ロリ姉の脱ロリ奮闘記

大串線一

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第7話 伝えたいことが多すぎて…春。

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「あーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 リビングに行くと、姉貴が長々と声を出していた。

「あーーーーーーーーうわあーーーーーーーっ!」

 また声を出す。後半は身体をくねらせて、無理矢理声を出していた。
 なんなの!? どうしちゃったの!? 後半からはもはやうめき声だよね!?

「あーーーーーーーーーーーーーぎゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 最後の方は、立ち上がって暴れ回りながら声を絞り出していた。
 もうなんか怖いよ! ついに発狂したんですか!?

「ぷはぁ、はぁ、はぁ……。だめだめぇ! 三十秒バージョンはぁ、だめだってばぁ~っ。あ~、ギブミー酸素ぉっ……! 酸素って素晴らしい酸素って素晴らしい酸素って素晴らしいっ! はぁ~」

 姉貴がソファに倒れ込んだ。パンツ見えそう。
 どうやら、やっと終わったらしい。ビビる俺。姉貴怖い。今の俺にとっちゃ、もう日本全国のお化け屋敷なんて敵じゃないであろう。今ならスタートからゴールまで無表情で歩き通せる自信がある。やったよ、成長したよ俺!

「……なにやってんの?」

 尋ねると、姉貴はそこで初めて俺の存在に気付いたのか、ソファから立ち上がってびっくりしていた。立ったり座ったりと、忙しいやつである。

「ひ、大季! せ、千本ノックくらいしなさいよ!」

「家の中で守備練習なんかしてたまるか! 動揺しすぎだよ」

「もしかして……見た?」

「…………」

 こくり、とうなずく。

「聞いた?」

「…………」

 首肯。
 そりゃあね、耳塞いだままリビング入ってくるわけないから、見るのと聞くのは両立しちゃうよね普通。

「大季。短い間だったけど、世話になったわ。さようなら」

「死ぬな!」

「もうだめ。もう、身体中に冷えピタ貼りまくって凍え死ぬしかないわ……!」

「そっちの方が考えもんだよ! 早まるなって!」

 興奮したのか、姉貴はしばらくぜぇはぁと息を吐いていたが、やがて落ち着きを取り戻し、ソファに腰を下ろした。

「……で? なにしてたんだよ?」

「発声練習よ」

 姉貴は高校で合唱部に所属している。パートはソプラノ。女声で一番高音のパートだ。身体が小さいと高い声が出る場合が多いからそうなるわな、なんて、思っていても言うまい。

「発声練習?」

「ええ。CMの間、ずっと声を出し続けるの。十五秒で結構長いからきついけれど、それくらい出せないと、歌を歌う上では苦労するから」

「ああ、そういうことね。すごく苦しそうだったが」

「最後の三十秒のCMには苦戦したわ。あの会社の商品なんて二度と買わないと決めた」

「CMやってて逆効果が出るとは、会社も思ってもみなかっただろうね」

「いい気味よ。金輪際、三十秒のCMなんて放映しないでいただきたいわ」

「そんなこと言っても、十五秒だけじゃ伝えきれないこともあるだろうし」

「企業努力が足りないのよ、それは。短い時間の中で伝えたいことのすべてを簡潔に伝える。それが大事」

 なんか知った風なことを言い始めた。うざい。

「じゃあ、十五秒で自己アピールしてくれ。息継ぎはしてもいいから」

「受けて立つわ!」

 と強く言うと、立ち上がった。座ったままでいいのに。

「行くわよ」

「おう」

「わたしの悩みは、背が小さいことです。背が小さいわたしは、自動販売機の一番上の列のボタンが押しにくく、また、書店の棚の一番上の本にはもう一切触れることができません。また、教室の席では、前の人の頭が邪魔で、黒板がなかなか見えません。だから、板書をノートに書き写すときは、身体を右に左にと傾けねばならず、大変不便な日々を送っております。それを見かねた担任の先生に、『保原。席替えしようか』と言われること数知れず。そのたびわたしは断固拒否し、頑なに今の席を死守しています。もう学校なんて爆破されてしまえばいい。よく言いますよね。『さもなくば、学校を爆破する』と。だから、いつかわたしも言ってやろう。『わたしの容姿を遠回しにけなすのはやめなさい。さもなくば、学校を爆破する』と。そう思っている、今日この頃です」
「なんかごめんなさい!」

 余裕で十五秒超えてるし!
 胸中に抱えた苦しみは計り知れなかった!


〈今日の姉貴の一言〉

「わたしより背の高いすべての人が、一日一回、頭上のなにかに頭を強打してしまえばいいのに」

 まぁまぁ。夜通し不満を聞いてやるよ、今度。
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