ロリ姉の脱ロリ奮闘記

大串線一

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第12話 電話を掛けるときの緊張は人見知りには半端ない。

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「わたし、今、かなり辛いわ」

 俺より少し遅れて帰宅した姉貴が、リビングに入ってくるなり、深刻そうに言った。
 俺は、姉貴の頭から始まり、顔、胸を経由し、爪先まで順番に眺めてから、うなずく。

「……だろうな」

 その返事に、姉貴は無表情かつ無言のまま冷蔵庫を開けると、俺のカルピス(しかも瓶)を二本持って、二階へと上がっていった。やめて! ペットボトルは百歩譲って許すけど、瓶のカルピスだけはやめて! お高いんだよ!?
 いつからか、禁句やそれに準ずる発言をした罰がカルピス没収になってるんだけどなんで? 意外ときつい罰だよこれ。
 十分後、姉貴、帰還。私服に着替えてきた。暗い青主体でそこに白色のドッドが入ったワンピースを着ている。その容姿がそうさせるのかもしれないが、姉貴はワンピースがやたら似合う。
 ちなみに、カルピスは持っていなかった。

「大季」

「ん?」

 ソファに寝転がったまま返事する。

「歯医者って、予約入れないとだめかしら」

 虫歯だろうか。チョコレートばっかり食べているからに違いない。そのくせ、面倒くさがって歯磨きをサボることもあるやつである、当然の報いである。

「ああ。すぐそこの歯医者? 結構いっつも混んでるから、アポなしは無理そうかもな」

「そっか……」

 浮かない表情。よほど痛むのだろうか。見ると、右の頬に手を当てていた。さらによく見ると、右の頬がほんのわずかに腫れている……ように見えなくもない。そんなにいつも見ているわけでは、もちろんないが。

「そんな痛いの?」

 俺の問いに、姉貴は力なくうなずく。普段強がることが多い姉貴にしては珍しい。よほどだな。

「なにか食べると奥歯痛くなるから、食べるのが怖い。食欲ない」

 重病だ。

「親知らずかもな」

「…………れ、例のアレね」

「ああ。なんの例かは知らんが。聞いた話だけど、若いうちに抜いといた方がいいらしい」

「ぬ、抜く……」

「早いとこ電話してみたら? 今日は無理でも、明日の一番最初とかなら空いてるかもしれねえよ?」

 明日は土曜日。午後は平日と同じ時間までやってるかわからないけど、午前中は平日同様の時間に診てくれるはずだ。

「…………めんどくせ」

 やっぱりね! こういうやつだよね姉貴は!

「じゃあ、ずっと痛いままでいいわけ?」

「……やだ」

「なら電話しろって」

「……それもやだ」

 言葉悪いけどクズだねこの人!

「しょうがねえな。俺が電話してやるよ」

「ほんと!?」

 はちきれんばかりの笑顔をたたえて俺を見る姉貴。こういうところは素直に可愛いと思う。これが妹だったらいいんだけど。

「やっぱ嘘」

「大季のばか大季のあほ大季おたんこなす」

 一瞬にして笑顔を引っ込め、俺を睨んでくる。罵倒の語彙がショボすぎる。

「もう高校生だろ? 中学生弟に頼る高校生姉がどこにいる?」

「ここにいるじゃない。視力大丈夫?」

「…………」

 心配そうな目で覗き込まれ、無意識にため息が漏れてしまう。
 なんで姉貴ってやつはこんなに……。

「ったく。姉貴」

「なに? 電話してくれるのっ?」

 おもちゃ買ってくれるの? と父親に言う娘みたいな表情と声音。

「歯医者の電話番号は?」

 それまで俺が調べるのはしゃくだったので、姉貴に調べさせる。
 姉貴が差し出してきたスマホの液晶を確認し、自分のスマホに番号を入力していく。

「ありがとね、大季!」

「いいよ、別に」

 ついつい素っ気ない声になってしまったのを後悔する。
 番号を入力し終え、スマホを耳に当てる。

「ありがと」

 姉貴はまた礼を言っている。

「一回言えば十分だって」

「いいの、言わせて」

 その笑顔に、俺もぎこちなくではあったと思うが、笑い返す。
 呼び出し音が鳴り始まった。
 俺は、姉貴と笑い合ったまま、スマホを姉貴の手に押し付けてやった。

「え、え、え!?」

「……んじゃ、頑張ってねぇ、お姉ちゃん」

 そう言い残して、俺はリビングを後にする。

「わ、わたくしは、えっと、あの……は、はい。保原なのですっ! ……え、愛莉《えり》ですっ。愛情の愛に愛莉の莉と書いて……いや、だから……ほぇ? いや、あのぉ…………」

 わたわたと電話口に話しかける姉貴の声を聞きながら、俺はなぜか、微笑ましい気持ちになるのだった。



〈今日の姉貴の一言〉

「は、ハメられたわっ!」

 ここ、ありがたい一言があった試しがない気がする。
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