ロリ姉の脱ロリ奮闘記

大串線一

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第6話 回転寿司は変なことしないで楽しもう。

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「母さん、愛莉、大季。明日の夜、寿司を食べに行かないか?」

 夕食の席で、父が言った。

「え、なんで? なんかいいことでもあったの?」

 家族で寿司なんて、いつぶりだろうか。
 なにがあったか知らないが、父さんも――

「父さんが食べたいだけだよ」

「正直でなによりですねぇ!」

 せめて嘘でもいいから子どもたちへの優しい言葉がほしかった!

「褒めてもお金しか出ないぞ」

「出るんかい!」


 ◇ ◇ ◇


 で。翌土曜日の夕方。さあ行くぞ、という段になって。
 リビングでぐでーっとしていた俺と姉貴に、父が言った。

「すまんが、二人とも。お父さんとお母さん、急な用事を思い出したんだ。だから、二人で行ってきてくれ」

「は!?」

「よかったじゃないか。家族四人での食事が、あら不思議、デートに早変わり」

「あら不思議じゃねぇ! デートじゃないだろ別に! 姉弟だよ!?」

「安心していい。予約はちゃんと二人で取ってあるから……昨日」

「それもはや急な用事じゃなくね!? 初めから俺と姉貴だけで行かせる予定だったな!?」

「いや? 別に? そういう目的でセッティングしたわけじゃ? ないぞ?」

「そういう目的だよなぁ!?」

 なんで俺の両親は、二人して俺と姉貴をくっつけようとしてんだよ? 真意が見えないよ。
 そんなとき、俺の向かいのソファに座っていた姉貴が、急にもぞもぞし始めた。

「そ、そっか……。なんだか、緊張する、ね……」

「姉貴ぃっ……!?」

 こいつらもうだめね!


 ◇ ◇ ◇


 急な用事が入ったはずの父の運転で送られ、回転寿司屋についた俺と姉貴は、そこで父と別れた。
 父からもらった五千円札一枚を携えて中に入ると、にこやかな店員に案内され、テーブル席へと誘導される。

「なによさっきの店員。大季とばっかり喋って。わたしの方が年下だと思っていたに違いないわ」

 向かい合って席に着くなり、姉貴がぶつぶつ文句を言っていた。
 年下に見られるのが嫌なら、その二つ結び、やめたらいいのに。あと、頬を膨らませるのも。子どもっぽく見えるって。

「まぁまぁ。カップルって、男がリードするもんだろ? だからさっきも俺に話しかけてたんじゃないの?」

 俺らはカップルなんかじゃないけどね。

「か、カップルって……。わたしと大季は姉弟よ? そこんところ大丈夫?」

「俺は大丈夫だ。おまえこそ大丈夫か」

「ならいいけど。ところで……」

 姉貴が身を乗り出し、テーブルに出していた俺のスマホを見る。

「そのストラップ、つけてたっけ?」

 スマホというより、スマホについている、赤べこのストラップを見ていたらしい。これは、こないだ桜水とデートしたときに買ったものだ。俺のが黒で、桜水のが赤。どちらも鼻先がマグネットになっていて、両者の鼻を近付けると、くっつくようになっている。カップルに人気のストラップらしい。

「つ、つけてたよ? 気付かなかった? そんなことより、早く寿司食おうぜ。ほら、お茶俺がやるからさ」

 二人分の湯呑みにお茶の粉末を入れ、テーブル脇のボタンを押してお湯を注ぐ。
 その間も、姉貴は探るような目で俺を見ていた。
 まずい、疑われてる。この容姿のくせに、カンだけは無駄に鋭いからなぁ……。

「よし! さあ食うぞ! なにから食べよっか!」

 俺が言うと、姉貴は俺を見るのをやめてくれた。視線は横を流れていく寿司に向く。よかった。助かった。

「お姉ちゃん以外に彼女ができたら教えてね」

「……い、いや? 今のセリフ、なんかおかしいと気付かなかったか?」

「よし! まずは……玉子か軍艦どっちがいいかしら……」

 もういいや。
 てか、姉貴、ワサビ入ってる寿司は食べられないんだった。子どもだぜ。

「サビ抜きも頼めるんじゃなかったっけ」

「ワサビ抜きなんて、子どもの食べるものよ。ゆえにわたしは食べないわ!」

「そんなことないと思う。姉貴もマグロとか食べればいいのに」

 そう言ったのが間違いだった。姉貴が、『いいこと思いついた!』と言いたげに瞳を輝かせたのである。すでに述べたように、こういうことを言ったり、言いたげな目をしたりするやつに限って、ろくなことを思いついていないのだ。

「じゃあ、わたしがネタだけ食べるから、大季はシャリだけ食べなさい?」

「俺はごはんだけ食べに来たんじゃないよ!?」

「分業制って、大事よね」

「寿司食うのに分業は一番いらないよ!?」

「わがまま言っちゃ、だ・め・だ・よ?」

「おまえがなぁ!」

「まったく。大季は子どもねぇ」

「おまえがなぁ!」

「……じゃあ、わたしがネタ、大季がシャリで決定ね」

「はっ!」

 やっちまった!
 姉貴に対して言ってはいけないことを……。

「寿司の最初と言えばやっぱり甲イカに限るわね! 乙イカよりも甲イカよ!」

 姉貴は、流れてきた甲イカ(甲と乙ってなにが違うの?)を取ると、当然のようにネタとシャリに分け始めた。
 こうして、悪夢の一時間が幕を開けた。



〈今日の姉貴の一言〉

「甲イカと乙イカってなにが違うの?」

 知らねぇのかよ!
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