうとする。
「ちょっと待とうか愛莉」
それを私は、すぐさま捕獲した。
愛莉の手を握りしめ、なにも言わずに彼女を学校へと引きずっていく。
「や、やーめーてぇーっ。……ってなにこの既視感っ! ちょっとっ、放してってばぁーっ!」
そのまま昇降口へと連行した。
そして説教。
「なんで帰ろうとしたわけ?」
「だって、朝から双葉の相手して、心身共に疲れて……」
「言い訳だよね、それ。私を言い訳の道具にして、自分が楽したいだけじゃん?」
「そ、そんなこと……」
「どうせさっきまであそこで、『補習なんて誰が考えたのよぉ』とか、『先生だって本当は夏休みにまで補習なんてやりたくないでしょうになんでやるのよぉ』とかって一人でぶつぶつ言ってたんじゃない?」
「ま……まったくもってその通りでございます。一字一句違いありません。気持ち悪いくらい当たっています。超能力者ですか?」
「まあそんなとこ」
「今絶対適当にあしらったよね!? もうどう見てもそれわたしに呆れた顔だよね!?」
そうやって少しずつ話を脱線させていくのが愛莉のやり方。
私は構わず、愛莉への指導を続ける。
「夏休みにまで学校に来たくないのは、愛莉だけじゃないから。私だって本当は自分で勉強進めたいけど、それを我慢してこうして来てるわけ。もちろん私だけじゃない、みんながそう」
「そ、それは……わかってる、けど……」
「けど?」
「けど……だって、ほんとに嫌なんだもん」
「そんな小学生みたいなこと言うんだ。身体だけじゃなくて、心も成長してないんだ、そうなんだ」
「む」
目の色が変わった。睨む、とまではいかないが、私を見る目が鋭くなってきてる。
「自分のための勉強でしょ? 勉強して、考え方を身に着ける。きっとその考え方ってのは、勉強に限らず、いろんな面で役に立っていくでしょうね。で、それが自分の成長に直結する。こういうことから考えると、勉強は自分の心の成長に大きく関わってくることだといえる。すなわち、勉強から逃げるということは、自分の成長を放棄したも同然」
そこで言葉を切り、愛莉を見る。
愛莉はすでにすのこ板に上がって靴を履き替えていた。
「早く行かないと遅れちゃうよ、双葉」
「だね」
さっきまで「ほんとに嫌なんだもん」と言ってたのと同一人物とは思えない発言だ。単純すぎるにも程がある。
まあ、愛莉の扱いにはもう慣れた。たぶん私は大季くんよりも、愛莉を転がす能力に長けている。その自信がある。
「ちょろいな」
「ん、今なんか言った?」
「ううん」
「ちょろいなって聞こえたんだけれど」
耳がすこぶるいいらしい。ウサギみたい。
「聞き間違いだよ。朝鮮王朝歴代王系図が見たいな、とは言ったから」
「なんで!?」
「え? たまに見たくならない?」
「ならないよ! 『たまに百円ショップ行きたくならない?』みたいな声のトーンだったからびっくりしたわよ!
なにそれ!」
「え? 知らない? 朝鮮王朝歴代王系図、知らない?」
「もちろん初耳なんだけれど!」
「もうすぐ数学で習うはずだから、頑張って覚えないとね、愛莉」
「数学で!? 四則計算とかベン図とかの後に!? 唐突にまさかの朝鮮王朝現る!?」
「まあ、数学は奥が深いからねぇ~」
「深いよ、深すぎるよ! 数学の謎、深まるばかりだよ!」
「二学期は、化学でそれに関連した実験をやるはずだったなぁ、確か。ガスバーナーの使い方とろ過の手順は大丈夫、愛莉?」
「どういう実験!? 朝鮮王朝とガスバーナー!? ろ過もやっちゃうの!? いったいなにごと!?」
と愛莉で遊んでいるうちに教室に着いた。
叫び疲れたのか、愛莉は席に着くなり、机に突っ伏してしまった。
なんだか、悪いことしちゃったかな。
そのお詫びにと、私は隣の席に腰掛けて、そんな愛莉の頭を優しく撫でた。
顔を伏せたまま、愛莉が甘い声を漏らした。私の方に顔を上げて、潤んだ目で見つめてくる。
「うぅ……ふたばぁ……いろいろ教えてねぇ……」
たまらなく愛おしくなって、私は思わず立ち上がり、愛莉を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「もちろんだよ」
「あ、ありがとぉ……」
なんでこんなに、可愛いんだろう。
おかげで、今日も一日、生きていけそうだ。
〈今日の姉貴の一言〉
「ないわ……。数学の教科書のどこにも朝鮮王朝歴代王系図なんて載ってない。化学の教科書にも。どういうことかしら……?」
とりあえず見る教科書間違ってるだろ、気付け。てか、なんだそれ。
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